略歴
山室佐八、登毛(とも)の三男として生まれる。実家が貧しくて、少年時代に養子へ出される。14歳で上京して、印刷工となり、
伊藤為吉の下で修行するが、教会主催の英語学校に入学。そこで
キリスト教に触れる。
1889年、
同志社大学神学部入学。赤貧の中で勉学に励むが、
1894年に健康を害し、また当時広まりつつあった
自由主義神学への反発もあり同志社を去る。その後暫くは石井らとともに高梁教会(旧
メソヂスト)などで伝道活動を行なっていた。
翌
1895年より石井の勧めで救世軍に参加。パンフレット『鬨の声』を刊行するなど大いに働き、日本最初の士官(
牧師)、東洋で最初の中将、司令官となる。終生、社会事業、公娼廃止運動、純潔運動に身を捧げた。
1924年、勲六等瑞宝章、
1937年、救世軍より「創立者賞」を受ける。
「平民の福音」を始め、分かりやすい言葉による著書や説教が親しまれた。妻の山室機恵子(1人目・死別)、山室悦子(2人目・死別)、子の山室武甫(名前は
ウィリアム・ブースと
ジョージ・フォックスに由来)、山室民子らも、それぞれ
婦人運動家、学者、伝道者などとして活躍した。
参考文献
- 三吉明『山室軍平』吉川弘文館(人物叢書)
- 沖野岩三郎『娼妓解放哀話』(中公文庫)
- 吉屋信子『ときの声』(筑摩書房)
著作
- 「平民の福音」
- 「私の青年時代」
- 「禁酒のすすめ」
- 「病床の慰安」
- 「社会廓清論」
外部リンク
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
ご利用上の注意