宮内洋 [Hiroshi Miyauchi] [被リンク数: 68]

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宮内 洋みやうち ひろし1947年(1945年説あり)6月14日 - )は、日本の俳優。東映俳優センター所属。空手三段。 本名同じ。千葉県銚子市出身。日本大学商学部経営学科卒業。B型。

概要

来歴

学生時代より丹波哲郎に師事。当時は中学、高校を卒業後すぐに丹波に弟子入りしようとしたが、その度に「役者になるのは少々遅くても大丈夫だから進学しなさい」と丹波に諭されたという。大学進学時には演劇方面に強い日本大学藝術学部か早稲田大学文学部演劇専修に進んだほうがいいか相談したところ、「もし役者として成功しなくてもつぶしがきくように、まったく違う分野を選びなさい」との助言で日大商学部に進学した。なお、在学中にも丹波家には度々出入りしていた。。1968年、大学卒業後に東映ニューフェイス第12期生となる(同期に片山由美子ら)。翌年、テレビドラマ『ああ忠臣蔵』、映画『やくざ刑罰史 私刑!』でデビュー1969年、ドラマ『キイハンター』のレギュラーに抜擢され人気を博す。
そのスタイリッシュなアクションと、キザともとれる独特の台詞回しからファンも多い。一部のファンからは「キザなヒーローを演じさせたら日本一」とまで言われている。
仮面ライダーV3』の主演をはじめとして、スーパー戦隊シリーズメタルヒーローシリーズスケバン刑事(実写版)シリーズさらに快傑ズバットなどの単身ヒーローと、多くの特撮テレビドラマに出演。『秘密戦隊ゴレンジャー』においてはナンバー2、サブ・リーダー的な立場だったが、度々主役に匹敵する存在感を示した。
2006年11月26日、WOWOWにて放送のTVドラマ『バミューダ・トライアングル』(製作総指揮:ブライアン・シンガー、ディーン・デブリン、出演:エリック・ストルツサム・ニールなど)の公式サイト内で、日本の超常現象を追うドキュメンタリー番組『宮内洋探検隊の超常現象シリーズ』が配信されることになり、話題を集めた。同シリーズのページは2006年12月に公式サイトへと移行している。公式サイトは後述。
著書に『ヒーロー神髄』がある。

人物

時代劇や刑事ドラマなどで悪役として出演することも多かったが、現在においても、子どもに夢を与えるヒーローものの俳優であることに誇りを持っており、未だ「子ども達の夢を壊してはならない」と引き締まった肉体を維持するなど、己を厳しく律している。ファンサービスも尋常でないレベルで行い、『快傑ズバット』LD最終巻には初回プレスすべてにサインを記し、総集編『快傑ズバットメモリアル』では初回特典のトレーディングカードに1枚1枚直筆サインをしている。
また『帰ってきた怪獣VOW』(宝島社1995年)および『さらば!怪獣VOW』(宝島社、1996年)によれば「特撮ヒーロー番組とは子ども達に正義の心を教える教育番組に外ならない」とのポリシーを示しており、さらには『快傑ズバット大全』(双葉社2002年)でのインタビューにおいても「愛と、勇気と、正義と、希望。そういったものを与えるのがヒーローであります」と、一貫してヒーローの美学を説き続けている。更に喫煙者であるが、ヒーローのイメージを壊さない為にロケの見学に来てる子供達を気遣っって絶対撮影の合間でも喫煙はしなかった。
このようなポリシーの持ち主である為か、危険なスタントも好んで行う。仮面ライダーシリーズにゲスト出演する際、バイクに乗ったまま披露した「立ち乗り変身ポーズ」は有名(仮面ライダーストロンガー第35話など)。仮面ライダーシリーズの主演を演じた俳優の中でも、ずば抜けて運動神経がよかったようである。

エピソード

仮面ライダーV3関連

『V3』出演のオファーを受けた際、『仮面ライダー』という作品自体を知らなかったため試しに視聴したところ、深い感銘を受け「これは後世に残る作品となる」と確信、1、2号を越えなければやる意味がないと判断し、当時の価格で数十万円したビデオデッキを購入して仮面ライダーを研究した。1、2号が変身を唸るように行うのに対し、V3では「V3!!」と叫ぶ形を取り入れるなどはその成果である。また、変身前の段階で本格的バイクアクションに挑んだのも宮内が初である。普段はバイクに乗らない為、早く慣れる様に撮影での移動は全てバイクで移動したとも言われている。
オファーの際に師匠の丹波哲郎に相談したところ、「スーツアクターのオファーが来た」と勘違いされたという逸話もある。
また同作品のオーディションが貴重な休日と重複してしまい、「この休みなのに一体なんだ!?」と宮内は腹を立てオーディションに足を運び、終始不機嫌だったと本人は語っている。しかし、審査員たちにその態度を逆に気に入られたようで、審査員たちは「とにかくふてぶてしい奴で、ドアなんか蹴り破って入ってきた」と語っている。(しかし、宮内は「そこまではやっていない」とのこと。)
『とことん!石ノ森章太郎・最終章 仮面ライダーシリーズよ永遠に』では「千葉真一(現・JJサニー・千葉)さんにはアクションのことでいろいろ教わった。それをV3で生かした」と語っている。<ちなみにバンダイから発売されたガシャポンHGシリーズ『東映ヒーロー列伝2』で早川健が発売されたときに、人形の早川健が手袋を着用していなかったため、本人は(早川健の人形として)認めていないと語っていた。また、風見志郎のアクションフィギュアが発売されたときには「シャツがズボンに入っていない」とダメ出しをしていた。
主題歌「戦え!仮面ライダーV3」も宮内の歌唱によるものであり、当時発売されたレコードはミリオンセラーを記録した。このレコード収録で、テスト版を収録した水木一郎子門真人が宮内の収録指導に当たったが、宮内の歌があまりにもヘタだったため、激怒した水木は宮内と大喧嘩になったという。だが、その際思いの丈をぶつけ合ったことで、その後は親友になったと、後年水木は語っている。また、水木が遊園地でミニコンサートを行っている時に宮内がお忍びで激励に訪れたが、喫煙の為、一時席を立って戻って来ると席が無くなっており嘆いていたと、某ラジオ番組で水木が語っている。 「快傑ズバット」での宮内の役名が「早川」なのは、同作の主題歌を歌う水木の本名が由来である、とも言われている。
宮内の歌声はコーラスによってフォローされることになった。ソロによる宮内版V3主題歌テープは現存し、NGテイクにもかかわらずストロンガー最終回で使われた。この幻の宮内ソロV3は大抵のファンを絶句させる珍作とも言われる。宮内本人はこの使用を知らなかったらしくNHKBSにて石森作品の特番において生放送された際に同作最終回をゲスト席で見ていた宮内も「知らなかった…」と苦笑していた。怪獣VOW(宝島社)でのインタビューによると宮内は、演歌などと違い譜面通りに歌わなければならず、アレンジを利かせられない歌は相当苦手だとのこと。後の東映特撮『快傑ズバット』においても挿入歌を担当。特撮で有名になる以前からもレコードを出したこともあったが全く売れず、店頭で顔出しキャンペーンを行ってようやく数百枚売れるレベルだったため、非常に悲しかったと語っている。
『V3』後半では変身時の掛け声が「へんしん、ブイスリー!!」から、対カニレーザー戦より「へんしん、ブイスリャー!!」に変わるが、LD-BOXのライナーノートや怪獣VOWのインタビューによると、これは本人が「その方が(イ段の音より、ア段の音の方が)エコーが綺麗だから」と意識して変えたものだそうである。変身時以外のセリフでは「ブイスリー」を貫いている。この掛け声はファンに支持され、ゲームデザイナーにして作家の菊池たけしなどは作品の副題の読み方として正式に採用してしまっている。TVシリーズの流れを汲む村枝賢一の漫画『仮面ライダーSPIRITS』においても、変身後の名乗りだが「仮面ライダーV3ァ!!」と再現されている。アレンジの過程で本番で格好をつけて「ブァイスリィ!!」と叫び、共演した小林昭二に叱咤されることがあった(理由は子供達が間違って覚えては行けない為)。
主役を張りつい調子に乗る宮内を叱ったり、アドバイスをするなど小林は非常に面倒見がよく、宮内にとっては公私ともに『おやっさん』であった。小林の逝去に際して取り乱し号泣する宮内の姿は、役の上での共演者としての付き合いを超えた絆を視聴者・ファンに感じさせ涙を誘った。レポーターの「惜しい人を亡くされましたが」という質問にも「おやっさんは死んでなんかいない! 俺たちの心の中で生きているんだ!!」と涙を流しながら叫んだという。また、V3で共演したライダーマン/結城丈二役の山口豪久が1986年に41歳の若さで亡くなった時も、早すぎる死を悼み、撮影時に山口から「僕たちは反目しあうライダーだから、普段から視線をはずすよ」と当時言われた思い出を語っている。
このように、初めて演じたヒーローである仮面ライダーV3・風見志郎には強い思い入れを持っており、「風見志郎は俺以外にはやらせない」と、近年『仮面ライダー THE FIRST』の書籍で語っている。この『THE FIRST』では小林昭二の跡を継ぎ、宮内はおやっさん(立花藤兵衛)役を熱演しており、役が発表されたおり『当時から憧れた藤兵衛の役が出来てとてもうれしい』と語った(大人の役者が演ずる立ち位置と言う意味と、お世話になった小林氏への恩返しの意味と思われる)。その続編である、『仮面ライダー THE NEXT』には藤兵衛が登場せず、(加藤和樹が風見志郎を演じている)「東映側と宮内の不和による降板か」という噂が囁かれたが、『藤兵衛の登場はもとから企画・脚本の時点で予定になかった』ことを石森プロ側が明かした。

その他

ゴレンジャー』出演のオファーを受けた際、宮内はアオが脇役と勘違いし当初は断っていたが、原作者石森の「アカレンジャー=宮本武蔵、アオレンジャー=佐々木小次郎、というスタンス」との説得でようやく快諾したという。なお、プロデューサーや石ノ森氏も別に宮内を副主人公に格下げしたかった訳でなく当時、宮内が他にレギュラー番組も持っていたので「スケジュール的に主役(1番手)は無理」と判断しての事である。実際、「アオレンジャー」の人気は高く玩具も一番売れていたと言う。
必殺シリーズ助け人走る』でレギュラー出演したが、当時は末期とはいえまだ五社協定が存続していた為、松竹製作の必殺シリーズに東映専属の俳優である宮内が出演するのは不可能な筈なのだが実現され、非常に稀なケースだと言われている。
快傑ズバット
「ズバット」に関してはプロデューサーから「君にしか出来ない役で変身ものだ」とオファーが来て即座に受けたと言う。主人公「早川」の設定もかなり宮内に合わせて修正された。OPの早川(宮内)がセスナから降りて「投げキッス」をしたシーンでカメラマンがぶっ倒れたと言う逸話がある。好評にも拘わらず玩具商品が売れなかった為、作品が打ち切りに成ってしまい現在でも玩具メーカー主導の特撮番組に対して嘆いている。当人はこれを『企業の宿命』だと自伝などで語っている。
ジャッカー電撃隊』では『ズバット』が終了した後に本作の視聴率低迷の打開策の強化として行動隊長「ビック1(ワン)」の役割が与えられた。この為、本作は『ゴレンジャー』同様のコミカル路線に修正され毎回 宮内の変装劇が話題を呼んだ。しかし師匠である丹波哲郎の子息丹波義隆の主演作を奪ったようで気が引けたとも語っている。
人気を博した『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』では、主人公麻宮サキこと早乙女志織(演じるは南野陽子)の亡父・早乙女七郎の役をこなし、主人公に「清き心で悪を倒す」事を遺言して、正義の継承を行っている。

出演

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映画

オリジナルビデオ

テレビドラマ

レギュラー出演

ゲスト・単発出演

その他のテレビ番組

  • 夢さがしテレビ・懐かしのこども番組大集合・快傑ズバット編(1997年、NHK)…ゲスト(早川健の衣装で登場)
  • バクマリヤ(1999年、フジテレビ)…ゲスト講師
  • 深夜戦隊ガリンペロ(2002年 - 2003年、フジテレビ)
  • 新橋ミュージックホール(日本テレビ)
  • 快進撃TVうたえモン(フジテレビ)
  • 爆笑問題&ネプチューン正月特番(フジテレビ)
  • ラーメンカップ2003 生うまスペシャル(2003年、テレビ東京)
  • TVチャンピオン(テレビ東京)
  • ザ!世界仰天ニュース
  • とことん!石ノ森章太郎・最終章 仮面ライダーシリーズよ永遠に(2008年、BS2)…ゲスト(風見志郎の衣装で登場)

CM

ディスコグラフィ

シングル
  1. 夜霧の世界(1971年、テイチク)…B/W 孤独のうた
  2. 戦え!仮面ライダーV3(1973年、日本コロムビア)…B/W 少年仮面ライダー隊の歌(歌 / 水木一郎コロムビアゆりかご会
  3. 出逢い(1976年、ポリドール)…B/W まごころの時
  4. 二人の地平線(1977年、日本コロムビア)…C/W 地獄のズバット / 男はひとり道をゆく(歌 / 水木一郎)
  5. ありがとよ(1980年、ビクター)…B/W 旅に行っておいで
アルバム
  1. 特警ウインスペクター ヒット曲集(1990年、日本コロムビア)…挿入歌:燃やせ!瞳を
  2. 石ノ森章太郎 男も泣けるTV主題歌集(1998年、テイチク)…地獄のズバット

著書

  • ヒーロー神髄(1998年、風塵社刊、ISBN 9784938733551)

脚注

関連項目

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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