丸紅株式会社(まるべに、英文社名:
Marubeni Corporation)は、
みずほグループ(旧
芙蓉グループ)の
商社(総合商社)である。同業の
伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」)とは同根。
東京証券取引所市場第一部
上場。
証券コード8002。資本金2,627億円、
2008年3月期の連結売上高は10兆6,316億円、連結当期純利益は1,472億円で、総合商社第5位である。
歴史
1858年、
伊藤忠兵衛が麻布の「持下り」行商を開始したことをもって創業としている。これは、伊藤忠と同じ起源となっている。その後、いったん伊藤忠と分割されたものの、戦時中に再度
合併(大建産業)、戦後の
財閥解体措置により再度両社は分割され、
1949年に現在と直接つながる丸紅株式会社が設立された。
社名は、創業者の伊藤忠兵衛が、「紅は高貴な色である」として実家の
屋号「紅長」から1文字をとった「紅忠」という
商号を使用して、○の中に紅という文字を入れた印を
暖簾や半纏に使ったことに由来する。
1997年の
アジア通貨危機によって各商社は甚大な負債や
不良債権を抱え、それによって丸紅も一時倒産の危機に直面したものの、中期再建計画である@ction21 A Planに沿って業績のV字回復を達成する。その後は、他商社とともに「
商社夏の時代」を謳歌している。特に丸紅は、伝統的に電力部門や紙・パルプ部門に強みを持っている他、空前の資源高の恩恵、またはリスク・マネジメントの強化などもあって、
2008年現在、4期連続の増収、6期連続の二ケタ増益(内、5期連続の史上最高益)を更新し続けている。
創業地の大阪に大阪本社(旧本店)があったが、既に本店・本社機能を東京へ移転していたため支社へ格下げされた。
沿革
歴代社長
丸紅株式会社発足後。名前の後ろは在任期間。
- 市川忍:1949年12月~1964年5月
-
檜山廣:1964年5月~1975年5月
- 松尾泰一郎:1975年5月~1981年5月
- 池田松次郎:1981年5月~1983年4月
- 春名和雄:1983年4月~1987年6月
- 龍野富雄:1987年6月~1992年8月
- 鳥海巖:1992年8月~1999年4月
- 辻亨:1999年4月~2003年4月
- 勝俣宣夫:2003年4月~2008年4月
- 朝田照男:2008年4月~(現職)
龍野社長以降4代の社長はすべて資材・パルプ部門(旧物資部門)の出身であり、同一部門の出身者が20年にわたって社長の座を独占してきたが、同部門が同社の部門別売上・利益においてトップの立場にあるわけではない。
なお、現社長の朝田照男(元・運輸事務次官で
日本航空社長、
朝田静夫の子息)は、一貫して管理部門を歩み営業経験がなく、商社のトップとしては異例の経歴として注目されている。
日本国内店
- 本社:東京都千代田区大手町1丁目4番2号丸紅ビル
- 本社 三田別館: 東京都港区芝5丁目20番6号
- 大阪支社: 大阪府大阪市中央区本町2丁目5番7号
- 北海道支社: 北海道札幌市中央区南一条東1丁目5番1大通バスセンタービル1号館
- 東北支社:宮城県仙台市青葉区中央2丁目9番10号セントレ東北7階
- 名古屋支社:愛知県名古屋市東区泉2丁目28番23号(NORE桜通 5F・6F・7F)
- 九州支社:福岡県福岡市中央区天神2丁目8番49号福岡富士ビル9階
- 四国支店:香川県高松市番町1丁目7番5号安田生命高松ビル6階
- 静岡支店:静岡県静岡市駿河区南町18番1号サウスポット静岡14階
- 那覇支店:沖縄県那覇市久茂地3丁目21番地1号国場ビル12F
- 長岡支店:新潟県長岡市東坂之上町2丁目1番地1三井生命長岡ビル10階
- 福山支店:広島県福山市鋼管町1番地 JFE管理センター別館
- 船舶今治出張所:愛媛県今治市大台門町1丁目6番地4号損保ジャパン今治ビル 5F
グループ会社(上場会社)
連結子会社
持分法適用関連会社
グループ会社(非上場会社)
- 丸紅情報システムズ
- 日清丸紅飼料
- つなぐネットコミュニケーションズ
-
ミステリチャンネル
- 芙蓉観光
-
丸紅エネルギー
- 伊藤忠丸紅鉄鋼
- 日産アグリ
- アヴァンティスタッフ
-
丸住製紙
ほか多数
主な出資該当企業
2006年4月現在
- 東京証券取引所市場第一部
- 芙蓉総合リース (14.42%)
- オカモト (5.62%)
- 住江織物 (4.77%)
- 東京証券取引所市場第二部
過去に傘下にあった子会社
関連項目
公式サイト
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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