それぞれの山頂に神社があり、これらを総称して
出羽三山神社という。羽黒山に三社の神を併せて祀る三神合祭殿があり、宗教法人としての事務所も羽黒山(
鶴岡市羽黒町手向7)に置かれている。
現在、多くの参拝者を集め賑わっている出羽三山ではあるが、参拝者の多くは信者ではない観光客であり、出羽三山の数十年後の未来を担う若い世代の信者は少なくなっている。信仰の継承が未来への課題である。
歴史
出羽三山は、約1,400年前、
崇峻天皇の御子、
蜂子皇子(能除太子)が開山したと伝えられる。崇峻天皇が
蘇我氏に害された時、蜂子皇子は難を逃れて
出羽国に入った。そこで、三本足の霊烏の導きによって羽黒山に登り、苦行の末に羽黒権現の示現を拝し、さらに月山・湯殿山も開いて三山の神を祀ったことに始まると伝える。
月山神社は
延喜式神名帳に記載があり、
名神大社とされている。出羽神社も、神名帳に記載のある「伊氐波神社」(いてはじんじゃ)のことであるとされる。古来より修験道(羽黒修験)の道場として崇敬された。三山は神仏習合、八宗兼学の山とされ、江戸時代には一山を寂光寺と称して
天台宗として奉祀されていた。明治の
神仏分離で神社となった。旧社格は月山神社が官幣大社、出羽神社・湯殿山神社が国幣小社である。戦後、
神社本庁の
別表神社となった。
かつては
鳥海山や月山の東方にある葉山が出羽三山に含まれていた時代もあった。
現在毎年8月末には出羽三山神社、羽黒山修験本宗のそれぞれの山伏により「秋の峰」と呼ばれる1週間以上に及び山に籠る荒行が行われる。
文化財
建造物
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国宝
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重要文化財
- 「羽黒山正善院黄金堂」1908年4月23日指定
- 「羽黒山三神合祭殿」2000年5月25日指定
- 「羽黒山鐘楼」2000年5月25日指定
- 「月山神社出羽神社湯殿山神社摂社月山出羽湯殿山三神社社殿(旧日月寺本堂)」2000年5月25日指定(山形県西村山郡西川町岩根沢所在)
美術工芸品
- 重要文化財
- 「銅燈篭竿 文和元年七月二十五日の銘あり」1915年3月26日指定
- 「銅鏡(羽黒山御手洗池出土)」190面 1937年7月29日指定
記念物
関連項目
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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