替え唄メドレー(かえうためどれー)は、
日本の歌手
嘉門達夫の
シングルである。ここでは、嘉門達夫のネタである「替え唄メドレー」シリーズ全体についても記述する。
解説
嘉門達夫のレパートリーの一つである
替え歌メドレー集である。嘉門の楽曲の中で最大のヒットを記録した。
1991年の第1弾が好評であったため、同年に
「替え唄メドレー2」を、翌年には完結編となる
「替え唄メドレー3・完結編」を世に送り出した。その後も続編を発表し続け、現在第20弾まで発売されており、シングル以外のアルバム収録もいれると22弾も制作されている。
著作権問題などに関して
「替え唄メドレー」シリーズは多数の楽曲を扱っており、ライブで歌うなりCDリリースする場合は原曲の
著作権者(
作曲者・
作詞者・
歌唱者)の許可を得ている。さらに替え唄の歌詞の中に実在の人物の名前や、著作権に関係ある名前(
漫画のキャラクターなど)が登場した場合、その人物・原著作権者にも許可を得ている。
逆に「著作権処理が困難」「作詞・作曲の本人が拒否」「歌詞に氏名が出てくる本人が拒否」などの事情によってCD化には至らない曲もある。許可の範囲は人それぞれであり、全面的許可をする者、ライブで歌うことのみ許可をする者、一切歌うことを拒否する者まで様々である。当然ながら許可を得られなかった場合は公の前で歌唱は不可能となり、日の目を見なかったお蔵入り曲も多数ある。このような複雑な手続きを処理しなければならないため、嘉門本人も「替え唄メドレーで一番大変なのは許可をとること」だと発言したことがある。ライブではお蔵入り曲の一部を「没・替え唄メドレー」と称して歌うことがある。
許可取得に関するエピソード
許可が下りた事例
許可を出した有名な人物として嘉門の恩人でもある
桑田佳祐率いる
サザンオールスターズや
小室哲哉が挙げられる。この2組は非常に協力的であり、嘉門は「
サザン替え唄大メドレー」「TK替え唄メドレー」というシングルも発売したことがある。その他、
米米CLUBなどからも快く許可が降りた。また、自ら嘉門にリクエストするケースもある。嘉門の高校の後輩である
槇原敬之からは、自作曲を替え唄メドレーに取り上げてもらうようリクエストがあった。
事務所との交渉ではNGだったが、本人との直接交渉で同意してもらえた事例がある。主なミュージシャンでは
山下達郎がいる。また、サザンオールスターズの楽曲「
チャコの海岸物語」の替え唄の歌詞に
中井貴一が登場したときの話で、CD化に当たってサザンオールスターズの方からは許可を貰ったが、中井の事務所からは許可が降りなかった。後日、嘉門は中井本人と会う機会があり、その場で本人に直接交渉したところ、許可を貰えた。
許可が下りなかった事例
許可が出なかった例として
ドリームズ・カム・トゥルーがあり、彼らの曲は許可が下りていない。その他、かつて嘉門自身も在籍していた
コロムビアに所属する歌手たちの曲も、ほとんど使用の許可が取れなかった。
大相撲の
力士の名前を織り込んだ替え唄も多数あったが、
日本相撲協会から許可が下りずCD化されなかった。
CMソングの替え唄は、企業イメージや商品イメージを損なうものとして、許可をもらうのが難しいという(嘉門本人談)。
ローソンのCMソング「開いてます、あなたのローソン」の替え唄として「閉まってます、田舎のローソン」という内容の曲をローソンに提示したところ、「
うちは田舎でも開いてます!」と一喝されたのは有名な話である。また、
味の素「ほんだし」のCMソングを替え唄にした時には、CDリリースの許可を得ると同時にCMソング自体が変更された。
日本以外の人物との交渉は、日本語歌詞とそのニュアンスが作者に理解してもらうのが難しいため、
洋楽の替え唄は発売には至っていない。
ビートルズの『
イエロー・サブマリン』のサビ部分を「理科室の蛇のホルマリン」としたが、相手側には伝わらなかった。また、『
ハッピーバースデートゥーユー』の歌い出しを「履きまっせ、ク〜ツ〜…」としたものの原著作権者に意味が理解されなかった。
岸田敏志の「きみの朝」のサビを
ムーミンに結びつけて「
河馬だ」と歌おうとしたところ、岸田の了解はとれたが、ムーミン原作者の
トーベ・ヤンソンの関係者から「ムーミンは河馬ではない」と一蹴された。それを聞いた嘉門側が「
河馬ではないとしたら、ムーミンは何なんですか?」と聞いたところ、「
ムーミンは、ムーミンなんです」との答えが返って来た。
特殊な事例
アーティストによっては、自らの思い入れが特に強い曲など「特定の楽曲のみ許可を出さない」といったパターンもある。代表例としては
松任谷由実が『
卒業写真』のみ許可を出さなかった例がある。(『守ってあげたい』は許可が下りていて、『替え唄メドレー2』に収録されている)
浜崎あゆみは、一度は「Boys & Girls」について許可を出し、これは2000年の「替え唄メドレードラゴン」に収録されている。しかしながら、この曲中で嘉門が浜崎の歌唱法を大げさに物真似をしたことが本人サイドの顰蹙を買い、以降浜崎は楽曲使用の許可をしていない。また、「替え唄メドレードラゴン」も、シングルと同日発売のアルバム「かもたつ」に収録されて以降、ベストアルバムなどにも収録されていない。
遅れて許可が下りるケースもあり、
沢田知可子の『
会いたい』の替え唄は「替え唄メドレー3」に入れる予定であったが『大ヒットしているから今は止めてくれ』と言われ、やむなく「帰ってきた替え唄メドレー4」に入れた。
シリーズ一覧
- 替え唄メドレー(1991年5月21日発売。セールス82万枚を記録し、嘉門自身最大のヒット曲となる)
- 替え唄メドレー2(1991年9月21日発売)
- 替え唄メドレー3・完結編(1992年1月1日発売。オリコン初登場3位となる。途中、光岡ディオンがDJスタイルで登場する他、荒井注もゲスト・ヴォーカルで登場する)
- 替え唄大メドレー(1992年1月1日発売のアルバム『天賦の才能』に収録。上記3作品の総集編)
- 帰ってきた替え唄メドレー4(1992年4月21日発売の『鼻から牛乳』のカップリング。これにも光岡ディオンがDJとして登場)
- デュエット替え唄メドレー(1992年12月5日発売。嘉門達夫・浅田美代子)
- 替え唄メドレー紅白バージョン(1993年3月24日発売の『GO!GO! スクールメイツ』のカップリング。エンディング部分のみNHK紅白歌合戦で歌われた歌詞と異なっている)
-
サザン替え唄大メドレー(1994年9月21日発売。歌詞が微妙に異なるアルバムバージョンがある)
-
TK替え唄メドレー(1996年4月24日発売)
- TK替え唄メドレー2(1996年9月28日発売)
- 新・替え唄メドレー(1997年3月21日発売。これ以後DAIPRO-Xレーベルに。同作の品番はDXDL-1で、同社の第1号タイトルでもある)
- 替え唄クラシックメドレー(1997年9月22日発売。「替え唄」とあるが、実際はクラシック音楽に詞を付けたもの。ロックのアレンジを加えたバージョン(カモメタルバージョン)が同シングルにカップリングで収録されている。)
- アニメ替え唄スーパーメドレー(1997年12月17日発売)
- ザッツ・替え唄メドレー(1998年8月5日発売)
- 替え唄メドレードラゴン(2000年1月21日発売)
- 童謡替え唄メドレー(2000年1月21日発売のアルバム『かもたつ』に収録)
- 替え唄メドレー2001(2001年4月21日発売)
- 特選・替え唄メドレー 〜DANCE MIX〜(2001年7月25日発売)
- CM替え唄メドレー(2001年10月24日発売。『サザン替え唄大メドレー』以来約7年ぶりに替え唄メドレーOPが使用された)
- THE ENKA替え唄メドレー(2002年3月21日発売)
- 青春フォーク替え唄メドレー(2003年1月22日発売)
- 替え唄メドレー2005(2005年10月21日発売)
- 生出し替え唄メドレー(2005年10月21日発売のアルバム『元気が出るCD』に収録)
- 続・アニメ替え唄スーパーメドレー(2007年4月25日発売)
- 生出し替え唄メドレー2(2007年10月24日発売のアルバム『「これさえあればゴハン何杯でも食べられる」と言って2杯で限界になっているアナタへ』に収録)
脚注
関連項目
外部リンク
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