略歴
越路吹雪と歩んだ半生
- 1916年京城(現在のソウル特別市)生まれ。1939年神戸女学院大学部英文科卒業後、宝塚歌劇団出版部に就職。月刊誌『歌劇』の編集長を務めた。
- そうした中、偶然編集部にやってきた当時15歳の越路吹雪と出会う。二人は意気投合し、越路の相談相手となる。
- 越路が宝塚を退団して歌手になりたいと相談したとき、岩谷も退職を決意。上京し、越路の付き人を務める。
- 1951年から1963年までは東宝文芸部に所属。会社員として働く傍らも越路をサポートし、越路が死去するまでの約30年間、マネージャーとして強い信頼関係で支え続けた。しかし、あくまで「越路が好きだから支えていた」という岩谷は、越路が亡くなるまでマネジメント料としての報酬は1円も受け取らなかった。(※第29回菊田一夫演劇賞授賞式において、岩谷時子を演じた高畑淳子が証言)
作詞家として
- マネージャーとして活動する一方で、越路が歌うシャンソンの訳詞を手掛けたのきっかけとして作詞家・訳詞家としても歩み始める。ザ・ピーナッツ『恋のバカンス』や加山雄三『君といつまでも』、ピンキーとキラーズ『恋の季節』など数多くのヒット曲を生み出してきた。美しく、わかりやすい日本語の言葉選びに定評がある。
- 一方、オリジナルの詞にとらわれず独自の解釈で詞を当てることもある。例としては、エディット・ピアフが歌った「愛の讃歌」は元の歌詞が「愛のためなら盗みでもなんでもする」という背徳的な内容であるのに対し、岩谷訳詞では一途な愛を貫くという賛歌となっている。美輪明宏が岩谷時子にそのことを訊ねたエピソードがNHK人間講座「美輪明宏愛と美の法則(2005年3月21日)」で放映された。
近況
- ミュージカル『ミス・サイゴン』の訳詞を手がけたことがきっかけで、同作品に主演した本田美奈子と親交を深める。本田の才能を「越路の再来」と高く評価し、数多く詞を提供した。偶然にも、本田が死去する直前、足を負傷して本田と同じ病院に入院。ボイスレコーダーを通して、当時無菌室に入っていた本田を激励した。
- 仕事場として帝国ホテルの一室を利用している。
主な作品
作詞(歌謡曲)
作詞(アニメ・その他)
訳詞
岩谷時子を演じた女優
関連項目
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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