による人種の地理的分布 (1870年)
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モンゴロイド (Mongoloid) はかつての
形態人類学上の「
人種」概念の一つ。
黄色人種、
モンゴル人種とも言う。
近年の人類集団を分類する
学説では、各人種の原初の居住地を分類名称とすることが多くなっており、その場合、
アジアを起源として居住を続けたモンゴロイドを
東ユーラシア人とし、アメリカ大陸で分化したモンゴロイドを
南北アメリカ人とし、旧来オーストラロイドとされたサフール人を含めた、以前の広義のモンゴロイドを互いに遺伝的に近い人類集団として全て網羅する定義としては、「
環太平洋人」とする説がある。
*
パプアニューギニアやオーストラリアの先住民は、オーストラロイドという別人種に分類された。かつて、オーストラロイドをモンゴロイドの祖先とする考え方があったが、
DNA分析により現在では否定されている。ただし、先述の通りモンゴロイドとされた東・東南アジア及び南北アメリカ大陸等の集団には遺伝的に近い。
概要
近年のDNA分析によれば、モンゴロイドは
アフリカから
アラビア半島・
インド亜大陸を経由し、
ヒマラヤ山脈・
アラカン山脈以東に移住した人々が、周囲の
自然環境により他の「人種」との交流を絶たれ、その結果独自の遺伝的
変異及び環境
適応を経た結果誕生した「人種」であるとされる。その原初の居住地は、ヒマラヤ山脈及びアラカン山脈よりも東及び北側である。
図が示す「人種」の系統は、人類のアフリカ単独起源説を採用すれば、
- アフリカン(ネグロイド)から、コーカソイドが分岐
- コーカソイドから、オセアニアン(オーストラロイド)・イーストアジアン(アジア・モンゴロイド)が分岐
- イーストアジアンから、ネイティブ・アメリカンが分岐
というものである。
従来説は次のとおり。ただし、DNA分析の結果等から現在は否定されている。
「モンゴロイド」の出現と分化
近隣結合法を用いた
斎藤成也による
核遺伝子DNAの分析、Ingman et al.、篠田謙一らによる
ミトコンドリアDNAの分析によるモンゴロイドの出現について示す。(各地域に住む人々のミトコンドリアDNAや
Y染色体、或いはヒトの核遺伝子を比較することにより、ヒトの移住の時期・系統・経路が推定出来る。)
20 -15 万年前、アフリカ大陸において現生人類(
ホモ・サピエンス)が出現(人類のアフリカ単独起源説)。その後10万年前にはアフリカ大陸の対岸に位置する
中東地域に進出し、現在のコーカソイドの前身となる。中東地域に進出した人類は、その後7万 - 5万年前に
サフール大陸(現在の
オセアニア地域)に進出、オーストラロイドの前身となる。さらに、5万 - 4万年前には西方では
地中海伝いに
ヨーロッパへ進出する一方、東方ではヒマラヤ山脈を越え
東南アジア・
東アジア方面に進出する。
ヨーロッパに進出したグループは、その後も中東地域および
北アフリカ地域との交流が保たれたため、これらの地域の人々の間では遺伝的な差異が生じず、現在でも同じコーカソイド(西ユーラシア人)に分類される。しかし、東南アジア・東アジア方面に進出した人々は、天然の要害であるヒマラヤ山脈・アラカン山脈が障害となり、中東・インド亜大陸の人々との交流を絶たれ、独自の遺伝的変異・環境適応を成し遂げることとなる。これが、後のモンゴロイドである。
モンゴロイドはその後、1万4千 - 1万2千年前に
ベーリング地峡(のちの
ベーリング海峡)を渡りアメリカ大陸に進出。また、3千 - 2千年前には太平洋の島々にも移住した。
古モンゴロイド
中東地域・インド亜大陸方面から東南アジア方面に進出したと考えられるモンゴロイドを、かっての形態人類学では古モンゴロイドと区分した。
琉球列島を含む
日本列島に到達した
縄文人は古モンゴロイドとされる。なお、現在、
北米最古の
人骨である
ケネウィック人は古モンゴロイドと最も類似し、古モンゴロイドの一部は北米にも進出したと考えられている。
古モンゴロイドは、
熱帯雨林に適応した結果、低めの身長、薄めの
肌の色、発達した頬骨、鼻梁が高く、両眼視できる視野が広い等の特徴を持つと考えられた。他の、彫の深い顔、二重
瞼、
体毛が多いこと、湿った
耳垢、長めの腕脚、波状の
頭髪、
長頭、等の特徴は
新モンゴロイド以外の多くの「人種」と共通する。
新モンゴロイド
北に向かった古モンゴロイドの子孫、及び中東にそのまま留まった集団の子孫がそれぞれ北上し、東ユーラシアの寒冷地域で独自の適応を遂げた集団が、かっての形態人類学で新モンゴロイドとされた人々である。
日本列島に到達した新モンゴロイドが渡来系
弥生人で、日本列島全体においては、渡来系弥生人と縄文人の遺伝子が混ざりその後の
日本人が形成されたとする説もある。
新モンゴロイドは、寒冷地域に適合した体質として、凹凸の少ない顔立ち、一重瞼、蒙古襞(目頭の襞)、体毛が少ないこと(特に
男性の
ひげの少なさ)、耳垢が湿ったあめ状ではなく乾燥した粉状となり、耳垢の特徴と同じ遺伝子による
わきがの原因となる
アポクリン汗腺が少なく、頭髪が直毛であること、短頭等がある。
モンゴロイド系とされた人々
南北アメリカ大陸では、「モンゴロイド」の定着以前に人類は全く存在していなかったとの説が有力である。
ユーラシア大陸のモンゴロイドは、当初はヒマラヤ山脈以東の太平洋沿岸及びその周辺を居住地域としていた。しかし
モンゴル高原を中心とする
中央アジアの
乾燥帯に居住したモンゴロイドは遊牧生活で身につけた騎馬技術に長けたため、
古代から
中世においては軍事的に優位な存在であり続けた。
彼らはこの軍事力を武器に、古代は
コーカソイドの居住地域であった中央アジア西域に進出、その後、
東ヨーロッパ及び中東・南アジア(インド亜大陸)にも進出した。特に
モンゴル帝国はユーラシア大陸の東西に及ぶ巨大な勢力圏を築くに至った。
遊牧民であるモンゴル人は、軍事遠征の際は家族・家畜を帯同し部族全員で移住しながら行動を続けたためモンゴル人の侵入を許した地域では、モンゴル人と現地住民の
混血がおこった。
「モンゴロイド」の区分
ユーラシア大陸東部のモンゴロイドは、寒冷適応の程度の軽重によって大きく
旧モンゴロイド・
新モンゴロイドに区分されたが、遺伝的に見ると他の集団間の差異に比べて大きな隔たりは存在しない。モンゴル地域・中国東北部・朝鮮半島には
新モンゴロイドが比重として圧倒的に多いのに対し、大陸南部や島嶼部へ行く程
旧モンゴロイドの比重が高まっているとされた。
ただし、新モンゴロイドや旧モンゴロイドという呼び方はあくまで極寒地域の環境に適応した形質的な表現方法であって、決して旧モンゴロイドが新モンゴロイドに進化したわけではない。なぜなら形質というのはここ数万年で環境に適応した結果だからである。しかし、遺伝子は環境によって変化はしない。そういった理由から、現在の人類学では形質研究よりも遺伝子研究が重視されている。遺伝子的には南方系モンゴロイドと北方系モンゴロイドと区分する場合もある。
遺伝的な近縁関係から人類集団を分類する近年の学説では、先述の通り、アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、旧来の狭義の「モンゴロイド」が二分されるとする。
下戸遺伝子
筑波大学の原田勝二による研究は、日本においては九州と東北で下戸遺伝子が少ないという結果を出している<ref>
原田勝二インタビュー</ref>。<!--
現在、「モンゴロイド」に類される人々のなかでも特に「日本を含む東アジア地域に下戸が多い」という
都市伝説が流布しているが、実際には全く酒が飲めない下戸(Type AA)の人々―すなわち下戸遺伝子の持ち主はそもそも「モンゴロイド」に類される人々のうちの5%以下に過ぎず、日本においてはなおのこと希少となっている。-->
分布
人類集団の分類の新しい学説で「モンゴロイド」は、先述の通り南北アメリカ人と東ユーラシア人に二分され、太平洋諸島の先住民であるモンゴロイドも東ユーラシア人に分類される。但しアジアでも
シベリア極東部北部とその周辺の「モンゴロイド」はこの学説に従えば、東ユーラシア人のほか、南北アメリカ人に属する集団も人口は少数だが古くから居住する。
アジア
太平洋
-
ポリネシア人(ハワイ人、マオリ、イースター島先住民等)
-
ミクロネシア人
アメリカ大陸
南北アメリカ人とされる「アメリカ大陸のモンゴロイド」を指して、アメリンドという。
脚注
参考文献
関連項目
もんころいと