日産・ブルーバード [Nissan Bluebird] [被リンク数: 108]

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ブルーバード(BLUEBIRD)日産自動車1959年から2001年まで生産・販売していた乗用車
戦前から続く、ダットサン乗用車の系譜を引き継いでいる。日本の代表的な大衆車として、またタクシー用の車種としても親しまれた。最大の競合車種はトヨタ・コロナ。最盛期の1960年代から1970年代にかけ、コロナとブルーバードが繰り広げた熾烈な販売競争は「BC戦争」といわれた。通称「ブル」
現在は、ブルーバードシルフィが事実上の後継車種として販売されている。

歴史

前史(-1959年)

ブルーバードは、戦前の10-17型、戦後のDA型、DB型、などのダットサンブランドのセダンの系譜を引き継いでいるが、メカニズム的に直系とされているのは、オースチンと提携以降のダットサン・セダン110 / 210型系(210は直列4気筒OHV C型 988cc搭載)である。

初代 310型系(1959年-1963年)

  • 1959年8月発表。発売当時の名称は「ダットサン・ブルーバード」。
    • ボディタイプは4ドアセダン1960年7月に追加された日本初のエステートワゴンが存在した。グレード構成は、1000ccはSTD、1200ccはSTDとDX。
    • スタイリングは当時日産の社内デザイナーの佐藤章蔵によるもので、ややトレンドに遅れたデザインではあったが、機能性が高く市場の反応は良好だった。
    • セミモノコックボディと低床式ラダーフレームとを組合せて軽量化と強度確保を図る。主要部品の多くはダットサントラックとの共用で、高い信頼性を備えていた。
    • 乗車定員は当初4名であったが、1959年10月に座席寸法を変更して5名となった。
    • エンジンは先代のダットサン・セダン210型から踏襲された「C1型」(水冷 直列4気筒 OHV 988cc 34PS / 4,400rpm)を設定。
    • 後にストロークを再拡大し、1189cc ( 43PS / 4,400rpm ) とした「E1型」も設定(P311 / WP311型)。輸出主戦場のアメリカ合衆国で当時成功を収めていたフォルクスワーゲン・ビートルを上回る性能を確保する。
  • 1960年10月のマイナーチェンジで出力増強が図られ、1000ccC1型43馬力、E1型1200ccは55PS/4,800rpmに変更され、311型となった。同時にトランスミッションが日本初のフルシンクロメッシュとなり、フロントグリルにエンブレムが付く。
    • 1961年2月に日本初の女性仕様車である、「ファンシーデラックス」が追加。ウインカー作動時に鳴るオルゴール、カーテン、サンバイザー組み込みのバニティーミラー、傘立て、ハイヒール立てなど36点もの専用装備があった。
  • 1961年8月のマイナーチェンジでフロントグリルテールランプメーターパネルの意匠が変更され、312型となった。この型よりトランクリッドの開閉がキー操作で開き、閉じるとロックされる構造になる。
    • 1962年4月には「サキソマット」のオートクラッチがオプション設定。
    • 1962年9月のマイナーチェンジでもフロントグリル、テールランプの意匠、フロントスタビライザーが変更。
    • 1962年12月にはフロントシートにセパレートシートを設定。
<!--主観にもとづいた内容なのでコメントアウト
  • 4年間に渡るモデルライフを通し、市場での人気は常に高かった。輸出をも考慮した十分な性能に加え、実用性と耐久性を兼ね備えたバランスの良い小型車として評価され、スタイルも万人向けであったことが成功の原因と言える。競合モデルであるトヨタ・コロナが初代・2代目とも重量過大や耐久性不足に悩まされるなど問題が続いたことも、ブルーバードへの相対的支持を強める一因となった。-->

モータースポーツ

2代目 410型系(1963年-1967年)

  • 1963年9月発表。<SSSが設定された初めてのモデルでもある。日産初のフル・モノコック構造の車体を採用、当初のボディタイプは、4ドアのセダンとエステートワゴンのみ。先代に引き続き北米と新たに欧州へ輸出。
  • スタイリングはピニンファリーナによるものであったが、欧州調の尻下がりラインが不評で、販売台数で初めてコロナにリードを許す。
    • エンジンは当初C型1000cc45馬力とE型1200cc55馬力。310型系までの直流発電機(ダイナモ)から、交流発電機(オルタネーター)に変更。
    • トランスミッションは310型系以来のフルシンクロの3速MTで、1200ccには「サキソマット」のオートクラッチの設定もあった。
    • グレード構成は、1000ccはSTD、1200ccはSTDとDX、ファンシーDX、エステートワゴン。
  • 1964年3月 ブルーバード初のスポーツモデルとなる「1200SS(スポーツセダン)」を追加。E型1200ccにSUツインキャブ65馬力のエンジン搭載。
  • 1964年9月 マイナーチェンジでフロントグリルの意匠を変更。1000ccモデルが廃止され、2ドアセダンが追加。
  • 1965年1月 リクライニングシート車設定。
  • 1965年2月 「2ドア1200SS」追加。
  • 1965年5月 マイナーチェンジで411型となった。
    • 1200ccモデルは1300ccJ型62馬力に変更となり、電装系をマイナスアースに変更。1300バンを追加。
    • 同時に「1600SSS」を追加。SUツインキャブ付き1600ccR型90馬力のエンジン、ポルシェシンクロの4段ミッションを装備。
  • 1966年 メキシコ日産のクエルナバカ工場にて生産を開始。
  • 1966年4月 マイナーチェンジで、評判の良くなかった尻下がりのボディ形状を改める大幅な変更を行った。「1300SS」と「1600SSS」は専用フロントグリルに前輪ディスクブレーキを装備。
  • 1966年6月 ボルグワーナー製の3速オートマチック設定。

モータースポーツ

  • 1965年3月 「第4回ナショナルストックカーレース」(於;川口オートレース場ダートコース)スポーツマンクラスにて「1200SS」が優勝。ドライバーは長谷見昌弘
サファリラリー
1964年は4台で、1965年は3台で参戦したが、いずれもリタイア。
1966年4月 「第14回東アフリカサファリラリー」に4台の「1300SSS」(1299cc)で参戦。グリンリー/ダンク組が5位で完走し、クラス優勝。
モンテカルロラリー
1965年は1台参戦、リタイア。1966年は1台参戦、総合59位、1967年は3台参戦、総合58位、2台リタイア。

3代目 510型系(1967年-1972年)

  • 1967年8月発売。<当初のボディタイプは2ドア / 4ドアセダン、4ドアワゴン / 4ドアバンの4種類。エンジンは新開発の水冷直列4気筒 SOHCのL型で、1300ccのL13型と1600ccのL16型を積んだSSSのラインアップだった。
    • 1966年にはダットサンのエントリーモデルとして、1000ccクラスの大衆車ダットサン・サニーが発売されていたことから、ブルーバードは1300cc以上の中級モデルとして上位移行し、ボディは大型化される。社内デザイナーによる「スーパーソニックライン」と称する、プリンス自動車の系譜を引いた。直線的で彫りの深いシャープなデザインとなった。従来あったフロントドアガラスの三角窓は換気装置の強化により、省略された。
    • 日産初の四輪独立懸架(フロント:マクファーソン・ストラット、リア:セミトレーリングアーム)を採用。セミトレーリングアームのドライブシャフト伸縮には、プリンスがド・ディオンアクスルに使用していたボール・スプラインが活かされている。
    • 日本国内ではオーソドックスな構成ながらデラックスな装備を売りにするトヨペット・コロナとの「BC戦争」を競り合った。日本国外では、廉価でありながら欧州車並みに高度なスペックを備えた魅力的なセダンとして「プアマンズ・BMW」との評を得、史上初めて北米市場でヒットした日本車ともなった。
  • 1968年10月 マイナーチェンジでワイパーピボット位置、フロントグリルリアコンビネーションランプ形状を変更。直列4気筒SOHC L16型(1595cc)搭載モデル「ダイナミックシリーズ」を追加。DXに4速マニュアルフロアシフト車追加。
  • 1968年11月 コロナハードトップに対抗した2ドアクーペを追加。
  • 1969年9月 一部改良。北米の安全基準に合わせ、衝撃吸収ダッシュボードを採用。ラジオアンテナはAピラーへ移動。
  • 1970年9月 一部改良。直列4気筒SOHC L18型(1770cc)を搭載した1800SSS発売。1300cc → 1400ccへ拡大。4ドアセダンGLを追加。
  • 1971年9月 ブルーバードU(610型系)の発表に伴い車種整理。クーペを廃止し、セダン1400 / 1600ccの廉価グレードのみとなり、ブルーバードU(610型系)との併売へ。
  • 1972年12月 510型系生産終了。

4代目 610型系(1971年-1976年)

  • 1971年8月発売。車格の上級移行により、車名も「ブルーバードU」となった。なお、従来の510型系は、1400ccと1600ccの廉価モデルのみが1972年12月まで継続生産され併売となった。カタログモデルとしてのタクシー仕様(営業車)は設定されなかった(改造による個人タクシーは使用実績あり)。
    • グレードは、STD、DX、GL、SSS、SSS-L、SSS-Eが設定され、ボディタイプは、4ドアセダン、2ドアハードトップ、ワゴン、バンの4種類。セダン、ハードトップはサイドウインドウ下の「Jライン」と称するガーニッシュが特徴であり、その色は標準のダークグレーのほか、外板色が白の場合Jラインは黒となり、紺メタリックではオレンジ色も選べた。
  • 1972年8月の一部改良で、EGIを1600ccにも設定。
  • 1973年8月のマイナーチェンジでフロントグリル周辺、リアコンビランプの意匠を変更。
    • 直列6気筒2000ccのL20型を搭載し、ホイールベースを150mm延長し、フロントオーバーハングを55mm延長したロングノーズの2000GTシリーズ(通称「ブルG」「サメブル」)のGT、GT-E、GT-X、GT-XEが追加設定され、ポンティアックを思わせる処理のフロント周りと、特にスカットル部のエアアウトレット風の処理はサメエラを連想させるデザインであった。。
排気ガス規制
  • 1975年9月に2000 EGI車が、10月に1600、1800、2000のキャブレター仕様車が50年排出ガス規制に適合。
  • 1976年2月に2000 EGI車が、3月に1600、1800 EGI車が51年排出ガス規制に適合。
トリビア
モデルライフ途中でオイルショックを迎え、ホワイトリボン付きタイヤが確保できなくなったため、セールスマンがカタログのホワイトリボンタイヤを黒マジックで塗りつぶして配布したという逸話がある。

モータースポーツ

サファリラリー
1972年に1台が参戦し、総合12位。1973年に2台が参戦し、総合2位・4位、チーム優勝。
710型系はバイオレットを参照。

5代目 810型系(1976年-1979年)

  • 1976年7月発表。<オイルショック排気ガス規制対応のため登場が遅くなり、販売不振のため次期モデル910型系の登場が早まるなど、僅か3年4ヶ月の生産に留まった、悲運のモデルである。キャッチフレーズは「ヘビーデューティ」であった。
  • 1977年10月、一部変更でセダン / ハードトップのGL / DX系のリアサスペンションを4リンク式に変更。トランクリッドの BLUEBIRD エンブレム廃止。1800はZ18型エンジンに変更。
  • 1978年9月のマイナーチェンジで811型となり、全車53年排出ガス規制適合となる。角型4灯ヘッドライトを採用(タクシー仕様のSTD / DXを除く)。また、ロングノーズで4気筒エンジン搭載のG4シリーズ(リアサスペンションはGL系と同じ4リンク式)と最上級車として2000G6E-F / G6-F / 1800GFを新設。
  • 1979年3月に発売されたブルーバード20周年記念車の「スピリット20」ではブルーバード史上初のサンルーフを設定。また、タクシーには国内初3速フロアオートマチック車が設定され、角型4灯ライトのGLを追加。同時にエンジンも53年排出ガス規制適合のZ18Pとなる。

6代目 910型系(1979年-1983年、営業車1979年-1993年)

  • 1979年11月発表。<ブルーバード史上、最後のFR車となる。迷走を続けたロングホイールベース直列6気筒の廃止や、ピニンファリーナの協力によるクリーンなスタイルなどにより、小型車(1600~2000ccクラス)で連続27ヶ月登録台数一位を記録するなど、510型系以来の大ヒットとなった。北米向けは、ホイールベースを100mm延長し、L24E 型 2.4 L 直列6気筒エンジンを搭載したセダンとワゴン(GL910 / WGL910型系)がラインナップされる。
  • 1979年12月、バンとワゴンを追加発売。
  • 1980年4月 1800EGIターボ(Z18ET型 135馬力)のターボSSS / ターボSSS-S / ターボSSS-X / ターボSSS-XGと、セダン2000ディーゼル(LD20型 65馬力)GL / GFを追加。
  • 1980年10月 1800 SSSターボとセダン1600GL / GFにAT車追加。
  • 1981年1月 2000 キャブレター仕様(110馬力)の2000 GL / GF / SSS-Lを追加。
  • 1982年1月、マイナーチェンジ。内外装変更。同クラス初のピラーレスの4ドアハードトップモデルを追加。2ドアハードトップは1800ターボSSS / ターボSSS-Sの2グレードに整理。
  • 1982年10月、一部改良。自然吸気の1600 / 1800ccガソリンエンジンをCA16、CA18 / CA18E型に変更。
  • 1983年10月、営業車モデル(タクシー教習車)を除き販売終了。

モータースポーツ

  • 1981年10月、オーストラリアで開催された耐久レース「バサースト1000」に参戦。
結果はオーバーヒートによりリタイア。
  • 1982年5月、当時のグループ5規定に合わせたレーシングカー「ブルーバード・ターボ」が登場。
    • 2ドアハードトップ(KY910型)をベースに車体の一部をパイプフレームとするノバ・エンジニアリング製のシャシーに、大型のフロントスポイラー、およびリアウイングを備えるムーンクラフト製のカウルを装着。ドライバーは、柳田春人。<エンジンは直列4気筒DOHCのLZ20B型にエアリサーチ製T05Bターボチャージャー、およびルーカス製メカニカルインジェクションシステムを組合わせたLZ20B/T型(2082cc 570ps/7,600rpm、55kgm/6,400rpm)を搭載する。この個体は近年レストアを受け、現在は座間事業所内にある日産座間記念車庫に保管されている。
【主な戦歴】<
1982年 5月 「富士GCシリーズ第2戦 富士グラン250キロレース」3位入賞
1982年 5月 「RRC筑波チャンピオンレース」SSクラス 2位入賞
1982年10月 「バサースト1000」クラス優勝(総合8位)
1982年12月 「RRC筑波チャンピオンレース最終戦」SSクラス 2位入賞
1983年12月 「RRC筑波チャンピオンレース最終戦」SSクラス 優勝
1983年 「富士スーパーシルエットチャンピオンシリーズ」 チャンピオン獲得

営業車モデル

営業車モデル(タクシー用)は、FF(前輪駆動)のU11型にフルモデルチェンジ後も、FR(後輪駆動)の910型が継続生産されていた。その理由に、
  1. FF車では、FR車より最小回転半径が大きく小回り性能で不利である。
  2. 技術的にはFF車で問題なかったが、マニュアルトランスミッション車のクラッチ板交換の際に「エンジンを下ろさなければクラッチ板が交換できない」とハイヤー・タクシー業界で難色を示された。(810型・910型・U11型開発主管の石川康雄の談)
  3. FR車の方が、車両や部品の耐久性の面で当時は発展途上にあったFF車よりも信頼性が高かった。
以上の理由で、FF(前輪駆動)のU11型の営業車モデル(タクシー用)の設定を断念せざるを得なかった事情があった。

7代目 U11型系(1983年-1990年)

  • 1983年10月、U11型系にモデルチェンジ。910型の流れを汲んだデザインとなる。
    • ボディタイプは4ドアセダン、4ドアハードトップステーションワゴンバンの4種類で、2ドアハードトップは廃止。
    • FF(前輪駆動)となったが、前モデルの910型系と比較してトレッド幅を拡大し、コーナリングにおけるトルクステアなどのFFの弱点を消すことに重点がおかれる。
    • ガソリンエンジンは、すべてCA型に統一。ディーゼルエンジンは、ノンターボのLD20型 65馬力の1種類のみの設定。
    • U11型系の発売当初より、1983年の日産創立50周年を機に米国のペンタグラム社が製作し一新されたロゴフォントを採用。
    • 先代の910型系までの正式車名であった「ダットサン・ブルーバード」から、U11型系へのモデルチェンジを機に、正式車名が「日産・ブルーバード」へと改められ、車検証の車名欄も、先代の910型系までの「ダットサン」からU11型系から「ニッサン」へと改められている。
  • 1983年12月 日産設立50周年記念車が発売。
  • 1984年9月 「2000ディーゼルSLX-G」を追加。
  • 1984年10月 810型系以来の上級車種としてV6エンジン搭載の「ブルーバードマキシマ」が登場。1800cc車は全車5速MT化。2000SLX-Gに大型バンパーを標準装備。
  • 1984年11月 国内生産累計600万台達成。この年、国内販売はカローラカリーナコロナに次いで4位(1983年は5位)。
  • 1985年1月 エクストラシリーズ追加。
  • 1985年3月 一部改良。ターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更。
  • 1985年8月 マイナーチェンジ。
    • エクステリアの大幅な意匠変更が行われ、バンを除く全車にコーナリングランプを標準装備。バンパー、トランクリッドの形状変更、内装の一部変更のほか、SSSシリーズに直列4気筒DOHC 1809ccターボを採用し、145馬力を発生するCA18DET型エンジン搭載モデルが登場。
    • 追加グレードとして「セダン / ハードトップ 1800スーパーセレクト」、「セダン 1600SLX-G」および「ADワゴン 1800SSS(NAモデル)」が設定され、CA18 / CA16型が電子制御キャブレターのCA18S / CA16S型となり、2000ccガソリンは廃止。バンのガソリン車を除くマニュアルトランスミッション車は全車5速化され、CA18E型とCA18S型のオートマチックトランスミッションが4速化される。電動格納式ドアミラーを新たに設定。
  • 1986年 1800に教習車仕様を追加(当初は5速MTのみ、後に4速ATも追加)。
  • 1986年1月 ブルーバードマキシマをマイナーチェンジ。VG20E型搭載モデルを追加。セダンLXセレクト追加。
  • 1986年6月 CA18DET型エンジン搭載モデルにAT車追加。
  • 1987年5月 ブルーバードマキシマはマキシマへ車名変更され、「マキシマ」として独立車種となる。同時に一部改良(トランクのエンブレムはNISSAN MAXIMAに変更)。
  • 1987年9月 U11型系4気筒モデルは、U12型系へフルモデルチェンジされる。
  • 1988年10月 U11型系マキシマ販売終了。日産・マキシマにモデルチェンジ。
  • 1990年5月 U11型系バン / ワゴン販売終了。

8代目 U12型系(1987年-1991年)

  • 1987年9月発売。ボディタイプは、4ドアセダンと4ドアハードトップ(H/T)。丸みを持たせたようなデザインで、H/Tはセンターピラーレス構造を先代に引き続いて採用。V6エンジンの上級グレード「マキシマ」とバン/ワゴンはU11型を継続生産。
    • グレード構成は、伝統の「SSS(SSS/ツインカムSSS/ツインカムSSS-X)」シリーズのほか、「アーバンサルーン(LE/SEサルーン/XEサルーン/スーパーセレクト)」シリーズを設定。価格帯は1600LE 5MT車119.8万円~1800ツインカムターボSSS ATTESA LIMITED 4AT車299.8万円と、同型エンジン搭載車でも、セダンとH/Tとでグレードと装備の組合せが異なるなどワイドバリエーションを誇った。
    • その他、XEサルーンF(セダン)/XEサルーンL(H/T)やXE ATTESA F(セダン)/XE ATTESA L(H/T)、SSS-X・II系の追加や30周年記念車の設定(前期)、SRエンジン換装後はFEサルーン/SSS ATTESA・V/SSS ATTESA・X追加の他、特別仕様車SVシリーズ設定(後期)などの変更・追加が多数ある。
    • ブルーバード初の四輪駆動車が登場。センターデフ式フルタイム4WDシステムの「ATTESA」を採用し、2WDシリーズに対してそれぞれ「SSS ATTESA(SSS ATTESA/SSS ATTESA LIMITED)」、「アーバンATTESA(SE ATTESA/XE ATTESA)」シリーズとした。「アーバンATTESA」シリーズは「SSS ATTESA」に標準のリヤビスカスLSDがオプションであった。また、前期は非力なCA18i(88ps)車のみの設定であったため、後期でSR18Di(115ps)に換装されるまで動力性能は十分とは言えないものであった。
    • エンジンは先代U11型と同じCA系を改良、新たにインタークーラーを装着、プレミアムガソリン仕様として175psにまで高められたDOHCターボCA18DETを1800ツインカムターボSSS ATTESA LIMITEDに搭載。その他DOHC・135馬力のCA18DE、SOHC・88馬力のCA18i、SOHC・79馬力の1600ccのCA16S、ディーゼル・67馬力のLD20-IIが用意された。
    • STC-Sus(スーパー・トー・コントロール・サスペンション)と呼ばれるリヤサスペンションをATTESA車に初採用。型式は2WD車と同じパラレルリンク式ストラットであるが、ブッシュのたわみを利用して後輪の受ける横力に応じてトーをコントロールし、四輪を活用したコーナーリング性能向上を目指すものであった。HICASが積極的な能動的四輪操舵ととするならば、いわば受動的な四輪操舵機構であり、開発テーマの一つ「アコースティックな走り」実現に寄与していた。U13型では2WD車にも拡大採用されたものの、同時期のプリメーラでは採用しておらず、その後採用した車種もない。FF車のリヤサスペンションがマルチリンクビーム式やトーションビーム式が主流となり、独立懸架式はW11型アベニール以降マルチリンク式となったことや、機構としてブッシュの劣化に伴う性能維持に難があること等が理由と思われる。
  • 1989年10月、マイナーチェンジ。内外装変更。リアコンビネーションランプのデザインが変更。
    • 軽量ゆえにの音振性能の悪かったCA系エンジン(CA18DET/CA18DE/CA18i)は、それぞれ新たに「90'sツインカム」SR系エンジン(SR20DET/SR20DE/SR18Di)に換装された(1600cc車は従来どおりCA16S型エンジン)。
    • この変更でCA16Sとディーゼル以外がDOHC化したため、ガソリン車のほぼ全グレードがリヤドアに「TWINCAM」ステッカーを貼ることとなり、廉価グレードの見栄えが向上した(ATTESA車は「TWINCAM ATTESA」等)。しかし、SR18Di車は「ツインカム」ではあったものの、エキゾーストパイプはフィニッシャーもないむき出しのシングルであったことから、「アーバンサルーン」シリーズのトップグレード・スーパーセレクトについてのみ外観の商品力が劣る結果となった。そのためか、90年5月、セダンに2000スーパーセレクトが追加され、「アーバンサルーン」にデュアルエキゾーストフィニッシャー搭載車が復活したが、何故かH/TにはSR20DE車が設定されなかった。結局、時代の趨勢はセダンよりもH/Tが好まれていたこともあり、セダン2000スーパーセレクトの追加はほとんど売行きに貢献しなかったというより、存在そのものが非常にマイナーであり、1600LE辺りの最廉価機種以上に希少車種とも言える。
  • 1991年5月、4ドアセダンをベースにした独特のスタイルを持つオーストラリア工場製の5ドアハッチバックモデル「ブルーバード・オーズィー(HAU12型)」を発売(尚、U12型はオーストラリアではR31型スカイラインが初代となるピンターラの2代目でもあった)。販売台数は1500台弱と希少である。逆輸入車であるが故に国内仕様と異なる点が多々あるものの、基本的にはFHP10/FHP11プリメーラUK等と同じく国内仕様の部品で流用、あるいはその逆も可能であるが、HAU12の場合、エアコンがオーストラリア現地仕様のために国内仕様の部品では修理ができないのが致命的な違いで、その点で維持していくための事情が大幅に異なっている。
  • 1991年9月、U13型へのモデルチェンジに伴い販売終了。
  • セダンはT12型オースターがベースだった先代に代わって1990年~1992年までと短命ながらもスタンザとして北米市場でも販売されていた。尚、1993年より同市場で発売されているアルティマはスタンザの後継車種である。

SSS-R

  • ラリー競技参加を主眼として、ラリーバージョンの「SSS-R」を設定。オーテックジャパンが開発し、日産自動車で製造、NISMOで販売された。「ATTESA」を搭載したフルタイム4WD セダン1800SSS ATTESA LIMITEDを基本としており、エアインテークが設けられた専用エンジンフードが外観上の特徴。国内JAF競技用ベース車という性格から、室内にはロールバーが標準装備の他、様々なラリー用オプションがNISMOから用意された。ボディタイプは4ドアセダンのみ。
    • エンジンは、ベースとなったCA18DETにチューニングを施したCA18DET-Rを搭載。
    • CA18DET-Rは、A/Rを標準車の0.64から0.89の高速高出力型としたギャレット製T25型タービンを採用、圧縮比を標準8.5から8.0に下げて最大過給圧を600mmHg(レギュラー使用時500mmHg)から690mmHgまで上昇させることで、標準175ps/23.0kg-mに対して185ps/24.5kg-mの出力を誇った。また、カムのオーバーラップ増やステンレスエキゾーストマニホールド、コスワース社製の専用鍛造アルミピストンの採用など、特筆すべき点が多い。
  • SSS-Rは、受注生産車として月産10台程度販売された。後期SSS-Rの販売台数は前期に比べてもごくわずかであり、前期よりも更に希少と言えるが、エンジンは同時期に販売されていた4連スロットル採用のRNN14パルサーGTI-R(230ps/29.0kg-m)とほぼ共通の異なり、標準車と共通のSR20DET(205ps/28.0kg-m)であるため、前期型に比べて注目度は高くない。
  • SSS-Rは1988年、全日本ラリー選手権Cクラスに参戦し、ドライバーズチャンピオンを獲得。ドライバーは綾部美津夫。

9代目 U13型系(1991年-1995年)

  • 1991年9月21日、U13型系を発表。ボディタイプは4ドアハードトップと4ドアセダン。
    • ハードトップは安全面を考慮してセンターピラーが付けられ、エレガントなデザインの「ARX」(アークス)となる。セダンはスポーティな「SSS」(スリーエス)、ビジネス・エコノミーグレードの「EEX」(イーエックス)と後に追加された「ビジネス」が設定された。セダンのデザインは、日本の日産案と日産北米スタジオ(NDI)案が比較され、独特なフォルム(レパードJフェリーのような「尻下がり」型)を持つ北米案が採用された。セダンは全高を高めに取り、室内の広さも当時のクラス最大級を誇るなど居住性が飛躍的に改善されたが、日本国内では全高がやや低く後部座席のヘッドクリアランスに若干難はあるものの、無難なデザインを採用したARXが販売の大半を担う結果となった。なお、セダン・ARX合わせても初代P10型系プリメーラに販売台数で及ばなかった。
    • 駆動方式はFFと4WDのATTESAが設定された。ガソリン2000ccエンジン(SR20DET / SR20DE搭載)車はリアLSDにもビスカスカップリングを用いており、SSSリミテッドアテーサにはフロントにもビスカスカップリングを用いた新システムの「トリプルビスカス」が採用された。
    • 装備はハイマウントストップランプが全車標準装備となったほか、上級グレードの「ARX-Z」には運転席SRSエアバッグを採用(後に全車標準装備)。車内に取付けたマイクで集音した波形と逆位相の波形を専用スピーカーから送出して車内騒音を軽減させるANC:アクティブノイズコントロ-ル、先行してS13型シルビアに採用されていたフロントウィンドウディスプレイ(フロントウィンドウに速度・ブレーキ警告・ドア警告を表示させる)などがあった。
  • 1993年8月、マイナーチェンジで後期型に移行。
    • セダン、ハードトップ共にフロントグリルやバンパー等のデザインを変更。ARXにスーパーツーリング系を追加設定。SSS系はリアスポイラーの形状変更。
    • 装備では車速検知式集中ドアロックや足踏み式パーキングブレーキ等を新たに採用。また、輸出用の2400ccKA24DE型エンジンを搭載したSSS-ZとARXスーパーツーリングZを新設定。ブルーバードの史上初にして唯一の3ナンバー車。
  • 1995年1月、一部改良。
    • 運転席SRSエアバッグとグリーンガラスを全車標準装備化。また、ABSをオプション扱いで設定。外装色追加、内装のシートとトリムクロスを変更。ARX1800ccシリーズにSVを設定。SSS-Zを廃止。
  • 1995年12月、販売終了。U14型にバトンタッチ。

海外モデル

  • 4ドアセダンは「アルティマ」の名称で北米でも販売され、国内モデルよりも車幅が広く、細部が異なっていた。中国の東風日産自動車でも中国国内にシルフィが投入されるまで生産。
  • 4ドアハードトップは、香港に2000ccモデルのみ輸出。
  • 2002年6月 第7回北京国際モーターショーにて、U13型系4ドアセダンをベースとする「ブルーバード フラッグシップモデル」を発表。中国風神汽車がライセンス生産し、同年7月発売。中国市場での名称は「藍鳥」。

10代目 U14型系(1996年-2001年)

  • 1996年1月、U14型系を発表。主に日本国内ユーザーの要望で、箱型のオーソドックスなスタイルとなった。ボディタイプはセダンのみ。
P11型系プリメーラとプラットフォームを共用する。
グレード構成はスポーティな「SSS」系と、フォーマル / ファミリー向けの「ルグラン(FF車のみ)」「XE/FE」を設定。後に2000ccディーゼル車と1800ccガソリン車に「エプリース」を追加。
トランスミッションは当初5速フロアシフトとOD付き4速ロックアップATを設定。後にマニュアルモード付きのハイパーCVT-M6、ハイパーCVT、電子制御AT「E-AT」を追加した。
装備面では、運転席と助手席のデュアルSRSエアバッグを全車に標準装備。
  • 1996年8月、オプション設定だったABSを全車標準化。
  • 1997年9月、マイナーチェンジ。
パルサーで採用されたNEO VVLエンジンの2000cc版、190馬力のSR20VEを搭載したホットモデル「2.0 SSS-Z」が設定された。トランスミッションはマニュアルモード付きのハイパーCVT-M6のみ。
2000ccガソリンFF車のトランスミッションを、4ATからハイパーCVTへ変更。
シリーズ全体で外観の小変更(フロントグリル形状など)を行い、内装の「インナーグリーン」化などを行った。
  • 1998年9月 マイナーチェンジ。内外装の小変更が行われた。
ブルーバードのエンブレムを、ボンネット前端部からフロントグリル中心部に変更。
1800cc車の標準エンジンを、SR18DE型からQG18DE(NEO)型リーンバーンエンジンへと変更。電子制御AT「E-AT」と組み合わされた。又、新開発のNEO Di直噴ガソリンエンジンQG18DD型にハイパーCVTを組み合わせたモデルも1.8SSS / ルグランに設定された。直噴式とすることで、標準モデルよりも燃費トルクに優れる。SR18DE搭載車は4速ATのまま、4WD(1.8SSSアテーサ / エプリースアテーサ)のみ継続する。
2000ccのSSS系グレードにマニュアルモード付きのハイパーCVT-M6が搭載された。
  • 1999年10月 ブルーバード生誕40周年記念車を発売。
2.0SSS、1.8エプリース / エプリースアテーサをベース車とし、専用車体色としてホワイトパールを設定。
  • 2000年8月 N16型系アルメーラ(海外向けN15型系パルサーの後継車種)と車台を共用するG10型系ブルーバードシルフィ登場。U14型系ブルーバードと並売する形をとる。
  • 2001年8月、販売終了。42年のブルーバードの歴史に幕を下ろしたが、今なおブルーバードシルフィとして、ブルーバードの名は形を変えて残っている。
  • XEやエプリースは警察の捜査用覆面パトカーとして国費で大量に導入された。

脚注

車名の由来

メーテルリンクの童話『青い鳥』にちなむ。古来より欧米では青い鳥は「幸せの青い鳥」として幸福の象徴とされてきた。
当時の川又克二社長によって命名された。当初は「スノーバード(ユキホオジロ)」と命名されるはずだったが、これがアメリカの俗語で麻薬常習者を意味していたため、改名せざるを得なかったと言う逸話がある。

関連項目

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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