私鋳銭(しちゅうせん)とは、
政府が作った公の
銭ではなく、私的に
偽造された銭のこと。
概要
奈良時代から
平安時代にかけては、
皇朝十二銭が公の銭であったが、広く私鋳銭が使われていた。
鎌倉時代以降は更に
宋銭の私鋳銭などが盛んに作られ、
室町時代中後期には最盛期を迎えた(なお、宋銭などの渡来銭そのものも当時の日本の朝廷が発行した銭ではないという意味では私鋳銭と同様であり、朝廷や
鎌倉幕府によって使用禁止令が出されたこともある(「宋銭禁止令」))。
また、劣悪な質の私鋳銭などの流通により、
撰銭などが発生した。
江戸時代に入ると幕府は
寛永通宝の流通を始め貨幣政策を強化したため、私鋳銭は徐々に姿を消していった。
私鋳銭を製造するには、種銭と呼ばれる銭を型に鋳型を造る。この種銭の善し悪しが私鋳銭の品質を大きく左右する。また、鋳型は繰り返し使用するうちに傷み、次第に銭影がぼやけ、銭名が読めなくなる。原材料は輸入した本銭に鉄などを混ぜて融解して用いた。
鎌倉、
堺、
博多などで私鋳銭の工房跡が発掘調査されている。
私鋳銭に関する罪
私鋳銭は、
和同開珎が鋳造(
708年)された直後から製造、流通していたと考えられ、翌年(
709年)には早くも私鋳を禁ずる
詔が出されると同時に、私鋳を行った者に対して
官位剥奪、
杖罪などを適用されることが規定されたが私鋳は止まず、後に首謀者に対する刑は
斬罪に引き上げられている。私鋳銭の製造は極めて重い罪に位置づけられ、
恩赦などの対象からも外される事例も見られた。
関連項目
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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