|}
路線データ
- 路線距離:441.7km(KTX408.5km、貨物439.9km)
-
軌間:1435mm
- 駅数:90(ソウル駅 - 天安駅:36、天安駅 - 東大邱駅:36、東大邱駅 - 釜山駅:18)
-
複々線区間:ソウル駅 - 天安駅 (96.6km)
-
複線区間:天安駅 - 釜山駅 (345.1km)
-
電化区間:全線(交流25kv, 60Hz)
- 高速鉄道区間についてはKTXも参照のこと。
概要
早期に複線化された路線は
線形も良く、一般列車も最高時速150kmで走行する。輸送量は旅客・貨物とも常に一位であり、その過密輸送を改善する為にソウルから天安までの区間は複々線化されて、
広域電鉄として、電車による通勤・近郊輸送が行われている。また、
フランスTGVの技術を利用した
KTXが一部京釜線を経由しながら最高時速300kmで走行し、ソウルと釜山を3時間弱で結んでいる。
歴史
略年表
- :朝鮮政府 アメリカ人に京仁鉄道敷設権、雲山金鉱を売却。
- 朝鮮政府 仏国に京義(ソウル・義州)鉄道敷設権を与える。
- 同年3月30日 - 日本銀行・朝鮮政府間に300万円の借款(年利6分。租税抵当3年据置後2年で償還。銀貨と紙幣半額ずつ)。
- 同年4月17日 - 下関条約(日清講和条約・馬関条約)。
- 同年7月6日 - 京釜鉄道株式会社発起人総会。
- 同年9月8日 - 創立発起人 韓国と京釜鉄道敷設に関する京釜鉄道合同条約調印(京釜鉄道敷設権)(駐韓国公使加藤増雄)
- 同年2月21日 - 衆議院 京釜鉄道成立促進の「帝国臣民ノ外国ニ於ケル鉄道敷設ニ関スル法律案」を可決。
- 同年7月30日 - 大韓帝国と京釜鉄道釜山停車場設置のための釜山北浜海面埋築会社の埋築地の譲渡契約を締結
- 同年10月13日 - 発起人総会で仮定款、引受株数を議決。
- 同年5月13日 - 京釜鉄道会社同免許交付。
- 同年6月25日 - 京釜鉄道会社創立総会。
- 同年8月20日 - 技師長笠井愛次郎により軌間4呎8吋5分(1435mm)
- 同年11月1日 - 京仁鉄道合資会社合併認可。
- 同年12月28日 - 日本政府より175万円の補助金、1000万円の社債保障。会社組織の変更で渋沢栄一取締役会長辞任
- 同年7月1日 - 統監府鉄道管理局へ引継ぎ。
- 同年11月29日 - 鉄道買収価格 20,016,500円と決定通知を京釜鉄道会社に送付。
- 同年7月30日 株主総会で清算勘定残余財産分配等を決定。
脚注
概要
19世紀後半、朝鮮政府は財政上逼迫した状態で、多くの採掘権等の利権を外国人に売却していた。その中で京仁鉄道敷設件は、
アメリカ合衆国のモーリスが敷設権を獲得して建設を開始したが、
労働争議、支払い争議問題で頓挫し、建設の半ばで180万円で日本の渋沢栄一らの京仁鉄道合資会社に売却し、渋沢栄一らが完成にこぎつけた。これが
朝鮮半島最初の
鉄道である。モーリスは京城(現:ソウル)と釜山を結ぶ鉄道敷設権は同時に獲得していたが、資金難のために敷設権を日本が譲り受けて
京釜鉄道を設立し、
1901年に着工した。建設中の
1904年に
日露戦争が勃発すると、軍事物資の決戦輸送のために突貫工事で建設され、一部
河川などは
フェリーで輸送する暫定的なものながら
1905年に全線開通し、日本の対
露戦勝に貢献した。
鉄道の重要性より、多くの鉄道の
鉄道国有化に合わせて総監府鉄道管理局の所管となり、総監府鉄道庁、日本政府韓国鉄道局、
日韓併合を経て
朝鮮総督府鉄道局の運営となった。京釜本線は、
京城と
新義州を結ぶ
京義本線と共に日本の大陸政策の基幹となる最重要路線で、
1910年代には全面改良され、いち早く複線化も完成した。
蒸気機関車と
客車は概ねアメリカ製で鈍重ではあったが、蒸気機関車は高速高性能で、日本にはない迫力を感じさせた。また、
南満州鉄道(満鉄)の路線と接続して
国際列車が運転され、一時的だが
朝鮮全域の鉄道運営が南満州鉄道に委託されたこともある。
1945年に朝鮮(韓国)は日本から自治を回復するが、京釜線は基幹路線としての地位を変えることはなく、
朝鮮戦争の際も多くの軍事物資と兵員の輸送に貢献した。朝鮮戦争の後も多くの貨物・旅客を輸送して経済成長に貢献し、優等列車も多数設定された。また、アメリカの援助で導入された大馬力
ディーゼル機関車が蒸気機関車廃止による無煙化と近代化、旅客・貨物の大量高速輸送を支えた。
1974年
8月15日にはソウル駅から水原駅までが電化、ソウル駅から永登浦駅までが複々線化される。日本から導入された電車が複々線の電車線を走行してソウル特別市地下鉄公社鍾路線(現:
ソウルメトロ1号線)を経由、
京元線城北駅まで運転を開始した。永登浦駅から水原駅までは
1981年12月23日に
列車線と
電車線が分離・複々線化され、電車の大増発が実現した。この後、ソウル首都圏にくまなく都市鉄道網が整備され、現在の
広域電鉄に至る。また、
1984年から列車線を利用した『高速電鉄』(後に『直通』、現『
急行』)の運転を平日朝夕に開始したが、
長距離列車が数多い中で1日3,4本程度という状態が20年間続いた。
一方、長距離路線では首都圏の電化開業と同時に、京釜線を中心にした鉄道網の高速輸送を目的とした超特急セマウル号が登場した。セマウル号には1986年から国産の新型機関車と専用客車、専用気動車が続々と登場し、ソウル駅と釜山駅を最速4時間10分で結んだ。
しかし、京釜線の輸送力も限界に近づいていた。ソウルと釜山という2大都市のほかにも大田や大邱を抱え、
湖南線、
全羅線、
長項線、
慶全線といった主要幹線への輸送が加わり、
1990年代には輸送力がピークに達した。このため、抜本的な解決策として増線が計画された。
2004年
4月1日に
フランスTGVの技術を採用したKTX第一期線が開業し、ソウル駅 - 釜山駅の所要時間は3時間を切った。これによって京釜在来線を走行する旅客列車が削減され、またKTXは専用線を走行する区間が多い為、貨物列車や他路線への直通列車を増発する余裕が生まれた。
首都圏電鉄(現:
広域電鉄)では都心の鷺梁津駅 - 九老駅が三複線化し、鷺梁津駅止まりの電車が設定された。この三複線は後に龍山駅へ暫定的ながら延伸し、
1999年1月29日に京仁線の複々線化が完成して、富平駅から龍山駅まで急行運転を開始した(ただし、京釜線内は各駅停車)。
南部方面では、
2003年4月30日に水原駅から餅店駅までが電化・複々線化して電車がソウル中心部から直通運転、広大な
車両基地を備えて天安駅延伸に備えた。そして、
2005年1月20日に餅店駅から天安駅までが電化・複々線化され、ソウルからの直通運転列車が
忠清南道まで運行されることになった。さらにKTX開業によって余裕の生まれた列車線を使用した急行運転も開始した。
KTXの乗り入れと広域電鉄の延伸開業によって電化区間が拡大したが、その後も引き続いて残り区間の電化が進められ、
2006年12月8日に最後まで非電化で残っていた沃川駅~新洞駅間の電化が完了し、京釜線の全線電化は達成された。そして新型
電気機関車による本格的な運転が
2007年3月1日から始まり、今後の高速運転による輸送力増加が期待されている。
なお
北朝鮮では、この路線と
京義線の一部をあわせた
平壌から釜山までを
平釜線としている。だが、現実には自国
実効支配下の
開城までしか営業されていない。
駅一覧
広域電鉄区間
緩行は各駅停車であるため省略。
- A急行は龍山駅発着、ラッシュ時を除く時間帯と休日に運行。
- B急行はソウル駅発着、平日朝夕ラッシュ時のみ運行(永登浦駅はソウル駅行きのみ、成均館大駅には朝ラッシュ時のみ停車する)。
- 一般列車の場合は、一日約20本以下が停車する駅は▲印、一日約20本以上が停車する駅は●印。
天安駅から東大邱駅までの区間
旅客列車が一日20本未満停車する駅は△表示を、停車しない駅は×表示をする。
旅客列車が一日20本未満停車する駅は△表示を、
旅客列車が停車しない
駅はX表示をする。
使用車両
一般列車
- 20000系 (HEMU) - ムグンファ号として運行予定。
気動車(ディーゼル動車)
客車
- 7000形
- 7100形
- 7200形
- 7300形
- 7400形
- 7500形
広域電鉄
自局車両
乗り入れ車両
関連項目
*
路きよんふこうそくせん
*きよんふ