歴史
縁起等によれば
大同2年(
807年)に
空海(弘法大師)によって創建されたとされる。空海が
真言密教を日本全土に広めるために各地を巡化した際に、この地で海の彼方に光る物ありとの話を聞き、それを引き上げさせたところ大きな老木であったので、それを等身大の虚空蔵菩薩像に刻みこの地に安置したのが始まりとの
伝説がある。
円仁(慈覚大師)の開基とする縁起もあるが、文献の多くが失われていて定かではない。創建の際、
平城天皇から「村松山神宮寺」の勅額を賜わった。
明治3年(
1870年)の
廃仏毀釈より「星の宮」と改称されたが、翌明治4年(
1871年)には「虚空蔵」と称することが許可され再び「真言宗日高寺」となった。明治33年(
1900年)近隣の民家の
火災から堂塔伽藍すべてが類焼するが
本尊は災を免れた。その後、順次堂塔伽藍が再建され現在に至っている。
建造物
明治33年に堂塔伽藍すべてが消失しており、現在の建造物はすべて近代になって再建されたものである。
など
画像:Kokuzoudosanmon.jpg|参道から見た仁王門
画像:Kokuzoudousanjunoto.jpg|三重塔
画像:Kouzoudotahoto.jpg|多宝塔
所在地
境内散策は自由
関連項目
外部リンク
脚注
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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