プレイスタイル
独特の
スリー・クォーターのフォームから繰り出される最速150km/hのストレートに、安定した制球力でコースへと決まるスライダー、抜群の落差を誇る
フォークボールを投じて打者と対する右腕である。
来歴
プロ入り後
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2001年
1年目からリリーフ投手として活躍し、
具臺晟に代わって抑えを任された。7勝14セーブ、防御率2.68の成績で新人王を獲得。
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2002年
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2003年
右ひじを手術し、プロ入り後初の一軍登板なしに終わった。
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2004年
右ひじのリハビリでほぼ2年間を棒に振ることになった。シーズン終了直前に一軍復帰し、2年ぶりの登板を果たした。
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2005年
守護神として期待された
山口和男が開幕から不調のため、山口に代わってシーズン途中から一軍昇格し、22セーブを挙げてチームの守護神として活躍した。セーブ成功率100%、防御率1.60、被本塁打1本と圧倒的な数字を残し、11球団すべてからセーブを奪った。
菊地原毅、
加藤大輔とともに「KKO」と称され、安定したリリーフ陣を形成した。
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2006年
前年同様抑えを任されたが、防御率4点台と不本意な内容で、肩痛もありシーズン途中で戦線離脱した。
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2007年
故障で出遅れたものの5月に復帰し、夏場にセットアッパーとして安定感を誇り、9月中旬まで防御率1点台をキープする好投を見せた。シーズン最終盤に疲労から打ち込まれてしまったが、新人王を獲った2001年以来6年ぶりの40試合以上登板、防御率3点台と及第点の成績を残した。
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2008年
春季キャンプで
アキレス腱を断裂。シーズン初登板は
8月16日の
西武戦で、9回裏の3点リードの場面で登板(なお抑えの
加藤大輔は前日まで3連投していたため、連投による酷使を避けたかった意図が首脳陣にあったものと思われる)。しかし、
ヒラム・ボカチカに同点3ランを浴びて救援失敗、試合も10回裏に
平尾博嗣にサヨナラ本塁打が飛び出し敗れた。この年は3試合に登板し、防御率13.50と散々な成績に終わった。
人物
- 2001年9月26日に北川博敏(当時近鉄、現在は同僚)に代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランを打たれたピッチャーである。ちなみにこのホームランを打たれるまで大久保の防御率は0点台という驚異的な数字であった。
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千葉ロッテマリーンズの久保康友は松下電器時代の同期である(久保は高卒での入社なので年齢は久保のほうが4つ下)。また、大久保はルーキーイヤーの2001年に25歳で新人王を獲得しており、それから年齢差と同じ4年後に、久保もルーキーイヤーの2005年に25歳で新人王を獲得したという共通点がある。
- かなりグルメな性格であり、自身のブログには食べ物の事を多く載せている。
年度別投手成績
記録
関連項目
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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