経歴
751年(
天平勝宝3年)正月27日、30人ほどの諸王に対し「真人」賜姓が行われ、御船王は淡海
真人の
姓を賜った。卒伝に「性識聡敏にして群書を渉覧しもっとも筆札を好む」と見え
石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)の卒伝に二人が「文人の首」と称されたとある。
若いときに僧であったこともあり、外典・
漢詩にも優れていた。「
経国集」に漢詩5首を載せ、「
続日本紀」前半の編集に関与した。現存最古の漢詩集「
懐風藻」の撰者とする説がある。また、『
釈日本紀』所引「私記」には、三船が
神武天皇から
元正天皇までの全天皇(
弘文天皇と
文武天皇を除く)の漢風
諡号を一括撰進したことが記されている。また、
779年(
宝亀10年)には鑑真の伝記「唐大和上東征伝」を記し、現在も貴重な史料として認められている。
「日本高僧伝要文抄」に「延暦僧録」の「淡海居士伝」が一部残っている。
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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