横澤彪 [被リンク数: 44]

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横澤彪(よこざわ たけし、1937年12月15日 - )は日本の元テレビプロデューサー。通称「オジン」。現在は鎌倉女子大学児童学部教授。1995年から2005年6月まで吉本興業において、常務東京本社代表、専務取締役東京本部本部長などを務める。群馬県出身。

来歴・人物

実父は朝日新聞の元支局長。神奈川県立横浜翠嵐高等学校から千葉県立千葉高等学校に編入学。一浪しさらに留年後1962年東京大学文学部社会学科卒業、フジテレビ入社。前記のとおり父が新聞記者で当時は単身赴任もなかったので転校を繰り返し、大学も浪人留年を経験したので卒業式に入学以来の学友と出席した経験がない。
フジテレビでは労働組合運動に関わり、社長である鹿内信隆の逆鱗に触れたため、1970年に「経営合理化のため制作部門を分社」の大義名分のもと関連会社に左遷させられるなど辛酸をなめた。その後、1974年『ママとあそぼう!!ピンポンパン』で初プロデューサー、1980年『THE MANZAI』で頭角を現し、その後『らくごIN六本木』『スター千一夜』『笑ってる場合ですよ!』『森田一義アワー笑っていいとも!』『オレたちひょうきん族』などを手がけ、視聴率低下で苦境に立たされていたフジテレビの立て直しを果たした。かつまた、お笑い界のビッグ3ことタモリビートたけし明石家さんまをスターダムへと押し上げることに一役買った。
ダウンタウンがフジテレビの初レギュラー番組に出演した際、松本人志が「ギャラ泥棒だね。」と横澤に言われたと松本が語っている。浜田雅功は「それは僕も横で聞いてましたよ。」と言っている。 『オレたちひょうきん族』では「ひょうきん懺悔室」神父役。ただし家族は娘がキリスト教系列の学校に通学していたのでこの役を嫌がったという。また、『ひょうきん族』時代には裏番組のTBS8時だョ!全員集合』を意識した、今では考えられない数々の演出を行った。コントの端々で全員集合の名前を出し、挙句の果てには『全員集合』のオープニングテーマを流しながら「ひょうきん族がなければね」、「わしもそう思う」というパロディ―CMを作るほどであった。ちなみにこのパロディーの元ネタは毎日放送突然ガバチョ!』に登場していたキャラクター「わしもそう思う博士」を日本ハムが起用したCM。
FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』第1回(1987年)ゼネラルプロデューサー、第3回(1989年)総合プロデューサー、『平成教育テレビ』(1992年、1993年)では役員待遇エグゼクティブプロデューサーを務め、特に1993年は全国一斉公開模試試験でフジテレビの生徒役で平成問題に挑戦した。「楽しくなければテレビじゃない」の次のスローガンに「馬鹿しか見ないフジテレビ」という案を真面目に提案した事もあるという。しかしその言葉とは裏腹に視聴率に関しては相当苦心していたようで、フジテレビ退社後、テレビ朝日ニュースステーション』に出演し、海外テレビ番組特集を見て「私も視聴率を気にしない環境でやってみたかった」と発言した。
編成局ゼネラルプロデューサーに昇進したかたわら、ヴァージンジャパン社長も兼任(同社はヴァージン・レコードの日本法人。その後本体がEMIへ買収されたのに伴い、洋楽部門は東芝EMIへ発売権移動、邦楽部門はメディア・レモラスへと分割の後、現在はポニーキャニオンへ吸収)。社内の権力闘争の影響を受け定年より2年早い1995年3月に退社後、吉本興業役員に転じ東京支社長や専務取締役を歴任し2005年に相談役を退任。2006年にネット上で連載を開始した横澤彪のチャンネルGメン69では、古巣の吉本興業フジテレビに対しても歯に衣着せぬ主張を展開する一方で、保守的な内容(左利き批判など)が度々物議をかもしコメント欄が炎上した事もある。2007年の闘病を告白し、話題となった。

担当番組

吉本興業役員時代()内は役職

  • AHERA』(ゼネラルプロデューサー)
  • アメジャリチハラ』(スペシャルアドバイザー)
  • ASAYAN』(プロデューサー・2000年4月~2001年3月)

横澤班のスタッフ

フジテレビに限らず、テレビ局の制作スタッフは、いくつかの班に分かれて番組を制作する。
かつての部下だった石田弘率いる「石田班」とは、仲が悪かった。現在は横澤も退社し、石田もエグセクティブプロデューサーとなり、横澤班・石田班にそれぞれ所属していた部下はプロデューサー等になっている。ちなみに1987年9月以降、横澤が担当していた番組のプロデュースは「森田一義アワー 笑っていいとも!」を佐藤と荻野が、「オレたちひょうきん族」を三宅が、「ライオンのいただきます」を山縣がそれぞれ引き継いだ。
※右記は近況の肩書
三宅恵介
役員待遇・編成制作局バラエティー制作センターゼネラルディレクター 愛称「デタガリ」
荻野繁
BSフジ出向後2008年にフジテレビ社員としては定年を迎えるも現在BSフジに在籍 愛称「ビビンバ」
山縣慎司
広報局視聴者センター専任部長  愛称「ベースケ」
永峰明
発掘!あるある大事典スーパーバイザー、フリープロデューサー 愛称「アンノン」
佐藤義和
フリープロデューサー  愛称「ゲーハー」
小林豊
取締役スポーツ局長 愛称「ぶーちゃん」「ブッチャー」
小畑芳和
フジテレビKIDS代表取締役社長
吉田正樹
編成制作局バラエティー制作センター企画担当部長
片岡飛鳥
編成制作局バラエティー制作センター副部長
栗原美和子
編成制作局ドラマセンター副部長
大平司
美術制作局美術センターゼネラルプロデューサー
清水淳司
美術制作局美術センター専任部長(美術プロデューサー)
窪田豊
あっぱれさんま大教授ディレクター  愛称「スマイリー」
小須田和彦
スポーツ局スポーツ部専任部長(プロデューサー)

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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