経歴
江戸下谷(現・
台東区)に
町人兼吉の子として生まれる。
文久3年(
1863年)から仏師の高村東雲の元に徒弟となる。後に師匠東雲の姉エツの養子となり、高村姓となる。
明治維新以後は
廃仏毀釈運動の影響で仏師としての仕事は無く、輸出用の
象牙彫刻が流行したために木彫も衰え、光雲自身の生活も苦しかった。そのような中で光雲は木彫に専念、積極的に西洋美術を学び、衰退しかけていた木彫を写実主義を取り入れることで復活させ、江戸時代までの木彫技術の伝統を近代につなげる重要な役割を果たした。
光雲の弟子には
山崎朝雲、山本瑞雲、米原雲海など近代日本彫刻を代表する彫刻家がいた。
代表作
家系
祖先は
鳥取藩士、中島重左衛門とされる。重左衛門の孫の富五郎が生まれる前に江戸で町人になっていたという。富五郎の息子が光雲の父・兼吉。
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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