生涯
下野国都賀郡高島村(現
栃木県下都賀郡大平町)の農民(後に下級武士)青木三太郎利長の娘(朝倉惣兵衛の子とも)。父・利長(惣兵衛)は江戸に出て
旗本の朝倉家に仕官するが、主君の金を使い込み江戸を追われ鹿麻村で蟄居となった。その後、利長(惣兵衛)は禁猟とされていた鶴を撃ち死罪となる。
利長(惣兵衛)の死後、母(増山氏)は
江戸へ出て
古河藩主
永井尚政の屋敷に仕えて女中頭となり、元永井家家臣で古着商の七沢清宗と再婚。お楽も母に従い同居していたが、13歳の時に店の手伝いをしていたところ浅草参りから帰ってきた
春日局の目にとまり、
大奥に上がる。また、
祖心尼の計らいで奥入りしたという説もある。一説によるとお楽が呉服の間だった頃、他の奥女中たちに故郷の麦搗き歌を歌っていた。これを家光が耳にして気に入りお楽は家光の側室となったという。
演じた俳優
脚注
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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