来歴・人物
信隆の長男・
鹿内春雄がトップとなると彼の強力な推しにより本社に復帰し、
1980年から6年間を編成局長、40代の若さで取締役に就任。
1986年から2年間常務取締役総合開発室担当。
1990年に信隆が亡くなると、その後を継いだ
鹿内宏明との間に確執を生み
1992年7月、
企業内
クーデターを起こし宏明を追放し、鹿内一族の経営支配にピリオドを打った。同時に産経新聞取締役なども兼任。
1970年代の在京の民放の視聴率は、1位
TBS、2位
日本テレビと続き、そのはるか下の3位に、NET(現
テレビ朝日)とフジテレビが3位争いをしていた。時々「振り向けば12チャンネル(
東京12チャンネル・現
テレビ東京。これにより現在では「振り向けばテレ東」と言われるようになる)」と揶揄されたこともあった。
信隆の長男・春雄が機構改革で編成主導の制作を断行。そこで抜擢された日枝が陣頭指揮を執るようになりその思い切った改革の中、編成・制作現場は活気にあふれ
1980年以降「軽チャー路線」を打ち出し、「楽しくなければテレビじゃない」をキャッチフレーズに若者や女性の支持を得てフジテレビは黄金期を迎えることになった。そして50歳の若さで在京民放テレビ局初の生え抜きとして社長(それ以前の民放は母体となった新聞社(フジテレビの場合は
ニッポン放送)の出身者が社長になる傾向があった)に就くことになった。現在のフジテレビの強さと社風を生み出した功労者の一人である。
また、編成局長時代は自ら
集英社に足を運び、粘り強い交渉の末に人気コミック「
Dr.スランプ」のアニメ化権利を獲得、以降のフジテレビにとって大きな収益源となる、「フジテレビ~集英社作品アニメ」というラインを作り上げる原動力となった。
現在は会長職にあるが、最高経営責任者(
CEO)という立場は社長職の頃と変わっていない。よって、会社の代表としてマスコミの取材を受ける時は社長(
村上光一→
豊田皓)ではなく、自身が出ることが多い。
ニッポン放送の資本問題
資本の構造については、投資ファンドのM&Aコンサルティング(いわゆる
村上ファンド)代表の
村上世彰が「総資産規模で大きいフジテレビを小さいニッポン放送が支配する歪んだ構造が問題である。」と指摘していたが、対応が遅れたことで実際に
ライブドアがニッポン放送株の取得で経営に介入する余地を与えた。このことから、自ら
証券市場にニッポン放送株を上場させた日枝としての脇の甘さを批判する意見もある。
2008年現在、フジテレビはニッポン放送の完全子会社化を終了し、フジサンケイグループの事業持株会社としての位置を、名実共に確立している。
エピソード
- 1988年から2001年までの13年という長きに渡りフジテレビの社長を務めたが、これは歴代2位の長さ(1位は浅野賢澄の14年)である。
-
NHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜展」に対し、「NHKは受信料で成り立ってる。スポンサー協賛金集めなんてとんでもない」と批判。
- 編成局長時代に「オレたちひょうきん族」の「ひょうきん懺悔室」で、野球中継のため番組が中止になることは編成局が悪いという主張に対し、夏期しか野球中継がないから我慢して欲しいと懇願するが判定は「×」。ビートたけしと明石家さんまから水を掛けられる(復刻版DVDでもそのシーンが収録されている)。
- 同じく編成局長時代、大川橋蔵邸で葬儀の準備をしていた際、祭壇を手伝っていた銭形平次の美術担当に十手を手配するよう耳打ちした。そして投げ銭の寛永通宝と共に、十手が増上寺に届けられたという。
-
DVDレコーダーなどでCMなどを飛ばして録画・再生をする行為は著作権法違反の可能性があるという発言により、議論を巻き起こした。
-
浅間山荘事件の現場中継の際、CMの全面飛ばしを強行する判断を行った。その為に事件解決後、スポンサーから痛烈な批判を受け、内外に議論を巻き起こした。但し、TBSも浅間山荘現場中継の際には同種の編成をしている。
- 社長時代にめちゃ²イケてるッ!の「カウンタック急便」に出演し、河田町のフジテレビ旧社屋に置いてきたイソジンを届けさせられ、5万50円という高額な「社長クラス」の配達料を請求された。日枝はこれに快く応じ、「気さくな」社長としてめちゃイケ大百科事典に載ることなった。大百科事典内での項目名は『日枝社長(ひえだしゃちょう)』。
- 2005年度入社式で、はねるのトびらのキャラクター・秋山森乃進に扮したロバート秋山竜次に慰められた。
-
金光教の信徒であり、支部役員を務めるほか同教の著作物の一部も系列出版社から刊行されている。
- 元アナウンサーの中野安子とは同期であり、彼女からは「ひさしちゃん」と呼ばれている。
映画制作・企画など
フジサンケイグループ関連の役職
その他役職
- 国連WFP協会顧問
- 財団法人日本ユニセフ協会評議員
- 財団法人放送番組国際交流センター評議員
- 財団法人国際文化交換協会理事
- 財団法人日本美術協会理事
- 財団法人世界自然保護基金ジャパン理事
- 特定非営利活動法人エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク理事
- 財団法人吉田秀雄記念事業財団評議員
- 司馬遼太郎記念財団評議員
- 財団法人日仏会館評議員
- 財団法人2005年日本国際博覧会評議員
- 富士山を世界遺産にする国民会議顧問
- 財団法人ケア・インターナショナルジャパン顧問
- 財団法人日本ファッション協会評議員
関連項目・人物
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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