曽野綾子 [Ayako Sono] [被リンク数: 41]

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曽野 綾子(その あやこ、1931年 (昭和6年) 9月17日 - )は、東京都出身の作家。「曾野」とも。本名、三浦知壽子。旧姓、町田。カトリック教徒で洗礼名はマリア・エリザベト。聖心女子大学文学部英文科卒業。

来歴・人物

幼稚園からカトリック系の聖心女子学院に通う。戦時中は金沢に疎開。同人誌『ラマンチャ』『新思潮』を経て、山川方夫の紹介で『三田文学』に書いた「遠来の客たち」が芥川賞候補となり23歳で文壇デビュー。占領軍に対する少女の屈託ない視点が新鮮で評判となった。翌年、24歳で『新思潮』同人の三浦朱門と結婚。以後、次々に作品を発表。30代で不眠症うつ病に苦しむが、無事乗り切り危機を脱する。
臼井吉見が曽野や有吉佐和子の活躍を「才女時代」と評したことは有名。文学史的には、遠藤周作安岡章太郎吉行淳之介小島信夫庄野潤三近藤啓太郎阿川弘之三浦朱門小沼丹島尾敏雄らと共に「第三の新人」に属す。
同時代の女性クリスチャン作家である三浦綾子とともに、「W綾子」と称されることもある。共にクリスチャンで、夫が三浦朱門であるため、三浦綾子と混同されることもある。しばしば曽根綾子、曽我綾子などと間違って呼ばれる。
文化人類学者で聖トマス大学教授の三浦太郎は実子(妻はエッセイストの三浦暁子)。

主な作品

長編

  • 男女の無為な日常を綴った『たまゆら
  • マリリン・モンローをモデルに書かれ、若尾文子主演で映画化もされた『砂糖菓子が壊れるとき
  • 田子倉ダムやアジア・ハイウェーの建設現場で働く名もなき技術者たちの人生を刻んだ『無名碑
  • 乾ききった文体で鬱屈した神父の生活を描いた『傷ついた葦
  • 家庭内暴力を描いてベストセラーになった『虚構の家
  • 息子、太郎(現在、文化人類学者、英知大学教授)をモデルにした青春小説『太郎物語』(高校編・大学編)
  • 自分を呪縛する母親から自立できないインテリの苦悩と精神的荒廃を炙り出した『木枯しの庭
  • 産婦人科医を主人公に堕胎と生命の尊厳をテーマにした代表作『神の汚れた手
  • 大久保清の連続婦女暴行殺人事件を下敷きにして極限の愛を描いた犯罪小説『天上の青
  • ベツレヘムの幼子虐殺で知られるユダヤの王ヘロデの半生を「穴」と呼ばれる唖者の視点で描き出した狂王ヘロデ
  • ルワンダのツチ族虐殺に遭遇した修道女の壮絶な体験を描いた『哀歌
  • 核燃料輸送船の航海60日に及ぶ人間の苦悩を描いた。『陸影を見ず
  • 夢に殉ず
  • 円形水槽
などがある。

短編

  • 恐怖小説の名作としてしばしばアンソロジーに収録される『長い暗い冬
  • コルベ神父の最期を記した『落葉の声
  • 戦争に引き裂かれた夫婦の愛の謳う『只見川』などがある。

エッセイ

  • 200万部以上売り上げた『誰のために愛するか
  • 老後の心構えを説いた『戒老録
  • 著書から人生訓を抜き出した『「いい人」をやめると楽になる
  • 『新潮45』の連載をまとめた『夜明けの新聞の匂いシリーズタイトル順に、『夜明けの新聞の匂い』(絶版)、『幸福』(絶版)、『近ごろ好きな言葉』、『部族虐殺』(絶版)、『最高に笑える人生』、『沈船検死』)などがある。

ノンフィクション ・レポート

  • 沖縄集団自決について追究した『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実(ある神話の背景改題)
  • 小中高校生への奉仕活動を打ち出した『日本人へ
  • 自身が見聞した海外の貧困の実態を書いた『貧困の光景

2007年現在の連載状況

  • 産経新聞』(「透明な歳月の光」 北國新聞富山新聞にも掲載)
  • 月刊誌『Voice』(「私日記」)
  • 月刊誌『新潮45』(「夜明けの新聞の匂い」)
  • 週刊誌『週刊ポスト』(「昼寝するお化け」隔週)
  • 月刊誌『小説宝石』(「言い残された言葉」)にエッセイを連載中。

社会・政治的言動

  • 保守論客で知られる。
  • チリ・クーデターの際に、サルバドール・アジェンデは左翼にしか奉仕しない政治家だとしてアウグスト・ピノチェト将軍を首班とする軍事独裁政権を擁護した。
  • 難民の評価をめぐってアグネス・チャンと論争(1985年)。
  • 学生運動の評価をめぐって上野千鶴子と論争(1989年)。
  • クリスチャンの立場からか、靖国神社に代わる国立追悼施設建設に賛成している。個人としては靖国神社に参拝しており、2007年6月に李登輝台湾総統が靖国神社に参拝した際、夫の三浦朱門と共に同行した。
  • 西部邁小林よしのりらに「本日の雑談」でイラク人質問題、靖国問題に関するスタンスを揶揄される。
  • 第二次大戦時、沖縄県渡嘉敷島での集団自殺強要の真偽を調査したノンフィクション『ある神話の背景』や小中高校生への奉仕活動を打ち出した「日本人へ」(教育改革国民会議第一分科会報告書)などでは論争を巻き起こした。特に『ある神話の―』では、集団自決の軍命があったとする『鉄の暴風』や大江健三郎の『沖縄ノート』等が現地取材もせず間違った記述が多いと主張(軍命をしたとされてきた本人から否定の証言を得る)した。この著書を一つの証拠資料として、2005年8月に軍命をしたとされてきた梅澤裕と赤松大尉の遺族が、大江健三郎と岩波書店に名誉毀損と賠償・出版差し止めを求める裁判(「集団自決」訴訟)を起こした。2007年の教科書検定で文部科学省は、高校歴史教科書の検定において、これまで事実とされてきたことが裁判係争中であることを理由の一つとして、日本軍の強制記述を削除する検定意見を付けて削除させた。
  • 『ある神話の背景』については1985年に『鉄の暴風』の著者太田良博より反論があり、曽野は、それに対して「こういう(『鉄の暴風』のような)書き方は歴史ではない。神話でないというなら、講談である」「太田氏という人は分裂症なのだろうか」と返した。
  • その後、山崎行太郎は、(1) 「SAPIO」2007年11月28日号の曽野の対談や『ある神話の背景』を見て、曽野が大江健三郎の『沖縄ノート』に記された「罪の巨塊」(物) を「罪の巨魁」と誤読しているとし、(2) 曽野が沖縄での取材で富山真順への取材が自分に不利なこととわかると、家永教科書裁判の法廷で「そういう人物は知らない」と嘘の証言までして、富山真順との接触を否定したとし、(3) 曽野の依拠する『陣中日誌』が一種の政治的な意図をもって1970年に発表された二次資料に過ぎないとし、(4) 『鉄の暴風』が新聞社の企画した「集団自決」の生き残りや目撃者達との座談会に出席した上で、彼等の体験談や目撃談を元に書き上げたもので、伝聞情報だけを元に記者たちが勝手に想像して書き上げものではない、などと自身のブログで主張した。
  • しかし上記 (1) について、「SAPIO」2007年11月28日号にて曽野の対談相手であった上武大学大学院教授の池田信夫によると、彼女は「キョカイ」と発音しており、それを「巨魁」と誤記したのは編集部なだけである、と曽野が誤読などしていないことが明らかにされ、「山崎行太郎という著書といえば自費出版しかないような自称評論家は対談もしたことがないのだろうか」と批判されている。これに対し山崎は1984年以降に出された曽野の「ある神話の背景」において全て「罪の巨魁」と表記されていることを示して、「池田信夫君、逃げないでね(笑)。君の日本語は大丈夫か?」と反論している。また、山崎の指摘通り1984年の読売新聞社版以降の全てにおいて「罪の巨魁」と記されているが、「出版社ではなく、曽野の誤記・誤読」の証明はできておらず、また『ある神話の背景』の初版が「罪の巨塊」と正しく記されてあることから、「曽野の誤読によりこの問題が始まった」という山崎の主張が正しいのか否かを確認することはできない状態である。
  • 曽野は「沖縄は閉鎖社会」、「学校教育の場では「日の丸」を掲揚し、「君が代」をきちんと歌わせる」べしと主張した(沖縄タイムス1985年4月8日~4月18日)。
  • 慶良間列島の島々の名前を覚えにくいという人の為にと「慶良間ケラケラ、阿嘉んべ、座間味やがれ、ま渡嘉敷」という歌を作った(諸君!1971年10月)。
  • 家永教科書裁判三次訴訟では被告(国側)側の証人として証言し、沖縄戦の渡嘉敷島での「集団自決」についての見方を示した。証言は以下「彼ら(赤松隊)は好むと好まざるとに関わらず島を死守することになったが、それとても決して島民のためではなかった。村民はおそらく『小の虫』であって、日本の命運を守るために犠牲となる場合もある、と考えられていたに違いない」(出典:沖縄戦と教科書、安仁屋政昭他、2000年)
  • 中学教科書において必修とされていた二次方程式解の公式を、作家である自分が「二次方程式を解かなくても生きてこられた」「二次方程式などは社会へ出て何の役にも立たないので、このようなものは追放すべきだ」と言った(この後、夫の三浦朱門(後の文化庁長官)が教育課程審議会で削除を主張し、現行中学課程で「二次方程式解の公式」は必修の事項ではなくなった)。
    • この削除発言に関して、西村和雄編『学力低下が国を滅ぼす』中で岡部恒治から反論の声があがっている。
  • 災害などの被害者や、市民活動に対して、一貫して批判的な態度を取っている。
    • 大型台風被害について、「一晩くらいの事で何でそんなに避難者を甘やかすのか、避難するなら健常者は食糧寝具くらい自分で避難所に持って来るのが普通」とコラムで述べる。
    • 新潟県中越地震について、「避難所で救援物資を当てにして待っている避難者は甘え過ぎだ。避難する時に寝具を担いで逃げるのは当たり前。自分ならガス漏れの心配のない所ですぐに火を熾して米を炊く。必要なものが手元にないのなら、その辺で調達してくる才覚も必要だ」とコラムで述べた。
    • 戦地に折鶴を贈る市民運動に対し「戦地に送るなら金を送った方が遥かに有用なのに、全く馬鹿げている」と批判。しかし戦地に募金や物資を送ることについても「甘やかすな」と批判している。
  • 政府の教育改革国民会議委員として、「バーチャル・リアリティはある面では悪であるとはっきり(言う)」「満18歳で、国民を奉仕役に動員すること」を主張。特に前者は、政府の公式サイトで「バーチャル・リアリティは悪であるということをハッキリと言う」と要約されたため、話題になった。
  • 笹川良一の死後、日本船舶振興会の会長職を無給で引き受け、その愛称を「日本財団」と定めて旧運輸省官僚の干渉を拒否、福祉目的の活動に力を入れた(2005年6月30日付けで退職)。
  • 日本財団の会長時代に、ペルーでの小学校建設や不妊手術を伴う家族計画の保健所整備等の援助を通してアルベルト・フジモリ元大統領と交流を持つようになり、2000年の日本亡命時には宿を提供して話題になった。理由を聞かれた際「クリスチャンとして、困窮している隣人に手を貸すのは当たり前」と応じた。
  • 海外邦人宣教者活動援助後援会 (JOMAS) の代表として海外の聖職者たちのボランティア活動にも協力(『神さま、それをお望みですか―或る民間援助組織の25年』に詳しい)。
  • クリスチャンの立場から人工妊娠中絶には反対の立場をとっている。「言い残された言葉」で赤ちゃんポストを「どうしても赤ちゃんを育てられない母親が、子供を安全に捨てるための制度であり、装置である」として支持している。

曽野作品に関する批評・研究

評伝

  • 神の木偶 曽野綾子の魂の世界』鶴羽伸子(主婦の友社)
(鶴羽と曽野は1981年から20年間絶縁関係にあったが、2001年、末期癌に侵された鶴羽から再び曽野に連絡が入り、鶴羽が翌02年12月に逝去するまで交際が続いた。『Voice』連載の「私日記」26回(2002年2月発行)参照)

批評書

  • 『日本の作家とキリスト教 二十人の作家の軌跡』久保田暁一(朝文社)
  • 『内なる軌跡 七人の作家達』上総英郎(朝文社)
  • 『文学作品に学ぶ心の秘密』米山正信(誠信書房) →『木枯しの庭』論
  • 『文章についての国語学的研究』金岡孝(明治書房) →「遠来の客たち」論

学術論文

  • 曽野綾子論--希望
蔀際子『金沢学院大学紀要. 文学・美術編』2004 p258~248
  • 曾野綾子『神の汚れた手』における「殉教者」の起源
三富紀子『日文諸究』2001.3 p47~57
  • 先取りされた〈戦後〉/〈戦後〉の眼―曾野綾子『遠来の客たち』私論
片山暁子『立教大学日本文学』2001.1 p135~146
  • 曾野綾子とV・フランクル『夜と霧』
三富紀子『群馬県立女子大学国文学研究』2001.3 p100-108
  • 曾野綾子「無名碑」考察
三富紀子『日文諸究』1999.3 p59~66
  • 曾野綾子「傷ついた葦」考察
三富紀子『群馬県立女子大学国文学研究』1999.3 p66~71
  • 安岡章太郎の〈アメリカ〉―初期小説を中心に
杉本和弘『名古屋近代文学研究』1998.12 p158~178
  • 『切りとられた時間』(曾野綾子)を読む
村上呂里『日本文学』1997.3 p1~9
  • 「リオ・グランデ」論
外尾登志美『中央大学国文』1997.3
  • 『曾野綾子論』―『幸福という名の不幸』
小林智子『緑岡詞林』1991.3 p14
  • 〈特集 昭和文学とアメリカ〉 『抱擁家族』まで
勝又浩『昭和文学研究』1991.2
  • 曽野綾子作品研究-「無名碑」を中心として-
柳沢かほる『昭和学院国語国文』1983.3
  • 曾野綾子『神の汚れた手』ができるまで
松本尚子『大宰府国文』1984.3 p8
  • 『無名碑』論
中野新治『日本文学研究(梅光女学院大)』1980.11 p8
  • 曽野綾子の文章
金岡 孝『言語生活』1955.10

文芸評論

  • 現代女流作家への招待(15)曽野綾子とその作品
櫻井秀勲『図書館の学校』2001.1 p58~61
  • 曽野綾子「時の止まった赤ん坊」--至純な許諾への道 (女性--その変革のエクリチュール) -- (女性・そのテクストの現在--今さかんな女性論を活性化するものとしてのテクスト分析)
今川英子『国文学』1986.5
  • 曽野綾子 (女流作家) -- (現代女流作家の群像)
外尾 登志美『国文学解釈と鑑賞』1985.9 p104~107
  • 女流における性と倫理 瀬戸内晴美・曽野綾子を中心に
福田準之輔『国文学』1980.12 p4
  • 曽野綾子「遠来の客たち」の波子
深川明子『解釈と鑑賞』 1976.9
  • 「無名碑」曽野綾子
福田準之輔『国文学』1976.7
  • 曽野綾子
山崎一穎『解釈と鑑賞』1974.7
  • 曽野綾子『遠来の客たち』
栗坪良樹『解釈と鑑賞』1972.3
  • 黎明〈曽野綾子〉(現代女流文学の魅力(特集)) -- (名作鑑賞--"おんな"の生き方に光をあてる)
小松伸六『国文学』 1968.4 93~97
  • たまゆらの世界
佐々木孝『あけぼの』1967.7
  • 砂糖菓子は壊れたか
佐々木孝『あけぼの』1967.8
  • 曾野綾子―一つの側面としてのニヒリズム―《女流作家であることの意味と限界》
日沼倫太郎『国文学解釈と鑑賞』1962.9 p5
  • 曽野綾子「遠来の客たち」
小山 正一『三田文学』1955.04
  • 曽野綾子の「遠来の客たち」,小島信夫の「アメリカン・スクール」読後感
朝広 正利 他『文芸首都』1954.10 p87~90

研究発表

  • 「モリスンと曽野綾子の『虚構の家』:制度としての「家」」
半藤正夫(第2回国際モリスン学会:セッシオン「比較文化論」2000年9月、Ohio)

その他の資料

  • 曽野綾子著「虚構の家」を読んで思うこと (子どもを理解する(特集))
桂広介『児童心理』1975.1 p147~155
  • 曽野綾子著「不在の部屋」(鼎談書評 文豪・修道院・支那学)
渡部昇一小田島雄志紀田順一郎『文芸春秋』1979.9 p335~339

解説の常連筆者

その他しばしば解説、書評を手がけている人々
  • 岡宣子(『豊饒の翼』『新版日本文学史』などの著者、元目白学園女子短期大学教授、故人)
  • 外尾登志美(大阪教育大学教授)
  • 福田宏年(文芸評論家、元中央大学教授)
  • 進藤純孝(文芸評論家、川端康成志賀直哉の評論で知られる、故人)
  • 上総英郎(元二松学舎大学教授、文芸評論家、故人)
  • 富岡幸一郎(関東学院大学教授、文芸評論家)

文壇・論壇における交友

賞関係

テレビ番組

  • 徹子の部屋(テレビ朝日)
  • 一枚の写真(フジテレビ)

関連項目

外部リンク

脚注

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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