久我美子 [Yoshiko Kuga] [被リンク数: 79]

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久我 美子(くが よしこ、1931年1月21日 - )は、日本女優。本名は旧姓で久我 美子(こが はるこ)、結婚後は小野田 美子(おのだ はるこ)。

来歴・人物

東京市 牛込に生まれる。
久我家(こがけ)は村上天皇まで遡る村上源氏の流れを汲む華族家柄で、清華家の家格を有した公家家系。堂上十家のひとつ。父・久我通顕は侯爵として貴族院議員や東京府知事を務めた。評論家の夏目通利は叔父。
1946年学習院女子中等科在学中、東宝第一期ニューフェイスに合格。同期に三船敏郎堀雄二伊豆肇若山セツ子堺左千夫らがいる。戦後の華族制度廃止で実家の経済状況を憂慮した美子が職につきたいという一心からの応募だったが、実家からは「体面を汚す」と猛反対された。結局美子が「久我(こが)」姓を名乗らないことと、住所を親類宅に移すことという条件で芸能活動を許された。漢字は同じでも本名「こが はるこ」が芸名「くが よしこ」と異なるのはこのためである。
1947年、学習院を中退し、『四つの恋の物語』で映画デビューする。
1950年今井正監督の『また逢う日まで』では、岡田英次との窓硝子ごしの接吻が話題となった(日本の映画界では1960年代のはじめ頃まで接吻のクロースアップはタブーだった)。
1961年、俳優と結婚する気はなかったが、平田昭彦からの猛烈な求愛の末に結婚した。子はなかったが、仲の良さは1984年の平田との死別まで不変だったことは、広く知られている。
1969年より約1年間、『3時のあなた』(フジテレビ)の司会を務めるなど、1970年代以降はテレビ・舞台を中心に活躍した。
若き日より家柄・容姿のみならず、演技面も芯の通った内面と気品が見るものにも伝わる確かな実力があった。日本映画史を代表する数々の名監督達も、こぞって彼女を起用した(下記参照)。平田との結婚後も、そして死別後も、長年にわたって女優活動を続けたが、近年はほとんど活動休止状態となっている。
2004年、義姉にあたる女優・三ツ矢歌子(久我の方が年上)の死去の時に、久々に公の場に姿を見せた。

出演

映画

と]]

テレビドラマ

バラエティ

関連書籍

  • 水野晴郎と銀幕の花々』(近代文芸社。水野による久我を含む女優達のインタビュー集)
  • 『君美わしく 戦後日本映画女優讃』(川本三郎著。文藝春秋。川本による久我を含む女優達のインタビュー集)
  • 『小津安二郎新発見 松竹編』(講談社) ISBN 4-06-206681-5

関連項目

よしこ
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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