君の名は [被リンク数: 146]

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君の名は』(きみのなは)は、ラジオドラマのタイトル。好評につき、映画化、テレビ化、舞台化、及び再ラジオドラマ化されている。

あらすじ

第二次大戦東京大空襲の夜。焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女、真知子と春樹は助け合って逃げ回るうちに、銀座数寄屋橋までたどり着く。二人はここでようやく互いの無事を確認する。名を名乗らないまま、互いに生きていたら半年後、それがだめならまた半年後にこの橋で会おうと約束し、そのまま別れる。やがて、2人は運命の渦に巻き込まれ、互いに数寄屋橋で相手を待つも再会がかなわず、やっと会えた頃には真知子はすでに人の妻となっていた。しかし、夫との生活に悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹、2人をめぐる人々の間で、運命はさらなる展開を迎えていく。

特徴

真知子と春樹が再会しそうになる(半年ごとの数寄屋橋での待ち合わせなど)が、不都合が起きて会えない。この「会えそうで会えない」という事態が何度も繰り返された。後のドラマでもよく見られる描写(演出)である。本作は、このパターンの典型にして古典となっている。
脚本家菊田一夫の代表作。1952年ラジオドラマで放送され、「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」と言われるほど、ラジオの前に人が集まる人気となった。
松竹映画化された際は、主人公のショールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれ、女性の間で流行した。これは、撮影の合間、岸惠子(主演)があまりの寒さにショールを肩からぐるりと一周させ、耳や頭をくるんでいたことによる。この姿はカメラが回っている時にも使われることになり、「真知子巻き」が誕生した。

銭湯の真偽

「女湯から人が消える」という話は、「アメリカでの事実を基にして、松竹の宣伝部が作った虚構である」という説も根強い。
  • アメリカでは、「ラジオの人気番組の放送時間にあわせ、女性ファンが炊事や入浴を止めたために水道の使用量が減った」という。

NHKラジオ連続放送劇

番組の冒頭で「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」という来宮良子のナレーションが流れる。音楽は古関裕而で、伴奏のハモンドオルガンも自ら演奏した。当時のラジオドラマは生放送だったため、劇中のBGMも古関裕而が毎回即興で演奏していた。

主題歌

販売用のレコードは織井茂子によって吹き込まれている。

映画

全3部。通しで上映すると6時間を超えることから、総集編(再編集版)もある。

主題歌・挿入歌

「君の名は」に関する歌の作詞・作曲は、すべて菊田一夫古関裕而のコンビによる。

舞台

宝塚歌劇団によって舞台化された作品の一覧を参照。

テレビ

2008年現在、テレビでは4度ドラマ化されている。

1962年版

1962年 10月2日から1963年4月9日まで、フジテレビ系列で放映。

1966年版

1966年 5月23日から1967年1月28日まで、日本テレビ系列の毎週月曜~土曜の13:00-13:45の時間枠で放映。全216回。

1976年版

1976年 10月1日から12月24日まで、NETテレビ(現・テレビ朝日)系列の毎週金曜21時枠で放映。全13回。

1991年版(NHK連続テレビ小説)

1991年 4月1日から1992年4月4日まで、NHK連続テレビ小説30周年記念作品として、連続テレビ小説では「おしん」以来の1年間放送となった。放送15年後の2006年4月3日からNHK-BS2でアンコール放送された。
放送開始後ほどなくして、視聴率は低迷した。そのため、
  • 脚本家が休養をとったのち、複数人体制にした。
  • オープニングの曲を、放送開始3ヶ月後と年明け後に明るめに変えた。
  • 『第×部「~編」』という表示の導入。
以上の工夫を施した。
しかし、旧版の制作関係者をはじめ、往年のファンからの批判も少なくなく(特に、「原作には無い後日談」を加えたことに対して)、かつての人気を取り戻すまでには至らず、最高視聴率(34.6%) 、期間平均視聴率(29.1%) とも本ドラマ終了時点での歴代最低を記録した。
なお第五部の舞台は、長崎県島原市の予定だったが、雲仙普賢岳の噴火により、中止となり、舞台は、静岡県西伊豆に変更された。
第一部:(第1部は、~編というのはなかった)
第二部:「結婚編」
第三部:「旅立ち・北海道編」
第四部:「愛ふたたび・志摩編」
第五部:「愛のゆくえ・対決編」
第六部:「それからの二人・夫婦編」
  • 原作:菊田一夫
  • 脚本:井沢満、横光晃、小林政広、星川泰子、宮村優子
  • 音楽:池辺晋一郎
  • 語り:八千草薫
  • 演奏:東京コンサーツ
  • 題字:篠田桃紅
  • 考証:松平誠
  • 考証協力:天野隆子
  • アイヌ民俗関連監修:萱野茂
  • 所作指導:鈴木宗卓
  • 医事指導:雨宮昭
  • 方言指導:佐渡稔、山國成男、谷津勲、山中篤、岡部雅郎
  • 撮影協力:三重県志摩郡阿児町千葉県野田市新潟県佐渡静岡県西伊豆北海道美幌町、同弟子屈町
  • 制作:石井愼、松本守正
  • 美術:藤井俊樹、岡本忠士、矢野隆士
  • 技術:沖中正悦、渡部浩和、原滋
  • 音響効果:田中正男、太田岳二、矢島清
  • 撮影:中村和夫、川崎一彦、安田熙男
  • 音声:谷島一樹、大地祥嗣
  • 照明:高橋伴幸、篠根正継
  • 記録·編集:田中美砂、高室晃三郎、岡部敦子、上田裕里子
  • 演出:宮沢俊樹、三井智一、長沖渉、原嶋邦明、伊豫田静弘、一井久司 ほか

キャスト

  • 氏家(→浜口→後宮)真知子(ヒロイン):鈴木京香
  • 後宮春樹(空襲で真知子を助けた男):倉田てつを
東京(浜口家)
  • 浜口勝則(真知子の夫):布施博
  • 浜口徳枝(勝則の母・真知子の姑):加藤治子
その他 東京の住人
  • 小野瀬綾(真知子・春樹の友人 佐渡出身):いしだあゆみ
  • 美村蘭子(夜の女):佐藤友美
  • 美村礼治(蘭子の夫、戦争によって記憶喪失に):小坂一也
  • 美村千枝子(美村夫妻の娘、戦争によって行方不明に):小川京子→川田美香
  • あさ(夜の女):伊藤嘉奈子
  • 石上梢(夜の女):河合美智子
  • 加瀬田修造(元陸軍少将):橋爪功
  • 加瀬田岸枝(修造の妻・曙荘の管理人):中原ひとみ
  • 加瀬田和子(加瀬田夫妻の娘)羽田美智子
  • 田上うらら子(天天教の教祖):益田愛子
  • 岩間(副島)伝次(闇市でならしたヤクザ):宍戸開
  • マリー(夜の女・蘭子のライバル):伊佐山ひろ子
  • 永橋(勝則の上司):加藤武
  • 永橋清子(永橋の妻):高田敏江
  • 深野柳子(下町の長家の大家):樹木希林
  • 住職(真知子・春樹の結婚式を行う寺の住職):鈴木清順
  • 多比良良作(定彦の仕事仲間)、税務署職員::蟹江敬三
  • 木村五郎(大学受験生。下宿し勉強中):八百坂圭祐→大沢樹生
  • 真知子の父(東京大空襲で死去・勘次の弟):冨田浩太郎
  • 真知子の母(東京大空襲で死去):泉よし子
清宮家(東京
  • 清宮(→浜口)美子(勝則の2番目の婚約者):とよた真帆
  • 清宮田鶴子(美子の母):稲垣美穂子
北海道 美幌弟子屈
  • 末永保(春樹の大学の先輩):村田雄浩
  • 松吉(末永の先代から牧場で働いている):高品格
  • ユミ(春樹を好きになった女):松永麗子
  • 三郎(牧場で働いている男):土門廣
新潟・佐渡
  • 本間定彦(真知子・春樹の友人 北国文学):古舘伊知郎
  • 野添絹子(定彦の友・勘次の不倫相手):早乙女愛
  • 角倉勘次(真知子の叔父・角勘の主):宍戸錠
  • 角倉信枝(真知子の叔母・角勘の女将):佐々木すみ江
  • 米夫(角勘の従業員):井上康
  • 捨松(角勘の従業員);中野英雄
  • スミ代(捨松の妻):山家千花
  • 忠公(角勘の従業員):三井善忠
三重県・志摩
  • 西崎(→後宮→水沢)悠起枝(春樹の姉):田中好子
  • 水沢謙吾(悠起枝の友人):平田満
  • 戸村(→水沢)奈美(海女·謙吾の妻 後に行方不明に):杉本彩
  • 水沢フサ(謙吾の母):小林トシ江
  • 長島(密輸組織のボス):鶴田忍
  • 海渡琴乃(志摩で店を営む):伊藤友乃
愛知・名古屋
  • 尾田登美子(那古野旅館·女将):山田昌
  • 天馬徹太郎(浪漫タイムス編集長):金田龍之介
  • 菅谷三千代(天馬の元妻):たかべしげこ
  • 菅谷博史(三千代と天馬の子・現在は巣鴨留置所で生活):美木良介
その他(脇役出演)
  • きし子(浜口家の前で遊ぶ女の子):安達祐実
  • 美代子(春樹が列車の中で出会った女の子):星野真里
  • 数寄屋橋の警官:きたろう
協力

ラジオ復刻版

NHK放送開始80周年記念特別番組「もっと身近に もっと世界へ NHK80」(2005年3月19から22日)の一環として、「復刻ラジオドラマ」として放送された。放送日時は19日~21日の連日21:05ごろ~21:55(JST)。NHKのライブラリーに保管されている音源や台本を参考にしている。
出演は田中美里萩原聖人他。ナレーションは、映画版で主人公の氏家真知子を演じた岸惠子が担当した。
NHK総合テレビでは、「君の名は&冬のソナタ 今夜純愛をあなたに…」の特集を組み、その中でラジオドラマの収録風景を放送している。放送日時は3月20日夜22:20~21:05(JST)。司会は小野文惠アナウンサーだった。

数寄屋橋の撤去

  • 東京オリンピックを控えての開発ラッシュの際、皇居外堀を埋めて高速道路が作られることになり、数寄屋橋も撤去された。今は数寄屋橋交差点わきの公園に、原作者の菊田一夫の筆による「数寄屋橋 此処に ありき」の小さな石碑が残されている。

関連項目

連きみのなは 連きみのなは
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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