経歴
その直後に出演した映画『日本残侠伝』(
マキノ雅弘監督、
高橋英樹主演)から、マキノ監督の命名により芸名を梶芽衣子に変えた。(それまでは本名の「太田雅子」名義で出演していた)この映画での演技が高く評価され、以後次々と映画の主役・準主役を務めるようになる。特に、『野良猫ロック』シリーズや『
女囚さそり』シリーズは彼女の人気を決定づけた代表作と言ってよい。
受賞歴
芸風
『女囚さそり』シリーズなどの映画から、「怨恨を持った復讐者」としての役どころが多くなり、クールな美貌と感情表現の凄まじい演技力が彼女のイメージとして定着した。
ものすごい血しぶきが飛び交う中での復讐劇を演じた『
修羅雪姫』シリーズは言うまでもなく、『
動脈列島』での犯罪者をかくまうシーン、『
曽根崎心中』での死の間際のシーンなどにも、そうした強い女の情念が表れている。
一方で、端役として出演した『大地の子守歌』では、ほのかな優しさを主人公に向ける農婦の役を演じ、その際の何とも言えない優しさのこもった表情で幅広い役を演じられることを印象づけた。
テレビドラマでは主に後者のさりげない役どころで、
フジテレビ系列の
大映ドラマや
時代劇や
サスペンスドラマに出演し、安定した演技力を見せている。
また、
歌手としても、凄みを出しつつも切なく美しい歌声で実力を見せており、自分が主演した映画の主題歌などを歌っている。
人物
逸話
映画『
キル・ビル』には、彼女が主演した映画『
修羅雪姫』の影響を受けているシーンが見られ、
タランティーノ本人も彼女の大ファンであることを公言して憚らない。
梶本人によれば、タランティーノの来日中に招かれた際も、梶の手をしっかりと握りながら、いかに自分が梶との対面を楽しみにしていたか、そして自分が如何に彼女の熱狂的ファンであるかということを延々と力説したそうである。
出演作品
映画
- 『悲しき別れの歌』(1965年)
- 『さすらいは俺の運命』(1965年)
- 『太陽が大好き』(1966年)
- 『絶唱』(1966年)
- 『嵐を呼ぶ男』(1966年)
- 『夜霧よ今夜も有難う』(1967年)
- 『残酷おんな私刑』(1969年)
- 『日本残侠伝』(1969年)
- 『盛り場仁義』(1970年)
- 『鉄火場慕情』(1970年)
- 野良猫ロックシリーズ
- 『女番長野良猫ロック』(1970年)
- 『野良猫ロック ワイルドジャンボ』(1970年)
- 『野良猫ロック セックスハンター』(1970年)
- 『野良猫ロック マシン・アニマル』(1970年)
- 『野良猫ロック 暴走集団'71』(1971年)
- 『怪談昇り竜』(1970年)
- 『組織暴力 流血の抗争』(1971年)
- 銀蝶シリーズ
- 『銀蝶渡り鳥』(1972年)
- 『銀蝶流れ者 牝猫博奕』(1972年)
- 『女囚701号 さそり』(1972年)
- 『女囚さそり 第41雑居房』(1972年)
- 『女囚さそり けもの部屋』(1973年)
- 『女囚さそり 701号怨み節』(1973年)
- 『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973年)
-
修羅雪姫シリーズ
- 『修羅雪姫』(1973年)
- 『修羅雪姫 怨み恋歌』(1974年)
テレビドラマ
- ※この他土曜ワイド劇場(テレビ朝日系列)、新春ワイド時代劇(テレビ東京系列)を中心に火曜サスペンス劇場((日本テレビ系列)など2時間ドラマ出演多数
その他のテレビ番組
- 梶芽衣子のヴァーナルビューティートーク
-
今夜は最高!(日本テレビ。司会タモリで自身が意外にも笑い好きや低血圧な事を話した。)
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徹子の部屋(テレビ朝日。羊かん一本丸かじり!)
-
SMAP×SMAP(フジテレビ。ビストロSMAPのコーナーでお肉ぽく見えてお肉じゃない料理を注文した。)
- うた世紀ベストテン (テレビ東京。司会:竹下景子、モト冬樹。ヒット曲「怨み節」を久々にテレビの歌番組で熱唱。梶の登場した回に日活の先輩・岡田真澄も歌わなかったがゲスト出演しており、一緒に日活時代の思い出話に花を咲かせた。)
-
おもしろバラエティ(フジテレビ)
- 一枚の写真(フジテレビ)
CM
歌手活動
- 『銀蝶渡り鳥』(『銀蝶渡り鳥』主題歌)
- 『怨み節』『女の呪文』(女囚さそりシリーズ主題歌)
- 『修羅の花』(『修羅雪姫』主題歌)
- 『ジーンズぶるうす』(『ジーンズブルース 明日なき無頼派』主題歌)
- 『芽衣子の夢は夜ひらく』
関連項目
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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