松竹芸能
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テレビ制作会社
企業関連のスタブ
大阪府の企業
松竹芸能
芸能プロダクション
主要関連用語
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ホリプロ
[489]
白
[438]
松本人志
[362]
笑福亭鶴瓶
[344]
取締役
[301]
今田耕司
[275]
吉本新喜劇
[269]
M-1グランプリ
[241]
東野幸治
[215]
ますだおかだ
[196]
横山やすし
[194]
よゐこ
[182]
安田大サーカス
[173]
ぐるぐるナインティナイン
[152]
ザ・ハングマン
[146]
いきなり!黄金伝説。
[140]
オセロ
[139]
笑福亭鶴光
[134]
堀ちえみ
[133]
道頓堀
[133]
連結子会社
[131]
三波春夫
[130]
太田プロダクション
[117]
森脇健児
[111]
落語芸術協会
[110]
バナナマン
[108]
ルミネtheよしもと
[106]
濱口優
[106]
なんばグランド花月
[105]
バッファロー吾郎
[104]
[リセット]
OKWave 関連質問
オーケイって小島さんと小倉さんだったような気がするのですが、 小倉さんはいつから小倉ではなく岡山に改名されたんですか? ...
先日
松竹芸能
のHPを見ていたら、 所属タレントの中に山田雅人の名前がありませんでした。 森脇健児の名前はあったのですが・...
ファンレターを送りたいのですがbaseよしもとと
松竹芸能
の郵便番号と住所わからないので教えて下さいm(_ _)m
人力検索はてな 関連質問
吉本
松竹芸能
それぞれの所属の芸人さんの顔写真がまとめて見られるサイトは無いでしょうか?顔しかわからないある方を探して...
松竹芸能
の矢野ひろしさんについて教えてください
松竹芸能
(しょうちくげいのう)は、
芸能事務所
。
松竹
の
連結子会社
である。
大阪府
大阪市
に本社がある。
吉本興業
と並び、上方演芸界の二大プロダクションのひとつ。
沿革・特徴
1958年
、
大阪歌舞伎座
の地階にあった
歌舞伎地下演芸場
に芸人を配給していた新生プロダクションと上方演芸が合併。新たに松竹の資本参加を得て、前身会社である松竹新演芸が設立される。
以降、
道頓堀角座
(演芸の角座)を中心に、神戸松竹座と
新世界
新花月に芸人を配給し、隆盛を極めるが、1980年前半に起こった「漫才ブーム」以降は
吉本興業
直営の花月劇場チェーンに観客を奪われ、
1984年
に角座は3年間にわたり閉鎖される。このことが発表された時、今は亡き
6代目笑福亭松鶴
がテレビで『その3年間、私ら芸人はどこに出ればいいんですか。代替の席も用意せずに閉館するなんて無茶だ』と訴えたことがある。その際彼の後ろに松竹芸能所属の芸人たちが居並んでいたことから、この時多くの所属芸人が同様の不満を持っていたと推測される。実際この間に松竹芸能を離脱した芸人も居たし、契約で角座に出演していた他の事務所の所属芸人たちも軒並み吉本に流れ、未だに松竹芸能の興行には戻ってきていない。
角座閉鎖後、
1987年
1月
に同じ道頓堀の映画館・浪花座の一部を演芸場に改装し「演芸の浪花座」としてオープン、所属芸人の本拠地としたが、遠のいた客足を取り戻すことはできず、浪花座は
2002年
1月に閉館した。因みにこの浪花座閉館の際、サンケイスポーツ大阪本社版での「浪花座閉館」を報じた記事の中で正司敏江は、「角座(ビル)に映画館が2つあるから、どちらかを演芸場にできんやろか」という、「私案」とも言うべき興味深いコメントを残している。
2002年4月、道頓堀のパチンコ店「四海樓道頓堀店」4階の小ホール・「ミナミのど真ん中ホール」を間借りし、演芸興行を再開する。このホールは、パチンコ店の4階にあるというだけでなく、3階で券をもぎり、すぐに階段を上り、屋上を通過してホールへ入るという、まるで隠し部屋のような場所だった。
この「ミナミのど真ん中ホール」での興行から、若手芸人が中心となった日替わりのお笑いライブ「ナイトイベント」を新たに導入、昼は「とんぼり一番館」と銘打った従来からの寄席興行、夜は若手芸人によるライブという2部構成で、演芸興行を行うようになった。この「寄席」と「お笑いライブ」の『二部構成』というスタイルは、後述の「B1角座」以降にも継承されている。なお「とんぼり一番館」という名称は、「ミナミのど真ん中ホール」での興行を終えた2003年12月まで使われた。
「ミナミのど真ん中ホール」は、奇しくも
ますだおかだ
や
アメリカザリガニ
の人気が急上昇し始めた頃と重なり、大盛況となる。とりわけ場数を踏む機会が限られていた松竹芸能の若手芸人にとって、「ミナミのど真ん中ホール」は良い刺激や成長できる場所となった。それまでは月に1回程度のごく小規模な場でしか、ネタを披露する機会を与えられていなかったが、このホールにより松竹芸能の若手によるライブの回数は格段に増え、ファンにとっては伝説と言われるライブも多数生み出されていった。
2004年
1月、道頓堀角座跡に建てられた角座ビル地下1階の居酒屋跡を松竹から賃借して「ライブスペース
B1角座
」を開設し、新たな常打小屋を確保。同時に劇場の運営を松竹芸能が直接行うことで、従前の間借り状態の劇場では制約があって難しかったオールナイトライブなど、より柔軟な形でのイベントの開催が可能となった。
2004年には、安倍彰が社長に就任している。
2006年
には設立50周年を記念したロゴマークを作成し、制作を担当しているテレビ番組のエンドロールの社名の前に記している。なお、50周年というのは前述の上方演芸の設立年から数えたもので、松竹新演芸の設立から数えると同年で48年目である。また2008年には松竹新演芸の設立から数えると同年で50周年を機に社名の書体を特殊明朝帯に改めた。
2007年
1月に角座ビル3階に入っている映画館を閉館して改修し、現在の3倍の350席を確保して、角座を復活させると発表。新角座では演芸だけでなく、演劇など様々なプログラムを提供するとしていた。しかし、
4月19日
に防音面など構造上の問題が見つかり、改修費が当初の見込みから大幅に増えることが判明したとして、計画の白紙撤回を発表した。この一件は松竹芸能の甘い状況判断によって起きた事件だったことから、所属芸人の一部から不満の声も漏れた。 新角座の柿落としで予定されていた
2代目桂春蝶
の息子・
桂春菜
の3代目桂春蝶襲名披露公演は翌春以降に延期された(2007年5月11日付の京都新聞のインタビュー記事では、春菜は松竹芸能への不信感から独自に襲名披露公演を行うことが書かれている)。
2008年
5月を最後に、角座ビルの建物施設の老朽化を原因に「B1角座」の閉館が発表され、本ビルの3階部分を改修しての新角座計画が、改めて甘い状況判断であった事を浮き彫りとした。同年5月31日をもって正式に「B1角座」は閉鎖、跡地は「
中座
」同様に、飲食店などのテナントを中心とした商業ビルになる予定。
演芸興行については、2008年7月5日より
通天閣
の真下にある「STADIO210」にて、「通天閣劇場 TENGEKI」と称した興行を再開させている。「STADIO210」(旧称「通天閣歌謡劇場」)は松竹芸能が運営に携わっているものの、「TENGEKI」の開催は土・日のみで「B1角座」の時より縮小となる。
この他、
三波春夫
のマネージメントを皮切りに、演芸以外にも幅広く展開。「
ザ・ハングマン
」等のテレビドラマを制作する傍ら、
ジャニーズ事務所
関西公演の勧進元にもなり、俳優陣やレポーター、モデル、タレントも数多く抱える。また、
新世界
・通天閣地下の「STADIO210」にて行う歌謡ショー・「通天閣歌謡劇場」の運営も行う。
1980年代以降、吉本興業に対して劣勢に立たされていたが、1980年代後半
笑福亭鶴瓶
が全国区となり、1990年代は
森脇健児
、近年では
オセロ
が大ブレイクし、さらに、
よゐこ
、
T・K・O
、
ますだおかだ
、
アメリカザリガニ
、
安田大サーカス
などがゴールデンタイムの全国ネット番組に出演する好調ぶりで、吉本との差が縮まってきている。その好調ぶりから、数年ほど前までは資本金が1千万円台だったのが、現在の4億円台にまで増資されている。
めちゃ×2イケてるッ!
の企画「
松竹DMC芸能
」による濱口だましや、
バッファロー吾郎
・
木村明浩
が企画し吉本興業が主催する大喜利イベント「
ダイナマイト関西
」の予選では、松竹芸能所属芸人の参戦のためB1角座を予選会場として使用するなど、会社を挙げて吉本興業中心の番組やイベントに協力する姿勢も見られる。また逆のパターンとしては、吉本興業製作の
松本人志
監督映画「
大日本人
」には海原はるかが出演。2008年には吉本伝統の番組枠であり、
なんばグランド花月
で収録されている「
日曜笑劇場
・「
あったか人情コメディ 湯けむりパラダイス!
」(
朝日放送
)に安田大サーカスがゲスト出演している。
松竹芸能
取締役
・東京支社長で
松嶋尚美
の
マネジャー
も兼務していたコズモ難波こと難波規精(コズモ難波という名前は、
同志社大学
・プロレス同好会時代のリングネームである。)は、
よゐこ
のいずれかをプロレス技で激励するという役割で「めちゃ×2イケてるッ!」に登場する名物社員であったが、2007年に松竹芸能を退社し、松嶋尚美の個人事務所「ステッカー」の社長となった。
吉本興業に先駆け1968年に即戦力の新人タレントを発掘、供給することを目的として養成所が設立される。基本的にはお笑い芸人にこだわらない方針で、部門別で分かれており子役なども扱っている。2008年には、松竹芸能タレントスクールへと名称変更している。
所属タレント
お笑いタレント
赤ちょうちん(嶋田恭兵、山口貴之)
暁明夫・あきら(暁明夫、暁あきら)
アメリカザリガニ
(柳原哲也、平井善之)
アルトバイエルン(守本大祐、ティル・ワインガートナー)
イアソン(石川慎二、西山佳樹)
いち・もく・さん
(江口輝、くぼた隆政)
いしまる(黒木俊彦、高本剛志)
石山雄一
稲ったま(稲垣陽輔、玉利明廣)
ヴェートーベン
(TAKASHI、青井貴治)
浮世亭大吾・小吾(浮世亭大吾、浮世亭小吾)
浮世亭とんぼ・横山まさみ(浮世亭とんぼ、横山まさみ)
うなぎ
(能勢浩、加藤統士)
梅小鉢(高田紗千子、小森麻由)
HTH(竹下浩貴、廣石岳俊)
エスケースリー(影山直柔、村野俊一)
オーケイ
(小島弘章、岡山祐児)
岡本"チェケ"秀光
オジンオズボーン
(篠宮暁、高松新一)
オセロ
(
松嶋尚美
、
中島知子
)
Over Drive緒方
おひさまロケット
(
中村摂
、横溝美友紀)
お祭りBoy
カーネリアン
カサフランカ(大串寛、森田哲也)
カシューナッツ
カノン
(樋山潤、田丸裕章)
かみじょうたけし
カブレラ(兵頭裕、久下司)
カメレオン
(古家後惣一、松浪拓矢)
グリーングリーン(植松翔平、浅野雅也)
こけらおとし(坂元義晶、阪本勝紀)
ココアポコ(小池望、柴垣圭志)
古謝将輝
小森園洋志
コンチェルト(池水龍三、足立征夫)
さっぽろマイスター
佐野玄
猿愛児(新垣龍、濱田郁雄)
J&M(稲村亜加根、丸山美喜)
ジェシカ
(
門脇聡子
、石原加奈子)
ジャパニウム(麻生邦彦、宍倉孝雄)
Jan2
(カヲル、エリカ)
シャンゼリーゼ(鴨志田道秋、平子摂子)
シンデレラエキスプレス
(松井成行、
渡辺裕薫
)
スケルトン(よっしー、Koji!、石川智久)
DA-DA
(春名和昭、植村茂浩)
代走みつくに
だいなお
(野村大輔、川口直哉)
たがやん
タケウチパンダ
立入禁止(西岡歩、日野涼介)
谷合直子
ダブルダッチ
(西井隆詞、
田中つよし
)
ダンシングドール(マメ、熊澤祐策)
チキチキジョニー
(石原祐美子、岩見真利)
チャイニーズストーリー(槇野伸威、信宗啓太)
チューインガム(宮下聖史、矢野良平)
チョップリン
(小林幸太郎、西野恭之介)
つるせんねん
TKO
(木本武宏、木下隆行)
天然もろこし(植山由美子、関根知佳)
どぶろく(西野入勝基、立山和紀、柳橋大介)
トライアングル
(田中匡、森直樹)
ドラハッパー
(西條辰彦、竹下友裕)
トランスポーター
中野倉庫
なすなかにし
(那須晃行、中西茂樹)
ナツメ(大城喜之、池城淳)
なんかでてるよ(坂野裕哉、保清昌之)
西口宜夫
ニッシーマーシー(吉田勝司、西原朗演)
ぬまっち
NOVA JUMP(諏訪和彦、古賀雄次)
のろし
(けいち、鈴木ひろし)
バームクーヘン(菅野晴彦、吉田直生)
橋本小雪
濱崎悟
原田公志
春田和幸
バロン(吉真洋平、中村亨)
パワフルコンビーフ(兼重清志、コウタ)
ヒカリゴケ
(国沢一誠、片山裕介)
左ミドル(長谷川道広、華井啓行)
ピーマンズスタンダード
(吉田寛、南川聡史)
覆面マスク
プリンセス金魚(大前亮将、高道淳史)
ベルタンカー(菅野真征、牧野秀行)
ヘンデルはグレテル
ボイコット(鶴隆一、豊田耕造)
鳳仙花
(
中村佳子
、沼田由紀子)
ボルトボルズ
(弓川信男、河口哲)
まえだまえだ
(
前田航基
、
前田旺志郎
)
ますだおかだ
(
増田英彦
、
岡田圭右
)
松川智行
松原タニシ
マッチポンプ
(木村耕介、山田直人)
松本美香
まりか
マリーシア(とっくん、川口芳応)
みょーちゃん
ミラール
(佐藤剛、渡辺崇裕)
ミルクハット(津田紗矢香、末岡愛子)
みわゆーすけ
もりかずき(岩本貴一、森將夢)
森よしたか
モンキーマウス(智、睦)
モンロー(松本健一、永田諭史)
安田大サーカス
(
団長
、
クロちゃん
、
HIRO
)
八十八
やのぱん
山内脩
山形(花形遊、山下貴史)
ヤンバルクイナ(シロー☆、東口宜隆)
よゐこ
(
有野晋哉
、
濱口優
)
妖怪人間(石山雄一、カモメ)
横山ともや・たつや(横山ともや、横山たつや)
ラフメーカー
リアルファイト荒木
PICAちゃん
ルネサンス(岡田壱隆、山本真嗣)
恋愛小説家
(大蜘蛛英紀、西野晶雄)
ワイルドピッチ(田中康之、中川裕也)
若井やるき・たまる(若井やるき、若井たまる)
ワンワンニャンニャン
(菊地正志、福井修一)
タレント
赤崎加林
あだち理絵子
天野美穂子
新井友里
アン☆ドゥ
泉ゆうこ
井田伸恵
稲葉幸恵
稲村今日子
いのうええりか
井上智栄子
岩崎絵美
岩崎ともか
内田薫里
江渡万里彩
(
アイドリング!!!
4号)
江本理恵
(東京)
大八木淳史
(東京)
大西めぐみ
岡崎ゆう子
岡村亜紀
岡本浩子
岡山瞳
小川恵理子
小野香織
柿野友紀
片山淳子
神谷ゆう子
河上ひろみ
河島あみる
北川晶子
北野誠
(東京)
喜多村牧
くまひろこ
小林優子
坂本一生
(東京)
櫻井咲生
佐藤未歩
シャドウ・リュウ
嶋村彩
正司歌江
杉山菜摘
鈴木千登世
鈴木涼子
須堂純
高橋知裕
高宮悠子
田口万莉
田中さなえ
ちかまろ
寺田あかり
朋原エミ
中田小由里
中野栄美子
中村友香
中山玲於奈
仲吉容子
西田美歩
浜田裕美
林あい
春やすこ・けいこ
羽連ゆかり
飛留間恵
藤井日菜子
藤田瞳
藤原宏美
星本恵李
細川智美
堀ちえみ
堀田ゆい夏
(業務提携…
シャイニングウィル
所属)
堀口百代
松田真理
松浪りさ
松宮志保
MARI
ミドリちゃん
(東京)
南山千恵美
宮坂美帆
宮下ジェイミー静
宮元香織
三輪智子
本輝咲
森田嶺子
森脇健児
柳生美香
山内彩
山中遥
横山亜紀
領家華子
落語家
桂春団治
桂壱之輔
桂梅團治
桂小春団治
桂昇蝶
桂春菜
桂春之輔
桂春若
桂福團治
桂福矢
桂福楽
笑福亭鶴光
(
落語芸術協会
)
笑福亭里光(落語芸術協会)
笑福亭学光
笑福亭鶴瓶
(東京)
笑福亭恭瓶
笑福亭銀瓶
笑福亭晃瓶
笑福亭純瓶
笑福亭達瓶
笑福亭鉄瓶
笑福亭瓶吾
笑福亭瓶太
笑福亭瓶生
笑福亭瓶成
笑福亭由瓶
笑福亭喬若
笑福亭喬介
笑福亭喬楽
笑福亭岐代松
笑福亭小つる
笑福亭三喬
笑福亭松枝
笑福亭松喬
笑福亭生喬
笑福亭竹林
笑福亭鶴二
笑福亭鶴松
笑福亭伯枝
笑福亭風喬
笑福亭福輔
笑福亭遊喬
笑福亭呂竹
笑福亭呂鶴
森乃石松
森乃福郎
漫才師
暁照夫・光夫
(暁照夫、暁光夫)
浮世亭三吾・美ユル
(浮世亭三吾、美ユル)
海原はるか・かなた
(海原はるか、海原かなた)
酒井くにお・とおる
(酒井くにお、酒井とおる)
サムライ勇・朝
(サムライ勇、サムライ朝)
正司敏江・玲児
(正司敏江、正司玲児)
宮川青丸・とん子
(宮川青丸、宮川とん子)
ミヤ蝶美・蝶子
(ミヤ蝶美、ミヤ蝶子)
横山たかし・ひろし
(横山たかし、横山ひろし)
レツゴー三匹
(じゅん、正児、長作)
諸芸
暁伸
竹井輝彦
谷口吉一
西川子のり
萩本果穂
ビックリTSUKASA
マジック中島&ひろみ
水田かかし
ロミオ・ロドリゲス・Jr.
歌手
偉偉
正見里加
俳優
赤木奈美江
あげ田江美
淺井志保
浅野崇浩
池下敦子
出雲恵理加
市川達也
井上亮
井上幸子
いま寛大
上中進矢
上野雅美
宇都裕馬
遠藤紗和
大城純平
小川剛志
小川稔
海徳桃代
柏原愛
柏原麻須美
加藤奈々
川崎あすか
清野千萩
小島秀哉
小橋宏美
桜岡達也
酒田かおる
笹山麻矢子
嶋田ユキ
嶋村晶子
志村不砂子
勝呂誉
筋田詩織
田井弘子
高島美希
高橋俊樹
滝譲二
武野功雄
竹村卓
立花建二
田中里枝
田端勝利
田村ツトム
伊達久志
辻本瑞貴
東野正志
栃木和沙
中島愛
仲辻由圭里
長岡佑香Christella
西口泰央
西島敦子
濱田寿代
原口志保
春名真布実
東口彩
平川宗彦
広松美咲
松本麻希
三浦誠二
南出謙吾
宮岸奈美
宮小路涼華
宗像志奈子
山崎政一
吉武周平
若松正俊
渡辺知晃
和田聡一郎
子役
青野怜華
阿部心
天見倫子
伊藤浩輝
植田未羽
上田美希
大屋朱里
尾崎孝史朗
小野田顕児
小野田昌浩
片岡八駿
金子凛太朗
金子侑平
金長輝燎
河村妃乃
藏前美郁
小梅実久
小西武
小室奈弓
齋藤雅乃
坂下一愛
佐上勇輝
清水遼河
高木美羽
高嶋ゆかり
高橋一眞
瀧北華菜
壇浦彩花
鎮西彩乃
冨岡重貴
道場英莉
中路葵
中村加威
長森由芽
西岡輝流
野崎優実
橋本和也
橋本真弥
橋本麻里鈴
畑下結莉花
濱崎詩織
濱中員季
平田千華
平野友梨
平松敬介
平松友也
深井萌加
藤田舜
藤岡結夢
藤岡皇佑
藤岡桃音
藤田育人
藤原三梨子
古川真実子
古澤健
前田旺志郎
前田航基
前川大将
前田和
松原有紀
松宮果歩
松村翔
松本怜美
水谷華
水原海
村上湧
村上渓
森田美依
八木瑠実佳
吉岡誠将
吉岡翔馬
吉岡竜輝
脇本真花
ワトソン大輔
過去の所属タレント
中田ダイマル・ラケット
夢路いとし
・
喜味こいし
(預かり 大宝芸能所属)
藤山寛美
ミヤコ蝶々
(預かり 日向企画所属)
かしまし娘
宮川左近ショウ
タイヘイトリオ
森乃福郎
(初代)
露の五郎兵衛
(当時桂春坊→
桂小春団治
(2代目))
笑福亭松之助
(現・吉本興業)
海原お浜・小浜
若井はんじ・けんじ
平和ラッパ・日佐丸
宮川大助
(大助・小助時代、現・吉本興業)
太平サブロー
・
シロー
(現・吉本興業)
青芝金太・紋太
山田雅人
パート2
笑福亭笑瓶
(現・
太田プロダクション
)
東ちづる
(現・
ホリプロ
)
桂春彦
(現在はフリー)
松嶋尚美
(オセロの
白
。2007年9月末に独立。単独での活動のみで、オセロとしての活動は従来通り)
あくび虫
Over Drive
(ただし、緒方はOver Drive緒方として活動中)
大阪キッズ
フロントページ
-4℃
(ただし、
松本美香
はピン芸人として活動中)
ヤツる
アントニオ
早乙女愛
石垣明日花
養成所出身タレント
春やすこ・けいこ
パート2
森脇健児
山田雅人
よゐこ
オセロ
ますだおかだ
-4℃
TKO
アメリカザリガニ
アン☆ドゥ
田中まさみ
安田大サーカス
オジンオズボーン
なすなかにし
チョップリン
せんたくばさみ
シンデレラエキスプレス
ヴェートーベン
オーケイ
トムコリンズ
Fun Park
ミラール
レイカーズ
HTH
長尾恵里香
正源敬三
制作番組
ザ・ハングマン
シリーズ (
朝日放送
)
鶴瓶上岡パペポTV
(
よみうりテレビ
) 制作協力(上岡プロモーションと共同)
ざこば・鶴瓶らくごのご
(
朝日放送
) 制作協力
裏刑事-URADEKA-
(朝日放送)
Change!
(朝日放送)
最後の晩餐
(よみうりテレビ) 制作協力
BAN!BOO!ぱいん!!
(よみうりテレビ) 制作協力
きらきらアフロ
(
テレビ大阪
)
ほか多数
吉本興業との関係
松竹の演芸進出は
1927年
に遡る。吉本興業は松竹所有の
道頓堀
弁天座で諸芸名人会(萬歳大会)を興行して大成功を収めた。これを見た当時の松竹社長
白井松次郎
は自らも演芸進出を企てる。間もなくその資金力を背景に当時吉本に所属していた人気芸人を高額ギャラで釣って次々と引き抜いたため怨恨が発生。吉本の
林正之助
総監督(当時。のち会長)が松竹大阪事務所に乗り込み、脅しに行くという事件が発生したと言われている。この一件は白井が林に非礼を詫び、「松竹は吉本の芸人に一切手を出さない」と一礼を入れ事態は収拾した。
しかし、
1939年
白井は傍系の映画会社である
新興キネマ
(のち
大映
に合併)に演芸部を新設し、「新興演芸」の名で演芸に再進出した。
ミスワカナ・玉松一郎
、
あきれたぼういず
等の吉本芸人を引き抜き、道頓堀浪花座や
千日前
アシベ劇場等で興行を行った。ライバル
東宝
が吉本と提携した事に対して行ったこの一件は演芸界を揺るがす大問題となった。吉本側は抗議したが、松竹自らが乗り出したわけではなく、結局裁判沙汰になるも二か月で和解。以降、吉本・新興で上方演芸界は二分されたが、新興キネマの合併消滅や戦時体制等で新興演芸は自然消滅の憂き目にあった。
終戦直後の
1945年
、吉本は所属する全ての芸人の借金を棒引きにした上で解雇を断行して演芸から撤退した。一方、
5代目笑福亭松鶴
等が落語会を催し、好評であるのを知った白井は、まず
四つ橋
文楽座
で落語会を開催。好評だったため、
1947年
自ら経営する千日土地建物(通称・千土地。のちの
日本ドリーム観光
)の
戎橋松竹
で演芸に三たび進出した。このとき吉本は既に映画会社に転身していたが、この場合も千土地が表向き演芸興行を行い、松竹自らが進出することはなかった。なお、この戎橋松竹の支配人を務めていたのが、松竹芸能創業者の一人となる勝忠男である。
以降の経緯は、既述の通りであるが、吉本の演芸再進出は
1959年
であり、このとき既に松竹は道頓堀角座で演芸興行を本格的に行っていた。1960年代初頭は両社間での芸人の引き抜き・移籍は多かったが、やがて両社は所属芸人を引き抜かない協定を結んだ。このため、無理な引き抜きは行われなくなったが、在阪局制作のテレビ番組等で吉本と松竹の芸人は共演しないのが暗黙の了解である時代が1990年代後半まで続いた。
1970年代後半のある正月に吉本所属の漫才師・
横山やすし
が松竹芸能系の演芸場である
新世界
新花月の楽屋へ遊びに行った際、泥酔していたやすしはそのまま新花月の舞台に上がってしまった。唖然とした観客はやすしに対し「吉本に怒られるぞ」とたしなめたという。大阪一厳しい客と言わしめた新花月の客にまで気を遣わせるほど、両社の関係は険悪だった。
現在は両事務所所属の芸人が共演する機会も増え、過去の因縁は雪解けムードとなりつつあるようだ。特に、両者間の過去の関係において比較的影響力が少ないと推測される東京吉本が制作に関与する番組では、松竹所属のタレントがレギュラー・準レギュラー出演をするケースも少なからず見受けられる(「
いきなり!黄金伝説。
」の
よゐこ
・濱口や「
ぐるぐるナインティナイン
」の
オセロ
など。「
いろもん貮・参
」は鶴瓶と
今田耕司
・
東野幸治
の3人が司会進行で、エンドロールには企画協力に松竹芸能と吉本興業の両社名が並んで表記されていた)。
2002年には、吉本興業最大の寄席劇場
なんばグランド花月
に
ますだおかだ
と、
アメリカザリガニ
が松竹芸能の所属芸人としては初めて吉本の通常公演の出演者として舞台に立った。吉本主催の若手
漫才
選手権イベント
M-1グランプリ
での活躍が認められての大抜擢だったが、当時はまだ吉本と松竹は犬猿の仲であるという印象が強く残っていたため、関西のスポーツ新聞に「歴史的事件」として取り上げられたほどだった。当時の吉本興業常務取締役であった
木村政雄
が、この件について「今はもう所属事務所がどうこうという時代ではない。世界中の面白い人になんばグランド花月の舞台に立って欲しい」とコメントしていたことも、歴史的事件実現の背景にあった。
また、これに続いて吉本興業の
木村明浩
(
バッファロー吾郎
)が主催する
大喜利
イベント「
ダイナマイト関西
」の2006年オープントーナメントでは
M-1グランプリ
同様に吉本以外の事務所所属の芸人や放送作家、フリーライター、そして、一般参加者の参加が可能となり、予選大会は大阪のbaseよしもとや東京の
ルミネtheよしもと
といった吉本系の演芸場だけでなく、松竹系の
B1角座
でも開催された。このB1角座予選にはもちろん主催者として
バッファロー吾郎
も出演し角座の舞台を踏んでいる。当日は
T・K・O
の
木下隆行
が勝利し、本戦トーナメント開幕戦へと進出した。結果的に
バナナマン
の
日村勇紀
に敗退したものの、木下は松竹所属の芸人として
なんばグランド花月
の舞台を踏んだ。
また、2007年にNGKで行われた
小籔千豊
の
吉本新喜劇
座長就任一周年記念イベント「コヤブ新喜劇~座長になって一年たちましたスペシャル~」に
藤山直美
が登場した。
松竹新喜劇
の顔であった
藤山寛美
の娘である直美の吉本新喜劇出演は「歴史的な瞬間」と小薮も語るほどであり、関西を代表する二つの喜劇の競演となった。
2007年
公開の映画「
大日本人
」(
松本人志
監督・吉本興業製作)には海原はるかが出演。また、吉本が企画制作しているライブイベント「
LIVE STAND
」においても、2008年からは吉本以外に所属している芸人にも門戸が開かれ、松竹芸能からは
海原はるか・かなた
、
オジンオズボーン
がこのイベントに出演した。
注釈
関連項目
Live! チクる
松竹新喜劇
蹴竹G
ケーエープロダクション
笑い部
通天閣
外部リンク
松竹芸能ホームページ
松竹芸能タレントスクール
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----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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