沿革
7世紀末、
文武天皇元年(
697年)以前のいずれかの年になされた
越国(
こしのくに)の分割によって成立した。当初の領域は、現在の新潟県本州部分の北部(阿賀野川以北?)から山形県庄内、秋田県方面で、日本海側で
蝦夷の領域に接する辺境国であった。
国府・一宮など
国府は、頸城(くびき)郡にあった。現在の
上越市にある「国府」地区の近辺にあったと考えられる。この地は越後国の成立時には越中国に属していたので、当初の国府はもっと東にあり、後に移転したと考えられる。
延喜式神名帳には大社1座1社、小社55座53社の計56座54社が記載されている。唯一の大社が伊夜比古神社(現
弥彦神社)で、
名神大社に列し、越後国
一宮とされていた。
南北朝時代、国府の近くにあった式内小社の
居多神社が力をつけ、守護の上杉家の力を背景に一宮であると主張し、以降、両者が一宮とされるようになった。
守護
鎌倉幕府
- ?~1191年 - 比企朝宗?
- 1195年~1199年 - 佐々木盛綱
- 1210年~? - 北条義時
- 1223年~1245年 - 名越朝時
- 1245年~1246年 - 名越光時
- 1263年~1288年 - 名越公時
- ?~1333年 - 名越氏?
室町幕府
- 1337年~1338年 - 高師泰
- 1341年~1350年 - 上杉憲顕
- 1352年~1362年 - 宇都宮氏綱
- 1362年~1368年 - 上杉憲顕
- 1368年~1378年 - 上杉憲栄
- 1380年~1421年 - 上杉房方
- 1421年~1422年 - 上杉朝方
- 1422年~1449年 - 上杉房朝
- 1449年~1494年 - 上杉房定
- 1494年~1507年 - 上杉房能
- 1507年~1550年 - 上杉定実
越後守
越後七郡
藩
関連事項
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国えちこ
えちこ
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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