来歴
ミス10代女王コンテスト世界大会で優勝したのがきっかけで
1966年に
NHKの「
太郎」でデビュー。抜群のスタイルを生かして
アクション映画を中心に多数の映画に出演、
東映『ずべ公番長』シリーズ全4作の主演などで人気を得た。
1970年「女の学校」で
CBSソニーから歌手デビュー。以後、歌手と
テレビドラマの仕事が増えた。レコードプロデューサーは酒井政利だったが、ライバル社を押しのけて酒井が射止めた『同棲時代』の主題歌を歌い、今日までの代表曲になる。大信田自身も公開された映画に出演。テレビドラマでは、
東京12チャンネルで
1969年から始まった『
プレイガール』が有名。
1974年、『同棲時代』を作曲した作曲家
都倉俊一と結婚し引退状態となったが
1978年に離婚、カムバックした。現在は舞台公演を中心に活動している。
エピソード
- 阪神時代の江夏豊が彼女の大ファンだった。
- ドラマ『旅がらすくれないお仙』のかみなりお銀役で髪をアップにして男物の海パンを履いて走り回るのは彼女自身のアイデア。
- 都倉からプロポーズされたとき、「あなたの手帳には女の電話番号ばかりだ」と断ったら、目の前で手帳を破って暖炉の火で燃やす姿にシビレて結婚を決意したらしい。
- 『同棲時代』は最初、作曲家の都倉とソリが合わなかったので「アカン」と思っていたが、それを聞いた酒井政利は「(それなら逆に)ヒットするかもしれない」と思ったようだ。
- 『キイハンター』と撮影場所が同じだったので、アクションシーンの殺陣が二三手、同じだったことがあったらしい。
- ブレイク前の仮面ライダー出身俳優と交際し、当時出始めたばかりの写真誌にホコ天デートを撮られたことがある。
出演作品
映画
- 青春太郎(1967年10月18日)
- 産業スパイ(1968年5月21日)
- 妖婦毒婦伝・人斬りお勝(1969年4月10日)
- 妖婦毒婦伝・お勝兇状旅(1969年10月1日)
- 不良番長・一攫千金(1970年4月18日)
- 盛り場流し唄・新宿の女(1970年5月30日)
- 不良番長・出たとこ勝負(1970年8月1日)
- ずべ公番長・夢は夜ひらく(1970年9月22日)
- ずべ公番長・東京流れ者(1970年12月3日)
- 不良番長・口から出まかせ(1970年12月30日)
- ずべ公番長・はまぐれ数え唄(1971年3月9日)
- ずべ公番長・ざんげの値打もない(1971年4月28日)
- 舞妓はんだよ全員集合!!(1972年12月29日)
- 同棲時代-今日子と次郎-(1973年4月14日)
- 渚の白い家(1978年4月8日)
- ジェラシー・ゲーム(1982年8月6日)
テレビドラマ
バラエティ
EP(シングル・アナログ盤)
LP(アルバム・アナログ盤)
- 「女はそれをがまんできない/ノックは無用」(1971年12月) 品番:SOND-66072
- 「大信田礼子セカンド・アルバム - MORE ABOUT REIKO OSHIDA -」(1972年8月) 品番:SOLJ-28
- 「同棲時代 - LOVES SWEET ERRORS -」(1973年4月21日) 品番:SOLJ-58
- 「愛のくらし-同棲時代 - 今日子と次郎のゆくえ-」(1973年9月21日) 品番:SOLJ-86
写真集
- 「週刊プレイボーイ特別編集」(関口照生撮影)(1983年)
- 「ロドスへの招待状」(佐藤健撮影)(1992年)
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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