堺市
[Sakai, Osaka]
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堺市
大阪府の市町村
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堺市
(さかいし)は、
近畿地方
の中部、
大阪府
の中南部に位置する
市
である。
概要
大阪府
では
人口
・
面積
が2番目に大きい
都市
である。
2006年
4月1日
に日本で15番目・近畿地方では4番目・大阪府でも
大阪市
に次いで2番目の
政令指定都市
に移行した。
昼間人口
より
夜間人口
の方が多いという特徴がある。また、
南区
内には、
泉北ニュータウン
があり、同区については、大阪市の
ベッドタウン
というイメージが強い。
一般的にテレビやラジオのニュースでは通常政令指定都市の地名は「○○市○○区」と表現するが、
NHK
や
民放
の全国ニュースでは、当市はまだ「大阪・堺市」または「堺市」とする場合が少なくない(近畿2府4県向けのいわゆる“
関西ローカル
”ではきちんと「堺市○○区」と言っている)。ただし、最近では行政区を併記することが多くなっている。
地理
大阪府
中央部を流れる
大和川
を挟んで大阪市の南側に位置し、北東は
松原市
、東は
羽曳野市
、
富田林市
、南東は
大阪狭山市
、
河内長野市
、南西は
和泉市
、西は
高石市
に接している。
地域の概要
市の
西部
は平坦で、古くからの工業地や商業地が多く市街化が進んでいる。
大阪湾
に面する北西部は
新日本製鐵堺製鐵所
を始めとする「
堺泉北臨海工業地帯
」と呼ばれる
工業地域
である。
浜寺昭和と諏訪ノ森
は屋敷や
別荘
が建ち並ぶ
高級住宅地
であり海浜
リゾート
地であった。今は浜寺沖の埋め立てと重工業コンビナートの形成により、この地域の高級感は少し衰えをみせる。
中央部
は大阪市の
上町台地
から続く高台(三国ヶ丘台地)で、上野芝にはその地形を生かして戦前、
阪和電鉄
により「向ヶ丘」「霞ヶ丘」の住宅地が開発された。また、戦後は新金岡や中百舌鳥などに大規模
団地
が建設され、1970年代には北東部の市街化も進んだ。
南東部
の初芝と大美野は
戦前
に住宅地として開発されたが、周辺は緩やかな台地と田園地帯で農地も多く残る。南部は丘陵地となっており、
泉北ニュータウン
が広がっている。
市名の由来
5年(
1834年
)銘がある。]] 「堺」の地名は、
摂津国
・
河内国
・
和泉国
の3国の「境(さかい)」に発展した街である事から付いたと言われているが、実質的には「
大小路
」を境に摂津国と和泉国に跨る市街地を形成していた(明治3~4年以降は大小路以北も和泉国に編入された)。
江戸時代
には「左海」とも表記された(宿院交差点にある石灯籠には「左海たばこ庖丁鍛治」と書かれてある)。現在の堺市は、大半は旧 和泉国であるが、
昭和
初期より
南河内郡
の町村との合併によって旧 河内国を含むようになったため、
泉州地域
と区別され、「堺・泉州」や「堺・泉北」のように分けて表記される事が多い。
歴史
概要
石器時代
現在の堺市域に人が定住したのは古く
旧石器時代
とされる。市内各地の遺跡からは旧石器時代の
打製石器
や
縄文時代
の
土器
・
石器
、
弥生時代
の
銅鐸
・土器などが発掘されている。また、浜寺の四ツ池遺跡は池上・曽根遺跡(
和泉市
・
泉大津市
)と並ぶ弥生時代の集落遺跡で、堺市域では最大規模を誇る(浜寺中学校造成と
第二阪和国道
敷設工事のため遺跡としての形はとどめていない)。1989年には国の史跡に指定された。このほか、石津川流域の下田町や鶴田町でも、
竪穴住居
跡を中心とする集落や土器・金属器などが出土している。
古墳時代(大和王権の重要地)
古墳時代
には、泉北丘陵を中心に
須恵器
の生産が行われた。生産は
奈良時代
を経て
平安時代
まで続いた。
泉北ニュータウン
周辺や信太山丘陵にかけて須恵器の釜跡などの遺跡が点在しており、「陶器」「釜室」などの地名が現在も残る。
ヤマト王権
成立後は
大仙陵古墳(仁徳陵古墳)
など大小100数基の
百舌鳥古墳群
が造られた。<
神功皇后
が
三韓征伐
からの帰途、七道の浜に寄り、地元の豪族の田蓑宿禰に
津守氏
の姓を与え、
住吉三神
を祀るように告げたという(
住吉大社
の起源)。
飛鳥時代(難波大道と交通網)
飛鳥時代
になると、
難波宮
・
難波京
や
難波津
から
四天王寺
を経て
上町台地
を南北に貫く
難波大道
と、
飛鳥
の都と
方違神社
を東西に結ぶ丹比道(
竹内街道
の前身)、大津道(
長尾街道
の前身)が整備される。
奈良時代
から
室町時代
にかけて、これらの街道沿いの大保(丹南)や金岡・日置荘周辺には
河内鋳物師
と呼ばれる人たちが多く住んでおり、
東大寺
再興や
鎌倉大仏
の鋳造などで活躍した。
平安時代・鎌倉時代(堺北荘と堺南荘)
平安時代
には
熊野詣
の宿として
境王子
と
大鳥居王子
が設置された。
鎌倉時代
には
京都
、
奈良
など後背都市の産業を背景に南北の堺荘が成立。堺北荘は
摂津国
に、堺南荘は
和泉国
に属した。
南北朝・室町時代(南朝と勘合貿易、堺公方)
南北朝時代
には、南朝(
吉野朝廷
)方の住吉大社宮司の津守氏に関係して南朝の外港的役割を担うようになり、廻船が発着する港へと発展した。
地下請
の特権を得て、室町時代には
足利将軍家
や
三管領
の
細川氏
などが行った
日明貿易
(勘合貿易)の拠点となる。
戦国時代
には
明
や
ルソン
・
カンボジア
など東南アジア方面での貿易で栄えた。こうした経済的繁栄は内外から注目を集めるようになり、戦国時代初期の
室町幕府
の内紛の際には「
堺公方
」と呼ばれる一種の臨時政権が立てられた事がある。
戦国時代(東洋のベニス)
布教のため来日していた
イエズス会
の
宣教師
ガスパル・ヴィレラ
は、その著書『耶蘇会士日本通信』のなかで、「堺の町は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町は
ベニス市
の如く執政官によりて治めらる」と書いた。この文章によって、堺の様子は『東洋のベニス』として、当時の世界地図に掲載されるほどヨーロッパ世界に認識されることとなる。ヴィレラの後継宣教師である
ルイス・フロイス
もまた、その著書『日本史』のなかで堺を「
東洋のベニス
」と記している。
安土桃山時代(自治都市)
安土桃山時代
には貿易港としての地位を揺るぎないものとし、戦乱から町を守るため周囲に堀を巡らせた
環濠都市
を形成する。
会合衆
(えごうしゅう)と呼ばれる商人たちが自治的な都市運営を行い、
摂津国
住吉郡
の
平野
と共に中世の自治都市となるが、
織田信長
、
豊臣秀吉
らの前に屈服。都市機能が解体され、彼らの支配下(直轄地)に置かれる。その後、秀吉が
大坂城
を築き、
城下町
が開発されるに伴い堺商人の多くが
大坂
へ強制移住させられた。このため、堺の都市機能は著しく低下した。同様に全国各地の城下町にも堺商人が移り住むようになる。また、この頃から
鉄砲
生産も盛んに行われるようになった。
江戸時代(近世都市の源)
江戸時代には
堺奉行
が置かれ、
糸割符
など保護を受けるが、
鎖国
の成立とともに経済の中心は大坂へ移り、管轄も
大坂町奉行
が兼任する。1704年には大和川の付け替え工事が行われ、陸続きであった堺と住吉が分断された。しかも、この開削により河口付近に多量の土砂がたまったため、堺港に大きな船が停泊できなくなった。これにより、港湾機能も縮小せざるを得なくなった。
しかし、中世の
自由都市
堺と、江戸初期の堺の財力は莫大なものがあり、それが後世の日本に与えた影響もまた然りである。中世の日本において一貫して大都市といえるのは
京都
だけであり、当時陸運の便利がよい京都に商人が集中していた。一方で堺は積極的に海運のため、全国の主に海岸の中小都市に莫大な投資を行った。その当時既に繁栄していた
博多
、
鹿児島
、
大分
などはともかく、それ以外の全国の多くの都市について、その発展の基礎部分に中世の堺商人の投資が大きな影響を与えているともいえ、それは
大阪
、
名古屋
、
東京
なども例外ではない。
江戸時代後期からそれ以降(リゾート地と工業都市)
江戸時代でも後期に入ると、
醸造業
などが栄えた影響で再度活気を取り戻すようになる。堺商人は次第に建物に贅を凝らすようになり、「京の着倒れ・大坂の杭(食い)倒れ」とともに「堺の建て倒れ」と呼ばれるほど、町には立派な屋敷が建ち並んだ。
幕末になり、欧米列強が大坂の開港を要求すると、大坂が京都に近いことを理由に堺がその代港候補に挙がる。だが幕府内の
勤皇派
は、堺周辺には古墳が多いため、堺を開港地にすると外国人が無断で古墳に出入りする可能性があると指摘。そのため、第二候補であった兵庫(
神戸
)が開港地に選ばれた。この結果、堺は中世以来の国際貿易港への復帰の道を閉ざされ、その座を神戸に明け渡すことになった。更に明治になってから
堺県
が設置されたものの、隣県・堺の繁栄を恐れる
大阪府
の要求により強引に同府に合併されたと言われている。明治時代を通して臨海部は高級別荘地、リゾート地として有名であった。当時世界一といわれた
堺水族館
が建設されたのもこの頃である。その後
紡績
や
煉瓦
産業を中心に次第に工業都市へと変貌を遂げていき、
阪神工業地帯
の一角を占める経済的地盤を作り上げていくことと引き換えに、高級別荘地の住民はより優れた住環境をもとめて神戸・
芦屋
へと移っていった。
年表
5世紀
大仙陵古墳
(仁徳天皇陵)が造られる。
5世紀
ヤマト王権
が茅淳県・大鳥県を設置する。
613年
竹内街道
が開通。
704年
行基
が生家を家原寺とする。
713年
河内国
から
摂津国
が分離する。
757年
河内国の
大鳥郡
・
和泉郡
・
日根郡
が独立、
和泉国
ができる。
934年
紀貫之
の『
土佐日記
』に「いしづ(石津)」の表記がみられる。
1054年
藤原定頼
の歌集に「さか井」の名が現れる。
1231年
小谷城が築城される。
1336年
堺北荘が
住吉神社
(現・住吉大社)領となる。
1337年
大魚夜市
が始まる。
1338年
北畠顕家
が足利軍と戦い石津で戦死(
石津の戦い
)。
1399年
応永の乱
で幕府軍が堺城を攻め
大内義弘
が戦死。
1476年
第1回
遣明船
が堺港から出発する。
1502年
金魚
が
明
から堺へ輸入される。
1543年
堺で
鉄砲
生産が始まる。
1550年
フランシスコ・ザビエル
が堺を訪れる。
1568年
織田信長が軍用金2万貫を課す。会合衆は拒否するが攻撃され屈服。
1570年
織田信長が
松井友閑
を堺政所に任命(
堺奉行
の前身)。
1586年
石田三成
が堺政所になる。
1588年
豊臣秀吉が南北の堀を埋めさせる。
1591年
豊臣秀吉により堺へ追放された
千利休
が自害。
1596年
慶長の大地震で600人以上が死亡。
1604年
堺商人が
糸割符
年寄に任ぜられ、
朱印船貿易
が許される。
1615年
大坂夏の陣
で堺の町が壊滅する。
1615年 元和の町割りにより、堺の町が碁盤の目に区画整理される。
1615年
江戸幕府
の直轄地となり堺奉行が置かれる。
1684年
堺最初の地誌『堺鑑』が刊行される。
1696年
堺奉行が廃止され、
大坂町奉行
の管轄になる。
1702年
堺奉行が再び置かれる。
1704年
大和川
が付け替えられる。
1854年
安政の大地震
で堺港が打撃を受ける。
1863年
天誅組
が堺港に上陸する。
1867年
堺奉行が廃止され、大坂町奉行が堺を管轄。
1868年
堺事件
が起きる。
1868年
堺県
を設置する。
1870年
鹿児島藩
が日本の近代
紡績
工場第1号となる
戎島紡績所
を開設。
1870年
工部省
が鉄道寮堺
煉瓦
製造所を設立(日本で最初の煉瓦工場)。
1873年
日本初の公園となる
浜寺公園
が開園。
1875年
堺県が
奈良県
を併合する。
1876年
南宗寺
境内で堺博覧会を開く。
1877年
明治天皇
が堺に
行幸
し、熊野小学校などを視察する。
1877年
大浜灯台
が完成。
1881年
堺県が
大阪府
に併合される。
1888年
阪堺鉄道
(
南海電気鉄道
の前身)の難波~堺間開通。
1888年 大阪農学校(
大阪府立大学
の前身)が開校。
1889年
4月1日
市制
施行により
堺市
となる(最初に施行した31市に名を連ねた)。
1892年
旧堺奉行所跡に堺市役所ができる。
1895年
幕末に築かれた
台場
跡が
大浜公園
として整備される。
1895年 堺市章を制定。
1897年
南海鉄道(阪堺鉄道と翌年に合同)の堺~佐野間開通。
1898年
高野鉄道(現
南海高野線
)の大小路(現堺東)~狭山間開通。
1900年
高野鉄道の道頓堀(現汐見橋)~大小路間開通。
1903年
大浜公園が第5回
内国勧業博覧会
の第2会場となる(第1会場は
天王寺公園
)。
1903年 大浜公園内に堺水族館が開館。
1905年
浜寺に
ロシア
兵
俘虜
収容施設ができる。
1906年
浜寺
海水浴場
が開場する。
1907年
南海鉄道の浜寺駅(当時)駅舎が完成(後に
東京駅
を設計した
辰野金吾
博士による)。
1908年
堺セルロイド設立。
1910年
天王貯水池と浅香山浄水場が造られ、
上水道
が整備される(全国で18番目、大阪府では大阪市に次いで2番目)。
1911年
阪堺電気軌道
の恵美須町~市ノ町(現大小路)間開通。
1912年
阪堺電気軌道の市ノ町~浜寺間と大浜支線宿院~大浜海岸間開通。
1913年
大浜公会堂内に大浜潮湯が開業。
1916年
堺市立図書館(旧館)が開館。
1919年
大日本セルロイド堺工場(現
ダイセル化学工業
)設立。
1920年
大阪市の扇町にあった堀川監獄(現在の
扇町公園
)が堺市に移転、
大阪刑務所
となる。
1920年
泉北郡
向井町
・湊町を編入。
1920年 第1回
国勢調査
(堺市の人口は8万4995人)。
1922年
堺(大浜海岸)~
徳島
(
小松島市
横須海岸)間に日本初の民間定期航空便が就航。
1923年
堺市公民病院(現在の
市立堺病院
)が開院。
1925年
泉北郡
舳松村
を編入。
1926年
泉北郡
三宝村
を編入。
1927年
阪堺大橋が完成する(大和川に橋が架かったのは大和橋以来220年ぶり)。
1929年
阪和電鉄
(現JR
阪和線
)の天王寺~和泉府中間開通。
1930年
遠里小野橋が架設される。
1931年
全国初の市史となる『
堺市史
』が完成。
1931年
阪堺電鉄
の芦原橋~浜寺間開通。
1932年
陸軍
の騎兵隊・輜重隊兵舎(現在の
長尾中学校
)、陸軍病院(現在の大阪警察学校)、練兵場(現在の金岡公園)が大阪市の真田山から金岡村(当時)へ移転。以後、通称金岡連隊基地として大阪南部の軍事拠点となる。
1932年
昭和天皇
が堺に行幸し、堺中学校(現在の
大阪府立三国丘高等学校
)を視察する(「三国ヶ丘御幸通」の地名はこの行幸に由来)。
1932年 大美野
田園都市
が町開き。
1936年
南海鉄道が創業50周年事業として中百舌鳥総合運動公園を開設。
1937年
大和川大橋が架設される。
1938年
泉北郡
神石村
・
五箇荘村
・
百舌鳥村
・
南河内郡
金岡村
を編入。
1938年 光明池(人工の
灌漑
貯水池
)が完成。
1939年
室戸台風
が堺市を直撃。300人超の死者が出る。
1939年
大阪帝国大学
(当時)
産業科学研究所
が浅香山に設立される。
1942年
泉北郡
浜寺町
・
鳳町
・
踞尾村
・
八田荘村
・
深井村
・
東百舌鳥村
を編入。
1944年
阪堺電鉄が大阪市に買収され、
大阪市電三宝線
になる。
1944年 堺市役所が堺東に移転する。
1945年
近鉄大浜線
(当時)宿院~大浜海岸間休止(正式に廃止となったのは
1980年
)。
1945年
7月10日
堺大
空襲
。死者1800人を超える。
堺駅
周辺の龍神地区や宿院、大浜公園などに大きな被害が出る。
1947年
浜寺公園と金岡連隊基地跡が
アメリカ軍
に接収される(それぞれ浜寺キャンプ、金岡キャンプとなる)。
1948年
堺(鉢ヶ峯)公園墓地ができる。
1950年
ジェーン台風
が堺市を直撃。
1955年
市民運動によって、
いたすけ古墳
の保存が決まる。
1956年
日本初の
住宅公団
による
団地
、金岡団地の入居開始。
1956年 浅香山浄水場の
ツツジ
の一般公開(通り抜け)が始まる。
1957年
南河内郡
北八下村
を編入。
1958年
南河内郡
南八下村
・
日置荘町
を編入。
1958年 浜寺公園と金岡連隊基地跡がアメリカ軍から返還。金岡連隊基地跡は金岡公園として整備される。
1958年
堺泉北臨海工業地帯
の造成開始。
1959年
泉北郡
泉ヶ丘町
を編入。
1960年
向ヶ丘団地の入居開始。最寄り駅として
津久野駅
が設置される。
1961年
八幡製鐵
(後の
新日本製鐵
)堺製鐵所が設立。臨海部の工業化が開始される。
1961年
第2室戸台風
が堺市を直撃。
1961年 泉北郡
福泉町
を編入。
1961年 南海電鉄が「浜寺ヘルスセンター」開設。
1961年
与謝野晶子
の歌碑が生家跡にできる。
1962年
浜寺海水浴場が閉鎖される(堺市内の海水浴場がなくなる)。
1962年 南河内郡
登美丘町
を編入。
1963年
堺市民憲章を制定。
1963年 浜寺公園プールが完成。
1964年
天王貯水池が閉鎖。
1965年
堺市民会館が開館。
1965年 戦災復興事業が終わる。
1966年
泉北ニュータウン
着工。
1966年 金岡東ニュータウン(
新金岡団地
)が町開き。
1966年 土居川の埋め立てが始まる。
1967年
バークリー
市と初の
姉妹都市
提携。
1967年 八田荘団地が完成する。
1968年
大阪市電三宝線が廃止。
市営バス
に転換される。
1968年 大浜灯台が廃止。
1968年 大阪大学産業科学研究所が
茨木市
に移転(跡地は住宅公団に売却され浅香山団地に)。
1969年
堺港と泉北港が統合され、
堺泉北港
になる。
1970年
阪神高速道路堺線
が開通。
1971年
泉北高速鉄道
の中百舌鳥~泉ヶ丘間開通。
1971年 堺市立図書館(現中央図書館)が
大仙公園
に移転。
1971年 大仙公園に平和塔が完成。
1971年 国立泉北病院が開院(現
近畿大学
医学部
堺病院)。
1972年
大泉緑地
が開園。
1972年 泉北ニュータウンに「青少年の町(ヤングタウン)」ができる。
1973年
泉北高速鉄道の泉ヶ丘~栂・美木多間開通。
1974年
堺まつりが始まる。
1975年
吾彦大橋が架設される。
1975年
堺市民オリンピック
が始まる。
1976年
第二阪和国道
の堺~高石間開通。
1976年 大阪女子大学が大阪市の
帝塚山
から移転(現在は大阪府立大学と統合)。
1977年
泉北高速鉄道の栂・美木多~光明池間開通。
1979年
市制90周年。
1980年
堺市博物館
が開館。
1981年
大阪府立障害者交流促進センター(ファインプラザ大阪)開設。
1982年
3月
阪神高速道路湾岸線
の南港北~三宝間開通。
1982年8月 台風10号が堺市を直撃。大和川が氾濫し、大きな被害が出る。
1983年
全国初の政治倫理条例を制定。
1983年
連雲港
市と友好都市提携。
1985年
南海本線
の大和川~石津川間高架化。
1986年
第37回
全国植樹祭
が大仙公園で開催。
1986年 陶器山トンネルが開通。泉北ニュータウンと狭山ニュータウンが繋がる。
1987年
4月
地下鉄御堂筋線
が中百舌鳥まで延伸。
1987年 阪神高速道路湾岸線の三宝~出島間開通。
1987年 南大阪地域地場産業振興センター(じばしん南大阪)開設。
1989年
市制百周年記念「オランダフェスティバル・ダッハらんど」開催。
1989年3月
阪和自動車道
の松原JCT~美原北IC間開通。
1991年
阪和自動車道の美原北IC~堺IC間開通。
1991年
堺泉北有料道路
の供用開始。
1993年
阪和自動車道の堺IC~岸和田和泉IC間開通。
1993年 阪神高速道路湾岸線の出島~助松間開通。
1994年
ウェリントン
市と姉妹都市提携。
1995年
さかいハートフルランドが始まる。
1996年
4月
中核市
へ移行。
1996年
原性大腸菌
O157
による集団
食中毒
が堺市の小学校33校で発生。児童ら9500人が感染し、児童3人が溶血性尿毒症症候群で死亡した。
1996年 市立堺病院が移転、新装開院。
1998年
南海本線の
浜寺公園駅
と
諏訪ノ森駅
が、国の
登録有形文化財
に登録される。
1999年
第23回全国育樹祭が大仙公園と蜻蛉池公園(
岸和田市
)で開催。
1999年
9月 O157集団食中毒事件で一人娘を亡くした親が市長を相手に裁判を起こした不法行為裁判で堺市が敗訴。市は控訴できず。
1999年 大型児童館「ビッグバン」開館。
2000年
「世界民族芸能祭」が堺旧港と大仙公園で開催。
2000年 龍女神像(乙姫像)が堺旧港波止に復元。
2001年
国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)開設。
2001年 「ヤングタウン」が閉鎖。
2004年
3月
南阪奈道路
の供用開始。
2004年 さかい新事業創造センター開設。
2004年
12月 O157集団食中毒事件後の給食を再開した
1996年
12月、堺市が学校給食の食材を検査した際、牛肉からO157を検出した事実を伏せて、当時の市長や教育長が「加熱すれば問題なし」と学校給食にもちいた事実が明らかになった。
2005年
2月1日
南河内郡
美原町
を編入。
2006年
4月1日
政令指定都市
移行、区制施行。
2006年
10月10日
ご当地ナンバー
に「堺」誕生。
2007年
7月31日
シャープ
が世界最大規模の次世代
液晶テレビ
工場を堺市に建設すると発表。
2008年
1月30日
前記のシャープの新工場建設に関連し、複数の周辺整備工事について、2件の
談合
事件に関与し指名停止中の
ゼネコン
・
清水建設
と、
随意契約
を結んでいたことが、各
報道
で発覚
2010年
学校法人
関西大学
が統合で閉校する
堺市立商業高等学校
・
堺市立第二商業高等学校
の跡地に新キャンパス新設予定
2008年
6月23日
シャープ
・
関西電力
が世界最大規模の太陽光発電施設を建設すると発表
2008年
9月26日
仁徳天皇陵
を含む
百舌鳥古墳群
・
古市古墳群
が
世界遺産
の推薦候補に追加
2008年
10月1日
堺市消防局
になり高石市から委託され、高石市も管轄するようになった。※堺市高石市消防組合は9月30日をもって解散した。
堺空襲
1945(昭和20)年当時、日本には180の都市があり、うち58都市が
アメリカ軍
による
空襲
を受けた。アメリカ軍は180都市を人口の多い順に空襲する作戦をとり、堺市は人口18万人で空襲順位は24位であった。広義の「
大阪大空襲
」で着弾目標地点が置かれたのは大阪市(空襲順位2位)と堺市、
尼崎市
(同25位)のみである。アメリカ軍は堺市を空襲都市に選んだ理由を「堺の主要価値は大阪市に近接していて、その工業が大阪市と統合されていることである。また、この都市は大阪の軍需工場の労働者に住宅を提供している。大阪の工場に打撃を与えるために、堺の軍需工場は疎開可能箇所として重要である」(アメリカ軍の作戦任務報告より)としているが、実際は
非戦闘員
を目標にした無差別爆撃であった。被害は工場より民家に集中した。
堺空襲(1945年)
3月13日・14日 - 第1次堺空襲(第1次大阪大空襲):B29
焼夷弾
6月15日 - 第2次堺空襲(第4次大阪大空襲):B29焼夷弾
6月26日 - 第3次堺空襲(第5次大阪大空襲):B29焼夷弾
7月10日 - 第4次堺大空襲(第6次大阪大空襲):B29焼夷弾、着弾点を初めて堺に置く
8月10日 - 第5次堺空襲:
艦載機
・機銃掃射
備考
なお、堺市の町名には「○丁目」の「目」がつかない。
1872年
の町名改正で、改正前までは独立していた小さな町を「○○東一丁」や「○○西一丁」などに変更し、「丁」に「町」と同格の意味合いを持たせたことに由来する。以後、周辺の町村を合併し市域に編入したが、町を細分する場合も前例に倣い「丁目」を使わず、美原区を除く市内全域が「丁」で統一されている。
堺から全国に
堺が発祥とされるもの
「ものの始まりなんでも堺」といわれるほど、堺を「発祥の地」とするものが伝承も含めて多数ある。
鉄砲
製造
傘
三味線
線香
金魚
かるた
関東煮
だんじり
ふとん太鼓
すずめ踊り
青葉城
築城に従事した堺出身の職人が藩主
伊達政宗
の前で踊ったのが
宮城県
で根付いた
銀座
「堺町」のある都市
堺商人が全国で活躍した証しとして、旧
城下町
から発展した都市には「堺町」もしくは「栄町」という地名が今も残っている。
「堺町」もしくは「堺丁」がある都市 -
岸和田市
、
大和郡山市
、
和歌山市
、
姫路市
、
津山市
、
倉吉市
、
広島市
、
高知市
、
北九州市
(旧
小倉市
)
「栄町」もしくは「栄」がある都市 -
青森市
、
会津若松市
、
水戸市
、
千葉市
、
佐倉市
、
甲府市
、
金沢市
、
福井市
、
静岡市
、
浜松市
、
名古屋市
、
岐阜市
、
彦根市
、
岡山市
、
浜田市
、
徳島市
、
久留米市
、
佐世保市
「堺筋」がある都市 -
大阪市
、
富田林市
備考
旧
東京市
にも日本橋堺町、京橋栄町、神田栄町があったが、町名変更により消滅した。
京都市
にある
堺町通
は、「町の境」を意味するという説が有力である。
酒田市
は江戸時代、「東の堺」と呼ばれ、堺を模して町が作られた。町は三十六人衆という自治組織により運営されていたが、これも堺の
会合衆
の影響といわれる。
橿原市
の
今井町
は江戸時代、「陸の堺」と呼ばれ、商業都市として栄えた。堺同様、町を囲うように環濠が掘られている。
大仙陵古墳の世界遺産登録に向けて
大仙陵古墳
(仁徳天皇陵)は世界三大陵墓の一つで、日本最初の
世界遺産
の
法隆寺
や
姫路城
に匹敵する文化遺産とする意見もあるが、
宮内庁
の管轄であり、
皇室財産
であるために世界遺産登録の条件である国指定
史跡
であることを満たす事が出来ず、
暫定リスト
に登録されることもできずにいる。現在、政令指定都市・中世の自由都市である堺のアピールのために国と連携して世界遺産への登録を目指している。
また、天皇陵の発掘調査を求めてきた歴史・考古学界には、大仙陵古墳が世界遺産登録条件を満たすために文化庁管轄の国指定文化財になることが、発掘調査の解禁につながるとして期待する声がある。ただ、近年は
ユネスコ
が世界遺産の新規指定を抑制する傾向にあり、
平泉-浄土思想を基調とする文化的景観
が登録延期になるなど、日本の世界遺産候補には逆風も吹いている。また、大仙陵古墳は江戸時代末期から明治初期にかけて、他の天皇陵指定古墳と同様に大規模な改修を受けており、現状の大仙陵古墳に世界遺産としての価値があるのかという意見もある。
市町村合併・政令指定都市への移行
2005年
2月1日
に東隣の美原町を編入
合併
した。この編入合併によって
政令指定都市
の実質上の要件である80万人を超えたため、
2006年
4月1日
に政令指定都市へ移行した。周辺地域も含めた堺都市圏の人口は132万人に及ぶ。
なお、隣接する高石市や大阪狭山市とも合併を予定していたが、
2003年
に高石市で合併の是非を問う
住民投票
が行われ、反対多数により堺市との合併問題研究協議会は解散。大阪狭山市では合併協議会設置が議会で否決された。合併はならなかったが、旧和泉国
大鳥郡
のうち唯一堺市域でない高石市とは市外局番が同じ(072局・堺
MA
)であり、現在消防事業は
10月1日
より(
堺市消防局
)となり高石市は堺市消防局に委託している。また、大阪狭山市内には堺市の
飛び地
が存在する。
複数の政令指定都市が存在する都道府県は、これまでにも
神奈川県
(
横浜市
、
川崎市
)、
福岡県
(
福岡市
、
北九州市
)の2つだけしかなく、堺市の政令指定都市移行により、全国3府県目の事例となる。2007年4月に
浜松市
が政令指定都市に移行したため、現在は
静岡県
(
静岡市
、浜松市)を含めて4府県となった。
今後は、政令指定都市・自由都市である堺をさらにアピールしていくために、
仁徳天皇陵
の
世界遺産
への登録を実現する動きが課題となっている。
政令指定都市への道のり
1956年
政令指定都市
制度が施行。
1961年
河盛安之介市長が、
臨海工業地帯
の造成と泉北丘陵の開発を柱とする「100万都市構想」を発表(事実上の政令指定都市昇格目標宣言)。
1963年
人口が40万人を超える。
1966年
和泉市
の横田礒治市長が、5市合併で政令指定都市になった北九州市を手本にした「泉北合併都市構想」を発表。堺市・
泉大津市
・和泉市と
高石町
(当時)・
忠岡町
の3市2町の大合併で政令指定都市移行を目指す。
大阪府
も合併を勧告。
1966年 河盛市長が合併構想を受け、泉北3市2町に加え
松原市
・
羽曳野市
・
富田林市
・
河内長野市
・
美陵町
(当時)・
狭山町
(同)・
美原町
(同)を含めた「広域都市構想」を発表。
1966年 堺市・泉大津市・和泉市の3市議会が合併案を議決。3市による合併協議会が設立(高石町は単独市制施行の道を選び、忠岡町は合併の利点がないとして加わらず)され、3市長も合併協定書に調印。
1966年 泉大津市の久保泰雅市長(
社会党
)と市議6人が合併汚職で摘発。
1967年
泉大津市の久保市長が辞任。その後行われた市長選で、合併反対派の茶谷徳松が当選。
1967年 泉大津市・和泉市で合併反対運動が激化。大阪府が合併不認可を表明し、3市合併は白紙に。
1967年 人口が50万人を超える。
1971年
河盛市長が引退。
民社党
などが推した
土師半六
が市長に当選。
1972年
人口が60万人を超える。
1972年 土師市長、浪速医科大学(仮称、不認可)誘致にからんだ汚職事件で辞職。出直し選挙で我堂武夫が市長に当選。
1974年
人口が70万人を超える。
1976年
堺市が庁舎問題等審議会を設置。
1976年 我堂市長が政令指定都市昇格を正式に表明。
1983年
人口が80万人を超える。
1983年 堺市が指定都市準備室を設置。
1983年 堺市議会が指定都市問題対策特別委員会を設置。
1983年
仙台市
・
千葉市
・堺市の3市で「事務連絡協議会」設立。3市揃っての政令指定都市移行を目指す。
1984年
田中和夫が市長に当選。
1986年
人口が81万9千人となり過去最高を記録。以後減少に転じる。
1989年
田中市長が急死。幡谷豪男が市長に当選。
1991年
行政区設置を見据え、市内を6地区に分割した支所制度を導入。支所区域名称選定委員会が「東・西・南・北・堺・中」を選定。
1991年 堺市役所高層館が完成。
1992年
中支所が開所(東百舌鳥・深井・八田荘・泉ヶ丘出張所廃止)。
1993年
堺
商工会議所
が堺市指定都市問題懇話会設立。
1993年 堺市が東京事務所を開設。
1994年
堺市が指定都市対策室を設置。
1995年
南支所が開所(泉北ニュータウン東・同中・同西出張所廃止)。
1995年 堺市・美原町広域行政課題連絡協議会設置。
1996年
中核市
制度施行。中核市へ移行した12市(
宇都宮市
、
新潟市
、
富山市
、
金沢市
、
岐阜市
、
静岡市
、
浜松市
、堺市、
姫路市
、
岡山市
、
熊本市
、
鹿児島市
)のうち、堺市は最大の人口を擁する都市として、「第1回中核市サミット」の開催地に選ばれる。
1996年 堺市指定都市問題懇話会が改組され、堺市指定都市推進協議会を設立。
1996年 西支所が開所(津久野・鳳・浜寺・福泉出張所廃止)。
1997年
人口が80万人を割る。
1997年 東支所が開所(日置荘・南八下・登美丘出張所廃止)。
2000年
北支所が開所(五箇荘・金岡・新金岡・百舌鳥・北八下出張所廃止)。
2000年 堺市役所旧本館に堺支所が開設され(神石出張所廃止)、6支所体制が完成する。
2001年
国の「合併支援プラン」で「2005年3月までに大規模な合併が行われた場合には、政令指定都市の弾力的な指定を検討する」と緩和の方向が打ち出される。
2001年
木原敬介
が市長に当選。
2002年
堺市・高石市合併問題研究協議会を設置。
2003年
高石市、大阪狭山市、美原町に合併を申し入れ。
2003年 堺市・美原町合併協議会を設置。
2003年 高石市長選で合併反対派の阪口伸六が当選。堺市・高石市合併問題研究協議会が解散。
2003年 大阪府と堺市が「政令指定都市移行連絡準備会議」を設置。
2004年
堺市役所新庁舎(本館)が完成。堺支所が移転する。
2004年 大阪府と堺市が「政令指定都市移行連絡会議」を設置。
2005年
2月 美原町を編入合併(美原支所設置)。人口が80万人を超える。
2005年3月 堺市議会が「堺市の政令指定都市の実現に関する意見書」を可決。
2005年5月 大阪府と「事務移譲等に関する確認書」を締結。
2005年5月 大阪府議会が「堺市の政令指定都市の指定に関する意見書」を可決。
2005年10月 政令指定都市移行が閣議決定。
2005年12月 区名が正式決定。
2006年
4月 政令指定都市移行・区制(
堺区
・
中区
・
東区
・
西区
・
南区
・
北区
・
美原区
)施行(合併に伴う政令指定都市移行には通常、合併から2年前後かかるが、堺市の場合は、合併以前から支所制度など、ある程度の準備ができていたこともあり、合併から1年2か月で政令指定都市移行となった)。
行政
市長
木原敬介(きはら・けいすけ)----任期:2005年10月8日~2009年10月7日
歴代市長
任命市長
一樋作兵衛(1889年4月~1893年8月)
北田豊三郎(1893年10月~1896年2月)
大西五一郎(1896年2月~1905年10月)
宮本通義(1906年3月~1910年2月)
斉藤研一(1910年11月~1912年12月)
熊野秀之輔(1913年1月~1917年1月)
斉藤研一(1917年6月~1926年11月)
森本仁平(1926年12月~1933年1月)
名誉職市長 - 無給奉仕の市長
河盛安之介(1933年4月~1946年5月)
公選市長
南治好(1946年8月~1947年1月)
山口勝(1947年4月~1951年4月)
大塚正(1951年4月~1955年4月)
河盛安之介(1955年5月~1971年4月)
土師半六
(1971年5月~1972年10月)
我堂武夫(1972年11月~1984年1月)
田中和夫(1984年2月~1989年8月)※在任のまま逝去
幡谷豪男(1989年10月~2001年9月)
木原敬介
(2001年10月~)
名誉市民
河盛安之介(市長)
我堂武夫(市長)
行政区
次の7区が設置されている。詳細は各区の項を参照のこと。
堺区
北区
西区
中区
東区
美原区
南区
市提供の広報番組
堺日和(さかいびより) -
関西テレビ放送
で毎週金曜日の22時52分から22時57分までの5分間に放送される広報番組。堺市内の名所などを巡リ、紹介する番組。不定期だが、俳優やタレントが出演することもある。
ナレーションは
アニメ
声優
の
古谷徹
が担当する。
手話
放送付。
KTV [番組 堺日和]
堺シティレポ -
J:COM
チャンネル(あい・アイ・さかい)で毎日4回(10時15分~10時30分 13時45分~14時00分 22時15分~22時30分 0時15分~0時30分)15分間放送される広報番組。内容は毎週入れ替わる。案内役は堺市在住の浪曲師
春野恵子
。字幕付。
立法
市議会議長
西村昭三(
自由民主党
・市民クラブ)平成19年5月18日より
市議会副議長
松本光治 (
公明党
堺市議会議員団) 平成19年5月18日より
市議会会派
市議会定数 - 52人(法令定数より4人少ない)
各区の定数は、堺区9・中区8・東区5・西区8・南区10・北区9・美原区3。
公明党
堺市議会議員団(13名)
自由民主党・市民クラブ(11名)
民主党
・市民連合(10名)
日本共産党
堺市議会議員団(8名)
クリエイティブ フェニックス(6名)
プロジェクト堺(2名)
会派に属さない議員(2名)
(平成19年5月14日現在)
府議会議員
行政区施行に伴い、大阪府議会の旧堺市選挙区(定数10)は、以下のように分割された。
衆議院議員
堺市は3選挙区に分かれる。
大阪15区
(美原区)
竹本直一
(自由民主党、選挙区)
大阪16区
(堺区・北区・東区)
北側一雄
(公明党、選挙区)
大阪17区
(中区・西区・南区)
岡下信子
(自由民主党、選挙区)
西村眞悟
(無所属、比例区)
産業
主な商業地
堺東駅
高島屋
-
1964年
、大阪市外で最初の
百貨店
として開店。堺東駅ビルの改築工事の一環として入居した。
1984年
に開業20周年を迎え店内を改装。店舗を拡張して「アップル専門店街」を併設した。以後、高島屋とアップル専門店街で「堺タカシマヤショッピングセンター(SC)」を構成する。
2002年
にアップル専門店街を高島屋が統合する形で新たな「高島屋堺店」となり、
ソフマップ
をテナントに入れるも2年で撤退。現在は
ユニクロ
や
ABCマート
などをテナントに入れている。なお地下レストラン街は、現在もアップルの名称やロゴ(upル)をそのまま使用している。
ジョルノ - 戦後の
闇市
を起源とする「堺中央マーケット」の老朽化が進んだため、
1981年
に行政と組合が開発主体となり再開発ビル「ジョルノ」として生まれ変わった。開業以来、核店鋪には
ダイエー
が入居していたが
2001年
に閉店。現在は核テナントとして生鮮館PASTO、キャップ書店、
ダイソー
、
ハローワーク
などが入居している。堺東駅とは
ペデストリアンデッキ
で結ばれている。
堺銀座商店街 - 明治時代に
高野鉄道
が開通した時からある古い
商店街
。戦後、旧市内の商店が空襲に遭い打撃を受けたことや、堺東に市役所など官庁が移転してきたことで、堺の中心商店街としての地位が高まった。
1953年
に
アーケード
(ビニール式)が完成。
1988年
にはモスク型のアーケードに生まれ変わった。ここ数年は、堺市の支所制度導入に伴う堺東の地位低下もあり、かつてのようなにぎわいはない。人気フォークデュオ、
コブクロ
がインディーズ時代に路上ライブを行っていた地でもある。一時、空きビルに
場外馬券場
を誘致しようという動きがあったが、住民の反対運動により計画は潰れた。
宿院駅
:江戸時代から
住吉大社
頓宮と
開口神社
の
門前町
として栄えた。明治時代には劇場街となり、なかでも「卯の日座」は堺最大の劇場として有名だった。
1891年
には
新派
の
川上音二郎
一座が書生芝居の旗揚げ興行を行ったほか、
曾我廼家五郎
も一座を旗揚げ後、「卯の日座」で最初の興行を行った。
アスティ山之口(山之口商店街)
、戦前までは「堺の
心斎橋
」と称され、「電気館」など
映画館
も数多くあり大いににぎわったが、戦後は衰退の一途である。また、
大小路
筋を挟んで北側の通称「天神」は、菅原神社の門前町として
歓楽街
を形成。現在も飲食店が軒を連ねる。
堺駅
:
1985年
に現在地に移転、高架駅となるまでは、現在の南口に駅舎があった。
1986年
に
イトーヨーカドー
が駅前に出店(関西1号店)した。駅ビルに隣接する商業ビルは、入居する核テナントの誘致計画(
西武百貨店
やダイエー系のプランタンなど)がことごとく頓挫し、高架駅にしては不釣合いな駅舎のまま長年放置されていた。結局、
南海電鉄
が
ミドリ電化
や
紀伊國屋書店
(後に
旭屋書店
、現在は
TSUTAYA
)、食品スーパーのエース新鮮館などからなる自前の複合商業施設「PLATPLAT(プラットプラット)」を
2000年
に開業した。
1993年
には西口に
リーガロイヤルホテル
が開業。
大阪市営バス
も乗り入れるようになった。
堺市駅
-
ベルマージュ堺
(
イズミヤ
)、堺市駅商店街
北花田駅
-
イオンモール堺北花田プラウ
(
阪急百貨店
、
ジャスコ
)
新金岡駅
-
しんかなCITY
、エブリー(
SATY
)、
ドン・キホーテ
上野芝駅
-
西友
津久野駅
-
イトーヨーカドー
鳳駅
- おおとりウィングス(ダイエー)、鳳本通商店街、アリオ鳳
深井駅
- 深井プラザ、
グルメシティ
泉ヶ丘駅
-
パンジョ
(泉北
高島屋
)、ショップタウン泉ヶ丘、
ジョイパーク泉ヶ丘
(
トイザらス
、
しまむら
)
栂・美木多駅
-
ダイエー
、
クロスモール
(
イズミヤ
、
TOHOシネマズ泉北
)
光明池駅
-
西友
、サンピア、(ダイエー、
カルフール
、コムボックスの所在地は
和泉市
)
北野田駅
-
ライフ
、ダイエー、ベルヒル北野田(サンプラザ)
中百舌鳥
副都心計画
1982年
に発表された
大阪府
の総合計画で、
豊中市
の
千里中央
、
東大阪市
の
荒本
とともに、堺市の中百舌鳥が「大阪府の新都心」として位置付けられることになった。
1983年
には堺市も総合計画を発表し、中百舌鳥を「堺市の副都心」として位置付けた。
ちょうど中百舌鳥にあった日本ピローブロック製造の本社工場が美原町(当時)に移転することになり、その跡地に大規模商業施設を誘致することも計画に盛り込まれた。
1987年
4月に
地下鉄御堂筋線
が中百舌鳥まで延伸されたことを機に区画整理事業が始まった。
大規模商業施設への出店を募ったところ、
そごう
、
西武百貨店
、
阪急百貨店
などが入札に参加した。設計競技段階では西武が落札したが、駅周辺の土地を先行取得していたそごうが西武への土地提供を拒否。「そごう所有地」の看板を掲げて、西武と縄張り争いのようになった。 一方、堺市はなかなか進まない事業を後押しするため
1991年
、「第三次堺市総合計画」で中百舌鳥を新都心として位置付けるなど事態の収拾に乗り出した。
しかし、
1992年
に西武は「業績悪化」を理由に中百舌鳥進出を断念。事業からの撤退を表明した。
バブル崩壊
により、そごうも
1993年
、中百舌鳥からの撤退を表明。再開発事業は失敗に終わった。 その後、西武とそごうは「
ミレニアムリテイリンググループ
」として経営統合され、現在に至る。堺市にとっては何とも皮肉な結果となった。
そのほか、堺市役所の本庁機能の中百舌鳥移転も計画された。しかし、現在本庁のある堺東駅前の商店会などから、堺東駅前の経済が地盤沈下することを理由に強い反対を受けて頓挫してしまった。 このため近年まで中百舌鳥駅北側は更地が多かったが、
2002年
に駅前にロータリーが完成。 大規模計画はすべて挫折してしまったが、マンションの増加とともに商業施設が増え始めており、商業地としての地位は急速に高まりつつある。
都市再生緊急整備地域
都市再生の拠点として国が定めたもので、都市開発事業などを通じて重点的に市街地整備を推進すべき地域とされている。堺市内では以下の3地域が指定されている。
*堺臨海地域(築港八幡町周辺) -
新日本製鐵堺製鐵所
の
高炉
休止・事業所縮小(1990年)によって生じた遊休地を開発する計画。堺市は「臨海新都心」(愛称・堺浜)と位置づけ、マリーナ、海とのふれあい広場、
干潟
などを整備している。2006年3月21日に「
堺浜シーサイドステージ
」の第1期工事が完成。
シネコン
などを備えた大型複合施設(堺浜えんため館)も4月15日に開業し、さらに2007年7月には大規模岩盤浴施設を持った「堺浜天然温泉 祥福」もオープンした。天然芝のサッカーグランドやクラブハウス、宿泊施設を備えた西日本初のナショナルトレーニングセンター建設も決定した。将来的には
LRT
の乗り入れも検討されており、堺製鐵所の敷地内には「
トランスロール
」堺浜試験線が引かれている。なお、
新日本製鐵
は当初、堺製鐵所の遊休地にアメリカの
ユニバーサルスタジオ
を誘致することでユニバーサル社と話を進めていた。かねてより日本進出を目論んでいたユニバーサル社と
北九州市
の
スペースワールド
を開業したノウハウを持つ新日本製鐵の思惑が合致したためだが、交通の便の悪さを理由に合意が得られなかった。また、
大阪府知事
太田房江
により、最高150億円ものの補助金をつけて堺製鐵所の遊休地に
シャープ
の工場の誘致に成功した。
堺東駅西地域 - 大きく3地区の開発計画がある。(1)裁判所庁舎の建て替え工事など官庁街の整備、(2)銀座商店街南側に市民ホールなどを備えた再開発ビル建設、(3)(西地域ではないが)駅東側の車庫跡に高層マンション建設、である。堺東駅前はジョルノが1981年に開業して以来、市役所を除いてほとんど変化がなく、むしろ寂れる一方で、1990年代にはスーパー(
長崎屋
・
イズミヤ
・
ニチイ
)の撤退が相次いだ。堺市の玄関駅でもあり、最も開発が急がれている地域である。
鳳駅南地域 -
東急車輛
工場跡地に高層マンションが建設されるとともに、シネコンなどが入った大型複合商業施設(
アリオ鳳
)が2008年3月31日開業。鳳駅は一部の特急が停車するほどの
阪和線
でも重要な駅の一つだが、「駅前」と呼べるものがないに等しく、今後は駅前ロータリーの整備も検討されている。
臨海部への新産業誘致
シャープ 液晶パネル新工場
:
シャープ
は
2007年
7月31日
、
堺浜
にある
新日本製鐵
の遊休地(127万平方メートル)に、世界最大の最先端
液晶パネル
工場と
太陽電池
工場を建設すると発表した。同じ敷地内には、関連する
インフラ
施設や部材・装置メーカーの工場を誘致し「21世紀型
コンビナート
」を形成する。現在、シャープの最大工場は
三重県
亀山市
にある
亀山工場
だが、新工場はこの4倍の広さになる予定。全投資額は1兆円を超えると見られる。最先端液晶パネル工場では、畳5畳分にあたる世界最大の第10世代(2,850mm×3,050mm)のマザーガラスを、世界で初めて採用する。この第10世代マザーガラスからは、60型クラスのパネルが6枚、50型クラスは8枚、40型クラスは15枚取れることから、大型テレビ用液晶パネルを効率よく生産することが可能となる。また、併設される太陽電池工場では、薄膜太陽電池の量産を行う。シャープは太陽電池生産量世界NO.1であり、薄膜太陽電池も業界トップクラスの発電効率を実現し、すでに商品化している。新工場で量産する薄膜太陽電池の生産量は、最大限の量産効果が見込まれる年間1,000MW(100万kW)規模を計画しており、世界最大の太陽電池工場となる予定。両工場を含むシャープ最先端新工場は、2007年11月から着工し、
2010年
3月までに稼動を始める予定である。
伝統産業
堺
刃物
(
包丁
など)
:堺の包丁は料理人などが使う業務用包丁のシェアは9割を超えるが、一般用包丁では1割未満である。これは錆びないステンレス製の包丁が広まり、手入れのかかるものは使われなくなったためである。
堺式手織緞通(敷物、日本敷物団地)
堺
線香
:堺の線香の生産量は戦前まで3割以上のシェアを占めており、全国一だった。しかし、戦後は中国などからの安価な輸入品や他業種の新規参入などで徐々に減り、最近ではシェアは12~13%、年間生産量は約1,000トン、年間生産額は約30億円で推移している。事業所数も戦前は市内に60か所以上あったが、今は約15か所となっている。これは家庭などから
仏壇
が消えて消費量が減った事も一因である。
堺五月
鯉幟
堺和ざらし
浴衣
堺
昆布
(酢昆布など)
堺土人形
自転車
家具
・
木材
(大阪木材工場団地)
和菓子
:
阪堺線
の
宿院駅
を中心に
花田口駅
から
御陵前駅
にかけて、肉桂餅・けし餅・大寺餅・天神餅・くるみ餅など
老舗
の和菓子屋が数多く集まっている。
阪堺線
浜寺駅前
には
浜寺公園
の松に由来する明治時代からの銘菓・松露だんごがある。
地酒
:
江戸時代
中期から戦前まで堺市は、
神戸市
・
灘
に次ぐ全国第2位の酒造地だった。主な銘柄には「金露」「都菊」「菊泉」などがあった。なかでも「金露」は江戸時代から続く老舗銘柄で、堺一の名酒と評判が高かった。しかし、戦災で酒蔵が焼けたり、河川の濁りが激しくなったりしたことなどから、「金露」をはじめ堺の酒造会社は戦後、灘へ移転。堺市内の酒造会社はなくなった(ただし、美原区に「梅林」という地酒がある)。なお、「金露」は
1995年
の
阪神・淡路大震災
で機械設備の破損など大きな打撃を受けたため、経営が悪化。
1997年
に廃業している。また
アサヒビール
は、堺の酒造家・鳥井駒吉が
1889年
に設立した大阪麦酒が前身である。
(
鉄砲
)
:
戦国時代
より、
火縄銃
の生産が盛んであった。このとき培われた鉄の筒を作る技術が、自転車のフレーム(車体)作りの技術に応用され、堺の自転車生産の原動力になったとも言われている。
堺市で事業を営む主な企業
堺市に本社を置く主な企業
上場企業
シマノ
-
東証1部
。自転車用駆動・ブレーキ部品の総合メーカー。釣り具も展開。
堺化学工業
- 東証1部。酸化チタンの大手メーカー。製薬会社
カイゲン
の親会社である。
トウペ
- 東証1部。塗料メーカー。
ラウンドワン
- 東証1部。
ボウリング
・
ゲーム
・
カラオケ
の複合店を経営。
コーナン
- 東証1部。日曜大工小売店から出発した関西最大の
ホームセンター
。
くら寿司
- 東証1部。ロードサイド型の
回転寿司
店を展開。社名はくらコーポレーション。
サカイ引越センター
- 東証1部。引越し業界2位。派手なCMで全国展開を図っている。
サト レストランシステムズ
-
大証1部
。
ファミリーレストラン
の「
和食さと
」などを展開。
日本伸銅 - 東証2部。銅、黄銅メーカー。
ニッカトー
- 東証2部。セラミックス加工メーカー。
ダイベア - 大証2部。大手軸受メーカー株式会社
ジェイテクト
のグループ会社。
アサヒ衛陶
- 大証2部。便所や洗面台の関連製品を製造。
加地テック - 大証2部。コンプレッサ・繊維機械・鋳造品の製造。
誠建設工業 - 大証2部。住宅事業(分譲・注文・リフォーム)全般。
浅香工業
- 大証2部。スコップ、園芸用品メーカー。
スーパーツール -
JASDAQ
。工具、クレーンメーカー。
ナビタス
- JASDAQ。工具、スタンプ機械メーカー。
ユークス
- 大証
ヘラクレス
。家庭用ゲームソフトの受託開発メーカー。
新日本プロレス
を傘下に持つ。
その他
タマノイ酢
前田製菓
- 「前田のクラッカー」でお馴染み。
日清シスコ
中野物産
- 「都こんぶ」を製造販売。
はや
- 「民芸肉料理」を看板に和食店やとんかつ店など多角展開。
EH(エクセルヒューマン)
大阪いずみ市民生活協同組合
生活協同組合エスコープ大阪
タケモトピアノ
美津和タイガー
- プロ野球選手用
バット
公認メーカー。「虎印」で知られる。
日本ピローブロック製造
大和川染工所
株式会社ネット -
パチスロ
の製造販売。
南海バス
南海ウィングバス金岡
ミウラ化学装置 - 環境商品の製造。
ロアス
- OA機器の製造販売。
アルゴシステム - コンピュータシステムの開発設計。
パンジョ
- 泉北
髙島屋
をキーテナントとして、123店の専門店を備えたショッピングセンター「パンジョ」を経営する
大阪府都市開発
の
子会社
。
進和建設工業
天牛堺書店
わんだーらんど
-
漫画専門店
の草分け的な存在。
マルエス
井上軸受工業
梅栄堂
- 堺
線香
の
老舗
堺市に拠点・事業所を置く主な企業
堺区
新日本製鐵堺製鐵所
クボタ
堺製造所
クボタ松下電工外装
大浜工場
セントラル硝子
堺工場
高速オフセット
堺工場
コニカミノルタ
堺サイト
富士フイルム
大阪事業所
日本フィルター工業
堺工場
昭和電工
堺事業所 - 昭和電工と合併した2001年まで、
昭和アルミニウム
の本社があった。
大阪製鐵
堺工場
栗本鐵工所
大阪臨海工場
吉川工業
堺支店
東京スポーツ新聞社
大阪支社 -
大阪スポーツ
の編集局が堺に立地する。
福助
- 2003年まで堺に本社があった。現在は事業所と商品センターのみ。
ダイセル化学工業
大阪製造所堺工場(2007年8月まで堺に本社があった)
中区
朝日新聞
堺工場
東区
ナカバヤシ
- 「本社工場」がある。
西区
クボタ堺臨海工場
コスモ石油
堺製油所
ライオン
大阪工場
関西電力
堺港発電所
宇部興産
堺工場
ダイキン工業
堺製作所臨海工場
東燃ゼネラル石油
堺工場
日立造船
堺工場
大阪ガス
泉北製造所
日新製鋼
堺製造所
丸一鋼管
堺工場
横河ブリッジ大阪工場
栗本鐵工所
堺工場
中外炉工業
堺事業所
北区
ダイキン工業
堺製作所
南区
スズケン
堺支店 - 堺市内はもちろん、
和泉市
や
泉大津市
など、堺市近郊の
医療機関
の多くは、ここから
医薬品
などを仕入れていると言われている。
美原区
フルタ製菓
美原工場
漁業
堺出島漁港 - とれとれ市
石津漁港
堺魚市場
農業
鉢ヶ峯健康朝市「コスモス館」
フォレストガーデン
姉妹都市・提携都市
国内
種子島
(
鹿児島県
西之表市
、
熊毛郡
中種子町
、熊毛郡
南種子町
)
1986年
10月18日
友好都市提携
東吉野村
(
奈良県
吉野郡
)
1986年10月18日友好都市提携
このほか
和歌山県
東牟婁郡
本宮町
と
1998年
5月4日
に友好都市提携を結んだが、
2005年
5月1日
に本宮町が
田辺市
と合併したため解消した。
海外
バークレー
(
アメリカ合衆国
カリフォルニア州
)
1967年
11月3日
姉妹都市提携
連雲港
市(
中華人民共和国
江蘇省
)
1983年
12月3日
友好都市提携
ウェリントン
(
ニュージーランド
)
1994年
2月4日
姉妹都市提携
地域
人口
教育
大学
大阪府立大学
(中百舌鳥キャンパス)
:また、
東北大学
の附置研究所である
東北大学金属材料研究所
の附属研究施設大阪センターが、大阪府立大学内に存在する。
帝塚山学院大学
(泉ヶ丘キャンパス)
プール学院大学
羽衣国際大学
太成学院大学
関西大学
:
堺市立商業高等学校
跡地に新キャンパス新設予定
短期大学
プール学院大学短期大学部
堺女子短期大学
大阪健康福祉短期大学
その他
白鷺園
小学校・中学校・高等学校
堺市の小学校・中学校・高等学校の数は、以下の表の通り(2006年度学校基本調査による)。
学校名のリストおよび各学校記事へのリンクは、各区の記事、または
大阪府小学校一覧
、
大阪府中学校一覧
、
大阪府高等学校一覧
を参照。堺市立小中学校の校区一覧は、堺市教育委員会サイト内「
小学校通学区域
」および「
中学校通学区域
」を参照。
堺市立の高等学校は2007年時点では4校設置されているが、2008年度に4校を「
堺市立堺高等学校
」として統合することになった。またこの統廃合とは別に、2000年代前半にも堺市立の高等学校の統廃合で
中等教育学校
を設置する構想があったが、財政難などのためこの計画は撤回された。
特別支援学校
大阪府立堺支援学校
- 堺区東上野芝町1-71
大阪府立泉北高等支援学校
- 南区原山台2丁6番地
堺市立百舌鳥養護学校
- 北区百舌鳥西之町1丁124
堺市立百舌鳥養護学校分校 - 堺区大仙中町11-2
大阪府立堺聴覚支援学校
- 北区百舌鳥陵南町1丁
大阪府立だいせん聴覚高等支援学校
- 堺区大仙町1-1
スポーツ
野球
プロ野球
南海ホークス
:堺市内に居住する選手も複数いた。
中百舌鳥球場
(
南海電鉄
が建設した最初の本拠地):
1939年
~
1942年
。
1950年
、
大阪球場
完成により主に二軍の練習場として使われるようになった。
1987年
には大阪球場を含む難波再開発事業計画に伴いホークス本拠地とする話も持ち上がったが、
1988年
にチームが
福岡市
に移転してからは賃貸グランドとなり、
ボーイズリーグ
「ジュニアホークス」の練習場や少年野球大会の会場などに使われていたが
2001年
に閉鎖。現在、跡地にはマンションが建つ。
西鉄ライオンズ
:石津川の旅館を1軍の近畿での遠征時使用していた。また、2軍の合宿地でもあった。
社会人野球
: (
都市対抗野球大会
出場チーム)
新日鐵堺
(9回出場。
1974年
ベスト4・
1989年
ベスト4。現在は休部中)
NOMO Baseball Club
(
2005年
)
: (
全日本クラブ野球選手権大会
出場チーム)
NOMO Baseball Club
(2回出場。
2005年
優勝)
高校野球
: (甲子園出場校)
大阪府立三国丘高等学校
(
1934年
春・
1984年
春)
大阪府立泉陽高等学校
(
1954年
春ベスト4・1954年夏ベスト8)
初芝高等学校
(
1974年
春)
少年野球
長曽根ストロングス
サッカー
高校サッカー
: (
全国大会
出場校)
大阪府立三国丘高等学校(
1930年
ベスト4、
1951年
準優勝)
初芝高等学校(
1968年
優勝、
1970年
ベスト4)
Jリーグ
サッカースクールを
セレッソ大阪
が2校、
ガンバ大阪
が1校運営している。
バスケットボール
bjリーグ
大阪エヴェッサ
が堺市立金岡体育館で試合を行なっている。
バレーボール
Vリーグ
堺ブレイザーズ
(旧新日本製鐵。
日本バレーボールリーグ
で11回優勝。Vリーグは
1997年
・
1998年
・
2006年
に優勝)
:
八幡製鐵
が堺市に製鐵所を設置したのは
1961年
。
1969年
にはバレーボール部が
北九州市
から堺市に本拠地を移転した。
1970年
、八幡製鐵と
富士製鐵
が合併して社名が新日本製鐵になる。バレーボール部は「燃える鉄人」の愛称を持ち「新日鐵ブレイザーズ」と名乗った。
2001年
からクラブチームとして「堺ブレイザーズ」に改称し、地域密着を図っている。
高校バレー
: (
全国大会
出場校)
愛泉高等学校(現・
堺女子高等学校
、
1984年
3位)
: (
高校総体
出場校)
堺市立商業高等学校
(
1960年
3位)
相撲
大相撲
: 大相撲
春場所
(大阪場所)が
難波
の
大阪府立体育会館
で行われるため、距離的に近い堺市に場所中、以下の部屋が宿舎を構える。
間垣部屋
(師匠は元
横綱
二代目若乃花
) - 堺東の商店街に面して稽古場がある。
尾車部屋
(師匠は元
大関
琴風)
- 堺区三宝町5丁、三宝小学校南側。
宮城野部屋
(
白鵬
が在籍) - 稽古場は宿院頓宮内。
出羽海部屋
- 祥雲寺
桐山部屋
-
天理教
泉大教会(大浜)
井筒部屋
- 以前は、
出雲大社
大阪分祠(初芝)だった。2006年は大阪市西成区内。
甲山部屋
- 東光学園(東百舌鳥)、2002年に弟子が全員引退し、親方は湊部屋所属となった。
立田川部屋
- 東光学園(東百舌鳥)、2000年に陸奥部屋へ吸収合併された(2006年の陸奥部屋の宿舎は大阪市住之江区内)。
千賀ノ浦部屋
- 稽古場は堺区神明町東3丁「真宗寺」の駐車場。
(堺出身力士)
佐田の海鴻嗣
(最高位
小結
)
龍興山一人
(最高位
前頭
)
泉州山喜裕
(最高位
十両
)
学生相撲
: 大浜は
学生(アマチュア)相撲
発祥の地である。
1919年
、旧大浜相撲場で第1回全国学生相撲大会(
毎日新聞社
主催)が開かれた。その後、東京に主会場を変更した時期もあったが、
1974年
から開催地が再び大浜に戻った(当初は大浜体育館の特設土俵)。
1981年
には大相撲と同じ規格の「
大浜公園
相撲場」が完成。現在、全国学生相撲選手権大会は東京の
両国国技館
と隔年ごとに開催されている。
(大浜公園相撲場で開かれる主な大会)
世界相撲選手権大会 2005年、2006年10月に大浜で実施。当面大浜での実施の予定無し。
アジア相撲選手権大会
西日本実業団相撲選手権大会 例年6月最終日曜日に実施。
全国学生相撲選手権大会 大浜で隔年実施(隔年は国技館)。
全日本新相撲選手権大会 女性の相撲の全国大会。国技館では出来ないが、大浜は女性が出場出来る相撲場である
水泳
堺市には
臨海工業地帯
が造成されるまで
海水浴場
が4か所(大浜・湊・諏訪ノ森・浜寺)あった。なかでも浜寺は、海浜リゾート地として全国に名を知られていた。現在でも諏訪ノ森から
浜寺公園
にかけての一帯は、
大仙公園
周辺とともに「風致地区」に指定されている。また
愛知県
碧南市
にはかつて、浜寺の
白砂青松
にあやかった「新浜寺海水浴場」があり、海岸が埋め立てられた今も「浜寺町」の地名が残る。
泉大津市
にも1960年代半ばまで「南浜寺」という地名が存在した(現在の松之浜町)。近くに助松海水浴場があり、「浜寺」ブランドにあやかった
別荘
地として知られた。現在も区画整理された町割に邸宅が点在する。
鳥取県
米子市
の
皆生温泉
も60年代まで「山陰の浜寺」と呼ばれていた。これは米子市が「山陰の大阪」と呼ばれており、大阪に近い海水浴場として「浜寺」がイメージされたもの。
浜寺水練学校
: 浜寺水練学校は
1905年
、
毎日新聞社
が浜寺海水浴場開設と同時に海泳練習場として開校、100年の歴史を誇る。現在は浜寺公園プールを使用。
クロール
や
平泳ぎ
など基本泳法のほか、
日本泳法
の能島流も指導する。また、浜寺は日本の
シンクロナイズドスイミング
発祥の地であり、1950年代からシンクロを指導していた。
スポーツイベント
泉州国際市民マラソン - 2月第3日曜。浜寺公園をスタートに大浜中町折り返し、
りんくうタウン
(
泉佐野市
)ゴールのコース。
読売新聞社
が後援。
堺シティマラソン - 4月29日。大仙公園をスタート・ゴールに、
大仙陵古墳
(仁徳天皇陵)の周回コース。
産経新聞社
主催。
ツアーオブジャパン(
サイクリングロードレース
) - 5月第2日曜。堺ステージ。泉北周回コースを走る。
朝日新聞社
主催。
浜寺レガッタ - 5月。
漕艇
。エイト、フォアなど浜寺運河で行う(主会場となる浜寺漕艇場は
高石市
にある)。
堺市民オリンピック
-
体育の日
(10月第2月曜・祝日)に金岡公園などで行われる。
現在、
大津市
の皇子山陸上競技場をスタート・ゴールに行われている「
びわ湖毎日マラソン
」と、
京都市
の
西京極陸上競技場
をスタート・ゴールに行われている「
全国高等学校駅伝競走大会
」は1960年代まで大阪で開催していた。堺市内もコースに含まれており、浜寺公園や金岡公園を発着点にしていた時期もあった。現在の
国道26号
・
府道堺阪南線
などをコースに使用していたが、交通渋滞などのため、いずれも変更された。
スポーツ施設
野球場
堺浜野球場 -
新日本製鐵堺製鐵所
内。旧新日鐵堺グランド。照明設備もあり、
全日本クラブ野球選手権
の大阪地区予選や
NOMO Baseball Club
による堺ジュニアスポーツ教室などが開催される。
大浜公園野球場 -
大浜公園
内。1938年に南海球団の本拠地となった
堺大浜球場
の流れを汲む。現在は少年野球など
軟式野球
と
ソフトボール
のみ使用。
サッカー場
築港八幡町地区に日本で3番目、
西日本
では初めてとなるサッカーのナショナルトレーニングセンター、
堺臨海部サッカー・ナショナルトレーニングセンター
が
2010年
に完成する予定である。計画では、敷地面積約40ha、
天然芝
と
人工芝
のフィールドが14面、
フットサル
場やクラブハウスも併設される。
陸上競技場
金岡公園陸上競技場 - 金岡公園内。収容人員15,000人。もとは
陸軍
(戦後は
アメリカ軍
)の練兵場であった。1990年に改修工事を行い、メインスタンドを併設した全天候型トラックに生まれ変わった。
日本陸連
の第2種公認競技場として各種競技会で使用されている。現在、大阪府内で第2種陸上競技場として公認を受けているのは、金岡公園陸上競技場のほかは、
枚方市立陸上競技場
と吹田市立総合運動場のみである。
中百舌鳥総合運動場 - 1936年に
南海鉄道
が開設した「中百舌鳥総合運動公園」内にあった。1964年に
長居陸上競技場
ができるまでは、大阪府唯一の第1種公認競技場で、堺市のほか大阪市や泉北地区の各種競技会の会場になった。陸上競技の全国大会が開催されたこともある。長居陸上競技場完成後は整備もされないまま放置され、
1970年
に
住宅公団
に売却された。跡地に建つ中百舌鳥公園団地の「公園」の文字が当時を物語る。
体育館
金岡公園体育館 - 金岡公園内。陸上競技場同様、
1990年
に改修工事を行い、大体育室のほか小体育室・トレーニング室などを併設。
堺ブレイザーズ
のホームタウンマッチ会場で、
プロレス
など各種屋内競技も行われる。
大浜体育館
鴨谷体育館
初芝体育館
家原大池体育館
美原体育館
原池公園体育館
プール
浜寺公園プール
大浜公園プール
金岡公園プール
泉ヶ丘プール
のびやか健康館(温水プールを併設)
ゴルフ場
堺カントリークラブ
泉ヶ丘カントリークラブ
天野山カントリークラブ
その他
堺カートランド
芸術
音楽
オーケストラ
大阪シンフォニカー交響楽団
-
1980年
創立。当初の事務局は
大阪市
住吉区
帝塚山
。2000年に本拠地を堺市へ移転した。大阪府に拠点を置く4大プロオーケストラ(他に
大阪フィルハーモニー交響楽団
、
関西フィルハーモニー管弦楽団
、
大阪センチュリー交響楽団
)の一つである。ただ、堺市にはオーケストラ対応の音楽系ホールがないため、定期演奏会は
ザ・シンフォニーホール
、いずみホール(ともに大阪市)、
河内長野市
のラブリーホールで行っている。そのため堺市では、老朽化した市民会館をオペラや
バレエ
、オーケストラなどの公演が可能な音楽系舞台施設として建て替える計画がある。
堺フィルハーモニー交響楽団 - 1971年に堺市青少年吹奏楽団として発足。定期演奏会は堺市民会館のほか、SAYAKAホール(
大阪狭山市
)で行っている。南大阪最大のアマチュア・オーケストラ。
羽衣管弦楽団 - 浜寺や羽衣(
高石市
)在住の
実業家
によって1915年に創設されたアマチュア楽団。資金難により3年ほどで解散したが、大阪府最古のオーケストラとして記録される。
吹奏楽団
美原ウインドオーケストラ・ステラ - 1996年結成。美原区を拠点に活動中。
堺市音楽団
合唱団
合唱団フェニックス
泉北混声合唱団
堺市少年少女合唱団 - 1968年(昭和43年)発足。
堺リーブズハーモニー - 堺市少年少女合唱団のOBらによる合唱団。
オペラ
堺シティオペラ - 1986年に設立。堺市民会館やウェスティホールなどで行う定期公演のほか、海外の
歌劇場
との提携も積極的に行っている。日本を代表する「市民オペラ」である。
ゴスペル
ゴスペルパーティー - 2000年に堺市が企画した公募事業「100万円でつくる自由空間」で『堺市民100人がゴスペルを歌うイベント』に集まってきた人たちで結成されたゴスペルのサークル。
文芸
与謝野晶子
倶楽部
芸術行事
利休忌(
南宗寺
。毎年
2月
下旬。
千利休
を偲ぶ)
白桜忌(覚応寺。毎年
5月29日
。
与謝野晶子
を偲ぶ)
阪田三吉
名人
杯将棋大会(毎年5月に開催。個人参加の大会では国内最大の参加者を誇る)
堺市美術新人展(6月。堺市立文化館)
堺市展(10月。堺市立文化館)
みはら芸術展(11月。美原中央公民館)
文化施設
図書館
堺市立中央図書館
堺市駅前分館
堺市立中図書館
東百舌鳥分館
堺市立東図書館
初芝分館
堺市立西図書館
堺市立南図書館
栂分館
美木多分館
堺市立北図書館
堺市立美原図書館
堺市立人権ふれあいセンター図書ホール
堺市立点字図書館(総合福祉会館内)
大学図書館
大阪府立大学
学術総合センター図書館 - 大阪府在住・在勤・在学者は利用できる。
博物館
など
堺市博物館
M・Cみはら(堺市立みはら歴史博物館)
堺市立埋蔵文化財センター
堺市立文化館
与謝野晶子
文芸館
アルフォンス・ミュシャ
館
堺市立平和と人権資料館
自転車博物館
堺刃物伝統産業会館(堺HAMONOミュージアム)
大阪府立大型児童館ビッグバン
大阪府立泉北考古資料館
小谷城郷土館
富士フォトギャラリー堺 -
富士フイルム
の展示館
堺市教育文化センター
(愛称:ソフィア・堺)
プラネタリウム
堺ヒストリックカーコレクション - 1920年代後半から80年代前半のドイツの
BMW
を中心に構成されている。現在は
泉佐野市
のりんくう国際物流センターで常設展示しているが、将来的に「ヒストリックカーミュージアム」の建設構想がある。
ホールその他
堺市民会館
栂文化会館
中文化会館(堺市教育文化センター)
西文化会館(ウェスティ)
東文化会館
堺勤労者総合福祉センター(サンスクエア堺)
堺能楽会館
劇場
大衆劇場「和楽」 - 大衆演劇の常打小屋
医療施設
市立堺病院
堺市宿院急病診療センター
堺市泉北急病診療センター
堺市口腔保健センター
大阪労災病院
近畿中央胸部疾患センター(旧国立近畿中央病院)
近畿大学
医学部
堺病院(旧国立泉北病院)
馬場記念病院
福祉施設
せんぼく障害者作業所
国の機関
大阪地方検察庁堺支部
大阪地方裁判所堺支部
大阪家庭裁判所堺支部
堺簡易裁判所
大阪刑務所
アメダス
堺 - 大阪管区
気象台
の堺地域気象観測所。
大阪府立大学
の敷地内にある。
堺公共職業安定所 -
南海高野線
「
堺東
」駅前にある。堺市内の
求人情報
はもちろんのこと、近年は、隣接する
和泉市
にある
工業団地
「
テクノステージ和泉
」の立地企業からの求人情報も多く扱っている。このため、同工業団地で働く事を希望する市民も少なからず存在(特に、
南区
民に多い)する。
交通
鉄道
市内には以下の鉄道路線がある。中心駅は市役所最寄駅である南海高野線の堺東駅。多くが市を南北に縦断する路線で、東西方向の交通はバスに依存している。そのため東西方向を結ぶ鉄軌道の導入が構想されており、それには地下鉄などが検討されていたが、現在は
LRT
(超低床電車による次世代
路面電車
)の導入が検討されている。
南海電気鉄道
南海本線
七道駅
-
堺駅
-
湊駅
-
石津川駅
-
諏訪ノ森駅
-
浜寺公園駅
高野線
浅香山駅
-
堺東駅
-
三国ヶ丘駅
-
百舌鳥八幡駅
-
中百舌鳥駅
-
白鷺駅
-
初芝駅
-
萩原天神駅
-
北野田駅
西日本旅客鉄道
阪和線
浅香駅
-
堺市駅
-
三国ヶ丘駅
-
百舌鳥駅
-
上野芝駅
-
津久野駅
-
鳳駅
大阪府都市開発
泉北高速鉄道線
中百舌鳥駅
-
深井駅
-
泉ヶ丘駅
-
栂・美木多駅
-
光明池駅
大阪市交通局
大阪市営地下鉄御堂筋線
北花田駅
-
新金岡駅
-
なかもず駅
阪堺電気軌道
阪堺線
大和川駅
-
高須神社駅
-
綾ノ町駅
-
神明町駅
-
妙国寺前駅
-
花田口駅
-
大小路駅
-
宿院駅
-
寺地町駅
-
御陵前駅
-
東湊駅
-
石津駅
-
船尾駅
-
浜寺駅前駅
大阪モノレール
の堺への延伸計画
大阪モノレールは
大阪中央環状線
上を通り、
大阪空港
と
堺泉北臨海工業地帯
を結ぶ路線として1970年代後半に計画。1980年に運営母体となる
大阪高速鉄道
が設立された。また、
大阪府
が計画した3大副都心地区「
千里中央
」「
荒本
」「
中百舌鳥
」を繋ぐ目的もあった。当初は大阪空港側と堺側から同時に着工する計画だったが、建設費などの問題から大阪空港側のみの着工となった(堺側は中央分離帯にフェニックスが植えてあるため、着工するには伐採する必要があった)。1990年に
千里中央駅
~
南茨木駅
間が開業し、1997年に
大阪空港駅
から
門真市駅
まで開通しているが、南伸計画は今のところない。堺市の積年の課題である「東西交通の不備」は、このモノレールに期待を寄せていたことも原因のひとつとしてある。
路線バス
市内交通のほとんどは
南海バス
が担っている。南海高野線の
堺東駅
のほか、南海本線の
堺駅
、泉北高速鉄道の
泉ヶ丘駅
などに
ターミナル
を持つ(北区の一部や美原区内の路線は、南海バスの子会社である
南海ウィングバス金岡
が担当している)。また、美原区や東区内には近鉄南大阪線の
河内松原駅
などをターミナルとする
近鉄バス
が運行されている。このほか、かつて
大阪市電
が乗り入れていた関係で、
大阪市営バス
も乗り入れている。堺市には市営バスがないが、南海バスと近鉄バスに業務委託している
コミュニティバス
(
堺市ふれあいバス
・みはらふれあい号)はあり、各区役所や老人福祉センターを拠点に各区域を循環している。 乗降方式は後乗り前降りで、運賃は整理券方式の区間料金制である(堺シャトルバスのみ乗降方式は前乗り後降りで、運賃は均一料金制)。
南海バス
営業所 - 堺(金岡車庫を含む)・東山・泉北・光明池・河内長野
南海ウィングバス金岡
近鉄バス
営業所 -
松原
・
八尾
大阪市交通局
営業所 -
住之江
高速バス
南海バス運行便には「サザンクロス」、和歌山バス運行便には「
サウスウェーブ
」の愛称が付く
南海バス単独運行(2008年6月29日までは
西日本ジェイアールバス
・
ジェイアールバス関東
運行便もあった)
出発 -
南海本線
堺駅
・
南海高野線
堺東駅
・
阪和線
堺市駅
到着 - 東京(
東京駅
・
新宿駅
)
南海バス単独運行
出発 - 南海本線堺駅・南海高野線堺東駅・阪和線堺市駅
到着 - 東京(
立川駅
)
南海バス(
江ノ電バス藤沢
と共同運行)
出発 - 南海本線堺駅・南海高野線堺東駅・阪和線堺市駅
到着 - 神奈川(
藤沢駅
・
鎌倉駅
・
大船駅
・
戸塚駅
)
南海バス(
西肥バス
と共同運行)
出発 - 南海本線堺駅・南海高野線堺東駅
到着 - 長崎(
佐世保駅
・
ハウステンボス
)
南海バス(
越後交通
と共同運行)
出発 - 南海本線堺駅・南海高野線堺東駅・阪和線堺市駅
到着 - 新潟(
柏崎駅
・
長岡駅
)
和歌山バス
(
京成バス
と共同運行)
出発 - 泉北高速鉄道線泉ヶ丘駅・南海高野線堺東駅・南海本線堺駅
到着 - 神奈川(
横浜駅
:
YCAT
)・東京(
東京テレポート駅
:
お台場
)・千葉(
東京ディズニーシー
・
東京ディズニーランド
・
西船橋駅
・
海浜幕張駅
)
エアポート・リムジンバス
南海バス -
Sorae
出発 - 泉北高速鉄道線泉ヶ丘駅・栂・美木多駅・光明池駅
到着 -
関西国際空港
深夜急行バス
南海バス -
南海深夜急行バス
出発 -
梅田
・
なんば
到着 - 南海高野線堺東駅・
三国ヶ丘駅
・
中百舌鳥駅
・
泉北高速鉄道線
深井駅
・
泉ヶ丘駅
・
栂・美木多駅
・
光明池駅
自動車
2006年
10月10日
より、自動車登録番号標・車両番号標(
ナンバープレート
)の地名表示が
和泉
から
堺
へ変更された。いわゆる
ご当地ナンバー
を、2005年7月に
国土交通省
が新たに認定したため。10月10日以降に和泉自動車検査登録事務所(
和泉市
)で新車購入時の新規登録をするか、他地域からの編入や名義変更などの際に取得できる。
道路
高速道路
高速自動車国道
阪和自動車道
美原北IC
-
美原JCT
-
美原南IC
-
堺本線TB
-
堺JCT
-
堺IC
阪神高速道路
阪神高速道路4号湾岸線
阪神高速道路15号堺線
阪神高速道路6号大和川線
(計画線)
一般有料道路
堺泉北有料道路
南阪奈道路
美原JCT
-
美原IC
/
たじはや本線TB
-
美原東IC
一般道路
従来、堺市内を走る
一般国道
(
国道26号
を除く)および
府道
は、
大阪府
の
組織
である
大阪府鳳土木事務所
(
美原区
のみ大阪府富田林土木事務所)が維持・管理していたのだが、
政令指定都市
への移行に伴い、堺市が
大阪府
の管轄から外れたため、堺市の予算で維持・管理しなければならなくなった。
関連情報
一般国道
国道26号
(この
一般国道
については、堺市の一般道路で唯一
国土交通省
近畿地方整備局 大阪国道事務所
が維持・管理している)
国道309号
国道310号
(サントー線)
主要府道
大阪府道2号大阪中央環状線
大阪府道12号堺大和高田線
(長尾街道)
大阪府道26号大阪狭山線
大阪府道28号大阪高石線
(ときはま線)
大阪府道29号大阪臨海線
大阪府道30号大阪和泉泉南線
大阪府道31号堺羽曳野線
(
竹内街道
)
大阪府道32号美原太子線
大阪府道34号堺狭山線
大阪府道35号堺富田林線
大阪府道36号泉大津美原線
大阪府道38号富田林泉大津線
大阪府道61号堺かつらぎ線
一般府道
大阪府道187号大堀堺線
大阪府道190号西藤井寺線
大阪府道192号我堂金岡線
大阪府道195号堺港線
大阪府道197号深井畑山宿院線
大阪府道198号河内長野美原線
大阪府道199号西鳳東線
大阪府道204号堺阪南線
大阪府道205号石津川停車場線
大阪府道206号石津川停車場石津線
大阪府道208号堺泉北環状線
大阪府道210号平尾鳳停車場線
大阪府道215号別所草部線
大阪府道216号和田福泉線
道路の愛称
堺市内の道路には以下のような愛称が付けられている。
大道筋
(
大阪府道197号深井畑山宿院線
、綾ノ町駅から御陵前駅)
大小路筋
(堺東駅から堺駅)
フェニックス通り
(
国道26号
・住吉橋町から安井町)
けやき通り(三国ヶ丘から田出井町)
海岸通り(
国道26号
・
大阪府道204号堺阪南線
、大和川大橋から浜寺公園)
御陵通り(
大阪府道197号深井畑山宿院線
、出島から百舌鳥駅)
堺中央線(
大阪府道30号大阪和泉泉南線
、遠里小野橋から鳳)
堺大和路線(
大阪府道12号堺大和高田線
、古川橋から南花田町)
ときはま線(
大阪府道28号大阪高石線
、吾彦大橋から浜寺公園)
泉北1号線
(
大阪府道34号堺狭山線
、
大阪府道38号富田林泉大津線
、浜寺石津町西から和泉市室堂町)
泉北2号線
(
大阪府道61号堺かつらぎ線
、津久野駅から庭代台)
船舶
堺泉北港
(
特定重要港湾
)
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
2007年(平成19年)より「堺文化財特別公開」としてを開催し、下記の一部神社仏閣やそれらが所蔵する重要文化財、普段は非公開の場所を期間限定で公開している。
公園・緑地
堺区
大仙公園
-
大仙陵古墳
南側一帯。
堺市博物館
、
自転車博物館
、堺市立中央図書館、
茶室
、平和塔がある。日本の都市公園100選。
大浜公園
- 砲台(
台場
)跡と猿山、
蘇鉄山
、相撲場、
体育館
、
野球場
がある。
蘇鉄山
- 大浜公園内にある日本で一番低い
一等三角点
のある山。
南海本線
堺駅
西側の神明神社で登山認定書を発行。
明治天皇
の
巡幸
記念碑がある。
土居川公園
ザビエル公園
みなと堺グリーンひろば
海とのふれあい広場
中区
原池公園
東区
白鷺公園
西区
大阪府営
浜寺公園
- 日本の名松100選に選ばれた松林と
バラ
庭園がある。
南区
光明池緑地
堺・緑のミュージアム ハーベストの丘
荒山公園
大蓮公園
西原公園
観光農園・南楽園
北区
大阪府営
大泉緑地
金岡公園 - 体育館、
陸上競技場
、テニスコート、
プール
などの運動施設がある。
美原区
舟渡池公園
道・旧街道
フェニックス通り
-
日本の道100選
大阪のみち99選
大道筋、
大小路
筋、フェニックス通り、けやき通り、
泉北1号線
、さつき野住宅街道路
竹内街道
- 日本最古の官道
長尾街道
熊野街道
(小栗街道)
紀州街道
上神谷街道(妙見道)
美木多街道
父鬼街道
和泉街道(伊勢道)
西高野街道
中高野街道
下高野街道
富田林街道
歴史的建造物
堺区
旧堺燈台
- 国指定
史跡
大阪刑務所
- 西日本最大の
刑務所
施設
旧天王貯水池 - 国
登録有形文化財
黄梅庵・伸庵(大仙公園内の
茶室
) - 国登録有形文化財
鉄砲鍛冶
屋敷
中区
土塔 - 国指定史跡
西区
浜寺公園駅
・
諏訪ノ森駅
- 国登録有形文化財、
近畿の駅百選
近江岸家住宅 - 国登録有形文化財、
ヴォーリズ
の設計
和泉式部
の居宅跡「和泉式部宮」
神社・仏閣
堺区
菅原神社
(すがはらじんじゃ)- 堺北の庄の総氏神として親しまれている。
堺天神
方違神社
(ほうちがいじんじゃ) - 方災除けの神として知られる。
開口神社
(あぐちじんじゃ) - 地元では“大寺さん”と呼ばれる堺南の庄の総氏神。
石津神社
(いしづじんじゃ)
境王子
(さかいおうじ)
薬祖神社
(やくそじんじゃ)
妙国寺
-
織田信長
と蘇鉄の伝承が有名。蘇鉄は国の
天然記念物
に指定。
南宗寺
- 甘露門は国の
重要文化財
。枯山水は国指定
名勝
。
千利休
一門の供養塔と
徳川家康
の墓がある。
和泉西国三十三箇所
客番。
大安寺
- 本堂は国の重要文化財。
顕本寺
-
戦国時代
末期に「
堺幕府
」が置かれた。
少林寺
-
狂言
「釣狐」にゆかりのある寺。
西本願寺堺別院 - 北の御坊。堺市最大の木造建築寺院。
堺県
庁が置かれていた。
東本願寺難波別院堺支院 - 堺南御坊。元は堺別院であった。
中区
蜂田神社 - 土鈴神事で有名。
陶荒田神社
(すえあらたじんじゃ)
野々宮神社-毎年10月の
深井だんじり祭り
が有名。
東区
萩原天神
(はぎはらてんじん)
出雲大社
(いずもたいしゃ)
西区
大鳥大社
(おおとりたいしゃ)-
和泉国
一宮。
石津神社
石津太神社
(いわつたじんじゃ)
日部神社
(くさべじんじゃ)
家原寺
-
行基
の生家跡、
仏塔古寺十八尊
第1番。
南区
多治速比売神社
(たじはやひめじんじゃ) - 荒山公園の梅と桜が有名。本殿は、国の重要文化財。
桜井神社
(さくらいじんじゃ)- 割拝殿は
国宝
に指定。こおどりは、国指定無形文化財。
美多弥神社
(みたみじんじゃ) - シリブカガシの森が有名。
感応寺
- 上神谷妙見。
妙見山
(
能勢町
)、
星田妙見宮
(
交野市
)とともに「大阪三大妙見」と称される。
法道寺
- 多宝塔、食堂、十六羅漢像等が、国の重要文化財。
北区
百舌鳥八幡宮
(もずはちまん)- 毎年9月の月見祭り(
ふとん太鼓
)が有名。
金岡神社
(かなおかじんじゃ)
美原区
菅生神社
(すごうじんじゃ)
古墳
百舌鳥古墳群
-
遊歩百選
大仙陵古墳
(伝
仁徳天皇
陵) -
人と自然が織りなす日本の風景百選
上石津ミサンザイ古墳
(伝
履中天皇
陵)
田出井山古墳
(伝
反正天皇
陵)
土師ニサンザイ古墳
御廟山古墳
いたすけ古墳
黒姫山古墳
城
浅香城
余部城
家原城
小寺城
海船館
上城
北村砦
国見山城
小谷城
(東山城、西山城)
堺城
城岸寺城
関宿藩
陣屋
大保塁
踞尾城
陶器城
陶器藩
陣屋
徳和泉寺城
西村砦
東村砦
平尾城
深井城
船堂城
和田城
渡辺藩
陣屋
堺市内の銅像
日本武尊
- 大鳥大社境内
行基
- 家原寺境内
呂宋助左衛門
- 堺市民会館前
千利休
- 堺市博物館前
武野紹鴎
- 堺市博物館前
河口慧海
- 七道駅前
与謝野晶子
- 堺駅西口
祭事・行事
ふとん太鼓
--9月~10月
堺区
開口神社
菅原神社
方違神社
船待神社
石津神社
西区
石津太神社
北区
百舌鳥八幡宮
金岡神社
堺
だんじり祭り
--10月
堺区
旭だんじり祭り(石津神社)
中区
深井だんじり祭り
(野々宮神社)
八田荘だんじり祭り(蜂田神社)
久世だんじり祭り(野々宮神社・多治速比売神社)
陶器だんじり祭り(陶荒田神社)
東区
日置荘だんじり祭り(萩原天神社)
登美丘だんじり祭り(萩原天神社・菅生神社)
西区
鳳だんじり祭り
(美波比神社)
津久野だんじり祭り(踞尾八幡神社)
草部だんじり祭り(日部神社)
菱木だんじり祭り(菱木神社・多治速比売神社)
南区
美福だんじり祭り(美多弥神社・多治速比売神社)
上神谷だんじり祭り(桜井神社)
美原区
美原だんじり祭り(菅生神社)
その他の祭
堺刃物まつり--2月上旬、じばしん南大阪
ツツジ
の通り抜け--4月下旬~5月上旬、浅香山浄水場
アジサイ
の通り抜け--5月下旬~6月上旬、三宝下水処理場
菖蒲祭--6月下旬、大鳥大社
堺大魚夜市
--7月31日、大浜公園
住吉祭--8月1日、大鳥井瀬神社(住吉大社宿院頓宮)
こおどり--10月第1日曜、桜井神社
堺まつり
--10月第3日曜とその前日、
大小路
筋、堺市民会館ほか
大茶会--同日、大仙公園
堺市農業祭--11月23日、大仙公園
やっさいほっさい(火祭り)--12月14日、石津太神社
報道機関・出版・放送局
新聞社
朝日新聞
堺支局
産経新聞
堺支局
毎日新聞
堺支局
読売新聞
堺支局
日本経済新聞
堺支局
大阪スポーツ
(
東京スポーツ
関西支社)
ふるさと新聞(新金岡団地周辺の
ミニコミ紙
)
泉北コミュニティ(
泉北ニュータウン
のミニコミ紙)
ホームタウン(泉北ニュータウンのミニコミ紙)
泉北光明池タウンニュース(泉北ニュータウン光明池地区のミニコミ紙)
サンケイリビング堺・和泉版
ぱど
南大阪版(編集・発行はニワダニネットワークシステム)
出版社
堺泉州出版会(『堺泉州』『堺人』を発行)
関西鉄道研究会(『関西の鉄道』を発行)
はとぶえ会(『はとぶえ』を発行。堺市内の小学生の
詩
、
作文
、
習字
などを掲載している)
曙出版 - 東湊にあった
カストリ雑誌
専門出版社。伝説の雑誌『奇譚クラブ』の最初の発行元である。
書店
天牛堺書店 - 大阪の
道頓堀
や
アメリカ村
にあった名物
古書店
「天牛書店」(現在は
吹田市
に移転)の姉妹店(資本関係はない)で、堺市を中心に店舗を展開。
新刊
と
古本
を一緒に並べて販売する独特の様式で、これは全店共通である。
文学賞
堺自由都市文学賞 - 市制100周年を記念して
1989年
に制定。主題は「都市小説」である。選考委員は
田辺聖子
、
藤本義一
、
眉村卓
、
難波利三
。受賞作品は
読売新聞
(大阪版)に掲載される。
与謝野晶子短歌文学賞 -
産経新聞
と堺歌人クラブ主催。「一般の部」と「青春の歌の部」がある。
ケーブルテレビ局
ジェイコムウエスト
堺局(旧堺ケーブルテレビ)
ラジオ送信所
NHK大阪
美原放送所(
ラジオ第1放送
。
ラジオ第2
放送所は
羽曳野市
にある)
ラジオ大阪
送信所
地域型JPドメイン名
堺市は、政令指定都市なので、
地域型JPドメイン名
は city.sakai.jp が割り当られるはずであるが、政令指定都市移行の前に既に sakai.jp が汎用JPドメイン名として堺市以外の一般事業者に取得されていたため、堺市が利用すことが出来ず、現在でも city.sakai.osaka.jp が使用されている。 このようなケースは
2007年
4月
に政令指定都市に移行した
浜松市
でも発生している。これは、汎用JPドメイン名の例外として「都道府県名.jp」「中核都市名.jp」は保護したが、「その他の市名.jp」を保護しなかったことが主な原因である。また、県庁所在地の市であっても中核都市でない市名は汎用JPドメイン名として放出してしまった(ex.
盛岡市
)。
堺市を舞台とする作品
テレビドラマ
『
黄金の日日
』(
城山三郎
)
:
1978年
に放送された16作目の
NHK
大河ドラマ
。城山三郎の原作を
市川森一
が脚本化。主役の
呂宋助左衛門
は
市川染五郎
(現・
松本幸四郎
)が演じた。大河ドラマで初めて町民が主役になった作品で、
戦国時代
の堺を舞台に
貿易
商人
の活躍を描いた。
:堺市にはこの作品の放映直後から、呂宋助左衛門ゆかりの
南宗寺
や
大安寺
を中心に観光客が押し寄せた。堺市は
空襲
で大きな被害を受けたため、戦後の旧市内は昔の面影をほとんど残しておらず、古い歴史を持ちながらも「観光地」という自覚は官民ともに希薄であった。放映より5年前の
1973年
に『
街道をゆく
』の取材で堺を訪れた
司馬遼太郎
も、「現在の堺を見ても中世に輝きを放った自由都市を思い描くことができない」と記している。
:このため、堺市は急遽、「黄金の日日・観光ルート」という案内板を旧市内の数か所に建て、観光客向けに対応したが、堺の「
観光
」は「○○跡」などの石碑巡りが中心のため、繰り返し訪れるほどの魅力はないに等しかった。実際、ドラマの放映が終了すると堺を訪れる観光客は激減した。堺市が「観光」を全面に押し出したのはこの頃からで、先の案内板に代わる「てくてくろーど」という観光ルートを作成したり、「おいでよ堺へ」キャンペーンを実施したりするなど、観光客の誘致を図っている。近年、「堺市ウォーカー」、「堺のおいしい店」、「にっぽんの旅 堺」などさまざまな書籍が発売されている。昨年秋実施された「堺文化財特別公開」では『黄金の日日』の舞台となった
南宗寺
、
大安寺
などが公開され、10日間で約3万人の来場者が訪れた。また、堺に支店を置く旅行会社による堺ツアーや全国からのツアーが数多く実施され、現在『黄金の日日』放映時に勝る盛り上がりを見せつつある。
『
水戸黄門
』
:
TBS
系にて
1969年
の放映開始以来、水戸黄門が堺を訪れた回数は7回(番組としては8回登場。第37部終了まで)。
小説
『秀吉と利休』(
野上弥生子
)
『本覚坊遺文』(
井上靖
)
『堺事件』(
森鴎外
)
『堺港攘夷始末』(
大岡昇平
)
『
行人
』(
夏目漱石
)
:『三人は浜寺で降りた。この地方の様子を知らない自分は、大きな松と砂の間を歩いてさすがに好い所だと思った。しかし岡田はここでは「どうです」を繰返さなかった。お兼さんも洋傘を開いたままさっさと行った。「もう来ているだろうか」「そうね。ことに因るともう来て待っていらっしゃるかも知れないわ」。自分は二人の後に跟いて、こんな会話を聴きながら、すばらしく大きな料理屋の玄関の前に立った。自分は何よりもまずその大きいのに驚かされたが、上って案内をされた時、さらにその道中の長いのに吃驚した。三人は段々を下りて細い廊下を通った。』
『卍』(
谷崎潤一郎
)
:
同性愛
を題材に、「美」に盲目的に崇拝して、その「美」に翻弄され、虐げられていく人々を描いた作品。作品の主な舞台は谷崎文学の「西の拠点」ともいうべき
芦屋
・岡本(
神戸市
)周辺と
大阪
だが、最後の場面に浜寺海水浴場が登場する。作品が発表された
1928年
は、
阪神間モダニズム
が花開いた時期と重なるが、作品に浜寺が登場するのは、阪神間に次ぐ関西
モダニズム
の一翼を担っていた点を意識したのではないかと考えられる。
『雪たたき』(
幸田露伴
)
『
日本永代蔵
』(
井原西鶴
)
:「比津(堺)は長者のかくれ里、根の知れぬ大金持ちその数知らず、(中略)堺は始末で立つ、大坂はばっとして世を送り(以下略)」(堺には大金持ちはたくさんいるが、積極的な商売をせず、倹約家が多い。大坂は派手に世を送る人(=金遣いが豪快)が多い)。江戸時代の堺と大坂の力関係や住民気質を表している。
落語
『さかい夢』
『堺飛脚』
『妙国寺の蘇鉄』
『高野駕籠』
『戒名書き』
唱歌
『
鉄道唱歌
第五集 関西・参宮・南海篇』(1900年11月)
59.かけじや袖とよみおきし その名高師が浜の波 よする
浜寺
あとに見て ゆけば
湊
は早前に
60.
堺
の浜の風景に 旅の心もうばわれて 汽車のいづるも忘れたり 霞むはそれか
淡路島
61.段通刃物の名産に 心のこして叉も来ん 沖に鯛つる花の春 磯に舟こぐ月の秋
62.蘇鉄に名ある古寺の 話ききつつ
大和川
渡ればあれに
住吉
の 松も灯籠も近づきぬ
コミック・テレビアニメ
ラブ★コン
(2007年)
ストーリーでは触れられていないが、背景にプラットプラットや大小路筋のバス停などが登場し、堺市が舞台となっていることがわかる。
堺市に関連する有名人
堺市出身者
相賀真理子
(フリー
アナウンサー
、中学まで堺に住んでいた)
明石和田之助(
享保
年間の京阪の大相撲力士)
浅野ちひろ(
モデル
、
タレント
)
荒虎金四郎(
享保
年間の京阪の大相撲力士)
安西冬衛
(
詩人
)
李英和
(
北朝鮮
研究者、民主化運動家)
井岡弘樹
(元プロ
ボクシング
世界チャンピオン)
池田幾三
(放送作家)
稲本潤一
(
アイントラハト・フランクフルト
(
ドイツ・ブンデスリーガ
)選手、生まれは
鹿児島県
)
今岡信治
(
映画監督
)
今川玉右衛門(
享保
年間の京阪の大相撲力士)
宇高香里
(歌手、たこやきのうたの
ヴォーカル
)
大口真洋
(
オーエスジーフェニックス東三河
選手)
大崎悟史
(
マラソン
選手、
北京オリンピック
日本代表
選手)
大島佐太郎(
大坂相撲
、関西角力協会の力士)
太田和利
(
富山グラウジーズ
選手)
大西宏明
(
横浜ベイスターズ
選手、生まれは
兵庫県
)
岡本英也
(
ガンバ大阪
選手)
岡本竜汰
(
俳優
)
岡山一成
(
ベガルタ仙台
選手)
オレスカバンド
(女子高生6人組のスカバンド)
角田信朗
(
正道会館
師範・
空手家
・総合格闘技「
K-1
」競技統括)
片岡愛之助 (6代目)
(
歌舞伎役者
)
桂歌蔵
(
落語家
)
桂吉朝
(
落語家
)
桂三枝
(落語家)
かでなれおん
(グラビアアイドル)
河井醉茗
(詩人)
河口慧海
(
僧侶
探検家
、1900年日本人にして初の
チベット
入りを果たす)
河内洋
(元
騎手
、
調教師
)
河盛好蔵
(
フランス文学者
)
貫抜和田之助(
享保
年間の京阪の大相撲力士)
北側一雄
(
政治家
、生まれは
大阪市
)
木戸克彦
(
野球解説者
、元
阪神タイガース
二軍監督)
行基
(
奈良時代
の僧侶)
旭堂南陵
(
講談師
、元
参議院議員
)
国木剛太
(元
広島東洋カープ
選手)
久野収
(
哲学者
、
市民運動家
)
倉橋仙太郎(
劇作家
、
大河内傳次郎
と
上田吉二郎
を育てる)
黒田俊介
(
フォーク
デュオ
、
コブクロ
)
黒田慶太郎
黒谷友香
(
女優
)
光明皇后
(
南区
と
和泉市
に跨る
光明池
が生誕の地という伝説)
小西祥子(
競歩
選手、
北京オリンピック
日本代表
選手)
小西行長
(
安土桃山時代
の
大名
)
小林寬美(
シンクロナイズドスイミング
選手、
北京オリンピック
日本代表
選手)
さぁさ
(
シンガーソングライター
)
さいとう・たかを
(
漫画家
)
阪口夢穂
(
TASAKIペルーレFC
所属、
サッカー日本女子代表
、
北京オリンピック
日本代表
選手)
阪田三吉
(
将棋
棋士
)
阪本章史
(
BMX
選手、
北京オリンピック
日本代表
選手)
阪本順治
(映画監督)
桜井くみ子
(
演歌歌手
)
佐藤託矢
(
三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ
選手)
猿渡ゆか
(女優・
リポーター
)
沢口靖子
(
女優
)
CIMA
(
プロレスラー
)
詩乃優花
(
声優
)
島成園
(
日本画家
)
清水健
(
読売テレビ
アナウンサー)
清水耕介 (バスケットボール)
(
埼玉ブロンコス
選手)
笑福亭純瓶(落語家、
鶴瓶
の弟子)
笑福亭松鶴
(七代目。もと松葉。襲名直前に死去したため、死後に追贈)
白濱裕太
(広島東洋カープ選手)
新橋遊吉
(
作家
、『八百長』で
直木賞
受賞)
杉本理恵
(元
アイドル歌手
、女優)
鈴木貫太郎
(
海軍
軍人
、第42代
内閣総理大臣
)
鈴木つかさ
(お笑いタレント、
ザ・プラン9
)
泉州山喜裕
(
大相撲
力士、
高砂部屋
所属)
千利休
(安土桃山時代の
茶人
)
曾我廼家五郎
(
喜劇
役者
、
大阪府
岸和田市
出身説もあり)
曽呂利新左衛門
(落語家の始祖、
豊臣秀吉
に仕えた)
田岡美也子
(女優、演劇ユニット「グループる・ばる」)
田中ひろみ
(イラストレーター)
武野紹鴎
(茶人・豪商、千利休の師匠)
橘雅子(
シンクロナイズドスイミング
選手、
北京オリンピック
日本代表
選手、西区在住)
玉ノ井松之助(享保年間の京阪の大相撲力士、八角楯之助の師匠)
丹下健三
(
建築家
)
辻尾真二
(
清水エスパルス
選手)
津田宗及
(茶人・豪商)
露の都
(女流落語家)
出口麻綾
(
テレビ西日本
アナウンサー)
戸石伸泰
(
朝日放送
ニュースセンター記者兼アナウンサー)
栂井丈治
(
関西テレビ
パンチDEデート
プロデューサー)
土佐光起
(
土佐派
の
絵師
)
寺内康太郎
(
脚本家
・
映画監督
)
寺脇康文
(
俳優
、堺市生まれで
岐阜県
羽島市
育ち)
鳥居駒吉(大阪麦酒(現
アサヒビール
)創業者)
永澤俊矢
(俳優)
中島浩司
(
サンフレッチェ広島
選手)
中谷彰宏
(作家、俳優)
中原アヤ
(漫画家)
中村吉晴
(元
KAIENTAI-DOJO
コミッショナー)
中村豊
(元阪神タイガース選手、現コーチ)
中山太郎
(政治家)
中山康樹
(
音楽評論家
)
夏目ナナ(AV女優)
並木ひろし(
演歌歌手
、
ぴんからトリオ
)
なだぎ武
(お笑いタレント、
ザ・プラン9
)
西ゆかり(マジシャン)
西村眞悟
(政治家)
二代前田竹房斎(竹芸家、
人間国宝
、
重要無形文化財
)
野中和夫
(
競艇
選手、
横山やすし
とは中学時代の同級生)
畠田理恵
(元女優、将棋棋士・
羽生善治
夫人)
羽地登志晃
(
徳島ヴォルティス
選手)
初嵐貞吉(
明治
期の大坂相撲力士、
大阪市
住吉区
出生説もあり)
八角楯之助(
享保
年間の京阪の大相撲力士)
馬場園梓
(女性漫才コンビ・アジアン)
林まゆみ
(将棋
棋士
)
光山林平(「ひかりやま」、「みつやま」?、
享保
年間の京阪の大相撲力士)
ひきたま(
シンガーソングライター
)
常陸島朝吉(
明治
期の大坂相撲力士)
平岡直起
(元大阪ガンバ、名古屋グランパスJリーガー。現FC岐阜)
福井貴一
(
俳優
)
冨宅飛駈
(プロレスラー、
パンクラス
所属)
藤井栄治
(
サンテレビ
プロ野球解説者、元阪神タイガース選手)
藤波伽織(タレント、プロレスラー
藤波辰爾
夫人)
藤本義一
(作家、『鬼の詩』で直木賞受賞)
BES
(
レゲエ
・
ミュージシャン
)
文屋範奈(
ゴスペルシンガー
)
堀ちえみ
(
タレント
、白鷺に住んでいた)
堀美矢子
(タレント)
前田ちあき
(声優、旧名・前田千亜紀)
マーキー
(
FM802
の
DJ
)
町田康
(作家、『きれぎれ』で
芥川賞
受賞)
松尾心空(
松尾寺 (舞鶴市)
名誉住職)
松永安未
(ロックバンド『the★tambourines』の
ボーカル
、本名・辻尾有紗)
間宮吉彦 (
空間デザイナー
)
萬田久子
(
女優
、金岡団地に住んでいた)
三ツ矢歌子
(女優)
みぶ真也
(一人芝居
俳優
、金岡団地に住んでいた)
宮田てつじ
(お笑いタレント、
シャンプーハット
)
宮本充
(声優)
武蔵
(
格闘家
)
森ほさち
(女優、元
宝塚
娘役トップスター)
森祐理
(
ゴスペル
歌手、元
NHK教育テレビ
『ゆかいなコンサート』歌のお姉さん)
薮内夏美
(元バスケットボール
JALラビッツ
選手)
山田真介
(
阪神タイガース
選手)
山田大介
(お笑いタレント、
ストリーク
)
山田花子
(お笑いタレント、
吉本新喜劇
)
山根康広
(
ミュージシャン
)
山本功児
(
野球評論家
、元
千葉ロッテマリーンズ
監督)
山本浩之
(
関西テレビ
アナウンサー)
山本容子
(
版画家
、生まれは
埼玉県
さいたま市
)
由起しげ子
(作家、『本の話』で芥川賞受賞)
横山やすし
(
漫才師
、生まれは
高知県
宿毛市
)
与謝野晶子
(
歌人
)
呂宋助左衛門
(
貿易
商人
)
レツゴーじゅん(逢坂じゅん)(タレント、
レツゴー三匹
)
綿井健陽
(
ビデオ
ジャーナリスト
)
山中優子(元堺市議会議員、現在
ゴスペルシンガー
)
堺市にゆかりのある有名人
アニマル浜口
(元
プロレスラー
、
島根県
から親戚を頼って堺市に来た)
家田荘子
(
ノンフィクション作家
、西区在住)
石島雄介
(
Vリーグ
堺ブレイザーズ
所属、
北京オリンピック
日本代表
選手)
和泉式部
(
歌人
、家原寺の近くに屋敷跡といわれる「和泉式部宮」がある)
一休宗純
(
禅僧
、
大徳寺
再建のため堺の豪商に寄進を募る)
伊東静雄
(
詩人
、北三国ヶ丘に住居を構える。地元を舞台にした詩も多い)
今井宗久
(
茶人
・豪商、
大和国
今井町
から堺に出て
武野紹鴎
に茶を学ぶ)
植田辰哉
(
バレーボール全日本男子
代表監督、
新日鐵堺
、
堺ブレイザーズ
に所属し、後に監督を務める)
大久保利通
(
政治家
、伐採されそうになった浜寺の松林を守った)
織田作之助
(
作家
、
1939年
から
1946年
東区丈六に住んでいた)
尾花高夫
(
読売ジャイアンツ
コーチ、
社会人野球
時代に
新日鐵堺
に所属)
唐木恵子
(浪曲師、春野百合子に弟子入りし、現在は「春野恵子」と名乗る。堺市在住)
川淵三郎
(
日本サッカー協会
会長、大阪府立三国丘高等学校出身)
金秀吉
(
映画監督
、堺市在住)
黒岩重吾
(作家、上野芝に住んでいた)
黒崎緑
(
推理作家
、堺市在住)
後藤光貴
(
西武ライオンズ
スカウト、社会人野球時代に新日鐵堺に所属)
小松山栄吉(
阿波
出身、
文政
年間の堺の大相撲力士)
堺屋太一
(作家、堺に住んでいた先祖が
大阪市
の
谷町
に移住し、名乗っていた
屋号
を筆名とする)
佐々木恭介
(
野球解説者
、元
近鉄バファローズ
監督、堺市在住)
佐田の海鴻嗣
(
大相撲
力士、熊本県出身、小学校2年生のとき、堺に引っ越す)
ジミー大西
(
画家
、大阪商業大学堺高等学校出身)
笑福亭松枝
(
落語家
、堺市在住)
笑福亭竹林
(
落語家
、堺市在住)
肖伯
(
連歌
師、
池田
から堺へ移り住んだ)
不知火諾右衛門
([現在の
熊本県
宇土市
出身、
文政
年間の堺の横綱)
杉浦忠
(元
南海ホークス
監督・ダイエーホークス初代監督、上野芝に住んでいた)
住田功一
(
NHK大阪放送局
アナウンサー
、堺市在住)
田野秀康
(
フルート
奏者、堺市在住)
田代純
(
NHK大阪放送局
アナウンサー
、
大阪府立泉陽高等学校
出身)
鶴岡一人
(元南海ホークス監督、金岡に住んでいた)
土居君雄
(
カメラのドイ
創業者。ミュシャの絵画とクラシックカーを堺市に寄贈)
土井隆雄
(
宇宙飛行士
、大阪府立三国丘高等学校出身)
戸田孝(プロ
ビリヤード
選手、東区にてビリヤード教室を開講、堺市在住)
朝長孝介
(
Vリーグ
堺ブレイザーズ
所属、
北京オリンピック
日本代表
選手)
中江兆民
(
思想家
、『一年有半』を堺で執筆した)
中原アヤ
(漫画家、代表作『
ラブ★コン
』は堺市を舞台にしている)
難波利三
(作家、堺市在住)
西川きよし
(
タレント
、百舌鳥に住んでいた。娘でタレントの
西川かの子
は堺市生まれの
箕面市
育ち)
西村栄一
(政治家、
奈良県
出身で堺市議会議員から
衆議院
議員に。
民社党
委員長を務めた)
野茂英雄
(
日本人メジャーリーガー
、社会人野球時代に新日鐵堺に所属、
NOMO Baseball Club
設立)
二代目初嵐善右衛門(現在の
兵庫県
明石市
出身、
文政
年間の堺の大相撲力士)
橋田壽賀子
(
脚本家
、
大阪府立泉陽高等学校
出身)
PRISM
(
ゴスペル
デュオ
、堺市
堺区
在住)
松原みき
(
歌手
、
作曲家
、
岸和田市
出身、堺市
西区
平岡町育ち)
別府史之
(
スキル・シマノ
所属、
北京オリンピック
日本代表
選手)
宮本恒靖
(
サッカー選手
、
レッドブル・ザルツブルク
所属、両親が堺市在住)
山崎豊子
(作家、堺市在住)
山本富士子
(女優、浜寺に住んでいた)
ゆでたまご
(
漫画家
、
初芝高等学校
出身)
若本規夫
(
声優
、幼少の頃に
山口県
下関市
から堺に移住。現在も両親が在住)
関連項目
日本の地方公共団体一覧
泉北
河内国
摂津国
和泉国
堺っ子体操
自由都市・堺 平和貢献賞
外部リンク
公式
堺市公式サイト
観光
堺観光コンベンション協会
*
----------------------------------------------
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