SKワイバーンズ [SK Wyverns] [被リンク数: 46]

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SKワイバーンズ(エスケイ・ワイバーンズ)は大韓民国のプロ野球チーム。縁故地(ホームタウン)は仁川広域市。本拠地は同市内にある文鶴野球場
2000年、アジア通貨危機で経営危機に陥った繊維メーカーのサンバンウルが傘下のプロ野球球団であるサンバンウル・レイダースを解散したあと、SKグループがその選手たちを受け入れ「新球団」として誕生した。

チーム略歴

2000年に韓国野球委員会とSKグループがサンバンウル・レイダースに代わる新球団を創設に合意。本拠地は、プロチームとしてのビジネスのできる人口基盤を求めて、サンバンウルのホームである全羅北道全州市(人口およそ60万)ではなく、およそ100万以上の人口を抱えて、周辺都市まであわせると営業可能な人口基盤がおよそ200万に及ぶと考えられると同時に親会社と繋がりのある首都圏の京畿道水原市を希望。しかし、現代ユニコーンズが以前から希望していたソウルへの移転を前提として暫定的に水原市に本拠地を移動させることになり、空席となった仁川を本拠地として受け入れることになった。なお、このとき現代ユンコーンズはSK側が仁川を本拠地として受け入れるか否かとは関係なく、ソウル移転計画を強行推進したため、仁川の市民たちはユニコーンズから見捨てられた形になって、未だに同球団に対する恨みを持っている人もある。その後、仁川を捨てた現代ユニコーンズは、暫定本拠地・水原での人気を得られず、現代グループの分裂などによる経営危機に陥り3度の売却交渉に失敗。その後後、2008年から投資会社がスポンサーを募集し経営する新球団、ウリ・ヒーローズが発足して解散となった。
2002年 サッカーワールドカップ誘致に伴う仁川広域市の新総合運動場建設計画によって、メインスタジアムの隣に受容人員3万人規模の文鶴(ムナク)野球場が完成。これに伴って球場の狭さと老朽化による汚さで悪名を馳せた仁川都心の桃園(ドウォン)球場から同球場に本拠地を移転。
2003年、4位でポーストシーズン進出を果たす。準プレイオフから這い上がって球団史上初の韓国シリーズ進出を果たすも、現代ユニコーンズの前に、7戦までもつれ込む接戦を演じながら惜しくも敗れる。 2004年LGツインズから元中日ドラゴンズの李尚勲(日本での登録名はサムソン・リー)が移籍するが、不振に陥りシーズン途中で電撃引退を発表。チームもまたBクラスに逆戻り。 2005年は優勝争いを続け終盤2位をキープしていたが、最終戦で斗山ベアーズに追い越され3位に転落、ハンファ・イーグルスとの準プレーオフに敗れた。 2006年は元オリックス・バファローズ塩谷和彦韓国プロ野球史上初の日本人野手(在日韓国人を除く)として所属したが、負傷によりシーズン途中で退団した。チームも塩谷の戦線離脱後、優勝争いに加わることなく6位でシーズンを終えた。
2007年から千葉ロッテマリーンズで1,2軍巡回コーチを勤めた金星根が監督に就任し、シカゴ・ホワイトソックスでコーチを歴任した李萬洙をヘッドコーチとして迎えた。それに日本から加藤初を投手コーチ、大田卓司を打撃コーチ、福原峰夫を守備コーチとして招聘。同年度レギュラーシーズン1位で韓国シリーズに直行。プレイオフ勝者の斗山ベアーズを4勝2敗で下して悲願の初優勝を決めた。この時点で存在した韓国野球委員会所属球団のすべては、最少1度は優勝を経験することになったが、その後現代ユニコーンズの解散、ウリ・ヒーローズの創設で、また優勝未経験の球団が出てきた。韓国チャンピオンとして出場した同年のアジアシリーズでは予選リーグで中日ドラゴンズを破り、初めて日本球団に勝利した球団になった。しかし、予選は3戦全勝で決勝戦に進んだものの、決勝で中日に破れアジア王者とはならなかった。2007年シーズン終了後、大田コーチが東京ヤクルトスワローズのコーチに就任するため退団し、後任に読売ジャイアンツで打撃コーチを務めていた伊勢孝夫が就任した。
2008年は2007年以上の独走態勢で球団史上初の2年連続の公式戦優勝、韓国シリーズ優勝を達成した。韓国チャンピオンとして2年連続で出場したアジアシリーズでは予選リーグで埼玉西武ライオンズを破ったが、台湾代表の統一セブンイレブン・ライオンズに大差で敗れて失点率で3位となり、決勝進出はならなかった。
2009年阪神タイガースで打撃コーチを務めた正田耕三を2軍総合コーチとして招聘。韓国プロ野球では非常に珍しい、日本人コーチが4人いるチーム編成になる。
本拠地の文鶴野球場は2007年に韓国では初めて内野席に横長のオーロラビジョンが設置されるなど、メジャーリーグのボールパークを意識した雰囲気作りが進められている。

歴代監督

  • 姜秉徹(カン・ビョンチョル、2000 - 2002)
  • 曺汎鉉(チョ・ボムヒョン、2003 - 2006)
  • 金星根(キム・ソングン、2007 - )

主な在籍選手

投手

  • 16 金圓衡(キム・ウォンヒョン)
  • 20 李承浩(イ・スンホ)
  • 21 鄭大炫(チョン・デヒョン)
  • 29 金廣鉉(キム・グァンヒョン)
  • 30 賈得焔(ガ・ドゥクヨム)
  • 33 全炳斗(チョン・ビョンドゥ)
  • 41 曺雄天(チョ・ウンチョン)-2007年、韓国プロ野球史上初の通算700試合登板を達成。
  • 45 蔡秉龍(チェ・ビョンヨン)
  • 46 宋恩範(ソン・ウンボム)
  • 51 尹吉鉉(ユン・ギルヒョン)
  • 53 エステバン・ジャン-元阪神タイガース

捕手

  • 26 朴勍完(パク・キョンワン)

内野手

  • 3 羅州煥(ナ・ジュファン)
  • 7 金宰炫(キム・ジェヒョン)
  • 8 鄭根宇(チョン・グンウ)
  • 9 鄭慶培(チョン・ギョンベ)
  • 14 崔廷(チェ・ジョン)
  • 27 李昊俊(イ・ホジュン)
  • 36 朴正権(パク・ジョンクォン)

外野手

  • 0 金江珉(キム・ガンミン)
  • 1 朴哉相(パク・ジェサン)
  • 10 趙東和(チョ・ドンファ)
  • 62 朴栽弘(パク・ジェホン)

主な退団・引退選手

韓国人選手

外国人選手

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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