概要
人口約144万人(
2008年現在)を抱えており、名実共に
九州第一の
都市である。商業都市としての性格が強く、古くから商業がたいへん栄えている都市で、多くの
官公庁の行政機関や全国企業の支社などが置かれており、商業・業務等の高度な都市機能や広域交通機能の集積を背景に九州地方の中枢管理都市として発展してきた。
東京特別区を含む都市の人口では全国で8位であり、また福岡市周辺には
都市雇用圏人口で全国第5位の規模を持つ
福岡都市圏を形成する。
百貨店、大型ファッションビル、
地下街などがある
天神が商業の中心地区であり、1990年代からは
大名など天神の周辺地区にも多くの店舗が進出している。また、天神の東方に
キャナルシティ博多、
博多リバレイン、
川端通商店街などがある川端という繁華街もある。その集客力は広域に及び、
佐賀県・
長崎県・
大分県・
熊本県・
山口県などが
商圏に含まれていると言われている。さらに夜の街では全国的に有名かつ
歓楽街の規模も指折りに入る
中洲があり、中洲以外にも博多区に雑餉隈という歓楽街がある。ビジネスの中心エリアは天神地区よりも
博多部の博多駅周辺や
祇園駅周辺に集積しており、
大博通り沿いには多くのオフィスが立ち並んでいる。
福岡市は天神・博多駅周辺の都心部を中心として西に
西新地区、東に
香椎地区、南に
大橋地区の3地区をそれぞれ副都心として位置付けている。特に西新や香椎は小規模な繁華街を形成しており、さらに多数の学校や大学が位置し活気ある街として発展している。この副都心群は住環境に優れ、都心部へのアクセスが良いとして住民も増加傾向にある。なお、福岡市は人口100人あたりの学生数が6.47人で、これは日本の大都市では京都市についで2番目に多い。
市の規模に対して犯罪率(認知件数÷人口)は3.3%と高めであり、治安が良いとは言えないのが現状である。(ちなみに、他の主要都市の犯罪率は札幌市2.0%、横浜市2.1%、東京23区2.4%、名古屋市3.8%、大阪市4.2%である)
福岡市以外の地域の人は福岡市の事を指して「
博多(はかた)」と呼ぶことがある。これは、中世より現在の博多区西北部にあった街が「博多」という名前で認識されていたことや、
山陽新幹線の終着駅が「
博多駅」であり、ビジネスでも福岡へ出張することを「博多に行く」と呼んでいた程、博多という名前が浸透していたからである。「福岡」は江戸時代に現在の中央区に
福岡城を築いた際にその
城下町を「福岡」と名づけたのが由来である。歴史的にも、明治22-23年に福岡市にするか博多市にするか、議会で議論されていたくらいである。又、福岡と博多をあわせて「福博」と呼ばれることもある。
地理
(南区)より福岡市街地を望む]]
位置
地形
市域の多くは
福岡平野に含まれており、一部に小高い山なども存在するものの概ね平坦である。市域西部・西南部は脊振山地の一角を成しており、標高が高く起伏の大きい地形となっている。
市街地の海岸部は大半が埋立地であり、港湾・住宅などが建設されている。また、博多湾東部には人工島も建設されている。一方、西区の大部分や東区海の中道と島嶼部などには自然海岸も残っている。
市内を流れる河川としては、市域中心部を流れる
那珂川・
御笠川や市域東部を流れる
多々良川、市域西部を流れる
室見川などがあるが、
一級河川はない。従って自主水源に乏しくたびたび大規模な渇水に見舞われている。
長大河川はない一方で、前述のとおり平野周辺の山地から短い河川長とやや急な勾配で博多湾に流れ込む河川はおおむね市街地を経由しているため、集中豪雨があった場合に氾濫しやすく、それが福岡平野を形成したと見られるが、現代において都市治水上の課題となっている。
気候
地形や海流が複雑に影響しあい、温暖で夏期において多雨な
太平洋側気候の一面を見せつつ、冬場においては
日本海側気候の一面も見せる二面的な気候が特徴である。年平均気温は概ね17℃前後、年間降水量は概ね1500~2000mm程度で推移している。
夏期は最高でも36℃に達することは少なく、九州の他地域と比べると極端な
猛暑とはなりにくい。ただし、都市化による
ヒートアイランド現象により周辺部より気温が高い場合がある。冬期は北側の
玄界灘を流れる
暖流である
対馬海流の影響を受けるので、平野部においては最低気温が零下となることは少ないが、北西
季節風の影響を受けるため曇天の日が多い日本海側気候の特徴を見せる。
年間日照時間は概ね1800~1900時間程度にとどまっており、九州の他地域に比べてやや短い。
行政区
市街地構成
市の中央部にある
天神地区(中央区)が市の中心部で、ここには数多くのデパートやビルが建ち並んでいる。天神から
那珂川を挟んだ東隣には那珂川の本流と支流(博多川)に挟まれた
中州地形部分があるが、そこが九州最大の
歓楽街である
中洲である。そのさらに東隣は「博多」の市街地である。その博多市街地の南東に
博多駅が位置している。中洲から博多駅の間の一帯はオフィスビルやビジネスホテルなどが建ち並ぶビジネス街である。天神地区の西および西南に位置する
大名、今泉、警固では、1990年代後半ごろから主に若者をターゲットとした店舗が増え、若者の町として急速に発展している。
大名から西へ行くと
福岡城跡がある。さらに西方、天神から約4kmの位置には、福岡市の副都心を成す繁華街の
西新(早良区)がある。西新の北側は1980年代に埋立により開発された土地で、
シーサイドももちと呼ばれ、新しい市街地が形成されている。
市域東部の博多湾沖には
アイランドシティ(東区)と呼ばれる
人工島が建設されている。現在は港湾地区の一部と住宅地の一部が竣工している。将来は宅地開発による発展が期待されている。
「福岡」と「博多」
福岡は
福岡藩黒田氏の武家町、博多は古来から国際貿易港としての商人町として栄えた歴史があり、那珂川を境として元々は別々の都市であった。市制施行の際に一悶着があったが、都市名を福岡、中央駅名を博多にすることで合意(詳しくは歴史で後述)。新幹線開通時は博多が玄関口となり、博多の知名度が大きく上回ったが、今日では城下町のはずれに位置した天神地区の台頭もあり、かつての「福岡」が商業の街、「博多」がビジネス街となった。こうしたことから「博多」より「福岡」という名称で呼ばれることが多くなり、博多は都市内の一地区名でしか用いられないことが多くなった。
ただし、現在の中心部の天神地区の繁華街としての発展は、戦後旧博多部から現在の新天町に移った「博多商人」の力なくしてはあり得ない。ことに明治時代、時の博多豪商「渡辺与八郎」の尽力により、他の都市に遅れを取っていた市内電車の導入を果たし、当時多くを所有していた天神町付近(現在の天神)の土地を福岡市に寄付し、福岡市の発展に力を注いだ。そしてその功績を称え、福岡市の中心部を南北に貫く目抜き通りは「渡辺通り」と称している。市名は福岡ではあるが、その発展の基礎の多くは博多が作り出したと言っても過言ではない。
隣接する自治体
以下の各市町に隣接している。括弧内は、その市町が隣接している福岡市の行政区。
隣接市町のうち、福岡県に属している市町は、いずれも福岡市の
ベッドタウンとして発達している。しかし、佐賀県に属している市町は福岡市とは
脊振山地によって隔てられており、ベッドタウンとして発展するには至っていない。
海を挟んだ
長崎県壱岐市・
対馬市とも隣接扱いされる事もある。
電話料金は離島特例として隣接扱いである。
人口
歴史
原始
諸岡遺跡(博多区)や吉武遺跡(西区)から旧石器が出土しており、旧石器時代には既に人々が住み着いていたと考えられる。
縄文時代の遺跡としては、糸島半島東部の大原D遺跡(西区)で縄文時代早期の
竪穴住居が見つかっているほか、柏原遺跡(南区)からは草創期から後期の土器や集石炉が見つかっている。中期の遺跡として、野多目拈渡遺跡(南区)や有田遺跡(早良区)から
イチイガシなどの
ドングリ類の
貯蔵穴がまとまって見つかっている。後期の遺跡では、元岡瓜尾貝塚、桑原飛櫛貝塚(いずれも西区)などの
貝塚があり、四箇遺跡(早良区)からは多数の縄文土器や石器が出土している。
紀元前4世紀には日本最初期の
稲作が始まり、市内の
板付遺跡(博多区)にはその跡が残る。また
志賀島(東区)で発見された
金印「
倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な資料である。
後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」の記事にある印綬は、この金印のことだと考えられている。
ちなみにこの「中国に朝貢していた」という記録が金印の発見時にひとつの騒動を起こす。天明4年(1784年)に百姓甚兵衛により金印が発見されたとき、主として国学系の学者たちが「中国に朝貢していたとはけしからん。このようなものは鋳つぶしてしまうべきである」と強硬に主張し、一時、福岡藩の藩論もそちらに傾くのである。それを、藩校・甘棠館の学長をしていた儒学者亀井南冥が身体を張って阻止したという。
市内各地に
古墳が残っており、平野部には
那珂八幡古墳、東光寺剣塚古墳、梅林古墳、今宿大塚古墳などの
前方後円墳が点在し、油山などの丘陵部には油山古墳群、金武古墳群、今宿古墳群などの
円墳の分布地帯がある。
古代
663年、
百済再興を目論んで派遣した倭国軍が、
白村江の戦いにて唐、新羅軍に大敗北を喫する。唐、新羅連合軍の報復に備えた大和朝廷は、その守りとして博多湾岸に
防人を配し、
水城、
大野城などの城砦を築く。これより後、全国から徴発された若者が防人として北部九州に配備され、故郷を遠く離れて軍務に就く辛さと哀しみを詠い、
万葉集に残されている。
7世紀から11世紀にかけては、国際交流が盛んになり、665年には筑紫館(つくしのむろつみ、つくしのたち)が建設され、これが後に
大宰府の迎賓館となる
鴻臚館(こうろかん)となった。外国からの使節の接待、遣唐使などの送別といった迎賓館としての機能に加えて、貿易事務所、検疫所的な役割も果たしていたらしい。鴻臚館遺跡は
1988年に当時の
平和台野球場の外野席の土盛りの下から発見され、市民を驚かせたのだが、奈良時代は目の前が海岸であり、使節の船は沖がかりして小舟で上陸した。
なお、
遣唐使廃止の建白を行った
菅原道真が901年に大宰府に左遷されたとき、博多に上陸し、四十川(よんじっかわ)の清流を水鏡として自らの姿を見、そのやつれようを嘆いたという。その地に建立されたのが
水鏡天満宮(すいきょう・てんまんぐう)(水鏡天神)であり、福岡市の都心・天神の地名は、この事に由来する。
中世
1161年には
平清盛により日本初の人工港「袖の湊」が建設された。これは埋め立てにより埠頭を築いたもので、それだけの投資に見合う実利があったと考えられる。天神・博多部はまだ海の底であり、整備された港湾の沿岸部には
筥崎宮、
住吉神社、
櫛田神社などの大きな寺社が立地していた。中世の寺社は、貿易の重要な出資者であり、博多の冒険商人たちのスポンサーであった。
11世紀の終わりごろから、博多にはのちに「大唐街」とよばれる中国人街が形成された。異国風の建物が建ち並び、多数の外国人商人が行き交う国際都市であった。この時代に博多で活躍した中国人商人に謝国明がいる。宋の時代(日本では平安後期~鎌倉時代)、中国大陸と博多を船団を組んで盛んに往来し、日中貿易で巨万の富を築いた中国人商人は、博多に居住して活発な商業活動を行い、博多の寺院とも結び、その力は中央にも及んで特に「博多綱首」と称されるに至った(「綱首」とは「船長」の意の尊称)。
国際都市・博多は先進文化の受け入れ窓口でもあった。1195年
栄西が博多に日本初の禅寺である
聖福寺を開いたが、このときも博多綱首らが物心両面の援助をしている。栄西禅師は、中国からお茶を持ち帰り喫茶の習慣を日本中に広めたことでも知られるが、「饅頭(まんじゅう)」「饂飩(うどん)」などの日本人になじみ深い食物が日本に入ってきたのもこの時期の博多を通じてであった。
- 元寇
- しかしその反面、他国から侵略の被害にも遭っており、869年には新羅海賊が博多湾に侵入、1019年には刀伊の入寇があり、博多は常に対外的な脅威に曝されていた。その最大の脅威は、宋を滅ぼしてユーラシア大陸のほとんどを支配したモンゴルから来た。
-
高麗を屈服させた大元帝国のクビライが日本の服属を求め、鎌倉幕府がこれを拒否したことから、1274年、モンゴル人・漢人・女真人・高麗人などからなる3万人の元軍が襲来した(文永の役)。10月5日に対馬、10月14日に壱岐を襲撃し、平戸鷹島の松浦党の本拠を全滅させた元軍は、10月19日には博多湾に現れ、湾西端の今津に停泊し一部兵力を上陸させた。
- 10月20日(太陽暦では11月25日)、船団は東に進み百道原つづいて博多、箱崎に上陸し、激しい地上戦が展開された。これは、日本が開国以来初めて経験した「日本本土における外国軍との交戦」である。御家人との戦いで矢を失った元軍は撤退する。
- このときの経験を踏まえて幕府は博多湾岸に約20Kmにも及ぶ石築地を築いた。この史跡「元寇防塁」は現代にも残っている。そして、1281年に元軍が14万もの大軍で押し寄せてきたが、防塁で防衛力を固めた御家人は撃退に成功する(弘安の役)。
- そして博多湾上に浮かんだ元軍の船団に大暴風雨が襲いかかった。船団は海の藻屑となり、この大暴風雨は神仏の加護であるとして、神風伝説が誕生することとなった。この日本を震撼させ鎌倉幕府衰亡のきっかけとなった二度の戦役を元寇と呼ぶが、元寇の恐怖の記憶は長く北部九州の民衆の中に語り継がれた。
- ごく最近まで、玄界灘沿岸地方では、むずがる子どもに対して「ムクリコクリが来るぞ!」と脅していたという。ムクリ=蒙古、コクリ=高麗である。千年の時を経てなお、恐怖の記憶は引き継がれていた。
近世
1587年からは九州をすべて服属させた
豊臣秀吉により博多の復興がなされた。これを太閤町割と呼ぶ。交易の自由や、町人による街の自治が行われ、新たな
自治都市が確立された。なお当時の博多とは、
博多湾南岸の東西に渡る地域を指したものだった。このときの秀吉の意図には、
文禄・慶長の役で出兵を行うにあたり、貿易都市・博多を物流の補給基地として活用しようというものがあったと思われる。
関ヶ原の合戦の後の1600年に
黒田如水、
黒田長政親子が
筑前国に入国し、その後市内中心部の
那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、そのまま定着した。黒田親子は、
小早川秀秋の居城であった名島城(東区)に入城したが、名島城は博多湾に面した小高い丘の上にあるために
城下町が作れなかった。そこで1601年から当時の警固村(現・中央区)福崎に新たな城・
福岡城と城下町をつくった。
その際、出身地の
備前国福岡(現在の
岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来して、城下町を福岡と命名した。黒田藩は博多のまちの自治を広く認めたため、町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという、全国的にあまり類例のない「双子都市」が誕生した。
なお、歓楽街として有名な
中洲は、博多と福岡の境界である那珂川の中州に江戸期に発達した。どちらにも属しているようで、どちらにも属さないという曖昧性が「悪所」としての歓楽街の発展に有利であったと考えられる。
江戸期を通じて福岡にはあまり華やかな歴史は残っていない。これは、
鎖国政策により貿易都市としての機能を
天領であった
長崎(対西欧・中国貿易)と
対馬府中藩(対朝鮮貿易)にすべて奪われたことが大きい。
なお、前述のとおり、天明4年(1784年)に
志賀島で
金印が発見されている。まったくの偶然であるがこの同じ年、現
福岡県立修猷館高等学校の前身である藩校修猷館(東学問稽古所)が開設されている。
近代
その後、江戸時代から明治時代初期まで博多と福岡は共存していたが、1876年に地域区分の再編によって「福博」(ふくはく)という一つの地域区分とした。さらに1878年、
郡区町村編制法の施行により福博が福岡区に改称され、「博多」を名乗る自治体は消滅した。
1889年に市町村制度の施行に伴い福岡区が
市制を施行する際、市名を「博多市」にする、或いは福岡と博多を再分離する声も上がったが、いずれも実現せず、都市名は福岡市となった。市制施行のときの「名前争い」は深刻で、福岡派と博多派が互いに闇討ちをしあうという過熱ぶりであったという。第1回市議会は「名称問題」で紛糾し、採決したところ完全に賛否同数であり、最終的に福岡部出身の議長の裁決で「福岡」と決したものである。
明治のこの時点では、「福岡」と「博多」は別の地域という概念が強く残っていた。そのためちょうど同じ頃、当時の
九州鉄道会社(後に国有化)が福岡市から現在の
久留米市までの鉄道を敷設する際、市の中心駅は「博多」地区にあるということで駅名は福岡駅ではなく、
博多駅となった。
なお「福岡駅」の名は、福岡市中央区
天神に位置する
西鉄の駅が名乗り、2001年には
西鉄福岡(天神)駅と駅名が変更された。なお、1972年の政令指定都市昇格に伴い、行政区として「博多区」が設置され、ここにほぼ百年ぶりに「博多」の地名が復活することとなった。
町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡は、ビジネス街・博多と繁華街商業地・福岡(天神)と所を入れ替え、九州最大の都市としてまたアジアの玄関口として、発展を続けている。
年表
原始~近代
- BC40000- 諸岡遺跡、吉武遺跡から旧石器
- BC10000- 大原D遺跡から縄文時代早期の竪穴住居
- BC2000- 野多目拈渡遺跡・有田遺跡からドングリ貯蔵穴、元岡瓜尾貝塚、桑原飛櫛貝塚
- BC1000- 四箇遺跡から多数の土器と石器
- BC450 板付遺跡(日本初の稲作農業)
- 57年 奴の国王が後漢光武帝から「漢委奴国王」の金印を受ける
- 527年 磐井の乱。筑紫国造磐井がヤマト政権に対し反乱を起こす
- 536年 那の津(博多区比恵、南区三宅付近)に官家(みやけ)をつくる。(那津宮家)大宰府の前身
- 664年 前年倭国軍が、白村江(はくすきのえ)にて唐、新羅軍に負け百済が滅亡。その守りとして博多湾岸に防人をおき、水城(現在の大野城市、太宰府市境付近)を築く
- 665年 筑紫館(つくしのむろつみ、つくしのたち)を設置。のち鴻臚館となる
- 757年 櫛田神社(博多区)創建
- 806年 空海が唐より帰り、真言宗東長寺を開く
- 869年 新羅海賊が博多湾に襲来
- 919年 箱崎放生会(ほうじょうや)が始まる
- 923年 筥崎八幡宮創建。穂波郡大分宮を移築
- 941年 小野好古(おののよしふる)、大蔵春実(おおくらはるざね)が博多湾にて、大宰府を放火した藤原純友を退散させる。(承平天慶の乱)
- 1019年 刀伊の入寇(といのにゅうこう)。女真族の一部(刀伊)が壱岐・対馬を襲い、更に筑前を襲った。大宰権帥の藤原隆家が奮戦し撃退する。
- 1161年 平清盛が日本初の人工港「袖の湊」を建築
- 1179年 博多どんたくの起源である博多松囃子が始まる
- 1195年 栄西が博多に日本初の禅寺である聖福寺を開く
- 1241年 博多祇園山笠が始まる
- 1242年 円爾(聖一国師)が謝国明の助力で承天寺を開く
- 1274年 蒙古襲来(文永の役)元軍は4万
- 1276年 元寇防塁を築く
- 1281年 蒙古襲来(弘安の役)元軍、高麗軍、江南軍あわせて14万
- 1282年 北条時定が姪浜(西区)に鎮西探題を定める
- 1336年 多々良川河口(東区)にて、足利尊氏が菊池武敏を破る(多々良浜の戦い)
- 1550年 フランシスコ・ザビエル博多へ来舶
- 1569年 毛利、大友両軍が博多で戦い、市街地焼失
- 1580年(天正8年)には龍造寺隆信が筑前国に進撃。博多の町のほぼ全土が焼失。
- 1584年島津義久の軍が博多を占領する。博多の一部復興が始まる
- 1586年(天正14年)8月下旬に博多を焼き払って撤退する
- 1587年 7月24日(天正15年6月19日)に筑前箱崎において豊臣秀吉はバテレン追放令を発令する
- 1587年 豊臣秀吉が町割りを定め博多を復興(太閤町割り)黒田如水に住民を呼び戻す役目を担わせ、石田三成を博多奉行に任じ、博多商人の宗湛や島井宗室にも協力をさせ、本格的な復興に取り掛かる
- 1588年(天正14年)五大老の一人小早川隆景が入国
- 1595年(文禄4年)隆景の養子である小早川秀秋が領主となる。
- 1600年 秀秋は関ヶ原の戦いで西軍を裏切り東軍に付くものの備前と美作に移封され、代わりに黒田如水、黒田長政親子が筑前へ入国
- 1601年 福岡城の建設に着手。以来、黒田氏の城下町となる
- 1687年 博多祇園山笠の追い山が始まる
- 1784年 志賀島(現在の東区)で甚兵衛が「漢委奴国王」の金印を掘り出す
近現代
市制施行以後の行政区域の変遷については、「行政区域の変遷」を参照のこと。
- 1871年 7月14日、廃藩置県により、福岡藩は福岡県となる。
- 1872年
- 1月、県内を32区に区分し、福岡を第一区、博多を第二区とする。
- 9月15日、県内を16区に再編成し、福岡を第一大区、博多を第二大区とする。
- 1876年 5月、県内を9区に再々編成し、福岡と博多を1つの区に統合し第一大区とする。
- 1878年 11月1日、郡区町村編制法施行により福岡区とする。
- 1889年
- 4月1日、市制施行により、福岡区は福岡市となる。日本で最初に市制施行した市の一つ。
- 12月11日、九州鉄道(初代)博多~千歳川間開業により、博多駅が開業。
- 1899年 8月4日、博多港開港
- 1903年 京都帝国大学福岡医科大学(後の九州帝国大学、現在の東区内)を開設
- 1909年 医科大学教授榊保三郎により、日本最古級のアマチュアオーケストラであるフィルハーモニー会設立(現在の九大フィルハーモニー会の前身)。
- 1910年 3月9日、市内電車の福博電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線)
- 1911年
- 10月2日、市内電車の博多電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線)。
- 九州帝国大学(現・九州大学)設立。
- 1923年 3月、曲淵ダムと平尾浄水場(現福岡市動植物園の植物園地区)が完成し、上水道による給水を開始。
- 1924年 4月12日、九州鉄道(二代目。現在の西鉄天神大牟田線)が開業。
- 1927年 3月25日~5月23日、東亜勧業博覧会開催。
- 1929年 福岡~大阪~東京の定期旅客航空便が開設。旧入船町(現在の中央区内)の日本航空の水上機発着場を使用
- 1930年 名島水上飛行場(福岡飛行場、現在の東区内)が開場。福岡~大阪間は35円
- 1931年 9月、チャールズ・リンドバーグが名島水上飛行場に来場
- 1933年 人口が熊本市を抜き、九州最大となる(1963年、新しく発足した北九州市に一旦九州一の座を明け渡した)。
- 1936年 雁ノ巣飛行場(福岡第一飛行場、現在の東区雁ノ巣レクレーションセンターのあたり、当時は糟屋郡和白村)が日本初の国際空港として開場。名島水上飛行場(福岡飛行場)は福岡第二飛行場と改名
- 1937年 5月28日、ヘレン・ケラー来訪。西南学院、福岡女学院および福岡聾学校を訪問
- 1945年
- 5月、陸軍席田(むしろだ)飛行場(現在の福岡空港)開場。
- 6月19日、福岡大空襲。米軍機による大規模夜間爆撃により死者902人を出した。
- 9月22日、米軍が進駐。
- 1946年 10月15日、天神地区で新天町商店街が営業開始。
- 1948年
- 1950年
- 1951年
- 西鉄クリッパースと西日本パイレーツが合併し、西鉄ライオンズ誕生(パ・リーグ)。
- 10月、福岡空港(別称:板付空港)で民間航空が再開
- 1953年 8月22日、福岡市動物園が開園
- 1954年 2月8日、マリリン・モンロー、ジョー・ディマジオ 新婚旅行で来福。
- 1957年 4月14日、福岡水族館が開館
- 1958年 西鉄ライオンズが3年連続日本一を達成
- 1963年 12月1日、博多駅が現在地に移設
- 1968年
- 1972年
- 1975年
- 3月10日、山陽新幹線博多駅開業。
- 国勢調査に基づく市の人口が初めて100万人を突破。
- 1976年 中央区天神地区に天神地下街が開業。
- 1977年 太平洋クラブライオンズが「クラウンライターライオンズ」に改称(クラウンガスライターとの提携のため)。
- 1978年
- 異常少雨により5月20日から287日間に渡り断水を伴う給水制限が実施された(昭和53-54年福岡市渇水)。
- クラウンライターライオンズが西武グループに球団を売却、新球団西武ライオンズとして福岡から埼玉県所沢市に移転。
- 1979年
- 2月11日、市内電車(西鉄福岡市内線)全線廃止。
- 人口が北九州市を抜き、再び九州最大となる。
- 1980年
- 1981年 7月26日、福岡市地下鉄部分開業
- 1982年 5月10日、西区が(新)西区・早良区・城南区に3分割される
- 1988年 大阪市を本拠地にしていたプロ野球チーム・南海ホークスが球団売却に伴い福岡市に移転し、「福岡ダイエーホークス」と名称を変更(現・福岡ソフトバンクホークス)。
- 1989年
- 1990年
- 1993年 3月31日、福岡ドーム竣工。4月2日開場
- 1994年 猛暑と少雨のため8月4日から295日間にわたり断水を伴う給水制限が実施された(平成6年渇水)。
- 1995年
- 1996年 福岡ブルックスが「アビスパ福岡」に名称変更し、Jリーグに加盟。
- 1997年 8月9日~8月13日、パンパシフィック水泳選手権大会開催。
- 1999年
- 6月29日、梅雨前線による大雨で博多駅周辺や博多駅地下街が浸水する。地下店舗の従業員1名死亡。
- 福岡ダイエーホークスがチーム発足後初優勝。日本一にもなる。
- 2000年 7月8日、福岡市博物館にて、九州・沖縄サミット(蔵相会合)開催。
- 2001年 7月16日~29日、第9回世界水泳選手権大会開催(アジアで初の世界水泳選手権大会開催)。
- 2002年 10月26日、海の中道大橋が暫定2車線で開通。
- 2003年
- 7月19日、梅雨末期の大雨で博多駅付近を中心に浸水等の被害を受ける。
- 10月、九州芸術工科大学が九州大学と合併。これにより福岡市内の国立大学は再び九州大学だけとなる。
- 2004年 福岡ダイエーホークスがソフトバンクの球団買収により、「福岡ソフトバンクホークス」となる。
- 2005年
-
2008年
2月5日、市民国際貢献賞第1回受賞者に2団体決定。
発祥
福岡市が発祥の地とされる事象には、極東アジア地域との文化交流や貿易によってもたらされたものが多い。
- 板付遺跡(博多区)から水田稲作の跡が発見されている。研究者によって異なるが、縄文時代晩期後半から弥生時代早期前半のものとされている。
- なお、佐賀県唐津市菜畑遺跡からも同時期の水田遺構が見つかっている。
- 日本における禅宗の発祥の地
- 日本における茶の発祥の地
- 1191年(建久2年)、栄西が中国から帰国後に禅宗を布教。その帰国時に茶の種を持ち込み日本で栽培を始めたとされる。
- どちらも鎌倉時代初期、中国に留学していた禅僧、円爾(聖一国師)が帰国後に持ち込んだといわれる。
- 1241年(仁治2年)、円爾(聖一国師)が立ち寄った博多の茶店の主人、栗波吉右衛門に教えたのが最初とされる。
- 1921年(大正10年)、福岡女学院中学校・高等学校が採用。
行政
行政区域の変遷
市町村制施行以後。
歴代市長
市議会
- 議長:川口浩
- 副議長:久保浩
- 議席数:63
- 各区別議席数
- 中央区:7
- 博多区:9
- 東区:12
- 南区:12
- 城南区:6
- 早良区:10
- 西区:7
- 会派別議席数
- 自由民主党福岡市議団:20
- 公明党福岡市議団:12
- 民主・市民クラブ:10
- みらい福岡:7
- 日本共産党福岡市議団:6
- ふくおかネットワーク:3
- 社民・市政クラブ福岡市議団:2
- 福政市民クラブ:2
- 無所属:1
- 任期満了日:2011年5月1日
地方公営企業
-
福岡市交通局(地下鉄を運営)※バスは民間各社による運営である(下記「交通」を参照)
- 福岡市水道局
国政
主な国の行政機関
司法
経済・産業
福岡市の
博多湾地域は、古来から、
大宰府の
外港として日本の
外交・
貿易の窓口となり、時代が変わっても商人や有力者の本拠地となってきた。自然の良港であるため、悪天候時の船溜まりとしての機能もあったが、
壱岐島・
対馬伝いでの
朝鮮半島南部との国際貿易ルートを結ぶ重要中継貿易港の一つであった。
第二次世界大戦後は
全国総合開発計画によって九州全体を管轄する政府の出先機関が集中して、
地方行政拠点都市としての道を歩んだ。行政機能が集中するに従って民間の事業所なども集まり、九州を代表する商業・業務都市となっている。
近年は中国や韓国の企業が日本進出の足がかりとして、福岡市へ進出する例も散見される。このような動きを評価して、米国の雑誌
ニューズウィーク誌2006年7月号は「世界で最もホットな10都市」に福岡市を選出した。
-
卸売業販売額:九州内シェア45%(1999年商業統計調査)
- 預金残高:九州内シェア36%(2000年度末福岡市統計書・金融経済統計)
- 人口千人あたりの学生数:政令指定都市中第2位(2000年国勢調査及び学校基本調査)
-
福岡空港利用客数:全国第3位(2001年福岡市総務企画局調べ)
-
博多港の外航旅客者数(釜山行の高速船航路):全国第1位(1993年以降連続)
- 博多港コンテナ取扱個数:全国第6位、九州第1位(2001年福岡市港湾局調べ)
外食産業の
ロイヤル、総合スーパーの
ユニード(
ダイエーに吸収合併)、家電小売の
ベスト電器など、物販やサービスの分野で新しい産業を生み出す土地柄である。しかし一方で、大手企業の九州支社・九州営業所・九州支店に依存する「
支店経済都市」としての側面も強い。福岡市内の民営事業所のうち市外に本社を持つ事業所は全体の35%(2001年)を占めて、高い水準にある。
2002年度市内総生産額は6兆5642億5200万円。
2007年度市内総生産額は7兆1973億6100万円。札幌市を抜いて日本で第5位になる。
(一人あたり市内総生産額では東京,大阪,名古屋について大都市中4位)
第一次産業
2002年度の第一次産業による総生産額は91億6600万円。
農業
市内の農家戸数は3,000戸程度(2002年で3,261戸)と、他の大都市同様、農家戸数は極めて少ないが、農地面積は3,000haと、市域面積の1割弱を占める。全農地面積中、田の占める割合は約7割に及ぶ。農業形態は野菜と花卉を中心とする典型的な近郊農業の特徴を示しており、農業生産額に占める割合の半分程度を野菜が、4分の1程度を花卉が占めている。
林業
市域南西部などにある山林で、わずかながら
スギ、
ヒノキ伐採を中心とした林業が行われている。
漁業
第二次産業
福岡市の産業のうち、
第二次産業は市内総生産および事業所数において約10%、従業者数において約12%を占める。いずれも大都市としては低い水準にあり、市内総生産に占める第二次産業の割合は製造品出荷額は小さい(政令指定都市の中では下から2番目)。工業の中心は、都市型工業である食品加工業(食料品・飲料)や出版・印刷業などの情報関連産業が占めている。
福岡市では重工業があまり発達していないため、福岡市内の小学校では5年生を対象に、
北九州工業地帯にある工場など(
日産自動車苅田工場など)を見学する「北九州見学」という行事が行われている。
第三次産業
福岡市における第三次産業は市内総生産額の約95%、事業者数の約90%、従業者数の約87%を占めている。いずれの割合も政令指定都市としては最も高い水準にあり、大都市の中でも第三次産業のシェアが極めて高い都市であることを示している。特に卸売・小売業とサービス業は、それぞれ市内総生産の約4分の1を占めている。このため商業・サービス業中心の大都市としての色合いが強く出ている。
その他
伝統工芸品
福岡市内の主な百貨店
-
岩田屋(中央区天神2丁目)
-
博多大丸(中央区天神1丁目)
- 福岡三越(中央区天神2丁目)
開店予定の百貨店
-
2011年に博多駅新駅ビルが開業する際、博多井筒屋に替わり阪急百貨店が核テナントになる事が決定している。
かつて存在した百貨店
-
福岡松屋(中央区天神4丁目)
-
福岡玉屋(博多区中洲3丁目、1999年閉店)
-
博多井筒屋(博多区博多駅中央街、2007年4月1日に再開発のため立ち退き・閉店)
本社を置く主な企業
公益
金融機関
その他
マスメディア
テレビ・AMラジオ局
FMラジオ局
コミュニティ放送局
-
天神エフエム(FREE WAVE)
-
福岡コミュニティ放送(Style FM)
日刊新聞
-
ブロック紙
-
全国紙
外交
国別外国人登録数
2004年9月30日時点における福岡市の外国人登録総数は18,509人。
日本の他都市と同様、中国人と韓国・朝鮮人で外国人登録者総数の約8割を占める。しかし、
近畿圏や
広島市・
北九州市など、西日本の大都市では韓国・朝鮮人登録者数が外国人登録者総数の半分あるいはそれ以上を占めているのに対して、福岡市では中国人登録者数が韓国・朝鮮人登録者数を上回る。
国際交流都市
- : 1962年10月13日姉妹都市提携
- : 1979年5月2日姉妹都市提携
- : 1982年11月8日姉妹都市提携
- : 1986年6月24日姉妹都市提携
- : 1989年3月21日姉妹都市提携
- : 1989年10月24日行政交流都市提携、2007年2月2日姉妹都市提携に変更
- : 1993年7月20日パートナーシップ都市提携、2005年2月8日姉妹都市提携に変更
- : 2003年2月6日経済交流都市提携
外国公館・施設など
国際機関
領事館
- 在福岡大韓民国総領事館
- 在福岡中華人民共和国総領事館
- 在福岡アメリカ合衆国領事館
- 在福岡オーストラリア総領事館
- 台北駐大阪経済文化弁事處福岡分處(領事館に相当する施設)
名誉領事館
貿易施設
- 韓国貿易センター福岡
- タイ国政府貿易センター福岡
- フランス大使館経済商務部福岡支部
観光促進施設
地域施設
教育施設は下記「教育」を、文化施設については下記「文化」を参照。
警察
- 警察署
福岡県警察本部の管轄下、以下に示す警察署がある。カッコ内は管轄区域。交番・駐在所については各区の記事を参照。
消防
福岡市消防局の管轄下、各区に1か所ずつ消防署がある。出張所については各区の記事参照。
郵便
- 集配局
番号は各集配局に対応する郵便番号。カッコ内は大まかな管轄区域。なお、
日本郵政公社の民営化による事業拠点集約に伴い、福岡都市圏の郵便物の集約・発送の中核拠点として、2007年5月、東区に「
新福岡郵便局」(民営化後は郵便事業会社管轄)が開設されることになっている。その際、★印の郵便局は取集事務が廃止され配達のみを行う「配達センター」に、それ以外の郵便局は「統括センター」に、それぞれ移行することになる。
-
福岡中央郵便局:810-xxxx(中央区・博多区中洲)
-
博多郵便局:812-xxxx(博多区北部・東区西南部)
- 博多南郵便局:816-xxxx(博多区中部~南部)
- 福岡東郵便局:813-xxxx(東区中央部)
- 和白郵便局:811-02xx,811-03xx(東区北部)
- 福岡南郵便局:815-xxxx(南区北部)
- 筑紫郵便局:811-13xx(南区南部)
- 福岡西郵便局:819-00xx,819-85xx,819-86xx,819-87xx(西区東部)
- ★今宿郵便局:819-01xx(西区中央部)
- ★北崎郵便局:819-02xx(西区北西部)
- ★周船寺郵便局:819-03xx(西区西部)
- 城南郵便局:814-01xx(城南区全域・早良区中央部)
- 早良郵便局:814-00xx,814-85xx,814-86xx,814-87xx(早良区北部)
- ★早良南郵便局:811-11xx(早良区南部)
図書館
- 分館として、福岡市東図書館・福岡市和白図書館・福岡市博多図書館・福岡市博多南図書館・福岡市中央図書館・福岡市南図書館・福岡市城南図書館・福岡市早良図書館・福岡市西図書館がある。
博物館
主な学校
大学
- 国立
- 県立
- 私立
短期大学
- 私立
高等学校・中学校・小学校
- 市立小中学校については、各区の記事を参照。
- 公立高等学校は福岡女子高校を除きすべて男女共学。
県立高等学校
市立高等学校
私立初等・中等教育機関
- 男女共学校
- 男子校
- 女子校
国立小中学校
特別支援学校
交通
概要
- 市内の公共交通
-
地下鉄や西日本鉄道(西鉄電車)をはじめとする鉄道路線も整備されているが、市内交通の主体は西鉄バスをはじめとするバス路線網である。福岡市は地下鉄とバスが事業主体の違いから競合関係となっており、地下鉄と並行するバス路線も多く、相互乗り換えの煩わしさを嫌う利用者からは好評であるが、その反面、都心と郊外を結ぶバス路線に比べて地下鉄接続を主目的としたバス路線の運行本数は概して少ない、乗り継ぎ用ターミナルの未整備、乗り継ぎ運賃制度の不備など、地下鉄とバスの連携性の悪さにもつながっている。福岡市地下鉄七隈線開業の際、西鉄バスが地下鉄乗り継ぎ路線の整備に消極的で、逆に七隈線に対抗する新規路線を運行開始したことで七隈線利用者数の低迷を引き起こしているとの意見もある。また都心でのバス運行本数過剰による道路渋滞も問題視されている。
- 共通乗車カードとしては、西鉄電車・西鉄バス・地下鉄で共通使用できるよかネットカードとJR九州線・地下鉄で共通使用できるワイワイカードがある。このほか、地下鉄線のみで使えるえふカードと西鉄バス専用のバスカードもある。
- 都市圏の交通
- 福岡都市圏への主な広域道路網は、九州自動車道、西九州自動車道、国道3号線、筑紫バイパスなどである。
- 鉄道は市内電車として福岡市地下鉄・西鉄・JRがあり、西鉄・JRは郊外電車及び都市間電車としての機能も持つ。ただし西鉄の路線は福岡県内しか走っていない。
- 西鉄の路線のうち、天神から南へ延びる天神大牟田線は特急・急行電車を頻発しており筑紫地域や福岡県南部(筑後地方)からの利便性が高い。反面、東へ延びる貝塚線は貝塚で地下鉄箱崎線と接続しているものの、相互乗り入れは行っておらず利便性に欠いている。
- 地下鉄空港線はJR九州筑肥線との直通運転で佐賀県北部の唐津市まで乗り入れており、唐津市から乗り換えなしで天神、福岡空港へ行くことが出来る。
- そのほか、北九州市や佐賀市など隣接・近接の自治体へはバス路線が多く存在し、頻繁に運行されていることから、北九州市や佐賀県は通勤圏になっている。
- 市南部の交通対策
- 昭和期の急速な都市化に伴い、市の西南部・中南部では唯一の交通機関であった道路網の整備が不十分かつ遅れたため、主要道路の渋滞の激化や生活道路への流入等の交通諸問題は大都市に見られるようなレベルにまで深刻化していた。
- 以前より課題であった市西南部への交通対策は、前述の地下鉄七隈線に加え、福岡高速道路5号線(都市高速道路)・福岡外環状道路が半分程度の完成・概成をみており、整備も進んでいる。しかし、相変わらず市中南部・南部への道路状況は良いとはいえない。
- 中南部については、2000年代中ごろに地元有力国会議員の山崎拓にちなんだ地元では「山崎道路」といわれる構想(天神から薬院新川沿いに南下、平尾の小山および鴻巣山山地を2本のトンネルで抜け、寺塚・長住方面に出る)が噂されたが、ルート上にそのような都市計画道路の拡幅決定が現状されているわけでもなく、実現にも相当な長期間を要する。中南部への軌道系交通機関の整備も含め、現状は全て構想段階に止まり、具体化している有効な交通対策は現時点で存在しない。
- 遠隔地への連絡
- 航空路線・鉄道(新幹線を含む)・高速バス路線・船舶航路が整備されている。航空路線・船舶航路は日本国外へも運航している。長距離航路は立地条件の関係で外海航路のみ。内海航路となる四国・関西・関東方面へのフェリーは北九州港に発着する。博多港からの釜山行きの航路は国際旅客数日本一である。
- JR九州では博多駅をハブターミナルとしており、数多くの特急電車を博多駅中心に九州内くまなく運行している。
- JR山陽新幹線は、北九州との通勤用として利用されているほか、本州方面への重要な交通路として利用されている。
空港・港湾
福岡空港と博多港を合わせた外国人入国者数は、
成田国際空港・
関西国際空港に次いで、外国人に対する日本の第三の玄関口となっている。
また、博多港は外国航路の旅客数日本一を誇る港でもある。
- 外国人入国者数:福岡空港 432,750人(空港計4位、2007年)博多港 287,220人(海港計1位、2007年)
- 日本人出国者数:福岡空港 679,279人(空港計4位、2007年)博多港 134,382人(海港計1位、2007年)
利用者数・発着数増に対して設備拡張や運用の工夫を行った(第2ターミナルの建て替え、国際線地区を滑走路西側に移転し第3ターミナルを到着専用化、滑走路34へ
ILSを設置、東方からの到着便に短距離の飛行ルートを設定など)が、滑走路が1本であるということは改善されていない。「アジアの玄関口」「九州一の都市の空港」として旅客数・発着回数とも2000年ごろまで増加を続け、以降2005年まではほぼ横ばいとなっている。九州地方の空港では、路線数・便数ともに抜きん出ている。一方で、市街地に近く
東区箱崎の
九州大学の真上を飛行する点から
騒音問題や安全面で不安視されている。
将来の需要動向やそれへの対応策について、2005年からパブリックインボルブメントをおこなって将来像を検討している。2008年現在、将来需要は現在の空港の能力を超えるという試算のもとに、新空港建設案及び、現在地での拡張案の二案に絞って平成20年度中の一本化が図られる見通しである。
鉄道
主要駅・乗換駅・ターミナル駅
市内の駅一覧
下記の一覧において、貨物専用路線は除く。
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の電車(
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すでに廃止された路線
バス路線
福岡市交通局は発足当初より地下鉄専業であり、元来福岡市に於いて市営バスは存在していない。市内の大部分は西鉄バスによる運行である。乗降方式は後乗り前降りで、原則として整理券方式の区間運賃制である(ただし市中心部に100円均一区間が存在する)。
バスターミナル
高速バス・特急バス
- ※★は夜行。☆は夜行・昼行ともにあるもの。★☆どちらもないものは昼行のみ。
- ※●は西鉄天神バスセンターのみで乗車可。◎は博多駅交通センターのみで乗車可。●◎どちらもないものは博多駅・天神の双方で乗車可。
- ※福岡空港発着は除く。福岡空港発着路線については、福岡空港を参照されたし。
タクシー
福岡市タクシー協会の下、
第一交通産業グループ、西鉄タクシーグループ、西日本自動車、はかたタクシー、福岡昭和タクシー、ラッキータクシーなど、市内で約80社が営業している。営業は流しによる営業が主である。また
福岡都市圏各市町村(
宗像市・
福津市を除く)のタクシー事業者は福岡市内での営業が認められており、これらを合わせると実質約100社、6,000台のタクシーが福岡市内で営業している。なお逆に、福岡市内のタクシーが上記の福岡都市圏各市町村で営業することもできる。
個人タクシーは福岡都市圏の登録タクシー台数の約3割を占めており、登録台数に占める割合としては全国的に見ても高水準にある。
福岡市では、市内を流す一般のタクシーは基本的には小型車(乗客4人まで乗車可)のみで、中型車(乗客5人乗車可)は博多駅や福岡空港にある専用乗り場もしくは電話予約に限られる。
一部に運賃を低運賃としている事業者もある。
主要道路
高速自動車国道
有料道路
一般国道
県道
県道については各区の項を参照。
航路
-
特定重要港湾。「博多港」とは福岡市内の各港湾の総称で、実際には中央埠頭や博多埠頭など、市内各所に分散している。
商業施設と桟橋]]
にある博多ポートタワー]]
の商業施設]]
下記航路は旅客航路のみ掲載。
国際航路
国内(福岡市外)航路
市内航路
観光・文化
[[Image:SkyDreamFukuoka & EvergreenMarinoa.jpg|thumb|200px|スカイドリーム福岡とエバーグリーンマリノア
]]
主な街
-
天神(中央区)
-
博多駅付近(博多区)
-
中洲(博多区)
-
川端(博多区)
-
西新(早良区)
観光地
図書館
- 福岡県立図書館(東区)
-
福岡市総合図書館・福岡市点字図書館(福岡市総合図書館内)(早良区)
※この他、各区にも市民センター併設の小規模図書館・図書室がある。
博物館・美術館など
-
福岡市博物館(早良区)
-
福岡県立美術館(中央区)
-
福岡市美術館(中央区)
-
福岡アジア美術館(博多区)
-
福岡東洋陶磁美術館(城南区)
-
福岡市動植物園(中央区)
-
マリンワールド海の中道(東区)※水族館
-
福岡市立少年科学文化会館(中央区)
-
九州エネルギー館(中央区)
- 博多町家ふるさと館(博多区)
- 野方遺跡住居跡展示館(西区)
- 福岡歴史の町(西区)
祭事・催事
※スポーツ大会は別記。
郷土料理・土産菓子
その他
-
九州交響楽団 社団法人日本オーケストラ連盟の正会員であるプロオーケストラ(九州で唯一)。中央区天神のアクロス福岡シンフォニーホールで定期演奏会を年間8回開催
-
福岡アジア文化賞 アジア太平洋博覧会(よかトピア)を記念して1990年に始まった、アジアの文化の創造と保存に貢献した人物に送られる賞。ムハマド・ユヌスや作家の莫言が受賞している。
スポーツ
プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム
- 本拠地は一軍が福岡YAHOO!JAPANドーム、二軍が雁ノ巣球場
- 本拠地は未定
- 本拠地は東平尾公園博多の森球技場、練習場は雁ノ巣レクリエーションセンター競技場
- 本拠地は赤間グローバルアリーナ(宗像市)、準本拠地は東平尾公園博多の森球技場、練習場はサニックス玄海グラウンド(宗像市)
- 本拠地・練習場はさわやかスポーツ広場(福岡市東区香椎浜)
-
九州電力キューデン ヴォルテクス - ラグビー・トップリーグ
- 本拠地・練習場は九電香椎競技場(福岡市東区松香台)
- 以前JBLスーパーリーグに所属する「福岡レッドファルコンズ」というチームがあったが資金難からリーグ脱退に至った。bjリーグに鞍替えするという噂もあったが諸事情で結局解散。その後、一部の選手が参加して新たなチームが発足してbjリーグに2007年から参戦している。
- 本拠地は隣の春日市だが、東平尾公園博多の森球技場でも試合を行うほか、同球技場で開催されるアビスパ福岡主催試合では所属選手がボールガールを務める。
福岡市で毎年開催されるスポーツ大会
過去に開催された国際スポーツ大会
福岡市出身の有名人
ボールド体(この字体)は故人。福岡市に合併された町村の出身者も含む。
近現代以前の人物
政官界
経済界
学界
芸能・マスコミ
文学
芸術
-
児島善三郎
(洋画家)
-
富田渓仙(日本画家)
-
奈良原一高(写真家)
-
藤原新也(芸術家)
映画
漫画家
スポーツ選手
その他
福岡市を舞台とした作品
実際に福岡市で撮影が行われていないものを含み、福岡市で撮影を行っていても設定上、福岡市が舞台になっていないものは含めない。
-
漫画、アニメ
-
テレビドラマ
-
小説
-
映画
- 陸軍(1944年12月7日、松竹)
-
空の大怪獣ラドン(1956年12月26日、東宝)
- 天神付近がラドンによって破壊される。
- 点と線(1958年11月11日、東映)
- 続社長太平記(1959年3月15日、東宝)
- 下着メーカー錨商事の九州支社が福岡市に設置。支社長に小林桂樹扮する大森専務が赴任。頻繁に当時の板付空港が登場する。
- ゲームソフト
-
リフレインラブ(実際は福岡市を舞台にしているのではなく、地名や人名に福岡市に実在する地名を用いている。また背景の映像などは福岡市内の風景をモチーフにしている)
百選
脚注
外部リンク
- 公式
- 観光
*ふくおかし