中央構造線(ちゅうおうこうぞうせん)は
日本最大級の
断層系。MTL(Median Tectonic Line)、またMTLを略して
メディアンラインないしは
メジアンラインとも言う。
概略
構造線に直接接している
岩石は、内帯側は
ジュラ紀の付加複合体が
白亜紀に高温低圧型変成を受けた領家変成帯、外帯側は白亜紀に低温高圧型変成を受けた三波川変成帯である。領家変成帯には、白亜紀の
花崗岩も大量に見られる。高温低圧型の領家変成帯と低温高圧型の三波川変成帯は、白亜紀の変成当時は離れて存在していたはずだが、中央構造線の活動により大きくずれ動いて接するようになった。
糸魚川静岡構造線(糸静線)より東の
フォッサマグナ地域では、フォッサマグナの海を埋めた
新第三紀の
堆積岩に覆われているが、
第四紀に大きく隆起している
関東山地では
古第三紀以前の基盤岩が露出し、その北縁の群馬県下仁田に中央構造線が露出している。
関東平野では新第三紀や第四紀の地層に覆われている。九州中部でも新第三紀後期以後の
火山岩や
阿蘇山をはじめとする現在の火山におおわれている。
近畿南部から
四国にかけては、中央構造線に沿って活動度の高い活断層が見られ、要注意断層のひとつとされている。
長野県
下伊那郡
大鹿村では
露頭がよく観察でき、
中央構造線博物館がある。また、
三重県松阪市飯高町月出で大規模な露頭が見つかり、2002年に「
月出の中央構造線」として国の
天然記念物に指定された。2007年には、大鹿村と月出の中央構造線が
日本の地質百選に選定された(「
中央構造線(大鹿村)」と「
中央構造線(月出)」)。
関東地方
群馬県
下仁田から
比企丘陵北縁にかけて露出している。
関東平野では新第三紀と第四紀の堆積層の下に埋まっている。しかし関東平野中央部で深さ3,000mに達する
ボーリングにより、埼玉県
岩槻のやや南方を通っていることが確かめられた。その東方の通過位置は正確には分かっていないが
鹿島灘へ抜けて、棚倉構造線の延長に切られていると考えられている。中央構造線の南側に沿って分布する三波川変成岩は関東山地によく露出しており、埼玉県
長瀞はその代表的な露出地。「三波川」も群馬県
藤岡市の地名から名づけられた。中央構造線の北側に沿って分布する領家変成岩や
花崗岩は、
筑波山に露出している。
中部地方
領家変成岩や花崗岩は、
木曽山脈や
伊那山地、三河地方、鈴鹿山地南部によく露出している。「領家」は遠州
水窪の地名を取っている。しかし、設楽地方では
鳳来寺山などの新第三紀の
火山岩や堆積岩に覆われている。三波川変成岩は、
赤石山脈西麓、旧
天竜市北方、
豊川南方によく露出している。
茅野から水窪にかけては新第三紀に活発な再活動があったが、第四紀の活動性は低い。現在の大地形を造っている断層は伊那盆地と
木曽山脈の境を画する伊那谷断層で、
天竜川本流も伊那谷断層沿いを流れている。中央構造線は水窪から次第に西へ向きを変え、
豊川に沿って
三河湾に入り、
渥美半島以西は西に向きを変え
伊勢湾口を通る。
近畿地方
紀伊半島中央部を東西に横断する。伊勢
二見浦の夫婦岩や、和歌山の
和歌浦の岩石は三波川変成岩。領家変成岩や花崗岩は、
生駒山や
金剛山をつくり、
瀬戸内海にかけてよく露出している。
しかし、奈良県
五條から西では内帯の中央構造線沿いは白亜紀の断層活動で陥没して堆積した和泉層群に覆われ、紀伊半島中央部から四国にかけての中央構造線は、和泉層群と三波川変成岩の境界断層になる。和泉層群は
和歌山市の加太海岸でよく見られる。松阪市粥見から西の
櫛田川や、
紀ノ川の川床には三波川変成岩が露出しており、中央構造線はその北岸を通っている。
その北方には現在の地形を食い違わしている活断層が見られる。活断層としての中央構造線は、高見峠より東の三重県側はあまり活発な活動をしていないが、奈良県以西は1,000年間に5m程度動いている非常に活発なA級活断層である。活断層上に古くから有名な
根来寺があるが大地震の記録は無く、前回の地震発生からかなりの時間が経過し、地震を発生するエネルギーが蓄積されていると思われる。
地震調査研究推進本部によれば、金剛山地東縁から和泉山脈南縁の和歌山市付近に至る区間が活動すると、内陸型地震としては最大級となる
マグニチュード8.0程度の
地震が発生する可能性がある。発生確率は今後30年以内で0~5%と国内の活断層では確率が高い部類に入る。
構造線は和歌山市から
紀淡海峡に入る。和歌山は近畿地方には珍しく有感地震の多い都市であるが、これらの地震の発生域はやや深く、中央構造線沿いの活断層とは直接の関係はないと考えられる。
四国地方
四国でも中央構造線の基本的な姿は三波川変成岩と和泉層群の境界断層である。四国では三波川変成岩は広く露出し、徳島の城山、
祖谷地方から
大歩危、別子、佐田岬半島などでよく見られる。ただし
石鎚山は新第三紀の火山岩である。
地質境界としての中央構造線は吉野川の北岸を通っているが、その北に活断層が見られる。愛媛県でも地質境界としての中央構造線は砥部町の(
衝上断層)を通っているが、活断層は
松山を通っている。四国山地北縁ではナイフで切ったように直線状に山が並び(断層崖)、その
空中写真が活断層の見本として各種書籍に取り上げられている。活動度は1,000年間で最大8mと推定されている。
近年の活動記録が無く、エネルギーが蓄積されていると考えられ、要注意断層である。ただし、一部は約400年前に動いた可能性がある。この区間が活動した場合は、マグニチュード7を超える地震になると考えられる。
九州地方
九州では、
大分県の
佐賀関半島に三波川変成岩がよく露出し、そのすぐ北を中央構造線が通っている。しかし九州中部は火山岩や現在の活火山に厚く覆われ、中央構造線の位置ははっきりしない。
臼杵から
八代海に抜けているという考えが一般的だが、大分から熊本へ続いているという説もある。現在の九州中部は南北に伸びており、引っ張りによる断層が発達し、
阿蘇山や
九重連山 のマグマの通り道をつくっていると考えられる。
関連項目
外部リンク