割れ窓理論(われまどりろん、Broken Windows Theory)は、軽微な
犯罪も徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする
環境犯罪学上の理論。
アメリカで考案された。「建物の
窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」との考え方からこの名がある。
ブロークン・ウィンドウ理論、
破れ窓理論、
壊れ窓理論ともいう。
概説
割れ窓理論は以下のように主張する。
治安が悪化するまでには次のような経過をたどる。
- 建物の窓が壊れているのを放置すると、それが「誰も当該地域に対し関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作り出す。
- ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになるhttp://houmu.h-chosonkai.gr.jp/jireisyuu/kaitou11.htm。
- 住民のモラルが低下して、地域の振興、安全確保に協力しなくなる。それがさらに環境を悪化させる。
- 凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。
したがって、治安を回復させるには、
- 一見無害であったり、軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみはきちんと分類して捨てるなど)。
- 警察職員による徒歩パトロールや交通違反の取り締まりを強化する。
- 地域社会は警察職員に協力し、秩序の維持に努力する。
などを行えばよい。
沿革
心理学者フィリップ・ジンバルドは1969年、人が匿名状態にある時の行動特性を実験により検証した。その結論は、
- 「人は匿名性が保証されている・責任が分散されているといった状態におかれると、自己規制意識が低下し、『没個性化』が生じる。その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、また周囲の人の行動に感染しやすくなる。」
というものであった。
1972年、アメリカ警察財団は犯罪抑止のための大規模な実験を行った。その中の1つに、警察職員の徒歩パトロールを強化する実験があった。これには「犯罪発生率を低下させる効果はなかった」ものの、一方で住民の「体感治安」が向上した。犯罪学者ジョージ・ケリングはこの結果とジンバルドの理論を踏まえ、割れ窓理論を考案した。
1982年、犯罪学者ジョージ・ケリングとジェイムズ・ウィルソンが、『アトランティック・マンスリー』誌上に割れ窓理論を発表した。この論文で初めて "Broken Windows Theory" という用語が用いられた。
実験例
ある郵便受けの近くの壁に落書きがあったり、付近にごみが捨ててあったりした場合、被験者がその郵便受けから5ユーロ札入りの封筒を盗む割合は25%で、郵便受けの周りがきれいだった場合の13%を2倍近く上回った。
K. Keizerらは、オランダでのフィールド実験により、落書きや無節操な花火の打ち上げといった社会規範に反する行為やその形跡を見たときに、被験者も同様に社会規範を無視した行為を行いたがる傾向を実証した、と2008年に報告している。たとえば落書きの有無により、ポイ捨てや窃盗といった反社会的な行為の件数に、2倍以上の開きがあった。このフィールド実験から、反社会的な行動の痕跡を放置することは、モラルの低下を拡大させると結論づけている。
適用例
ニューヨークの例
ニューヨーク市は1980年代からアメリカ有数の犯罪多発都市となっていたが、1994年に検事出身の
ルドルフ・ジュリアーニが治安回復を公約に市長に当選すると「家族連れにも安心な街にする」と宣言し、ケリングを顧問としてこの理論を応用しての治安対策に乗り出した。
彼の政策は「
ゼロ・トレランス(不寛容)」政策と名付けられている。具体的には、警察に予算を重点配分し、警察職員を5,000人増員して街頭パトロールを強化した他、
-
落書き、未成年者の喫煙、無賃乗車、万引き、花火、爆竹、騒音、違法駐車など軽犯罪の徹底的な取り締まり
- ジェイウォーク(歩行者の交通違反)やタクシーの交通違反、飲酒運転の厳罰化
- 路上屋台、ポルノショップの締め出し
- ホームレスを路上から排除し、保護施設に収容して労働を強制する
などの施策を行った。
その結果、就任から5年間で犯罪の認知件数は殺人が67.5%、強盗が54.2%、婦女暴行が27.4%減少し、治安が回復した。また、中心街も活気を取り戻し、住民や観光客が戻ってきた。需要の増加を反映して、中心街の家賃は45%も上昇したという。
しかし、1990年代に始まる犯罪発生率の大幅な減少は、割れ窓理論の応用によるこれらの施策の影響よりも、中絶の合法化による犯罪予備軍の人口減の影響が大きかったというのが最近の説である。
日本の例
日本では、
2001年に札幌中央署(
北海道警察札幌方面
中央警察署)が割れ窓理論を採用し割れ窓を違反駐車に置き換えて、
すすきの環境浄化総合対策として犯罪対策を行った。具体的には北海道内最大の歓楽街の
すすきので駐車違反を徹底的に取り締まる事で路上駐車が対策前に比べて3分の1以下に減少、併せて地域
ボランティアとの協力による街頭パトロールなどの強化により2年間で犯罪を15%減少させることができた。これを受けて各地の
警察署からヒアリングなどが活発化している。
警察庁は平成14年度版『
警察白書』において、次のように述べている。
ビジネス界の例
ビジネス界において、割れ窓理論を適用して成功を収めている例がある。
- 日本のディズニーランドの経営では、些細な傷をおろそかにせず、ペンキの塗りなおし等の修繕を惜しみなく夜間に頻繁に行うことで、従業員や来客のマナーを向上させることに成功している。
- あるチェーン店(ノードストローム)は、単に傷を治しておくという消極的対策だけでなく、「割れ窓」の対極である意味合いのピアノの生演奏を顧客に提供するなどして、成果につなげている。
批判
批判者は主な犯罪の発生率が、1990年代の間アメリカの他の多くの都市でも低下しており、そしてそのことは「ゼロ・トレランス」政策を採用した都市でもしなかった都市でも同様であるという事実を指摘している。
また別の調査では、重大犯罪における「ゼロ・トレランス」の効果は、同じ頃ニューヨークで行われていた他の取り組みの効果と区別することが難しいことを指摘している。
そういった取り組みは次のようなものであった。
- 上で述べた警察の改革。
- 景気浮揚時に、五十万人以上を福祉を受けざるを得ない状態から就職へと導いたプログラム。
- 貧困家庭がよりよい郊外の住宅地に移動することを可能にした住宅バウチャー制度。
また別の解釈では、犯罪発生率が低下しつづけた原因として以下を挙げている。
- 麻薬の流行が収まったこと。
- ロックフェラー麻薬法 Rockefeller drug law により刑務所の収容人口がゼロ・トレランスとは無関係に増加したこと。
- 人口構成の変化により、(犯罪を起こしがちな)16歳から24歳の男性人口が減少したこと。
- (1990年代の好景気により)職を得て犯罪から抜け出す方法を見いだした人が増加したこと。
<!-- Alternative explanations that have been put forward include:
* The subsidence in the crack epidemic.[2]
* Unrelated growth in the prison population due to Rockefeller drug laws.[2]
* That the number of males aged 16-24 was dropping anyway due to demographic changes. Freakonomics, Levitt and Dubner, 2005
* That more people were getting jobs and thus finding a way out of crime. [verification needed]-->
学問の分野では、David Thacher(ミシガン大学公共政策・都市計画学助教授)が2004年の発表において次のように述べている。
<blockquote>
「・・・社会学は割れ窓理論に優しくはない。多くの学者たちが、割れ窓理論を支持するように見えた初期の研究を再分析した。...
また別の学者たちが、無秩序と犯罪の間にある関連性について、新しいより洗練された研究を続けている。
そういった研究の中でももっとも卓越した研究は、無秩序と重大犯罪との間にある関連性はささやかなものであり、そういった関連性はだいたい、もっと基礎的な社会的影響の結果である、とさえ結論付けた。」
</blockquote>
<!-- Among academics, David Thacher (Assistant Professor of Public Policy & Urban Planning at the University of Michigan) stated in a 2004 paper that:
"...social science has not been kind to the broken windows theory. A number of scholars reanalyzed the initial studies that appeared to support it ... Others pressed forward with new, more sophisticated studies of the relationship between disorder and crime. The most prominent among them concluded that the relationship between disorder and serious crime is modest, and even that relationship is largely an artifact of more fundamental social forces."-->
Thacherは続ける。「割れ窓理論へのこういった異議申し立てによっても、政策立案者または公共機関と共に取締りを行うことによる秩序維持活動は未だに信用を落としてはいない。」
ベストセラーとなった Freakonomics(日本語訳『ヤバい経済学』)において、経済学者のスティーヴン・レヴィット(Steven D. Levitt)と共著者スティーヴン(ステファン)・ダブナー(Stephen J. Dubner)は、ニューヨークの犯罪が減少したのはすべて割れ窓理論のおかげである、とする考えに疑問を投げかけた。代わりに彼は、1990年代に入る数年前に、中絶が合法化されたことに注意をうながした。子供を育てる能力が最も低い女性達(貧困層、麻薬中毒患者、生活不安定な)は中絶を選べるようになり、それによって崩壊家庭で生まれる子供の数が減少しつづけた。ニューヨークで起きる犯罪のほとんどは16歳から24歳の男性によって行われている。したがって、この若年人口の減少によって、犯罪発生率の減少が結果として起きたのである。
シカゴ大学 Law Review 2006年冬版の中で、Bernard Harcourt と Jens Ludwig は、最近住宅・都市計画局が計画した、ニューヨークに住む借家人をより秩序のある郊外に移転させる計画について調査した。割れ窓理論では、一旦移動させれば街路においてより安定した状況によって、これらの借家人は犯罪を起こしにくくなる、と示唆していた。
ところが Harcourt と Ludwig はその代わりに、借地人たちは以前と同じ確率で犯罪を起こしつづけていた、ということを見いだした。
脚注
参考文献
- ジョージ・ケリング、C. M. コールズ 『割れ窓理論による犯罪防止―コミュニティの安全をどう確保するか』 小宮信夫監訳、2004年、ISBN 483011021X。
-
ルドルフ・ジュリアーニ 『リーダーシップ』 講談社、2003年。ISBN 4062117630。
- Steven D. Levitt & Stephen J. Dubner, Freakonomics, Willam Morrow, 2005; ISBN 0-06-073132-X.
- スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー 『ヤバい経済学』 望月衛訳、東洋経済新報社、2007年、増補改訂版、ISBN 9784492313787。
- マイケル・レヴィン 『壊れ窓理論の経営学 : 犯罪学が解き明かすビジネスの黄金律』 光文社、2006年、ISBN 4334961908。
外部リンク
関連項目