両江総督(りょうこうそうとく)は中国
清王朝の地方長官の官職名であり、
江蘇省・
安徽省・
江西省の
総督として管轄地域の軍政・民政の両方を統括した。地方長官として最高位に当たる総督の中でも管轄下に
南京を有する両江総督は非常に重要なポストであったが、同時に管轄下で起こった
太平天国の乱に対応しなければならない等、「非常に難しいポスト」でもあった。この「両江」とは、江蘇・安徽省が清初には「江南省」と呼ばれていたため、「江南省と江西省を統括する総督」と呼んだ事に由来する。
1866年からは
華中の外国貿易港の監督も両江総督の管轄となったため、両江総督が
南洋通商大臣を兼任する事になった。
沿革
総督府
総督府は江寧城(現
南京市)中部の漢府街にある漢王(明代に
陳友諒の後胤が封じられた)府の跡に置かれた。
1853年-
1864年の
太平天国の乱で太平天国軍に南京が占拠されると、首領の
洪秀全はここを拡張して極彩色に輝く天王府を建設した。
1864年に太平天国が崩壊して天王府が破壊されると、
曽国藩はここに昔ながらの総督府を再建した。
1909年には南京城内を通り抜ける寧垣鉄道の駅がここにできた。
辛亥革命が起こると、
1912年にはここに「
中華民国臨時大総統府」が置かれ、1927年から1949年にはここに国民政府と中華民国総統府が置かれた。現在は「南京中国近代歴史遺跡博物館」となっている。
参考資料
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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