江戸幕府(えどばくふ)は、
徳川家康が創設した
武家政権である。江戸(現:東京)の地に本拠を置いたのでこう呼ばれる。
概要
徳川家が将軍を歴任したので「徳川幕府」とも呼ばれ、この間の264年間を「
江戸時代」もしくは「徳川時代」と呼び、
徳川家が実質的に日本を支配した。江戸幕府は
日本の歴史で最後の
武家政権である。
幕藩体制
]]
]]
江戸幕府の支配体制は
幕藩体制と呼ばれ、中央政府である幕府と地方政府である
藩の二重支配になっていた。将軍は
大名に対して
朱印状を与えてその
知行を保障し、大名は当該知行内に藩を形成し、支配していた。寛文4年(
1664年)には全国の大名に一斉に朱印状を交付する
寛文印知が行なわれた。なお、将軍の直轄地(
天領)では大名の代わりに
代官を置いた。ただし、「天領」「藩」の用語は江戸時代においては公式文書で使用されることはなく、明治維新後に正式用語として認められたものである。また幕府も「(御)
公儀」と呼ばれていた。広義の幕藩体制は明治4年(
1871年)の
廃藩置県をもって終焉する。
江戸幕府の支配下、(水戸藩を除く)各藩大名に対して
参勤交代を強いたり、築城・治水工事を命じたりして、大きな財政負担を与えることで弱体化させ江戸幕府に対して武力反抗できないようにする政策を執った。
政治機構内においては初代
家康と二代
秀忠、三代
家光、五代
綱吉、八代
吉宗、十一代
家斉の治世は
将軍親政で政治が行なわれたが、それ以外の将軍は幕閣に政治を任せるか、前将軍(または将軍の父)である
大御所に唯々諾々と従う存在であったかのように思われがちである。しかしこれは徳川期及び明治・大正期における大いなる誤解である。歴代の徳川将軍は能力の優劣はあったとしても、それぞれにおいてそれなりに政治に関与していた事実は確かであり、また逆に完全に独裁者として振る舞っていた訳でもない。歴代将軍の中でも一番独裁性の強かった徳川家康の治世においても、諌言したり政策立案する幕閣は存在したのである。家康はむしろ諌言する家臣を好み、また意見の相違で家臣とつかみ合いの喧嘩をする事もあった。また逆に三代将軍徳川家光の場合、治世の初期は大御所・
徳川秀忠に従う存在でしかなく、秀忠死後は政治のかなりの部分を幕閣に任せており、家光が親政を行なったというのは幕閣がそのように宣伝した結果であるとも言われている。基本的にどの治世においても将軍は完全な独裁者、もしくは(将軍が幼少の場合を除き)幕閣の完全な傀儡という状態ではなく、
老中を中心とする幕閣による合議で決定された事案を将軍が決裁するシステムが存続した。
八代将軍
徳川吉宗は、江戸の開幕以降最大の幕政改革を行ない、「江戸幕府の
中興の祖」と呼ばれている。
大名
大名は以下のように分類された。
この分類では、政権内の権力で大きな差となっていた。特に、幕府の要職には全て譜代大名をもって充てた事は、鎌倉幕府、室町幕府からの大きな転換であった。鎌倉・室町幕府においては、(時によっては将軍家・
執権すらしのぐほどの)有力
御家人・
守護大名が要職に就いていた。また、
豊臣政権末期の
五大老制は有力大名による集団指導体制であり、外様大名である
徳川家康の政権簒奪を防ぐことができなかった。これに対して、江戸幕府では譜代大名が幕府の要職を独占した。元は豊臣政権時代は一大名に過ぎなかった徳川家康のさらに臣下であった譜代大名は、さほど有力ではない小大名が中心であり、有力な大名は外様大名として政権の要職に就く事が無くなった。つまり、徳川将軍個人の独裁体制ではないものの、徳川家という枠組において独裁体制を敷いていたのである。またこの事により、あまり政治に関与しなかった将軍であっても、幕閣の完全な傀儡になる事はなく、政権の簒奪も未然に防止することが可能となった。
江戸幕府の役職
以上大名役
-
高家 老中支配 雁間席
-
側衆 老中支配
-
駿府城代 老中支配 雁間席
-
伏見奉行 老中支配 芙蓉間席
-
留守居 老中支配
-
大番頭 老中支配 菊間席
-
書院番頭 若年寄支配 菊間席
-
小姓組番頭 若年寄支配 菊間席
-
御三卿家老 老中支配 芙蓉間席
-
大目付 老中支配 芙蓉間席
-
町奉行 老中支配 芙蓉間席
-
勘定奉行 老中支配 芙蓉間席
-
旗奉行 老中支配 菊間席
- 作事奉行 老中支配 芙蓉間席
-
普請奉行 老中支配 芙蓉間席
- 小普請奉行 若年寄支配 中之間席
-
甲府勤番支配 老中支配 芙蓉間席
-
長崎奉行 老中支配 芙蓉間席
-
浦賀奉行 老中支配 芙蓉間席
-
京都町奉行 老中支配 芙蓉間席
-
大坂町奉行 老中支配 芙蓉間席
-
駿府定番 老中支配 芙蓉間席
- 禁裏付 老中支配 芙蓉間席
- 仙洞付 老中支配 芙蓉間席
-
山田奉行 老中支配 芙蓉間席
-
日光奉行 老中支配 芙蓉間席
-
奈良奉行 老中支配 芙蓉間席
-
堺奉行 老中支配 芙蓉間席
-
駿府町奉行 老中支配 芙蓉間席
-
佐渡奉行 老中支配 芙蓉間席
-
新潟奉行 老中支配 芙蓉間席
-
羽田奉行 老中支配 芙蓉間席
- 西丸留守居 若年寄支配 中之間席
-
鉄砲百人組頭 若年寄支配 菊間席
-
鑓奉行 老中支配 菊間席
- 小普請組支配 老中支配 中之間席
-
新番頭 若年寄支配 中之間席
-
持弓頭
持筒頭 若年寄支配 菊間席
- 定火消役 若年寄支配 菊間席
- 小姓 若年寄支配
- 中奥小姓 若年寄支配 山吹間席
- 大坂船手 老中支配 躑躅間席
-
留守居番 老中支配 中之間席
-
先手頭(弓頭、鉄砲頭) 若年寄支配 躑躅間席
-
目付 若年寄支配 中之間席
-
使番 若年寄支配 菊間席
-
書院番組頭 若年寄支配 菊間席
-
小姓組組頭 若年寄支配 菊間席
-
駿府勤番組頭 駿府城代支配
-
鉄砲方 若年寄支配 躑躅間席
- 西丸裏門番之頭 若年寄支配 躑躅間席
-
徒頭 若年寄支配 躑躅間席
-
小十人頭 若年寄支配 躑躅間席
- 小納戸 若年寄支配
- 船手 若年寄支配 躑躅間席
- 二丸留守居 若年寄支配 焚火間席
- 納戸頭 若年寄支配 焚火間席
- 腰物奉行 若年寄支配 焚火間席
-
鷹匠頭 若年寄支配 焚火間席
-
勘定吟味役 老中支配 中之間席
-
奥右筆組頭 若年寄支配
-
郡代 勘定奉行支配 躑躅間席
布衣役以上について『天保年間諸役大概順』に従い配列し、支配関係および
伺候席を付した。
布衣役以上でも
林大学頭等の大概順に記載はあるが役職といえるかどうか微妙なものは除いた。
参考文献
- 藤野保『徳川幕閣のすべて』新人物往来社、1987年 ISBN 978-4-40401-469-6
- 別冊歴史読本歴史ロマンシリーズ『決定版「徳川幕閣」のすべて』新人物往来社、1994年
- 笠間良彦『江戸幕府役職集成』雄山閣出版、1999年 ISBN 978-4-639-00058-7
- 竹内誠『徳川幕府事典』東京堂出版、2003年 ISBN 978-4-490-10621-3
関連項目
*
江とはくふ
えとはくふ
えとはくふ
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
ご利用上の注意