会社概要
・朝日放送本社]]
本社・支社所在地
かつての施設
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ABCセンター:大阪府大阪市北区大淀南2丁目2番48号
- 1966年6月から2008年5月18日まで本社があったところで、2008年6月22日放送終了時(6月23日未明)までは、ABCセンター内にあったテレビ・ラジオの送出マスターで放送業務を行っていた。専用郵便番号は531-8501だが、別途大阪中央郵便局等に番組用私書箱が設けられ、そこにも個別(番組別)の専用郵便番号があるため、視聴者、聴取者が実際にこの番号を使う機会は少なく、主に番組・局全般の問い合わせ、テレビ・ラジオの受信報告書、テレビ・ラジオの番組表請求として使用される程度であった。私書箱用の郵便番号は現本社に放送業務移転後も継続して使われる予定だが、一部の番組で郵便・私書箱番号が変更になっている。
- ABC会館:東京都港区芝公園
- 東京支社などが入居する自社ビルで、朝日放送の東京における拠点であった。ANNへのネット替え後も維持し、ラジオスタジオはテレビ朝日制作「特捜最前線」のロケにも使われるなどしていたが、テレビのデジタル化、本社移転に必要な経費の捻出と朝日新聞グループとの結びつきを強めるため、東京支社を朝日新聞東京本社内に移転し売却した。
コールサイン・周波数・視聴エリア
コールサインはJONR(地上アナログテレビはJONR-TV、地上デジタルテレビはJONR-DTV)。
周波数はラジオ1008kHz(ただし、京都府北部の一部では、NHK宮津中継局999kHzの混信を受けることがある)、アナログテレビVHF6ch。
地上デジタルテレビのリモコンIDは6ch(UHF15ch)。
取材エリア
特に徳島ではA-SATの
中継車も配備されている。高知で
中継車が必要な台風中継などでは、徳島から応援に行っている。また、本局からアナウンサーなどの中継要員を派遣することがある。
ただし、高知で発生した緊急性のある事件・事故が発生した場合は、香川県の
瀬戸内海放送や愛媛県の
愛媛朝日テレビが先発隊として取材を行なうこともある(2007年発生した全日空機胴体着陸のニュースでは瀬戸内海放送と共同で取材)。
その他
環境規格
大株主 (2007年3月31日現在)
- 会社が発行する株式総数 14,400,000株
- 発行済株式総数 4,183,300株
- 株主数 2,103名
ロゴ・社章
公式ロゴ
- 「ABC」ロゴ
- 大文字の「ABC」のロゴは、縦細で描かれたものが開局時に登場。
- 3代目のロゴは、1989年4月1日より通常使用する名称を「ABC」に統一した際に従来のロゴの右側にエコーを入れるマイナーチェンジを行ったものだった(社名ロゴは既に登場していた従来のままで、右側にエコーを入れるなどの全面変更なし)。
- 社屋移転年となる2008年1月1日、移転に先行してフルモデルチェンジした、4代目となる現行ロゴの使用を開始。「昇る朝日」をイメージしたSunrise Orange(サンライズオレンジ)の色をベースに、「C」の右隣にある上へ伸びるラインでアクティブなスピード感を表現している(ABCの文字が斜線でつながっている)。長方形のオレンジにABCのロゴを入れ、斜めラインの下に「TV」「Radio」と入ったロゴや、同じく、長方形のオレンジに大きく1008のロゴを入れ、その下にABCのロゴを入れ、斜めラインの下に「Radio」と入った「ABC Radio」専用ロゴ、長方形のオレンジに大きく6のロゴを入れ、その下にABCのロゴを入れ、斜めラインの下に「TV」と入った「ABC TV」専用ロゴも用意されている。尚、一部の放送機材やABC関連会社のロゴは、未だに2007年までのロゴを一部使用している。 また、旧社屋や大阪タワーに取付けられた看板についても旧ロゴのまま業務を終了した。
- その他、放送以外(主にホームページ上)ではキャラクター「キュキュ」を加工してロゴ代わりに使用している例がある。
- 「朝日放送」ロゴ
- 「朝日放送」のロゴは、最初は宋朝体のロゴが番組クレジットにも使用されていた。
今でも大阪・中之島の新朝日ビルの塔屋に「朝日新聞」と掲示は変わったものの、同一書体の看板・ネオンが残る。
(新朝日ビル建設時は、ビル内に入居していた関係で「朝日放送」と掲示されていた。)
- 1973年頃にABCのロゴと同様に新しいロゴへ変更し、番組クレジットにも使われだしたが、1981年頃に丸みを帯びた3代目のデザインにマイナーチェンジされた。なおクレジット上では1989年春よりABCロゴを使うようになったため主催イベントの告知CMなどを除き使われなくなった。
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2008年
1月1日のロゴ変更とともに、社名ロゴについてもデザインが変更され、ABCホームページや新聞・雑誌などの宣伝でABCロゴと一緒に再び使用される様(「(ABCロゴ) 朝日放送」という形で)なった。番組クレジット上ではABCロゴのみ表示している。主催イベントの告知CMでは社名ロゴのみ表示している。また、新社屋入口のロゴは新ロゴである。
社章
- ロゴとは別に制定されている正式な社章は、目の輪郭を鎖のように3つ繋いで、それぞれに小文字1字ずつ配したものであり、現在も社員バッジ、株券などに使用されている。
- なお、朝日放送がラジオ専業局だった時代の社章は、大文字の“A”と“B”を幾何学的に組み合わせ、周囲に“C”を円く配し、その上に電波を配したものが使われていた。
沿革
の第一声を発した大阪市北区中之島の朝日会館。1958年に東隣の新朝日ビルディングに本社が移転するまでラジオ放送はこの建物から放送されていた。]]
朝日放送(ラジオ)開局
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1948年秋、朝日新聞東京本社内に朝日放送設立準備委員会を設置。(このとき「ABC」の呼称も決まる。)
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1949年
12月15日、東京・大阪で「朝日放送株式会社」の設立申請を郵政当局に提出。
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1950年
12月東京の「朝日放送」は「東京放送」(電通系)、「読売放送」、「ラジオ日本」(毎日新聞系・現在のラジオ日本とは無関係)と合同してラジオ東京(JOKR。現在の東京放送)となる。
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1951年
2月26日大阪の「朝日放送」は新日本放送(現・毎日放送、毎日新聞系)との合同工作に失敗。一転して同社と放送免許獲得競争を繰り広げる事となる。
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3月15日創立総会を開き、会社設立。大阪市北区中之島の朝日会館に本社を置き、初代社長に石井光次郎が就任。
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4月21日5回にわたる公聴会での激しいやりとりの末、新日本放送と共に予備免許を獲得。
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11月11日、大阪市北区中之島の朝日会館から、新日本放送に続いて関西地区の民間放送局としては2局目、日本で3番目の中波放送を開始。
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1952年
1月21日〜1週間、朝日放送・新日本放送・日本電報通信社大阪支社(現在の電通関西支社)の3社共同で、阪神地区で初の「ラジオ聴取率調査」を実施(民放初のラジオ聴取率調査)。
- 1954年〜1956年、当時朝日会館の四つ橋筋を挟んで東側にあったアイススケートリンク「アサヒアリーナ」(現在、新朝日ビルが建っている位置にあった)をオフシーズンの夏場のみ借りて、「アサヒラジオホール」(収容人数3,000人)として朝日放送専用のラジオの公開録音会場として使用していた。
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1958年
4月1日、本社を落成した新朝日ビル10〜13階に移転。移転と同時に同ビル地下に公開放送用ホールのABCホール(初代、現在のリサイタルホール)がオープン。
大阪テレビ放送
大阪テレビ放送は、1956年に、近畿地方ではじめて開局した民放テレビ局であり、現在の朝日放送の前身のひとつである。当初
日本テレビと
ラジオ東京(現在のTBS)のクロスネットであったが、資本の関係や、
読売テレビ(ytv)の開局準備などで、事実上ラジオ東京寄りの編成となっていた。
- 新日本放送ほかとの合弁企業である同局は1956年12月1日、テレビ放送を開始したが、間もなくABCとの合併を決定。新日本放送改め毎日放送が独自にテレビ放送を開始することになり、合弁は2年あまりで解消された。
- この際、既存の大阪テレビを朝日放送と新日本放送のどちらが継承するかについては「両社の社長同士がジャンケンして決めた」という証言がある。
- 社章は"OTV"の文字を幾何学的に合成したマークが使用され、そのデザインから「猫の目」とも呼ばれていた。
大阪テレビ放送開局
朝日放送への合併
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1958年
8月28日、読売テレビの開局に伴い、大阪テレビ放送はラジオ東京との単独ネットになった。
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12月23日、大阪テレビ放送は、ABCとの合併契約を調印。
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1959年
1月26日、大阪テレビ放送における毎日放送(新日本放送を改称)の出資分をABCが肩代わりし、毎日放送側役員は翌日大阪テレビ放送から退陣した。
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3月1日、毎日放送のテレビ放送開始に伴い、大阪テレビ放送の呼称が「朝日放送大阪テレビ」となり、略称も「OTV」より「ABC-OTV」に変更となる。
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6月1日、ABCと大阪テレビ放送が合併。中波・テレビジョン兼営のABCが誕生した(同時にコールサインをJOBX-TVを廃止し、JONR-TVに変更)。
大阪市北区
堂島1丁目42番地にあった旧大阪テレビ放送の本社社屋は、合併後はABC堂島社屋(テレビ社屋)となり、
1966年に大淀社屋へ移転するまで引き続きTV放送をそこから放送した。
テレビのネットワーク化
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1959年
6月1日に大阪テレビ放送を合併したことに伴い、テレビのネットワークもそのまま引き継がれ、ラジオ東京(KRT。現在のTBSテレビ)系列の準キー局となった。KRTは朝日新聞の資本が入ってはいたが、どちらかといえば毎日新聞との関係の方が深く、また朝日新聞は同年2月1日に開局した日本教育テレビ(NETテレビ。現在のテレビ朝日)の全ニュース番組の製作を担当した事で、次第にNETとの関係を強化していった。しかしこのNETは大阪地区では毎日放送とネットワークを結んだため、この状態は新聞資本側からみて「腸捻転」と呼ばれていた(「腸捻転」に関しては、ネットチェンジ#大阪準キー局「腸捻転」の解消の項を参照のこと)。
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1960年
9月10日、カラーテレビ放送開始。大阪地区ではNHK、読売テレビ、東京地区ではNHK、日本テレビ、TBSと共に初。
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1961年
12月1日、同社労働組合が実施したストライキの影響で、同日23時30分からテレビ・ラジオ共に停波。労使交渉妥結後の12月3日20時まで停波が続く。
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1966年
6月1日、大阪市大淀区(現在の北区)大淀南の旧関西大倉学園跡地に新社屋が落成し、中之島から本社・ラジオ部門が、堂島からテレビ部門がそれぞれ移転、テレビ・ラジオ共に同日から新社屋からの放送を開始した。また、大淀旧社屋敷地内にはABCホール(2代目)がオープンし、中之島のABCホール(初代)はSABホールに改称。
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1975年
3月31日 TBSテレビとのネットワーク関係を解消し、NETテレビと新たにネットワーク関係を構築した(「腸捻転」の解消)。
ラジオのネットワーク沿革
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1958年6月、ラジオ東京(JOKR。現在のTBSラジオ)とのネットが結ばれ、毎週水曜日には東西同時放送を実施。ラジオ東京と共同製作を行っていた。
- この他街頭録音番組やルポ番組「北から南から」、大相撲やプロ野球ナイター等のスポーツ中継、演芸番組や「ぴよぴよ大学」等のバラエティ番組といった、番組全般面においてラジオ東京と協調路線が続いた。
- ただし、ミヤコ蝶々・南都雄二の「夫婦善哉」や中田ダイマル・ラケットの「お笑い街頭録音」といったABC制作の人気番組や高校野球中継等の殆どは、関東地区ではニッポン放送(JOLF)にネットされ、またニッポン放送開局当時の同社看板番組「ポッポちゃん」もABCラジオにネットされる等、当初から特定キー局に偏らない番組編成がなされてはいた。
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1965年
5月2日
JRN結成に参加。翌5月3日にはNRNの結成にも加わった。
- 以降クロスネット化を推進しつつも在阪局で随一の自己製作比率を高め、今日の番組編成に繋がっている。
現在のラジオネットワークの傾向
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プロ野球中継はJRN主体であり、その他JRNスポーツネットでは、他に競輪中継、中央競馬中継がある。
- 従ってTVではライバルとなるTBSのアナウンサーが登場する。
- NRNスポーツネットでは、サッカー・Jリーグ中継がある。また福岡国際マラソン中継や箱根駅伝中継のネット受けも行う。
- スポーツ番組以外では、TBSラジオを擁するJRNよりニッポン放送や文化放送の番組のネットが多い。また、ABCラジオが制作するラジオドラマでは文化放送およびニッポン放送双方に一つずつ番組をネットしており、NRNの色がやや強い。
- 報道番組については、1975年3月まではJRNのニュースネットを受けていたが、テレビの腸捻転ネット解消のあおりを受け、現在は朝日新聞社全面協力の下での完全自主制作となっている。
ANNネットワーク参加後
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1978年
11月23日午前5時を以って、ラジオの周波数を1010KHzから現在の1008KHzに変更。
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1989年
4月1日テレビでのクレジット表示を朝日放送からABCに変更、テレビの通称を「ABCテレビ」へ、ラジオの通称を「ABCラジオ」へ変更。
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1990年
10月18日
原清会長が、パリ出張中に急逝。
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1992年
3月15日午前9時、ラジオのAMステレオ本放送を開始した(毎日放送、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送も同時に開始)。
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1995年1月17日に「おはよう天気です」の生放送開始直後に阪神・淡路大震災が発生し、その瞬間のスタジオ内や外部カメラからの生々しい映像が記録され、後にそれらをまとめた映像がソフト化された。
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1995年8月 テレビ24時間放送開始(放送終了後にフィラーを流すことにより)。
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2001年
3月23日 日本の放送局では初めて国際環境規格「ISO14001」を認証取得。
- 2003年12月1日午前11時 地上デジタルテレビ放送(JONR‐DTV)放送開始。
- 2003年12月に大阪市福島区福島の旧・阪大病院跡の用地を取得し、2008年を目処に念願の新社屋を建設することになった(現本社土地を近鉄不動産ほか3社に譲渡のうえ、新社屋土地を取得)。また、東京支社も移転を目的として他社に土地・建物を譲渡。いずれも移転までは新しい所有者との間に賃貸借契約を取っている。
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2005年
5月6日、アメリカの投資顧問会社リバティー・スクェア・アセット・マネジメントが、筆頭株主の朝日新聞社に次ぐ、発行済み株式の8.22%取得していたことが明らかになる。
- 2005年10月 東京支社が芝公園のABC会館から築地の朝日新聞東京本社別館に移転。10月31日に業務開始。
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2006年 2005年度テレビ年間視聴率において、全日・プライム・プライム2(午後11時~翌日午前1時の時間帯)において首位を獲得し、三冠を達成した。
- 三冠御礼として、4月6・7日の2日間、局内の社員食堂の昼食が無料となった。
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2008年
1月1日、4代目となる新ロゴが登場。最初にお披露目されたのは年またぎ番組「クイズ雑学王SP」(中継技術協力を担当)が初出しされ、その後は午後枠に放送された「志村&所の戦うお正月」(12:55~17:25。テレビ朝日との共同制作になるが、送出はテレビ朝日)でも出した。同社から送出する番組で最初に出したのは同じ元日に放送された「芸能人格付けチェック 2008お正月スペシャル」(18:00~20:54)から。
- 新ロゴ登場記念として、11月30日・12月1日の2日間、局内の社員食堂の昼食が無料となった。
- 2008年1月18日、子会社のエー・ビー・シーメディアコムが、インデックスと共同で、在阪民放局初の独自ミュージックレーベル「中之島レコーズ」を立ち上げる。
- 2008年5月19日、福島区福島へ本社を移転。
- 2008年6月23日、演奏所(マスター)を新社屋に移転。新社屋からの最初の生番組はテレビが『おはようコールABC』、ラジオが『宇野ひろみのおはようパートナー』であった。また新社屋のマスターから初めて配信されたテレビの全国ネット番組は『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』であった。
テレビネットワークの移り変わり
イメージキャラクター
- キュキュ
- 詳細はキュキュを参照。
- ねったまくん
- 詳細はねったまくんを参照。
放送
- テレビ放送
- 詳細はABCテレビの項を参照。ABCテレビの番組についてはABCテレビ番組一覧を参照。
- ラジオ放送
- 詳細はABCラジオの項を参照。ABCラジオの番組についてはABCラジオ番組一覧を参照。
アナウンサー
制作スタッフ
- テレビ
-
- ラジオ
社屋・スタジオ
移転の歴史については#沿革も参照のこと。
1966年に、それまでの本社およびラジオ部門の中之島、テレビ部門の堂島社屋を統合して移転した
ABCセンターと称する大阪市北区(旧大淀区)大淀南の社屋を使用してきた。社屋周辺には電波塔(大阪タワー)やホテル(プラザホテル)、クラシック専用の音楽ホール(ザ・シンフォニーホール)も設置され、単なる放送施設に留まらない形となっていた。
しかし、プラザホテルをはじめ関連施設の閉鎖や社屋の老朽化が進んだ事もあり、2004年に現在地(ほたるまち、計画時は「水都・OSAKAαプロジェクト」)への移転計画が発表された。
なにわ筋を大淀の旧社屋より約700m南下した同地に移転した現社屋は、敷地面積8,500平方メートル(ABCセンターの約半分)、地上16階、地下1階建て・高さ110m、延べ床面積約44,500平方メートルである(建物の床面積は旧社屋の1.5倍)。『
おはよう天気です』で
兵庫県南部地震(
阪神・淡路大震災)に襲われた反省から、建物には大規模放送局で初めて
免震構造を取り入れている(放送局全体では
NHK神戸放送局、ABCと同じANN系列の
静岡朝日テレビも免震構造を取り入れている)。社屋は9階建てのスタジオ棟(低層棟)と16階建ての事務棟(高層棟)からなり、建物内にはスタジオ棟にテレビスタジオが4つ、事務棟13階にラジオスタジオ5つが設置された。スタジオ棟には公開放送用ホール(3代目ABCホール、258席/最大320席)も設けられている。設計は
隈研吾建築都市設計事務所と
NTTファシリティーズが手掛け、堂島川に面して広大なリバーデッキも設けられている。
移転準備のため、新社屋テレビAスタジオを使用して番組の放送や収録が移転1ヶ月前の2008年4月から始まり、同年5月に北区大淀南の社屋から福島区福島1丁目の新社屋への移転が実施され、
5月12日には関連会社の
スカイ・エー(スカイ・A sports+)の放送センターが大淀社屋から福島社屋へ移転、
5月19日には大淀社屋から福島社屋へ本社が移転した。
さらに、
6月17日には放送センター移転後も大淀社屋にあったスカイ・A sports+の送出マスターが新社屋マスター(
ハイビジョン対応)に切替わり、
6月23日から放送を新社屋マスター(アナログ・デジタル統合テレビマスター、AMラジオ放送マスターとも
NEC製を使用)へ切り替えた。ただ、新社屋の一部のラジオスタジオ完成が間に合わなかったため、新社屋移転後も旧社屋のラジオスタジオで一部の番組収録が行われていたが、7月末をもって旧社屋での番組収録は終了した。
8月5日には新社屋の3代目ABCホール完成・稼働開始後も引き続き稼働していた、旧社屋の2代目ABCホールが閉鎖されて、旧社屋での全ての業務が終了したが、業務終了後も、テレビスタジオは
ごきげん!ブランニュの収録(
2008年10月7日放送の『復活宣言!パラ軍団』の24時間耐久ドミノ)に使用された。
スタジオ
- テレビ
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- ラジオ
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交通アクセス
主な送信所・中継局
- テレビ
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- ラジオ
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その他
- 平日
分単位部分のフォントカラーを下から徐々に変化させる事で大まかな秒数を把握できるようにしている。
- 土曜日・日曜日
- フィラー開始~9:30(『おはよう朝日土曜日です』内ではカスタムフォント・天気ループあり)
宿直制度
夜間における緊急事態発生に備え、局アナ1人と制作・技術・報道部門のスタッフ数人が局に毎日交替で泊まり込む「
宿直勤務制度」を敷いている。
ラテ欄表記
- ラジオ
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1989年
3月31日まで『朝日』、『朝日 ABC』、『朝日ラジオ』と表記していたが、同年4月1日から『ABC』、『ABC 朝日』、『ABCラジオ』と表記が変わった。但し、朝日新聞大阪本社発行版は、朝刊では『朝日 ABC』、夕刊では『ABC』の表記、読売新聞北陸支社発行版(富山・石川の2県)、読売新聞中部支社発行版(愛知・岐阜・三重の3県=但し三重県伊賀は除く=で販売)と朝日新聞東京本社発行版(富山県版)では『朝日放送』と表記されている。
- テレビ
- 『朝日放送』という呼び名はテレビ朝日と混同される恐れがあるためか『ABCテレビ』と表記されることが多い(1989年3月31日までは『朝日テレビ』と表記されていた。ABCと同じANNに属する静岡朝日テレビは2005年3月28日から静岡県内向けに『あさひテレビ』の「愛称」を使用している)。
super J チャンネルでの当放送局の表記について
全国高校野球選手権大会実況中継
不祥事
- 個人情報流出
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2006年
10月26日、通販番組「評判!なかむら屋」で、同年10月21日から23日の間に発送した商品の送り主欄に、過去に商品を購入した人の住所と氏名を誤って印字して358件に発送したことを明らかにした。原因は調査中としている。
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2008年
5月15日、ABCラジオのワイド番組「全力投球!!妹尾和夫です」のリスナー244人に前アシスタントに対する激励メールなどの返信メールを一括送信した際、全員のメールアドレスを表示したまま誤って送信したことを明らかにした。
- アナウンサーによる性犯罪事件
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2006年
11月14日、朝日放送アナウンサー3名が性犯罪事件を起こしていたことが一部スポーツ紙の取材を端緒として発覚、2名を停職3ヶ月、1名を譴責とする社内処分を行った。同年5月に自社の情報番組「ムーブ!」において、日本テレビの男性アナウンサーが電車内で盗撮行為をして書類送検された際に、他のメディアに先駆けて実名を公表しマスメディアの透明性を訴えておきながら、それとほぼ同時期に起きていた自社の同種の不祥事を隠匿し続けたことや、「被害者の女性のプライバシーを考慮し、詳しい内容は話せない」「社員にも家族や子どもがいる。勘弁してほしい」と繰り返し3名の氏名の公表を拒絶したこと、実質的には準強姦、強制わいせつに類する行為を「セクハラ」との比較的軽い表現で扱った姿勢などが、「報道機関にあるまじきもの」「他社の不祥事を叩いておきながら自社の不祥事は隠蔽するのか」などとして批判された。また同時期、同局社員が同年3月17日に痴漢で逮捕されていた事実を隠蔽し続けてきたことが、2007年1月25日付けの『週刊文春』で告発され(事案は、本人否認のまま不起訴処分)、同社の隠蔽体質が際立つこととなった。
- 公然わいせつ
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2008年
3月2日、新幹線「のぞみ」の車内で朝日放送の男性社員が、乗降口付近を通りがかった女性客室乗務員の前で下半身を露出させたとして、公然わいせつ容疑で逮捕された。
インターネットドメイン
関連会社
関連項目
その他の近畿圏のテレビ局
脚注
外部リンク
*
27あさひほうそう