概要
住居表示としては、大阪市北区中津1丁目から7丁目まである。東西約1.5km、南北約1kmの地域で、
淀川の南側に沿うような形で位置している。
2005年の国勢調査によると、人口は9486人。
地域の南側には
梅田があり、淀川を挟んだ北側には
十三がある。
梅田から北へ1km強という地理条件から、梅田に連なるオフィス街となっている。また近年では住民の都心回帰傾向がみられることに伴い、高層マンションも増加している。
アクセントは「なかつ」の「な」に置かれる。
交通
阪急電鉄が地域のやや西よりを南北方向に通過している。中津には阪急電鉄
中津駅があり、
神戸線と
宝塚線の普通電車が停車する。しかし
京都線については、中津駅にホームがないために全列車が通過する。
また阪急中津駅から東に500mほど離れた場所に、
大阪市営地下鉄御堂筋線中津駅もある。大阪市営地下鉄御堂筋線は地域の南端を沿うように南から北東に走り、梅田・
難波・
新大阪などへは乗り換えなしで行くことができる。
道路は、
国道176号が阪急電鉄の線路と並行する形で、地域の西よりを南北方向に走る。国道176号は大阪駅方面から
十三大橋を渡って十三方面へと伸びている。また地域の東側(厳密には中津ではなく豊崎7丁目になる)では
新御堂筋が南北方向に通っている。
歴史
この地にはかつて、
旧淀川の支流のひとつ、中津川が流れていた。中津川は細い川の上に蛇行して流れていたため、しばしば洪水を起こしていた。記録によると、平均して10年に一度の割合で洪水に見舞われていた。
江戸時代までは
摂津国成小路村・下三番村・光立寺村・小島新田村・小島古堤新田に分かれていた。その後市町村制度の成立により、5つの村が合併して
1889年に
西成郡中津村が発足した。中津川の南岸に位置していたことから中津村と名付けられた。なお中津川は、治水対策のために
1898年から
1910年にかけておこなわれた現在の淀川の開削の際に、新淀川の流路の一部ないしは河川敷に転用されて現存しない。
1943年
4月1日に実施された大阪市の区の分増区に伴い、東淀川区のうち淀川左岸の部分については東淀川区から分離されて
大淀区が成立し、中津は大淀区に属することになった。その後
1989年2月、大淀区は北区と合併して新しい北区となったことに伴い、中津は北区の区域に含まれた。
主要施設
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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