駅構造
単式1面1線と
島式1面2線の
ホームを併せ持つ
地上駅で、
橋上駅舎を持つ。通常使われるのは島式ホームの部分で、単式ホームは臨時ホームとなっている。
- のりば
利用状況
1日平均の乗降人員
- 2004年度:4,216人
- 2005年度:4,095人(西武鉄道全92駅中81位)
- 2006年度:4,101人(西武鉄道全92駅中81位)
駅周辺
ちなみに、当駅は
東京都にあるが、駅のすぐ先に都県境があるため西武園自体は
埼玉県にある。
路線バス
- 所18・18-1 所沢駅西口 行(松が丘中央経由)
- 所18-1 西武園ゆうえんち 行(運転日注意)
ところバス南路線(所沢駅循環コース)
歴史
当初は競輪開催時のみ営業する
臨時駅であったが、当時西武が進めていた「東村山文化園」構想にとって重要な駅と見なされるようになったこと、また従来の終点である村山貯水池駅を維持することは駅が多すぎて不合理であること、また本線と支線の分岐をつかさどる
野口信号所が当駅営業時に列車をさばききれず機能不全を起こすこと、村山貯水池駅の地元需要が少なかったことから、村山貯水池駅を当駅に統合することが決定され、
1951年3月1日に統合。同時に村山貯水池駅と野口信号所-村山貯水池間が廃止となって東村山-西武園間が本線となり、当駅も常設駅となった。
1952年
3月25日からは線路名称改正によって西武園線の駅となった。以後、
西武園ゆうえんちや西武園競輪場の最寄り駅として
西武遊園地駅とともに機能し、近年では西進して来た所沢市の分譲住宅地・
松が丘への足としても使用されている。
年表
当駅と村山貯水池駅とはわずかな間であるが互いに独立した駅として営業したことがあり、書類上も別駅扱いであるが、現在では同一視して「当駅の前身駅」とされている。以下の年表はそれを考慮したものである。
駅名の由来
駅名の由来については不明な点が多い。
西武園競輪場を含む各施設を総称した「西武園」の名にちなむと解釈するのが素直であるが、駅の開業時にはこの一帯は「東村山文化園」を称し、競輪場も「村山競輪場」を名乗っていて、「西武園」の名はどこにもなかった。当駅以外で「西武園」の名が登場するのは
1951年に一帯が「西武園」、
1954年に競輪場が「西武園競輪場」と改称されて以降のことで、なぜ駅のみ先行して「西武園」とされたのかは明らかでない。
ただし公文書などによると、西武は当駅の設置申請書の中で「西武園競輪場」の名称を使用したり、
競輪自体を「西武園競輪」の名前で開催しようとしたりしている。しかし実際には文書の中で「西武園競輪場」を用いたのは申請側の西武だけで、認可側にあたる
運輸省の東京陸運局は認可状の中で「埼玉県営競輪場」と呼んで事実上無視し、「西武園競輪」は主催である埼玉県の反対に西武が折れ「村山競輪」に変更となっている。
これらのことがどこまで当駅の駅名と関係があるかはつまびらかではないが、当駅の開業前後に西武が駅名以外で「西武園」を使用することに対し、周囲からの理解や合意を得られなかったということは注目に値する。
隣の駅
- 西武鉄道
-
■西武園線
- : ■急行・■普通
- :: 東村山駅 - 西武園駅
関連項目
外部リンク
参考資料
- 野田正穂「西武鉄道と狭山丘陵開発 —東村山文化園から西武園へ—」(『東村山市史研究』第13号・東村山ふるさと歴史館、2004年3月)
- 運輸省編『西武鉄道(武蔵野鉄道)・昭和19-23年』(運輸省文書)
- 運輸省編『西武鉄道・昭和24-26年』(運輸省文書)
いふえん
駅せいふえん
駅せいふえん
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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