略歴
出世作である『
祭りの準備』で
ヌードになっているが、にも拘らず清純派と称され「
お嫁さんにしたい女性No.1」とも言われた。この他にもドラマや雑誌グラビアでヌードを披露するも、その後も清純なイメージを失わなかった。
1984年には、
赤坂プリンスホテルにて竹下より15歳年上だった
写真家の
関口照生と挙式し、その後2男をもうけた。
名古屋(愛知県)出身の芸能人として
1990年代頃まで、かつて名古屋(愛知県)出身の芸能人は、出身地をあまり表に出さずに活動する人が多かったが、その中で竹下は名古屋出身であることを早い時期から公言していた。レギュラー解答者時代の『
クイズダービー』では、司会の
大橋巨泉から名古屋ネタをよく振られたり、『クイズダービー』以外の
バラエティー番組に出演する際にも、度々流暢な
名古屋弁でのトークを披露したりするなど、竹下のパーソナリティの1つとして広く認知されてきた。最近になり名古屋出身を前面に出して活動する芸能人は増えたが、その先鞭を付けた点で竹下の存在は大きい。
また、2005年に開催された
日本国際博覧会(愛・地球博)では、長久手日本館の総館長を務めていた。名古屋(愛知県)出身の芸能人は他にも大勢いる中竹下が起用されたのも、そうした点を高く評価されていることの現われである。ちなみに名古屋ネタを扱った本の中には、竹下に関する記述を載せたものも多く(筆者と竹下の名古屋に関する対談を載せた本もある)、今でも名古屋出身芸能人の代表格とされている。
クイズダービーの出演
竹下は女子大生時代の頃から、『
クイズダービー』の3代目4枠レギュラー解答者(4枠の初代は
萩尾みどり、2代目は岸じゅんこ)として出演、その後約16年もの間長く務め、3枠の
はらたいらに次ぐ正解率を誇った。(厳密に言えば2位は、はらの前の3枠レギュラーだった
黒鉄ヒロシの6割6分2厘)特に三択問題での正解率がはら以上に高かった為、司会の
大橋巨泉からは「
三択の女王」と呼ばれた。ただ、竹下が二人の子息の出産時の
1986年3・4月に
市毛良枝と
宮崎美子(6代目2枠レギュラー)が、
1988年10月に
原日出子が、それぞれ竹下の産休代役として4枠の席に座っている。
また同番組の本番中、とある最終問題で竹下は出場者(ギャンブラー席)全3チームに賭けられたものの、答えられず出場者全員が0点となった時、責任を感じた竹下は思わず泣き出してしまった事があった(
1987年に刊行された『クイズダービーベスト500』の竹下の寄稿文によれば、その問題は「幕の内弁当には『三種の神器』と呼ばれるものがある。かまぼこ、卵焼きとあと一つは何か」であったとのこと。ちなみに正解は魚)。その本番終了後、同じくレギュラー解答者の
篠沢秀夫や
はらたいら達に慰めてもらった、という心温まるエピソードもある。
『クイズダービー』で竹下に表示される倍率は、得意の三択問題では2倍、一般・歌詞問題では3倍が殆どであるが、たまに三択で3倍、一般・歌詞で2・4倍などの表示もあった。なお、竹下の故郷である愛知県名古屋市にちなんだ問題が出た時などは、まれに1倍がついていた。又、竹下がレギュラーになって間もない頃や、レギュラー定着後も特に5問目の難しい問題や6問目の歌詞問題で、5~10倍の高い倍率が表示される事もあった。そして最終問題では、はらよりも比較的倍率が高いので指名されることが多かった(はらは2の倍数の4倍が殆どだった。竹下は3・4の倍数の6・8倍がメインであるが、他にもまれに2・5の倍数の4・10倍の表示もあった)。出場者は7問目までで1万点を超えるケースは多いが、2万点を超えたことはあまり無かったからである。他にも10万点に届かなくても賞金を持って帰りたい場合に指名されることもある(ごくたまに第714回の様に全チーム2万点を越えていても竹下に指名して正解させたケースもあり)。稀にだが、はらたいらも正解できない最終問題で単独で正解させて、10万点に達したこともあった(第660回、第700回、第733回など)。
又同じく『クイズダービー』で竹下は、はらたいらの書く
マジックの音により、竹下本人曰く「
どういう字を書くのかがわかるようになってきたんですよ」という理由で、「
たまにカンニングをしていました」と後にバラエティー番組等で告白している。そんな中、
カンニングを大失敗したケースも有るという。1988年1月23日放送(第624回)の最初の問題出題時の事である。
その問題は「テレビが始まった頃の
エピソードです。撮影で
雪が必要になったものの、冬とはいえ
スタジオ周辺には雪が有りません。そこで悩んだ
ディレクターは、都内のある場所に出かけ雪を調達したのですが、その場所とは何処でしょう?」であった。そこで竹下は分からず、はらがなんと書くかのを待つと、竹下は「
上野」と書いた、と分かったらしい。すぐさま竹下は「上野○○○」と書いたが、なんとはらの解答と違っていた。はらが書いた正解は「
上野駅」(
青森発等の北国から来た
夜行列車の
屋根に積もった雪を調達)だった。
その後大橋巨泉が、はらの次に竹下を紹介する際「ボクはあなたが最初の二つ(上野)書いた時は、さすが景子ちゃん!と思いましたが、何か勘違いしてしまいましたね」と語ったが、その最中竹下は「キャハハ!」と大笑いして思わず手を叩く。そして「せーの、どん!」と竹下の書いた解答を開くと、その不正解の解答は「
上野動物園」だった。竹下は赤チームに500点賭けられていたが減点させてしまい、恥ずかしそうに俯きながら「ゴメンナサイ…」と謝罪している。
<!--巨泉は竹下に「動物園の何処に雪が有るんでしょうかねえ?」と質問後、竹下は「ここにネ、
観光バスがね来るんですヨ!
新潟とか
秋田からとか...(爆笑)...
山形とか、ダメかしら??」と苦しい解答理由を説明。巨泉は「
徹夜で来るわけ?駄目です」と解答理由に納得しつつも、勿論正解にしなかった。竹下は「アー!クヤシイ!!」と悔しがるが、巨泉は「イヤ、分かってるんですよ。
白クマの所から盗んで来るとかそういう事を考えたに違いない!あるいは
ペンギンの所とかね、違うんです」と指摘すると、竹下は「ソウ...!」と口を抑え笑いながら頷いた。
この間中、はらたいらの他、当時レギュラー解答者の篠沢秀夫と
山崎浩子、ゲスト解答者の
湯原昌幸達も、竹下の珍解答と解答理由に対してずっと失笑し続けていた。その後巨泉は「『上野』まで書いて『動物園』にしてしまうという人は...?」と言った後、竹下は「なんか『うえの』という感じはしたんですけどネ、『ウエノ』!後がね、やっぱりネエ...」と苦笑しながらつぶやく(その最中に湯原は「発想は良かったんだけどねえ」とコメント)。そして最後に巨泉は「ちょっとオカシイですね、今日」と、笑いながらも竹下の珍解答に首を捻っていた。-->
受賞
- 1978年 - エランドール新人賞
- 1982年 - 芸術祭 優秀賞(『モモ子シリーズI 12年の嘘』)
- 1993年 - 第17回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(『学校』)
- 1993年 - 第6回日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞(『学校』、『望郷』)
- 2000年 - アジアTV祭 主演女優賞(『夫の宿題』)
主な出演
テレビドラマ
-
太陽にほえろ!(日本テレビ・東宝)
- 第18話「つかみそこねた夢」(1972年)
- 第187話「愛」(1976年)
-
銭形平次(フジテレビ・東映)
- 第392話「泥に咲いたまごころ」(1973年) - お春
- 第467話「瓦版騒動記」(1975年) - お吉(お艶)
-
少年ドラマシリーズ / けんかえれじい(1973年、NHK)
-
白い影(1973年、TBS) - 宇野かおる
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旗本退屈男(1973年、NET・東映) - 菊路
-
銀座わが町(1973年 - 1974年、NHK)
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風の中のあいつ(1973年 - 1974年、TBS)
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大江戸捜査網 (東京12チャンネル・三船プロ)
- 第121話「無礼打ち返上」(1974年)
- 第133話「恐怖の辻斬り」(1974年)
- 第152話「命を売った女」(1974年)
- 第222話「仕掛けられた前科者」(1975年)
- 第248話「緋牡丹に賭けた恋」(1976年)
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雑居時代 第23話「末は大物?」(1974年、日本テレビ・ユニオン映画)
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走れ!ケー100 第49話「助けて! 紋太さんの幽霊だ」(1974年、TBS・C.A.L.)
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高校教師 第22話「転落・ある少女の場合」(1974年、東京12チャンネル・東宝)
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われら青春! 第18話「男のガッツと女のハート」(1974年、日本テレビ・東宝) - 風間みどり
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事件狩り 第3話「恋に生きよう! 若者よ」(1974年、TBS・大映テレビ)
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ふりむくな鶴吉(1974年 - 1975年、NHK)
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非情のライセンス 第2シリーズ 第19話「兇悪の十字架」(1975年、NET・東映) - 坂崎圭子
-
破れ傘刀舟 悪人狩り 第27話「妖花 女殺し屋」(1975年、NET・三船プロ) - お鶴
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剣と風と子守唄(1975年、日本テレビ・三船プロ)
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必殺仕置屋稼業(1975年、朝日放送・松竹)
- 第4話「一筆啓上仕掛が見えた」
- 第27話「一筆啓上大奥が見えた」
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手紙-殺しへの招待-(1975年11月、日本テレビ) ※実質的な初主演作
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痛快!河内山宗俊 第15話「地獄に花をつみに行く」(1976年、フジテレビ・勝プロ)
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俺たちの旅 第43話「愛しているから別れるのです」(1976年、日本テレビ・東宝)
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水戸黄門(TBS・C.A.L.)
- 第6部 第4話「わしは天下の大泥棒・八代」(1975年) - お夕
- 第7部 第26話「馬にひかれて善光寺・長野」(1976年、TBS) - お美津
-
赤い激流(1977年、TBS)
- 新選組始末記(1977年、TBS)
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黄金の日日(1978年、NHK)
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横溝正史シリーズII / 不死蝶(1978年、毎日放送) - 鮎川マリ
- 姿三四郎(1978年 - 1979年、日本テレビ)
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江戸の牙(1979年、テレビ朝日) - 朝比奈雪
- 草野球・草家族(1980年、テレビ朝日) 加島八千代
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華岡青洲の妻(1980年、日本テレビ) - 華岡加恵
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北の国からシリーズ(1981年 - 2002年、フジテレビ)
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ソープ嬢モモ子シリーズ(1982年 - 1997年、TBS)
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徳川家康(1983年、NHK)
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真田太平記(1985年、NHK)- 小野お通
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木曜ゴールデンドラマ / かくれんぼ(1985年、日本テレビ)
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独眼竜政宗(1987年、NHK)
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水曜グランドロマン / 手塚治虫物語 いとしき生命のために(1990年、日本テレビ)
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忠臣蔵(1990年、TBS)
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源氏物語 上の巻・下の巻(1991年、TBS)
- そよ風ときにはつむじ風(1992年、TBS)
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丘の上の向日葵(1993年、TBS)
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ぴあの(1994年、NHK)
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毛利元就(1997年、NHK)
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ママだって夏休み(1997年、NHK)
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一絃の琴(2000年、NHK)
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太陽は沈まない(2000年、フジテレビ)
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火曜サスペンス劇場 / だます女だまされる女(2000年、NTV・ジーカンパニー) ※主演
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蝉しぐれ(2003年、NHK)
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オーダーメイド〜幸せ色の紳士服店〜(2004年、NHK)
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純情きらり(2006年、NHK) - ナレーション、主人公の母
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吾輩は主婦である(2006年、TBS)
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ドラマ・コンプレックス / 私が私であるために(2006年、日本テレビ) ※2週連続同枠出演
- ドラマ・コンプレックス / 有吉佐和子スペシャル 恍惚の人(2006年、日本テレビ) ※2週連続同枠出演
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氷点(2006年、テレビ朝日) - 辻口陽子(老年期)
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こんにちは、母さん (2007年、NHK) - 荻生康子
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三十万人からの奇跡〜二度目のハッピーバースディ〜 (2008年3月、テレビ東京) - 中川智子
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土曜ワイド劇場 / 弁護士・茜沢翔子の人生相談承ります!(2008年9月、朝日放送) ※主演
バラエティ
テレビアニメ
映画
ラジオ
CM
音楽
シングル
- 結婚してもいいですか(1978年、デビュー曲)
- 私の中の女たち(1980年)
- ケイスケ(1984年)
アルバム
- 二人だけの季節(LP)
- 私の中の女たち(LP、1980年)
書籍
- フォト&エッセイ集 水中花(1978年、ペップ出版)
- ハロー・プラス・ワン(1987年、小学館)
- ファミリーへ、ウエルカム(1990年、小学館)
関連項目
外部リンク
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