日本競輪学校 [被リンク数: 50]

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日本競輪学校にほんけいりんがっこう)とは、静岡県伊豆市(旧修善寺町)に所在する、日本における競輪選手を養成するための研修施設である。略称は競輪学校(以下、競輪学校で統一する)。
競輪選手になるためには、国家試験である競輪選手資格検定に合格しなければならない。競輪学校とは、その資格検定の合格(⇒競輪選手)を目指す人に対し、指導・教育を行う施設である。入学試験に合格した者は、同校で半年~10ヶ月程度の訓練を受けることとなる。
なお、資格検定の受験前に必ずしも競輪学校に入学しなければならないという決まりはないが、入学せずに合格することは非常に厳しく、競輪選手になるためには、まず競輪学校の入学試験に合格し、同校で訓練を受けることが大前提となっている。

募集要綱と試験

競輪学校の募集要綱では、以下の事項が定められており、年に2回入学試験が行なわれる(現在の内容は第93期受験者より適用のもの)
  • 日本国内に居住している男性で、入学予定日の時点で満17歳以上の者(年齢の上限は無し)。
女子の募集は行っていない。
これまでは受験時に満24歳未満という年齢制限があった。その上限が撤廃されたことで、早速93期(2006年10月28日入学、2008年1月以降デビュー)では西谷岳文や、1971年生まれ(当時35歳)の奥平充男(ともに京都)といった、これまでの制度では受験資格のなかった合格者が誕生した。
  • 高等学校卒業以上の学力を有する者。(高卒資格保持者)
かつては中卒でも入学できた。田中誠原作の漫画「ギャンブルレーサー」の主人公、関優勝(せき・まさかつ)は中卒であるが、この古い資格を基にしたと思われる。
高卒でなくても、高認大検)合格でも受験資格が得られる。「ギャンブルレーサー」でも売二(うり・ふたつ)が大検合格で受験資格を得ている。また、実際の選手でも、内村竜也(山口、93期)などが大検合格である。
試験は第1次試験と第2次試験が行なわれ、第1次試験は実技のみ。第2次試験は実技試験のほかに面接も行なわれる。なお受験の際には、実技試験において、以下いずれかの1つを選択する。
技能試験 - 自転車競技において一定の実績がある者(1000mタイムトライアル。1分10秒が一般的に合否のボーダーラインと言われている)
適性試験 - それ以外のスポーツなどから競輪に参入する者(垂直跳びと背筋力測定)
殆どの受験者は自転車競技経験者、または師匠(主に現役選手)のもとで猛練習を積んできた者であるため、技能試験の受験者が圧倒的に多く、そのため過去は適性試験の合格枠が毎回5人程度と少なく倍率も高倍率で推移している。ただ、45歳でGIレースに優勝した松本整(2004年6月引退)、「怪物」滝澤正光(2008年6月引退)、「中部の帝王」山田裕仁などは『適性組』出身であり、競輪で活躍するためには自転車競技の経験者が有利になるかと言えば、そうでもない。
  • 1回の入試における合格定員は75名(第93期よりそれぞれ技能60名・適性15名程度)で、近年の競争倍率は数倍程度の低下傾向にあるが、それでも現役選手の中には3回目や4回目でやっと合格した、という人も少なくない。
  • なお自転車競技(トラックレース)で優秀な成績を収めている者は技能試験が免除され、入試は面接だけになる場合がある。
  • 特に入学試験の直近にあたる世界規模(トラックレースだけでなく、オリンピックでの自転車種目以外を含む上位入賞者)の大会において優秀な成績を収めた者は、特別選抜入試制度として別枠の試験が行なわれ、試験内容も大幅に緩和される。
  • 適性試験では、かつては持久力走などが行われていたが、現在は垂直跳びと背筋力測定のみ。これは、持久力走では鍛え方次第(努力)でタイムを縮めることができる一方で、垂直跳びや背筋力は鍛えても伸びるものではないから(「天性」の要素が強い)。
  • また、適性試験では「他競技において優秀な成績を収めた者」を対象に、一次試験が免除される「適性の特別枠」が設けられている。
    • プロ野球退団者においては、退団した年とその翌年に限り一次試験が免除される規定がある。これを利用し松谷秀幸らが競輪学校に合格している。

生徒の生活

競輪学校での在学期間は1年弱である。これまでは全員が同じ期間在学することになっていたが、競輪学校募集要項の改訂に合わせて、93期以降の生徒で学業・訓練競走共に成績優秀の者は、半年程度で早期に卒業できるようになった。
朝は早く、6:30には起床。それから上半身裸で体操・乾布摩擦、掃除などを行い、朝食を摂る。
午前中は、国語や社会といった一般科目の他に自転車競技法や競輪のルールなどの学科講習がメインで、午後は実技(主に競走訓練)がメインである。実技訓練は主に学校内の施設やバンクで行なわれるが、姉妹施設である隣接の日本サイクルスポーツセンターで中・長距離ロード訓練などを行なうこともある。
競輪は基本的に雨天決行(台風など競走に大きな支障をきたす恐れがある場合を除く)であるため、競走訓練もそれに準じて雨天でも実施される。
生活は当然ながら全寮制で、仮に既婚者であっても自宅通学は一切認められない(ただし週末は一時的に外出が許可され、年末年始や夏季休業中などは帰宅できる)。電話は公衆電話の使用のみで、携帯電話および情報通信機器の持ち込みも許されない。
在校中は坊主頭が義務付けられており(但し丸坊主は禁止)、また礼節にも非常に厳しく、少しでも弛んだら教官から竹刀でしごかれたり正座をさせられる。この他、生徒間同士で金銭の貸し借りが発覚した場合は即刻退学処分となる…など、競艇学校に匹敵するほど非常に厳しい学校である。
競輪も競艇オートレース同様に命賭けの職業であるからこそ、教官の指導も厳かになるのは至極当然である。しかし「自ら鍛えないと強くなれない」という意識が徹底しており、学校から課せられた訓練以上の練習を自主的に取り組む生徒もいる。
なお学費は在校中は無料。食費やウェア代などについては自己負担(トータルで最低100万円はかかる)となるが、JKAから貸し付けを受けることも出来る。ただしその場合はデビュー後に獲得賞金の中から源泉徴収によって分割払いを行うことによって返済するため、いわゆる「ツケ払い・出世払い」となる。
競輪学校での生活については、漫画Odds -オッズ-に詳しい描写がある。

デビューについて

生徒は卒業の直前に競輪選手資格検定(生徒であれば合格できる程度の難易度)を受験し、合格すれば卒業となる。その後、卒業者は全員最格下のA級3班からの格付けで競輪選手としてデビューし、競走成績によってS級への昇進を目指す。
一時期は、大相撲でいう前相撲のように、デビューして間もない選手のみで行われる「新人リーグ」での成績によって格付けが決められていたが、新人リーグは車券が買いにくい(予想しづらい)とファンに不評であったため、76期卒業生を最後に廃止された。77期以降の新人選手は1開催3人程度、通常の競走にあっせんされる。

沿革

  • 1950年 京王閣競輪場の隣接地に「日本サイクリストセンター」として開設。競輪の創成期は事実上登録だけで選手になった者もいたため、当初は選手としての再訓練を行なうための機関として設立された。
  • 1951年 1期生徒入学。新人選手の育成訓練開始。
  • 1955年 日本競輪学校に改称。
  • 1968年 現所在地に移転。
  • 1972年 29期入学試験より学歴は高卒同等(但し学科試験に合格すれば高校中退などでも入学できた)が入学条件となる。29期と30期より年2回入学開始。
  • 1976年 39期入学試験より適性試験開始。
  • 1978年 43期入学試験より高卒資格が入学条件に加わる。
  • 1999年 85期より年1回入学に変更。(5月入学)
  • 2000年 86期より特別選抜入学制度(特別選抜入試)開始。
  • 2006年 93期より学力・小論文試験廃止。年齢制限撤廃。92期と93期より年2回入学復活。
  • 2008年 97期より該当自転車競技大会において優秀な成績を収めた者に対する技能試験免除(1次、2次)が1次試験免除のみとなる。
ここ数年は、売り上げ減など昨今の競輪界の低迷を反映して年1回の募集(定員75名)であったが、新人がデビューする機会の増加による競輪の活性化を求める声が相次いだため、年2回の募集が復活した。また同時に従来から行なわれていた国語・数学・社会などの学力試験・小論文試験や年齢制限なども廃止し、選手としての実力を持った生徒が入学しやすいよう配慮されることになった。
また、2008年11月11日横浜ベイスターズ総合練習場で行われたプロ野球トライアウトでは競輪学校ブースを設営し、入学願書を配布するなど、より優秀な選手を獲得しようとスカウト活動にも取り組んでいる。
  • トライアウト会場に訪れた中野浩一は、参加していた田中一徳に「競輪選手として適性アリ」と注目していた。

施設

  • 練習用の走路は400mが2ヵ所と333mが1ヶ所。また国内で唯一250m走路もあるが、これは主に海外へ遠征する選手の練習用として用いられる。(海外の走路は250mが主のため)
  • 他には教室・体育館・屋内練習施設・寮・ロードコースなどがある。また敷地内には舗装された急坂があり、そこを自転車で駆け上がる「登坂訓練」は有名。
  • 中伊豆東海バスの路線バスがこの学校の正門前に来ることもあるが、休日の朝と夕方にそれぞれ1本ずつである(正門下の道は約1時間ごとにサイクルスポーツセンター行きのバスが運行)。

卒業記念レース歴代優勝者

卒業記念レースは式直前に2日間の日程で実施され、これを制した生徒は生涯その名を刻まれる。また競輪選手となってから実施されるルーキーチャンピオンレースヤンググランプリにも繋がるレースでもある。なお競輪学校が現在地に移転した26期より現在の形で実施されている。
※太字はGP・GI優勝者。57期は川崎競輪場、69期は前橋競輪場で実施。

記録会

競輪学校では、入学直後に行われる試走記録会を含め全部で5回の記録会が行われており、その記録により練習を行う班、ヘルメットキャップの色がわけられている。
  • 最高位は金色(ゴールデンキャップと呼ばれる)で67期より制定されて以来、獲得者はわずか9名のみである。(2008年9月現在)

ゴールデンキャップ獲得者

外部リンク

(※93期~96期分はKEIRIN.JPにおいて記載されていない。)
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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