京成金町線 [被リンク数: 85]

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|} 金町線(かなまちせん)は、京成高砂駅京成金町駅を結ぶ、京成電鉄鉄道路線。全線が東京都葛飾区内を走行する。

路線データ

路線概要

営業キロ2.5km・中間駅は1つのみで、非常に規模が小さい路線である。沿線は東京下町で密集した住宅に囲まれている。
唯一の中間駅である柴又駅は、「柴又帝釈天」「葛飾柴又寅さん記念館」「矢切の渡し」などの最寄り駅であることから、地元住民の利用に加えて観光客の利用も多い。
京成高砂駅京成本線北総線京成金町駅常磐線に接続することから、これら両線を結ぶ連絡路線として利用する人も多い。 映画『男はつらいよ』でも、映画シーンの中でこの路線が多く登場したことにより、柴又へのアクセス路線であることを、日本国内に広く周知する結果となった。2008年には映画『男はつらいよ』が公開40周年を迎えたということで、これを記念してラッピング電車が運行された。

運行形態

日中は線内折り返しの普通列車が、20分間隔で運行される。通勤・通学時間帯のラッシュ時は10分間隔となり、京成本線の京成上野駅まで直通する列車が設定され、朝夕夜はこの列車の比率が高くなる。また少数ながら、京成押上線押上駅まで直通する列車の設定もある。京成本線・押上線に直通する列車は、全区間にわたって各駅に停車する普通列車である。
すべての列車が4両編成で運行される。柴又駅は6両対応のホームであるが、京成金町駅は4両までの対応となっており、ホームの延伸については用地の問題もあり難しい状況である。
利用者が多いにも関わらず、日中20分間隔・ラッシュ時10分間隔と運行密度が低い背景には、京成高砂駅と京成金町駅の構内配線の影響がある。
京成高砂駅は2面4線の構造で金町線専用の発着ホームはなく、京成本線・北総線が発着するホームを間借りするような形態となる。また下り方向は京成本線・金町線・北総線が分岐するが、平面交差であるためダイヤのネックとなっている(北総線は京成高砂駅の500m先で高架による立体交差となるが、北総線下り列車と都心方面直通の金町線上りとでは、平面交差となる)。この平面交差には高砂検車区へ分岐する配線が加わるため、複雑さに拍車をかけている。スカイライナーや特急などの、速達度を重視する空港アクセス列車が頻繁に往来するため、それらの列車を妨げないように京成高砂駅を発着する必要がある。
京成金町駅は1面1線の構造の上、柴又 - 京成金町間が単線となっているため、柴又 - 京成金町間には1列車しか入線できない。
以上のような要因から京成本線・北総線や、押上から先を直通する都営浅草線京浜急行線にダイヤ上で支障をきたさないように、金町線の運行本数が抑えられている。
2010年に予定されている成田新高速鉄道開業に伴う踏切遮断時間増加防止策として、本線高架化を待たずに金町線のみ高砂駅付近を高架化する計画が、2006年12月に京成電鉄から発表されており、これが完成すると、金町線は線内折り返し列車を主体とした運行形態になるものと見られている。

臨時列車

現在他社線乗り入れはないが、1987年から1998年までの大晦日の終夜運転時に限り、京浜急行線からの普通列車が都営浅草線・押上線を経由して京成金町まで直通運転をしていた。長期に亘り運転をしていながら「金町」の方向幕を用意せずサボを吸盤で先頭車に貼り付けていた。
金町線では、毎年1月の正月三が日と、7月の「葛飾納涼花火大会」で臨時列車を運転し、前者は日中10分間隔、後者は夜間10分間隔に増発されるのが恒例となっている(いずれも通常は20分間隔)。

運行車両

1999年2月中旬 - 8月上旬、3600形3668編成が中間の3608-3601号車の2両を抜いた4両編成で入線した。また、3200形(3298編成)は、2007年3月21日をもって廃止となった。

歴史

京成金町線の起源は、柴又 - 金町間で人が車両を押して動かす人車軌道を運行していた帝釈人車鉄道である。1897年(明治30年)に日本鉄道により金町駅が開業し柴又帝釈天への参詣者が増加した。その交通の便を図ろうと1899年(明治32年)に帝釈人車鉄道が設立され、同年内に柴又 - 金町間で営業を開始した。線路は全線複線で、折り返しのため柴又駅・金町駅の終端部はループ線になっていた。客車は1両6人乗りで64両あり、通常1人で押していたという。1907年(明治40年)には帝釈人車軌道と社名を改めた。
1909年(明治42年)、成田山や柴又帝釈天の参詣客輸送を目的に、京成電気軌道(現在の京成電鉄)が設立された。京成電気軌道は、帝釈天を通り金町への路線を計画していたが、ルートが重なる帝釈人車軌道では軌道特許を京成電気軌道へ譲渡することに決め、1912年(明治45年)に軌道特許を譲渡した。
同年、京成電気軌道は後に押上線・本線の一部となる押上 - 伊予田(現在の江戸川)間と、支線として曲金(現在の京成高砂) - 柴又間を開業させた。翌1913年(大正2年)には柴又 - 金町間の人車の運行を終了し、単線電化で柴又 - 金町間を延伸して電車の運行を開始した。
  • 1899年(明治32年)12月17日 帝釈人車鉄道(1907年(明治40年)から帝釈人車軌道)柴又 - 金町間開業。軌間610mm。
  • 1912年(明治45年)4月27日 帝釈人車軌道が京成電気軌道(1945年(昭和20年)から京成電鉄)に柴又 - 金町間の軌道特許を譲渡。
  • 1912年(大正元年)9月24日 京成電気軌道が帝釈人車軌道を合併。
  • 1912年(大正元年)11月3日 曲金 - 柴又間開業。当初より電化、軌間1372mm。
  • 1913年(大正2年)6月26日 曲金駅を高砂駅に改称。
  • 1913年(大正2年)10月21日 元・帝釈人車軌道の軌道が改築され、柴又 - 金町間開業。
  • 1931年(昭和6年)11月18日 高砂駅を京成高砂駅、金町駅を京成金町駅に改称。
  • 1945年(昭和20年)2月20日 全線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更。
  • 1959年(昭和34年)11月17日 全線を軌間1435mmに改軌。
  • 1990年(平成2年)8月 車両完全冷房化。

駅一覧

接続路線

関連項目

参考文献

  • 白土貞夫「帝釈人車軌道 客車に関するノート」
  • 池口英司「大手私鉄のローカル線めぐり2 京成電鉄金町線 京成高砂 - 京成金町」
かなまちせん 路かなまちせん けいせいかなまちせん
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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