帝都自動車交通(ていとじどうしゃこうつう、Teito Jidousha Kotsu Co.,Ltd.)は、
東京都を中心にハイヤー・
タクシーと
不動産業を運営する事業者である。本社は東京都
江東区門前仲町。
東京四社営業委員会の一角であり、丸に帝のマークが目印である。
京成電鉄グループに所属する。
歴史
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1938年 首都・東京のハイヤー・タクシー会社の整理統合を目的に、京成電気軌道が帝都タクシーを設立。以降、既存のハイヤー・タクシー会社の買収を重ね、1944年までの第一次統合、第二次統合を乗り切る。当時、警視庁は戦時中の統制経済の下、輸送力の維持増強を図るため東京のハイヤー・タクシー会社を一社当たり千台以上保有する事を目安に、整理統合を推し進めていたが、結局この一件は私鉄経営で実績のある京成の後藤圀彦・東急の五島慶太の「両ごとう」の手に委ねるべく、強力に後押しした。このため、一時は日東自動車(現在の日本交通)や国際自動車も帝都と合併寸前まで話が進んでいた。
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1943年 帝都自動車交通に改称。
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1945年 第三次統合で有力会社だった地下鉄系の東京合同自動車他数社の統合に成功。
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1977年から1980年にかけて、持株の殆どを保有していた京成電鉄の経営危機に伴い、京成保有株の大部分がハイヤーの大口顧客へ売却され、京成グループから独立。(もともと、終戦直後に京成が大手ハイタク会社を持つ理由が薄れたとして持株の放出を決定。結局資本関係はそのまま残ったが、経営上は既に分離し、お互い独自の道を歩んでいた。)
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1980年 省エネのあおりで小型タクシー運用開始。当初はコロナその後はマークII→コンフォート(板橋営業所のみクルーが投入され1995-2000年まで使用していた)
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1994年 イースタンモータース無線(現:EM自交無線)に加盟していた日新交通と営業協力をする。タクシーはAT車を投入開始。
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1996年 大輝交通と営業協力をする。
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1998年10月 タクシーの100%がAT車化完了。
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2000年 今度は帝都側が経営危機に陥り、元の親会社である京成が支援を決定。第三者割り当てに応じ、再度資本ならびに経営関係を強化。京成グループに復帰する。同時に子会社の帝都川崎自動車は宮園自動車に売却され「宮園交通」となる。同時に池袋営業所を大田区大森に移転した。
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2001年 大輝交通が営業協力契約を終了し、東京無線に移籍。本社を千代田区三崎町から江東区門前仲町に移転。ハイグレードタクシーの「ていかー」を投入(クラウンスーパーデラックスGパッケージ・セドリッククラシックSV)。
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2004年 営業協力事業者だった日新交通の資本の100%を当社持ちとなりを子会社化、社名を「帝都日新交通」とする。一般車(いわゆる東京四社色車)へもハイグレード車両投入開始(車種は「ていかー」と同種)。
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2007年 中央無線に加盟していた松竹グループ3社(松竹交通・コーディアルタクシー・第四松竹タクシー)と業務提携。松竹グループ3社は帝都グループになる。
営業所 (車庫) の所在地
ハイヤー
- 新橋営業所 (港区新橋)
- 大森案内所 (大田区大森北)
- 神田営業所 (千代田区神田錦町)
- 向島案内所 (墨田区向島)
- グランパーク案内所 (港区芝浦)
- 日本橋営業所 (中央区日本橋兜町)
- 天王洲案内所 (品川区東品川)
- 渋谷営業所 (渋谷区南平台町)
- 銀座営業所 (中央区銀座)
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東芝ビル案内所 (港区芝浦東芝ビル)
- 銀座総合案内所 (港区銀座)
- 竹橋営業所 (千代田区大手町)
- 深川営業所 (江東区門前仲町)
- 虎ノ門営業所 (港区虎ノ門)
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ホテルニューオータニ案内所 (千代田区紀尾井町)
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松下電工配車室 (港区東新橋)
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成田空港連絡所 (千葉県成田市古込)
タクシー
- 墨田営業所 (墨田区押上)
- 大森営業所 (大田区大森北)ハイヤー大森案内所と同じ住所。
- 板橋営業所 (板橋区大山金井町)
- 荒川営業所 (荒川区西日暮里)
- 千住営業所 (足立区千住緑町)
グループ・営業提携会社
- コーディアルタクシー (板橋区舟渡)
- 松竹交通 (板橋区舟渡)
- 第四松竹タクシー (北区浮間)
- 帝都日新交通 (大田区萩中)
- 帝都あたごタクシー (千葉県野田市野田)
関連項目
外部リンク
ていとじどうしゃこうつう
ていとしとうしやこうつう
ていとじどうしゃこうつう
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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