「スワロー・サイドカー・カンパニー」はスタイリッシュな
サイドカー製造をおこなっていた。他社製作のシャーシにボディを製作する「
コーチビルダー」となり、1932年に自社初の自動車を製作した。これはSS1と呼ばれた。1928年
ブラックプールから英国自動車産業の中心地
コベントリーに移転する。
会長ウィリアム・ライオンズ(William Lyons)の指示で美しいスタイルの自動車を製造し、しかもかなり買い得な価格で販売した。走るよりは飾り物だとも評されたが、会社はおかげで大恐慌時代を生き抜くことができた。エンジンとシャーシは
スタンダード自動車から供給され、コベントリー工房でボディ架装をしたものだ。ウィリアム・ヘインズとハリー・ウェスレイクとハリー・ウェスレイクがエンジンデザインを変更した。
SSシリーズの第一作は1932年のSS1で2リッターまたは2½(2.5)リッターサイドバルブ6気筒エンジンを搭載していた。当初は
クーペとツアラーで1934年に
サルーンが追加され、この時点でシャーシが50ミリ延長されている。1932年にはより小型のエンジンのSSIIもシリーズに追加されていた。
スポーツカーとしての第一作は1935年のSS90で、これは最高時速90マイルからつけられた名前だ。しかし23台が製作されただけだ。SS90の後継は1936年のSSジャガー100でジャガーという名前をつけられたはじめての車である。当時も現在見てもすばらしく美しい車でありしかも最高時速100マイルで0-60mphが11秒。2½(2.5)リッターモデルが198台、3½(3.5)リッターモデルが116台製作された。
生産の主流はサルーンであり、1936年に1½(1.5)リッターモデルが発売された。これのモデルは当初4気筒の
サイドバルブエンジンだったが、1938年には
OHVエンジンとなる。一方、2½(2.5)リッターのサルーンははじめから6気筒OHVエンジンで登場し1938年にシャーシが新しくなり3½(3.5)リッターがオプションで追加されている。
1940年戦争のために自動車生産は中止されたが1945年に再開する。SSという名前がナチス親衛隊を連想させることから社名はジャガーとされた。戦前の1½、2½、3½リッターのサルーンを生産再開し、これらは非公式だが「マークIVジャガーズ(
Mark IV Jaguars)」と名づけられていた。サイドカーの製造もスワロー(
Swallow)のブランド名で引き続きおこなわれており、新会社ではスポーツカータイプのスワロー・ドレッティを販売した。
Models
- SS1 1932-1936
- SSII 1932-1936
- SS90 1935
- 1½ Litre "Jaguar" saloon 1936-1940
- 2½/3½ Litre "Jaguar" saloon 1936-1940
- Jaguar SS100 1936-1939
えすえすしやかあ
えすえすしやかあ
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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