西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、
英称:
SEIBU Railway Co., Ltd.)は、
埼玉県所沢市に本社を置く民間の
鉄道事業者。
<
歴史
北山公園にて(青空を快走する黄色い電車、
新101系)]]
西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した
武蔵野鉄道が、新宿線系統の路線を開業した
西武鉄道(旧)を合併してできた会社である。
武蔵野鉄道
一方、
1924年(大正13年)箱根土地(後の
コクド。現在の
プリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の
北豊島郡大泉村に
大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の
大泉学園駅)を建設の上寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は
1928年(昭和3年)村山貯水池(多摩湖)及び小平地区一帯を開発すべく、
多摩湖鉄道を設立。
4月6日に国分寺 - 萩山間を開業し、
1936年(昭和11年)
12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。
1932年(昭和7年)に箱根土地社長の
堤康次郎(
滋賀県出身)が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道の株式を買い集め、再建に乗り出す。
1934年(昭和9年)
8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(
1937年(昭和12年)まで)。
1935年(昭和10年)には電力料金11万円滞納を理由に
東京電燈から制限送電を受け、経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。
1938年(昭和13年)、大口債権者である
東武鉄道の初代社長
初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。
1940年(昭和15年)
3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津及び浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得し、過半数を確保、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来するものである)。
西武鉄道(旧)
1921年(大正10年)
10月、武蔵水電は同年に
淀橋町角筈 -
荻窪村間を開業させていた
西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が
2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除くすべて2007年5月現在でもその旧社章を使用しているが、今後順次取り外される予定である)。翌
1922年(大正11年)
6月1日に武蔵水電は
帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年
8月15日に
西武鉄道(旧)に社名を変更した。
1944年(昭和19年)
6月、戦時下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。
また1944年には、
東京都からの委託によって
糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で
東京湾へ捨てていたが、人手不足と
ガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで
東京都長官の
大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年
9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、
11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、
「汚穢電車」「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。
この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の
堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000
石の糞尿すべてを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。
しかし衛生面などで問題が続出してしまい、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は
1953年(昭和28年)
3月30日までの契約であったが、実際には
1951年に輸送が休止して以降再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。
なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。
合併から現在まで
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1945年(昭和20年)9月22日 - 武蔵野鉄道は西武鉄道(旧)と食糧増産を吸収合併して西武農業鉄道に改称。これは陸上交通事業調整法に基づくものであったが、実際の合併は食糧増産に対する運輸通信省の査定に時間が掛かり、終戦後となった。
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1946年(昭和21年) 11月15日 - 西武農業鉄道は現在の西武鉄道に改称。バス事業を武蔵野自動車(現:西武バス)に譲渡、分社化。
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1950年(昭和25年)
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1951年(昭和26年)4月5日 - 元西武軌道の路線で東京乗合自動車時代の1935年から業務を委託していた新宿軌道線を正式に東京都交通局に譲渡。
- 9月16日 - おとぎ線上堰 - ユネスコ村間開業。
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1952年(昭和27年)
- 3月25日 - 高田馬場 - 西武新宿間が開業。
- 7月15日 - おとぎ線多摩湖ホテル前 - ユネスコ村間を地方鉄道に転換し山口線に改称(おとぎ線・おとぎ列車は愛称として残る)。
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1954年(昭和29年) - 戦後初の新造車501系(初代、のちの351系)登場。
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1957年(昭和32年) - 本線での蒸気機関車運用廃止。
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1959年(昭和34年) - 451系登場。
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1960年(昭和35年)11月 - 新宿線西武新宿 - 上石神井間で6両運転開始。
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1961年(昭和36年)
- 551系登場
- 12月、池袋 - 所沢間で急行8両運転開始。新宿線西武新宿 - 田無間で6両運転開始。
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1962年(昭和37年)
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1963年(昭和38年)
- 池袋 - 所沢間で私鉄初の10両運転開始
- 701系登場。
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1964年(昭和39年)
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1965年(昭和40年)2月18日 - 保有車両数400両突破。
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1967年(昭和42年)
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1968年(昭和43年) - 拝島線の玉川上水 - 拝島間開業。
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1969年(昭和44年)
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1972年(昭和47年)7月1日 - 通勤型初の冷房車101系試作冷房車登場。
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1973年(昭和48年)11月29日 - 最高速度100km/h運転開始。
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1974年(昭和49年)9月6日 - 多摩川線でATS使用開始。
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1975年(昭和50年)
- 6月2日 - 西武新宿 - 本川越間で急行10両運転開始。
- 12月8日、西武新宿 - 拝島・多摩湖間急行の10両運転開始。
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1977年(昭和52年) - 新宿線に西武初の界磁チョッパ制御車、4扉の2000系が登場する。2000系登場に従い、1980年頃に501系(2代目)とほぼ同時期に351系が本線系(新宿線系統・池袋線系統)からは運用終了。当時、3編成9両のみ多摩湖線のみ残る。
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1978年(昭和53年)
- 2月15日 - 保有車両数800両突破。
- 9月16日 - 中央電気司令所を所沢へ移転。
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1970年代中盤頃 - 正確な時期は不明だが、現行のドアステッカーが掲示されるようになる。客用ドアの窓ガラスの真ん中に外側から貼られており、「開くドアーにご注意」「手を引きこまれないように [西武鉄道]」と注意書きが書かれている真ん中に黄色い(現在はオレンジ系も)手が描かれ、下部には広告があるもの。これは約30年以上たった現在でも使用されている(厳密には前述した注意書きの文字の字体が1992年、1998年に変更されており、現在は大半が1998年以降の文字である)。
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1980年(昭和55年)
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1982年(昭和57年) - 「西武ライオンズ '82日本シリーズ優勝記念乗車券」発売。
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1983年(昭和58年)
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1984年(昭和59年)5月14日 - 案内軌条式への改良のため、山口線休止。
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1985年(昭和60年)
- この頃までに本線(新宿線・池袋線)からは赤電が引退、運行終了(当時、多摩湖線・多摩川線のみ残る)。山口線が新交通システムとして再開業し、おとぎ線時代に開業した一部区間が廃止。
- この年より、国鉄(現 JR東日本)中央線方面からの野球開催時の利便向上のため新交通システム山口線再開業と同時に野球開催日のみ多摩湖線で臨時の「準急」が運行開始。
- 6月1日 - ATS更新。停車場を除き出発信号が進行定位になる。ホーム自動放送変更、声優も交代(声優不明)。
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1986年(昭和61年)
- 8月5日 - 本社を埼玉県所沢市(現在地)に移転。
- 「西武ライオンズ '86日本シリーズ優勝記念乗車券」発売。
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1987年(昭和62年)
- 8月1日 - レッドアローの1編成6両中、3両が禁煙車化、公衆電話も設置。
- 11月20日 - CTC区間を高麗 - 西武秩父間に変更。
- 「西武ライオンズ '87日本シリーズ優勝記念乗車券」発売。
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1988年(昭和63年)
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1989年(平成元年)
- 3月23日 - 保有車両数1000両突破。記念乗車券発売。
- 4月1日 - 秩父鉄道への直通運転(飯能 - 三峰口・野上)開始。「秩父鉄道直通運転開始記念乗車券」発売。
- 12月15日 - 多摩川線ATS更新。
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1990年(平成2年)
- 6月30日 - 西武最後の赤電車だった351系が最後の走行路線・多摩湖線でも運用終了・形式消滅。同時に全車両の冷房化・高性能化を達成。「黄色い電車」に全車両統一(当時、101系・301系と3000系のみ黄色とベージュのツートン)。351系さよなら運転・イベントが行われた。「351系さよなら記念乗車券」を発売。
- 制服を一新。
- 「西武ライオンズ '90パ・リーグ優勝記念レオカード」・「西武ライオンズ '90日本シリーズ優勝記念乗車券」・「西武ライオンズ '90日本シリーズ優勝記念レオカード」発売。
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1991年(平成3年)
- 3月9日 - 自動改札機を豊島園駅から導入開始。
- 3月16日 - 特急券のオンライン発券サービススタート。オンライン発券サービス開始に伴い、初代特急券券売機登場。
- 「西武ライオンズ '91パ・リーグ優勝記念レオカード」・「西武ライオンズ '91日本シリーズ優勝記念乗車券」・「西武ライオンズ '91日本シリーズ優勝記念レオカード」発売。
-
1992年(平成4年)
- 4月1日 - 当時の運行管理システムの老朽化に従い、西武鉄道全線で運行管理システムの更新を実施した(SEMTRAC)。新しいホーム自動放送の声優は新宿線・池袋線では主に上り線担当の女性声優は不明、下り線担当の男性声優は中村健治。なお、いままでは「…○番ホームに電車がまいります」としか言わなかったものがこの時から種別、行き先、両数、先着するか、途中の駅で優等種別に乗り換えれば早く着くかどうかも分かるようになった。
- 4月8日 - 所沢総合管理事務所使用開始。
- 6月1日 - 池袋線から初の10両固定編成、6000系ステンレス車登場。
- 「西武ライオンズ '92パ・リーグ優勝記念レオカード」・「西武ライオンズ '92日本シリーズ優勝記念レオカード」発売。
-
1993年(平成5年)
- 101系の車体更新車・10両固定編成の9000系登場。
- 2月10日 - 回数券発売対応マップ型平成2代目券売機登場(レオカード非対応)。回数券を非磁気券から完全磁気券化。
- 12月6日 - 新宿線から「ニューレッドアロー」10000系登場。新宿線に朝ラッシュ時の上りのみ、「快速」、「通勤急行」運行開始。
- 「西武ライオンズ '93パ・リーグ優勝記念レオカード」発売。
-
1994年(平成6年)
- 12月7日 - 西武有楽町線新桜台 - 練馬延伸開業。「西武鉄道池袋線練馬高野台駅開業記念乗車券」も発売。
- 主要駅のみで発車メロディの使用を開始した(後に変更となる)。
- レオカード対応2代目券売機登場(この券売機はSFレオカードにも対応)。
- 「西武ライオンズ '94パ・リーグ優勝記念レオカード」発売。
-
1995年(平成7年) - レオカード対応平成3代目券売機登場(この券売機はSFレオカードにも対応)。
-
1996年(平成8年)
- 特急券の発売駅全駅で端末更新。2代目特急券券売機登場。
- 3月 - 所沢 - 東横瀬間の貨物輸送を廃止。
- 3月28日 - 野球シーズン時の臨時増発を縮小、この年より、多摩湖線の野球開催日臨時「準急」が廃止され再び多摩湖線は種別が「普通」のみになる。
- 5月25日 - E851形さよなら運転実施。
- 多摩川線・多摩湖線から701系・401系が運用終了。
-
1997年(平成9年)
- 西武グループホームページ開設と同時に西武鉄道ホームページ開設。
- 2月21日 - 701系・401系が運用終了・形式消滅。701系・401系さよなら運転(701系4両が西武新宿-西武球場前間を事前に抽選で当選した乗客の乗せて臨時往復、401系2編成4両が池袋-西武球場前間を事前に抽選で当選した乗客の乗せて臨時往復した)・さよならイベントが西武球場前駅構内で行われた。
- 保有車両数1200両突破。
- 「西武ライオンズ '97パ・リーグ優勝記念レオカード」発売。
-
1998年(平成10年)
- 3月26日 - 営団地下鉄(現東京地下鉄)有楽町線との相互直通運転開始。有楽町線直通の「準急」が登場。野球シーズン時の臨時増発を2年ぶりに見直し、この年は新宿線直通の野球開催日臨時「快速急行」が廃止され、「普通」、「準急」、「急行」に格下げ。競輪の臨時増発も変更し、西武新宿-西武園間直通往復の「快速急行」も廃止となる。一方池袋線は野球開催日の有楽町線直通電車を運行開始し、「区間準急」の運行開始した。
- 1999年(平成11年)までにかけて新宿線・池袋線の大半の駅で発車メロディの変更を実施した。車掌の手笛での発車の合図を廃止し(ワイヤレスマイク不具合によるメロディ再生不能の場合の、手笛合図による代用を除く)、各駅停車しか停まらない駅でも発車メロディが鳴るようになった。同時に約30種類あったメロディが7種類となり(ただし萩山・西武遊園地・西武秩父・武蔵境・白糸台・是政の各駅は例外)、メロディの後の男女声優の声による「電車が発車します、ご注意下さい」がなくなる。
- 「西武ライオンズ '98パ・リーグ優勝記念レオカード」発売。
- 1999年(平成11年)
- 4月 - 田無駅の自動改札化をもって、多摩川線と武蔵横手 - 横瀬以外の全駅で自動改札化完了。
- 10月14日 - 「西武秩父線開通30周年記念入場券」発売。
- 11月11日 - 「平成11年11月11日 1づくし記念乗車券」発売。
-
2000年(平成12年)
- 2月20日 - 新宿線に20000系が登場。
- 3月4日 - 「平成12年3月4日 春うらら1・2・3・4カウントアップ記念乗車券」発売。
- この年から翌年にかけて、客室窓に注意書きステッカーが貼られた(2007年7月 - 8月に現行のデザインのものへ変更)。
- 10月14日 - パスネット導入、レオカードはSFレオカードとなる。パスネット導入に従い、初代のレオカードのみ対応の平成初代券売機本線系から消滅。
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2001年(平成13年)
- 4月1日 - すべての自動改札機がカードの二枚重ね対応完了。ペットの車内への持ち込み無料化。フェアスルーシステム(不正乗車防止システム)導入。
- 12月15日 - 新宿線から朝ラッシュ上りのみの「快速」廃止。
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2002年(平成14年)
- 5月30日 - 日本民営鉄道協会に加入。
- 「西武ライオンズ 2002パ・リーグ優勝記念レオカード」発売。
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2003年(平成15年)
- 3月12日 - 池袋線から「区間準急」廃止。
- ホームの自動放送が「白線の内側で…」から「黄色い線の内側で…」へ変更された。
- 初代のレオカードのみ対応の初代券売機多摩川線からも消滅、全線から初代レオカード対応券売機消滅。
-
2004年(平成16年)
- 春に総会屋への利益供与問題、10月には有価証券報告書虚偽記載問題が相次いで浮上し、西武グループに君臨して来た堤義明(康次郎の三男)が会長を退任。株価は急落し、東証はペナルティとして、翌11月16日の取引終了後に監理ポストから整理ポストへ移動させ、1か月後の上場廃止を決定した。西武はジャスダックへの上場を表明しているが、上場申請が認められるかどうかは不透明であり、西武鉄道は現在経営上の岐路に立たされている。さらに、2005年(平成17年)3月3日に義明が証券取引法違反(有価証券報告書虚偽記載並びに内部者取引)容疑で逮捕されたため、国土交通省鉄道局は西武鉄道に対し処分を行ったが、「今回の逮捕は有価証券報告書虚偽記載問題によるものであり、鉄道事業の基本である安全運行に直接関わるものではない」として、厳重注意処分に留めた。
- 平成5代目のPASMO対応券売機が登場。初のタッチパネル式になる。
- 12月 - 製造当初から西武最初の黄色電車だった(当初は黄色とベージュのツートンカラー)旧101系が本線系(新宿・拝島・国分寺・西武園線の各線と池袋・豊島・狭山・西武秩父線の各線。西武有楽町・山口線は登場当初から走ったことがない)での運用終了。ツートンカラーに戻されていた193Fと197Fで、101系(低運転台)さよなら運転が行われた。現在は多摩川線のみに残る。
- 「西武ライオンズ 2004日本シリーズ優勝記念SFレオカード」発売。
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2005年(平成17年)
- 3月26日 - 旧西武グループ体制がこの日で崩壊。
- 3月27日 - 西武ホールディングスの一企業として西武グループ再編。経営陣を一新。
- 7月3日 - 1992年から使用していた運行管理システムを老朽化に伴い、池袋線系統で13年ぶりに更新した。それによるホーム自動放送の変更に伴い、声優が上りは豊田真由美・下りは関根正明に交代した。
-
2006年(平成18年)
- この年から女性の駅員が採用されるようになる。
- 4月27日 - 普通乗車券・特急券の払い戻し手数料が100円に統一された。
- 9月24日 - 新宿線系統でも運行管理システムが14年ぶりに更新された(ホーム自動放送の変更は前日に実施)。
- 7月 - レッドアローを完全禁煙車化。特急券の発売駅全駅で端末更新。3代目特急券券売機登場。
- 11月11日 - 「小江戸川越鉄道開設111周年記念乗車券」発売。
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2007年(平成19年)
- 3月18日 - PASMO導入。自動改札機のない多摩川線や西武秩父線などの駅にもICカード専用簡易改札機が設置された。
- 4月1日 - 新シンボルマークを採用することを発表http://www.seibu-group.co.jp/railways/kouhou/news/2006/0327.pdfした。
- 5月8日 - PASMO導入に合わせ、特急券のインターネット予約サービスを開始。
- 6月27日 - 遠隔放送装置を導入。放送範囲は、全駅一斉、複数駅指定、駅個別の3種類であり、駅構内のうち、上りホーム、下りホーム、コンコースの3エリアである。優先順位は、電車の発車メロディ、車掌とホーム係員のワイヤレスマイク放送、遠隔放送、電車の行先種別を案内する自動放送、の順である。
- 7月3日 - 練馬駅・練馬高野台駅・西所沢駅にTOMONY第1号店開店。
- 8月16日 - 新宿線で女性の車掌が誕生。
- 12月3日 - 吾野変電所、正丸変電所に環境配慮型蓄電装置の導入により、飯能 - 西武秩父間で、常時回生ブレーキ車の走行が可能になる。
- 12月8日 - 「多摩川線開通90周年記念乗車券」発売。
-
2008年(平成20年)
- 3月9日 - 池袋線系統所属車を皮切りに新シンボルマークを車両に貼付。
- 3月27日 - 約20年ぶり(正式には18年ぶり)に制服を一新。
- 4月26日 - 新宿線に30000系が登場。西武新宿駅で記念式典が行われる。5月27日には池袋線でも営業運転開始。
- 6月14日 - 東京地下鉄副都心線乗り入れ開始。新宿線で「拝島快速」運行開始。
- 「埼玉西武ライオンズ 2008日本シリーズ優勝記念一日乗車券」発売。
近年、犬猿の仲と称された
小田急電鉄と営業資産(観光地や鉄道ハード)の協力関係、共通商品の開発に乗り出して功を奏している。
鉄道事業
路線
現有路線の総延長は179.8km、旅客
営業キロは176.6kmである。成立や運転系統により、池袋線系と新宿線系におおむね大別できる。
路線図(公式サイト)
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池袋線系
新宿線系
独立線系
新交通システム
休止路線
廃止路線
譲渡路線
優等列車
西武鉄道では有料の
特急列車「
レッドアロー号」を
1969年から運行しており、現在では系統に応じて下記の愛称が付けられている。詳しくは列車記事を参照のこと。
- 「ちちぶ」
-
池袋線・秩父線経由で池袋駅・所沢駅 - 西武秩父駅間を運行する列車。
- 「むさし」
- 池袋線の池袋駅 - 飯能駅間を運行する列車。
- 「小江戸」
-
新宿線の西武新宿駅 - 本川越駅間を運行する列車。
- 「ドーム」
- 池袋線・狭山線経由で池袋駅 - 西武球場前駅間を運行する臨時特急。野球開催時、国際バラとガーデニングショウ開催時に運行される。
車両
2006年
7月22日現在、優等列車用84両、通勤用1,138両、
新交通システム用12両、
電気機関車4両の計1,238両を保有する(緊急予備車・休止車両・保留車を除く)。各系列の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照のこと。戦後長らく
西武所沢工場において大手私鉄では珍しい新造車両の自社製造を続けていたが(一部車両メーカー製も並行して導入された)、
1999年をもって終了し、それ以降は外部の車両メーカーからの調達のみとなっている。
現有車両
優等列車用
通勤用
-
30000系(愛称スマイルトレイン)
-
20000系
-
9000系
-
6000系 - 一部の編成を除いて地下鉄有楽町線直通運転対応。一部の編成は地下鉄有楽町線・副都心線直通運転・ワンマン運転対応。
新交通システム用
-
8500系(レオライナー)- 大手私鉄では唯一の新交通システム。ワンマン運転。西武鉄道ならびに新交通システム初のVVVFインバータ搭載車。
電気機関車
貨車
過去の車両
優等列車用
通勤用
自動空気ブレーキ搭載通勤車
合併前の通勤車
電気機関車
ディーゼル機関車
蒸気機関車
軽便鉄道(おとぎ線)用車両
車両基地・車両工場・車両検修場
所有する工場・車両基地
車両を製造した企業(保線車両などを除く)
留置線・場所
運賃
フリーパス
西武鉄道は、沿線に
秩父や
川越といった有名観光地があり、観光客向けに「フリーパス」を発売している。
西武鉄道は、2003年に
小田急電鉄と業務提携を結んでいることから、小田急線で発売している各種フリーパスも発売している。また、特典には西武線乗車駅から西武線
西武新宿駅の往復乗車券が足されている。以前は
自動改札機が通れず、有人通路を通る紙の切符だったが、1999年から磁気化された。
提携など
主要グループ企業
関連施設・事業
西武鉄道と関わりのある芸能人
-
渡辺美里 - 1990年から2005年まで西武球場(西武ドーム)コンサートライブ観客輸送列車「MISATO TRAIN」を運転(ただし、2001年 - 2003年は「臨時」)。2004年のMISATO TRAINでは特別車掌も担当した。
-
設楽統 - 1992年に半年間だけ駅員として勤務していた。現在は芸人に転じてバナナマンとして活躍中である。
-
野月貴弘 - SUPER BELL"Zの車掌DJで、西武ファンフェスタ等でライブを行ったほか、西武鉄道の列車をキャラクター化し、戦隊風にアレンジした鉄道戦隊☆レオレンジャーを手がけた。
-
立川真司 - 2003年以降の西武電車フェスタ・研修場まつりで電車のマネショーを開いている。
-
土屋礼央 - 国分寺市出身であり、子供の頃はよく西武線を利用していたと自身のラジオ番組などで語っている。ちなみに語っていたところによると、好きな電車はレオライナー(8500系)で、西武線のNゲージも持っている。
その他
- 地元埼玉県の放送局であるテレビ埼玉(テレ玉)と、エフエムナックファイブ (NACK5) の主要株主でもある。当然、ライオンズ戦中継も放送されている。
- 他社と比較して連続立体交差化が遅れており、いわゆる開かずの踏切を多数抱えている。特に新宿線系統においては高架線が少なく、周辺自治体からの要望が多い。
-
小田急電鉄、京浜急行電鉄、近畿日本鉄道と同様「ストライキのない私鉄」として知られており、信頼は高い(私鉄総連にすら加盟していない)。
- 関東大手私鉄の中で、唯一テレビCMを流していない。ただしJR東日本のトレインチャンネルや自社の西武スマイルビジョンでは放送したこともある。
-
東京急行電鉄や京王電鉄と同様に、中古車両が地方私鉄で活躍しているケースが多い。西武グループの地方私鉄(近江鉄道など)に回すケースが多いのも特徴である。
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京王電鉄・阪急電鉄・京阪電気鉄道と並び、電車の正面側に特製のヘッドマーク取付を行うことが多い。過去のヘッドマークデザインを公開したイベントも実施したことがある。
- 1945年(昭和20年)の武蔵野鉄道・西武鉄道(旧)との吸収合併、1946年(昭和21年)の西武鉄道への社名変更が行われた後も、武蔵野鉄道のメイン路線である現・池袋線のことを「武蔵野線」と呼び続けたり、鉄道路線図などに通称的に記載される場合があった。しかし、1952年(昭和27年)に正式に「池袋線」と名称を変更されたのを機に、以降には路線図や地図で「武蔵野線」と書かれることは、ほぼなくなった。無論、現在運行されているJR東日本武蔵野線(JR貨物の武蔵野線区間も含め)との関連は全くない。
関連項目
脚注
外部リンク
社
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