西武ドーム(せいぶドーム)は、
日本の
埼玉県所沢市にある
ドーム球場。
プロ野球・
埼玉西武ライオンズが本拠地としている。施設は
西武鉄道が所有し、西武レクリエーションが運営管理を行っている(一部メンテナンス業務は協栄などに外部
委託)。ドーム化前の呼称は
西武ライオンズ球場(せいぶライオンズきゅうじょう)。
西武球場という通称表記も多く使用されていた。今でも「西武球場」と呼ぶ人も多い。
2005年
3月1日より球場名の
命名権(ネーミングライツ)売却により、呼称に企業名を冠していたが、契約解除により、
2008年1月9日からは再び
西武ドームを正式呼称としている(命名権に関する詳細は後述)。
概要
元々は「西武園球場」という小規模な
球場で、
アマチュア野球を中心に使用され、プロ野球の二軍戦である
イースタン・リーグの試合もごく少数行なわれていた。その後、プロ野球開催可能な貸し球場として1978年6月、改築工事に着手。その最中、
国土計画がクラウンライターライオンズを買収、西武ライオンズと改称し、新球場を同球団の本拠地として使用することを決定。屋外球場
西武ライオンズ球場として
1979年に開業した。平地にスタンド部分を建てるのではなく、
丘陵地を掘り起こして造成し建設に至った。観客は全て外野中央口からの入場となり、バックネット裏へは球場内のスタンド後部通路を通り、場内を半周して席に着くことになる。こけら落としとなる初めての公式戦では前
内閣総理大臣だった
福田赳夫が
始球式を務めた。
なお、西武園球場時代と現在ではフィールドの向きが反対であった。以下は空撮写真による比較。
ドーム
1999年に日本で5つ目のドーム球場として生まれ変わった。既存施設に後からドームの屋根を架設するという異例の建設方式によって作られた。
1998年に観客席部分に屋根がついた第1次工事完了時に
西武ドームと改称。ただしこの年はグラウンド部分がまだ屋根で覆われていなかったため、“ドーム”と名乗っていながら雨天で試合中止となったケースが何度かあった。同年シーズン終了後、グラウンド部分の屋根取り付け工事が行われ、翌
1999年からは完全なドームの形状となった。なお、この工事に伴いグラウンドも両翼95 m、中堅120 mから「国際規格」と呼ばれる両翼100m、中堅122mに拡張された。ファウルポール際のスタンドにその名残がある。
これにより“雨天”による試合中止はなくなったが、
台風等があった場合に選手・観客の安全面を考慮して試合を中止することはある。実際に
2004年10月20日に予定されていた
日本シリーズ・西武対
中日の第4戦が台風の影響で中止、1日順延となっている。ドーム球場での日本シリーズ試合中止はこの時が初めてだった。
屋根付き球場だが、他のドーム球場と違い屋根とスタンドの間に外観が見える吹き抜け形式で、自然の空気も取り込めることから、空調設備はない。現存するドーム球場の中で最も低コストで造られ、最も環境に配慮された球場としてよく評価される。屋根は柱で支えられているが壁面が無いため、
日本で唯一の場外ホームランの出るドーム球場の異名をもつ。実際、
アレックス・カブレラはしばしば場外弾を打っている。
内陸の
狭山丘陵に位置する立地条件と、空調が無く全て自然通気に依存しているというドーム内の条件もあって気候に左右されやすく、また強制的に換気を行う設備も設けられていないことから、春先や秋口のナイトゲームは寒く、夏場は蒸し暑く、さらに降水時には湿気がこもり、時にはフィールド内に
霧が立ち込めることもある。ドーム化によって降水はしのげるようになったものの、気候に左右されるという点では屋外球場時代から変わっておらず、またその反面、通気条件が低下したこともあってその傾向はより顕著となり、春先や秋口、降雨時などには防寒対策が、夏場には
熱中症対策が必要になる。こうした事から場内で販売される飲食物の売り上げ傾向にも特徴があり、寒い時期には球場では定番の
ビールをはじめ
ジュース、
アイスクリームなど冷たい物の売り上げが落ち、逆に
甘酒、
おしるこ、
ホットコーヒーなどの暖かい物が良く売れる。一方、蒸し暑い夏季(7月~8月)には球場内が蒸し風呂状態になるため、冷たい物が良く売れる。現在も、屋外時代の解放的なムードを懐かしむ旧来の西武ファン・野球ファンの間ではドーム化に批判的な意見が多い。
他の球場と同じく打球が天井に直撃した場合、インプレイのままフライとして扱われるが、アレックス・カブレラがホームラン性の天井直撃の当たりを連発したため、外野の天井に当たった場合はホームランとする新たなルールが作られた。その後カブレラは新ルール適用となる本塁打を放ち、レフトの天井に記念プレートが設置されている。
観客席
外野席は殆どが人工芝席。一部長椅子によるベンチ席も存在するが数は多くない上、野球応援時は
私設応援団がそこで応援を行うために座れる席はより少なくなる。ドーム化前は
天然芝(芝生席)だったが、ドーム化以降は
人工芝に変わっている。ドーム化前の天然芝による芝生席は基本的に芝生保護の関係上、公式戦開催期間中の週末・祝日・並びに夏休みのシーズンと優勝決定がかかった試合、
日本シリーズのみに限定して開放していた。ドーム化の基礎として、観客席をドーナッツ状に覆う鉄傘部分が完成した
1998年も外野席は天然芝だったが、鉄傘により日陰となった観客席の日照量が著しく落ちたため芝生が枯れ果ててしまった。内野席は自由席も含めほぼ全ての席にカップホルダーがついている。バックネット裏はスペシャルシートとされており、座席が革張りである、勝利時はビクトリーロードを通る選手と直接触れ合えるなど他の観客席とは一線を画している。この席は1席ではなく2席単位で販売されている。また、ベンチサイドシートとバックネット裏は年間チケットが発売されている。バックネット裏は4席単位でのボックスシートとしての販売となっている。これ以外にも特別観覧席として事前予約が必要なスイートルームがある。
埼玉西武ライオンズが勝利すると選手たちは、バックネット裏の「ビクトリーロード」と呼ばれる階段を通ってロッカーに引き上げる。ファンにとっては選手とふれあうチャンスの場である。しかし、
ビジターチームおよび敗戦時のライオンズはベンチ裏にある長い階段を通らなければならない。
ドーム球場の屋根
球場開き以後、
1997年までスコアボードの広告以外、フェンス・スタンドの
広告は一切排除されてきた。
1998年にスタンド(観客席)の屋根部分に初めて広告看板が設置され、
1999年の完全ドーム化でレフト・ライトのポール際のフェンスにそれぞれ4枚ずつの広告が貼り付けられるようになった。なお、通常のドーム球場の外野席に設置される巨大な広告看板は、既存球場に屋根を敷設した工法であることから設置できないため、内外野席とも一般的な横長サイズの看板を設置している。なお、左翼側スタンド上の天井に設置されている
文化放送(JOQR)の看板に打球を直撃させた選手には、同社から1000万円の賞金が出るが、未だ達成した選手はいない。
スコアボード・ビジョン
スコアボード棟は開場以来、デザインの変更が行われておらず、表示部分などを改修しながら使用している。
1978年の起工時、最初に完成したのがスコアボード棟であり、更地にスコアボードのみ完成していた状態で新生西武ライオンズの写真撮影が行われた。
2007年まで使用されたスコアボードは高輝度放電管方式の横スクロール形式で、左側に選手表示、真ん中に大型映像装置、右にスコア=10回まで表示可能〔11回以降は、1~10回データをクリアして1回から入力〕と審判団の表示がある)。中央カラービジョンは
1987年から
1994年までは
ソニー製「ジャンボトロン」が使用されていた。
1995年に改修された際に
東芝ライテック製のスーパーカラービジョンに取り替えられ、
2007年シーズン終了まで使用された。
西武ライオンズ球場だった時代、
南海ホークス(当時)・
河埜敬幸選手の「埜」の文字データがなかったため、選手名に「河の」と表示されたことがあった。また2007年までは
北海道日本ハム・
MICHEAL投手の表記が「MICHEL」になっていた。
2007年オフから
2008年春まで行われた改修工事ではスコアボードも全面改修され、同年3月より全面フルカラー
LEDに。表示部には
松下電器(現:パナソニック)製の
アストロビジョンが採用された。寸法は縦6.5m、横幅49mという長大なもので、
ハイビジョン映像に対応している。スコア表示にはコンピューターグラフィックスを使用しており、選手名は左端に横書き表記で、スコアは右端上部に表示される。球団が同年
3月16日から1ヶ月間にわたって一般公募でこの大型ビジョンの愛称を募集した結果、2,514通のうち最多の254件の応募があった
L Vision(エルビジョン)を採用、
4月26日に命名された。同年の改修ではこの他、バックネット裏のサブスコアボード下に縦1.152m × 幅30.72mのリボン状の新型映像装置が設置された。
バックスクリーン
バックスクリーンは横に分割されており、上部にスライドさせることができる。外野フェンスのセンター部分も左右に開くことができ、試合前に使う打撃練習用のネットはここから出し入れされている。時間によってはここからグラウンドを見渡すことができる。またコンサートなどのイベント時、機材の搬入口にもなる。
西武球場・西武ドームと花火
屋外球場の時代から当球場の恒例行事とされたのが、細谷火工による
花火の打ち上げである。これは西武ライオンズの選手がホームランを放つか、ホームラン時に打ち上げる花火が試合終了後も残っていた場合で試合に勝利した場合、西武第三球場のグラウンドから花火を打ち上げて祝福するというものだった。
ドーム球場となった
1999年以後は一旦この花火打ち上げが中止された。
2002年シーズンより西武が試合に勝利した場合、ドーム内のバックスクリーン前で
紙テープとともに花火の打ち上げによる演出が行われている。以前はホームランの際も花火の打ち上げがあったが、現在のドームで試合中に花火を打ち上げるとドーム内に煙がこもり、試合進行の妨げになるため、後にゲームセット時のみになった。
なお、
昭和天皇のご容体が急変した
1988年9月下旬から同年のシーズン終了までは、全国的な
祭祀を自粛する風潮の中、それに従う形で花火の打ち上げは一切中止された。
画像:Seibu Dome baseball stadium - 08.jpg|バックネット裏の通路(ビクトリーロード)
画像:Seibu Dome baseball stadium - 27.jpg|一塁側ブルペン
画像:カブレラ地蔵.jpg|球場外にあった、カブレラ地蔵(2008年開幕前に撤去)
2007年~2008年の大改修
西武ドームでは1979年の開場以降、ドーム化とフィールドの拡張以外には大規模な施設の改修が行われておらず、特に観客向けの設備は開場以来、抜本的な改修が行われてこなかった。スタンドは掘り下げ式で、売店やトイレなどは全てスタンド最上段の通路沿いに集中して設けられており、またスタンド中段にはこうした設備が一切設置されていない。そのため観客が各種設備を利用するには階段の上り下りが必要で、
バリアフリー対策の立ち遅れが長年指摘され続けてきた。この間、他球団の本拠地では新球場が建設された他、既存球場でも新たな設備が相次いで整備され、それぞれ特色を活かした誘客策を導入している。西武ライオンズは
2007年、この西武ドームの設備面での立ち遅れに加えてチーム成績の低迷、さらには
3月9日に発覚した裏金問題などが大きく影響したこともあって、同年シーズンの年間観客動員数において12球団ワーストという結果に終わった。
西武球団は前述の裏金問題を受けて、コンプライアンスや地域密着型の球団経営の理念などを掲げた「西武ライオンズ憲章」を同年
8月26日に制定。その中で球場施設について“スタジアムを快適な「感動空間」へと創造します”と定めた。これに従って施設改修に本格的に着手することが決まり、同年オフから大規模な改修工事を開始した。
- 第1期工事
2008年3月までに、前述のスコアボードを全面フルカラーに改めたほか、人工芝を新型の「アストロステージMJ」に張り替えた。これは長さの違う二種類の芝を組み合わせ、より景観や機能を天然芝に近づけたものである。これにより、いかにも人工芝という一面鮮やかなグリーンだったフィールドが、一見天然芝のような、自然な雰囲気の色に落ち着いた。ただし、屋外の西武球場時代から長年ファンに親しまれたホームベース後方の英筆記体の
Lionsのロゴと、一塁線外側ファウルグラウンドのレオのマークは無くなってしまった(後述のベンチ変更が、この段階で既に検討されていたことが背景にある)。また、内外野のフェンスを従来の5倍の衝撃吸収性のあるラバーに張り替える工事が行われ、観客が使用する
トイレもリニューアルしている。音響設備も新型の中型ラインアレイスピーカーに改められ、遠くまでクリアな音が聞こえるようになっている。総工費は13億円。
- 第2期工事
続いて、2008年11月中旬から第2期工事に着工した。
エレベーターの増設など内野スタンド部分のバリアフリー化が図られる他、テラスシートや
フィールドシートの設置や、内野席中段部分にレストラン、売店、トイレ等が増設される予定。この第2期工事は総工費17億円をかけて行われる予定である。なお第1期工事の段階で既にファウルエリア部分が一部改修されており、
ブルペンの位置をインフィールド側へ移動し、フィールドシートを設置するスペースが確保されている。このためファウルエリアは改修前よりも若干狭められている。この第2期工事に先行して、前述の各種設備等の増設に向けた準備工事が同年5月下旬から行われ、内野スタンドのうち一、三塁側上段部分の一部(内野指定B席約2,400席分)を閉鎖して盛り土部分を開削した。これに伴って同年
5月31日の
セ・パ交流戦・対
中日ドラゴンズ戦から同年シーズン終了までの間、工事を実施している箇所のチケットは発券されなかった。
また2009年シーズンから、埼玉西武が使用するベンチを従来の一塁側から、駐車場や球団寮など各施設により近い三塁側へ変更することも決定した。
命名権
- 命名権による名称の変遷
- インボイスSEIBUドーム(2005年3月1日 - 2006年12月31日)
- グッドウィルドーム(2007年1月1日 - 2008年1月8日)
インボイスSEIBUドーム
西武グループは2004年、経営改善策の一環として西武ドームの施設名称と二軍のチーム名称について
命名権(ネーミングライツ)を売却することを決定。取得に名乗りを上げたのは、
インターネット関連業の
インボイス(以下「インボイス社」)。まず同年
12月29日に二軍の命名権を3年契約で取得することに合意し、翌2005年シーズンから球団名を「インボイス」とすることを発表、1月25日にプロ野球実行委員会で承認された。インボイス社は同日、西武ドームの命名権についても2005年シーズンからの2年契約で合意。3月1日から名称を「
インボイスSEIBUドーム」に改称した。
インボイス社は当初「ドーム名を“インボイスドーム”としたい」としていたが、西武側は「“西武”の文字を入れてほしい」としてこれを却下。また、ドームの最寄り駅である
西武狭山線・
山口線の
西武球場前駅についても「“インボイスSEIBUドーム前駅”に改称してほしい」と申し入れたが、
鉄道駅の名称変更には様々な事務手続きなどを行わねばならず経費も掛かるなど煩雑なため、これも受け入れられなかった。
改称を機に、ドーム内の各所や球場スタッフの制服などに「INVOICE」の社名ロゴが入れられた。またインボイス社は株主優待策のひとつに、西武ライオンズのパ・リーグ主催試合のチケット引換券を設けるなどした。また、プロ野球の公式記録や各種報道機関に於いては「インボイスドーム」や「インボイス西武」などと略する形で称されていた。
インボイス社は当初、これらの命名権について10年以上の長期契約を望んでおり、2007年以降も命名権を取得したいとして、契約が切れる2006年シーズン中からその旨を西武側に申し入れていたが、西武側は「契約満了で、2007年以降は更新しない」とインボイス社側に通告。結局2006年9月8日、インボイス社は契約更新を断念。二軍の契約も1年を残し解除する事を決定し、これら「インボイス」を冠する名称は同年いっぱいで使用を終了することになった。
グッドウィルドーム
西武はインボイス社に代わる命名権の新たな契約先について検討を進めてきたが、2006年12月2日、人材派遣会社の
グッドウィル・グループと
2007年1月1日からの5年総額25億円(金額は推定)契約に合意。年末までに隣接する西武鉄道の西武球場前駅の誘導看板やドーム看板など変更の準備を進めて、同日から「インボイスSEIBUドーム」を「
グッドウィルドーム」に、二軍を「インボイス」から「
グッドウィル」に改称した。
これに伴い、西武ライオンズ球場開場以来、初めて球場名から「西武」の名前が消えた。
日本放送協会(NHK)では「グッドウィル西武ドーム」と一時呼称されたことがある。
ところが、
2007年12月、
グッドウィルが違法な派遣業務を行っていたことが発覚、
厚生労働省から事業停止命令を受けた。このため、同社は西武球団に命名権の契約解除を申し入れ、同球場を所有する西武鉄道とライオンズ球団側もそれを受け入れ、わずか1年で球場と二軍の名称から「グッドウィル」が消えることとなり、
2008年1月9日付で球場名が「西武ドーム」に戻り、二軍チーム名も一軍と同じ「埼玉西武ライオンズ」に改められた。
その後
グッドウィル・グループとの契約解除を受け、西武側では命名権の新規契約については2008年シーズンの導入を見送る方針を決定。翌
2009年以降については「慎重に検討する」と発表した。
なお、2008年
11月23日に所沢市中心部で行われた「優勝パレード」と西武ドーム周辺で行われた「ファン感謝の集い」に出席した埼玉西武・
後藤高志オーナーは、2009年の命名権導入再開について「契約先のイメージが球団にかかわってくるリスクが生じる」として、慎重な姿勢を改めて示している。
フィールドデータ
周辺の付属施設
- 球団事務所
- : ドーム左中間場外、狭山スキー場管理棟1階にある。通路には所沢移転以降の球団の歴史に関する展示コーナーがある。この他グッズショップ、カレーショップ「シエール」が同フロアにある。2階には中華料理店「獅子」があり、同フロアからドーム左翼側の通路に直接出ることができる。
-
西武第二球場
- : 西武の二軍が本拠地としている他、一軍もドームでの試合前等に練習を行うことがある。
- 屋内練習場
- 若獅子寮(西武ライオンズ合宿所)
- 西武ドームテニスコート
現存しない施設
-
西武第三球場
- 主に練習用。2003年限りで閉鎖し、観客サービス改善のため2004年に約600台収容の観客用駐車場が設けられた。
プロ野球以外のイベント
アマチュア野球
西武ドームではアマチュア野球の公式戦も行われている。
社会人野球では、毎年3月中旬に行われる
JABA東京スポニチ大会の開催球場のひとつとなる。また
全日本クラブ野球選手権大会の本大会が、1979年から1995年までは西武球場・西武第三球場で毎年、以降は隔年で行われている。
都市対抗野球の予選が行われることもある。草野球では、
ストロングリーグにより、2004年から
全国軟式野球統一王座決定戦・ジャパンカップの全国大会に使用されている。
高校野球では、1981年から1991年までは
全国高等学校野球選手権大会の
埼玉大会の開催球場の一つとして使用された。これは、埼玉大会の参加校が急増していたことが背景にあり、埼玉県内の高校野球でメイン球場として使用する
大宮市(現:
さいたま市大宮区)の
埼玉県営大宮球場では、当時フィールドが狭隘の上に老朽化していたため開会式を行うのが困難になったのがその理由である。初年度の1981年、西武球場では開会式とその直後の試合のみが行われ、翌1982年からは準々決勝(1984年からは準決勝)以降の試合も西武球場で行われた。
県営大宮球場が1992年に改修されてからは、西武球場・西武ドームが高校野球公式戦で使用されたケースはない。
コンサート
1986年から
2005年まで、毎年夏に行われていた
渡辺美里のスタジアムライブが良く知られる。ライブ開催当日には
西武鉄道による特別電車も運行されたほどである。
なお、東京近郊という立地条件の関係で、アーティストの「ドームツアー」の中には含まれない事が多い。
通常、4大ドームツアーというと
東京、
名古屋、
大阪、
福岡、5大ドームツアーはそれに
札幌を加えたものになる。
- コンサートを開催した主なアーティスト
高校生クイズ
ゴルフ
1996年に
フジテレビ系列で放送した毎年恒例の真夏の祭典・
FNSの日で、『FNSの日・10周年記念 1億2500万人の超夢リンピック』のゴルフ予選会として開催した「ゴルフ・池ポチャアプローチ選手権」の会場として使用された。
その他のイベント
交通機関
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脚注
関連項目
外部リンク