経歴
佐久長聖高等学校時代は
ショートトラックスピードスケート選手。
山梨学院大学入学後にスピードスケートに転向し、
長野オリンピックでは1000m11位、1500m16位、
ソルトレークシティオリンピックでは1000m15位、1500m34位。2001年3月、同種目で1分45秒49の日本新をマークした。世界歴代2位に相当する好記録。メダル候補に浮上したが企業の廃部に伴い、従来の企業スポーツから脱却し選手自らがマネジメントを手掛ける「チームディスポルテ」を設立し、スポンサー探しに奔走した。当初は資金難で「スケートどころではなかった」と振り返るが、地道な活動が徐々に実を結び、
ニコンや
大相撲の
横綱朝青龍が所属する
高砂部屋など5社のスポンサーを獲得するまでに至り、中距離のリーダー格として若手をけん引した。
トリノオリンピックでは1000m20位、1500m34位。トリノオリンピックを最後に現役を引退。引退会見では、元々世界との差がある種目であることもあって、自身のことを「記録にも記憶にも残らない選手」と表現した。だが10年間日本代表チームに属し、日本のスピードスケート界における中距離のエースとして牽引した功績は大きい。
2008年8月8日に3場所連続完全優勝しA級2班へ特別昇班した。今後の期待が持てる将来有望な選手である。
2008年8月31日に行われたルーキーチャンピオン(若鷹賞)では圧倒的な力の差を見せ優勝。初タイトルを手にした。
スピードスケート選手時代の主な実績
- 1500M日本記録保持者
- 2004/2005 World Cup 長野大会 1000M 2位
- 2004/2005 World Cup 1000M 総合ランキング7位
- 2005年世界長距離選手権 1000M 9位
- 2005年World Cup トリノ大会1000M2位。
関連項目
外部リンク
いまい ゆうすけ
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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