三菱ウェルファーマ株式会社(みつびしうぇるふぁーま、英称:
Mitsubishi Pharma Corporation)は、かつて存在した日本の
医薬品メーカーである。本社は
大阪市中央区平野町。
概要
旧東京田辺から引き継いだ
一般用医薬品(外用消炎鎮痛剤「
サロメチール」などの大衆薬)販売事業は、
2004年3月に
佐藤製薬へ譲渡を行い、旧ミドリ十字製品は販売中止のものがあるが、それ以外の血液製剤はすべて子会社の株式会社ベネシスに製造承認権が移管されている(販売はこれまで通り三菱ウ社から行っている。また、リウマチ薬のサラゾピリンは製造が
ファイザーで、販売のみミドリ十字が行っていた物であり、サラゾピリン販売だけは三菱ウ社が引き継いでいたが、現在はファイザーが販売も行っている)。
2007年
10月に田辺製薬と合併して解散、
田辺三菱製薬となった。上場会社である田辺製薬を存続会社とし、三菱ケミカルHDが引き続き株式の過半数を取得し、上場を維持する。
沿革
旧三菱化学
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1934年 - 日本タール工業株式会社として発足。
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1952年 - 三菱化成工業株式会社と商号変更。
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1984年 - 気管支拡張薬テオドール(テオフィリン)を開発。同社初の上市医薬品となる。なお、日研化学が販売を担当。
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1988年 - 三菱化成株式会社に商号変更。
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1994年 - 三菱油化株式会社と合併し、三菱化学株式会社と商号変更。
旧東京田辺製薬
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1901年 - 東京日本橋本町で薬種問屋「田辺元三郎商店」として創業。
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1921年 - 株式会社田辺元三郎商店に改組。
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1943年 - 社名を東京田辺製薬株式会社と改称。
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1957年 - ウルソ(肝・胆・消化機能改善剤)発売開始。
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1981年 - 三菱化成工業株式会社(現・三菱化学)と業務提携。
旧三菱東京製薬
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1999年 - 三菱化学株式会社と東京田辺製薬株式会社が合併し、医薬事業を分社化して、三菱東京製薬株式会社が誕生。
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2001年 - 世界初のフリーラジカルスカベンジャー(脳梗塞急性期に用いる脳保護剤)「ラジカット注」発売。
旧吉富製薬
旧ミドリ十字
各種
血液製剤製造の主要メーカーであった。創始者
内藤良一は
国際法違反の
生物兵器の使用や捕虜の
人体実験を行い数千人を虐殺した旧日本軍
731部隊の
石井四郎中将の片腕であり、顧問
北野政次は部隊長を一時期務めた。取締役二木秀夫は731部隊二木班班長、
右翼系政界誌「政界ジープ」の発行者である。
旧ウェルファイド
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1998年 - 吉富製薬とミドリ十字が合併し、新生「吉富製薬株式会社」が発足。
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2000年 - 旧吉富製品の精神科領域への販売事業を行う吉富薬品を設立。5月に社名をウェルファイド株式会社に変更。
三菱ウェルファーマ
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2001年
10月1日 - 三菱東京製薬とウェルファイドの合併により、三菱ウェルファーマ株式会社が発足。存続会社はウェルファイドとなり、本社は大阪市に。また三菱東京製薬本社オフィスは同社の東京オフィスとなる。
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2002年
4月 - 旧ミドリ十字製品の血液製剤製造事業を新規設立子会社の株式会社ベネシスに移管・承継。
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2004年
12月 - フィブリノゲン製剤(ミドリ十字製品)を納入したとされる全国の医療機関名を同社資料などを基に厚生労働省より公表される。
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2005年
4月1日 - 足利工場・吉富工場をMPテクノファーマ株式会社に分社。
- 2005年10月3日 - 三菱化学と共同で持株会社三菱ケミカルホールディングスを設立し、完全子会社となる。
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2007年10月1日 - 田辺製薬を存続会社として合併し、田辺三菱製薬株式会社が発足。
- アンプラーグ-5-HT(セロトニン)拮抗による閉塞性動脈硬化症(ASO)治療薬
- ウルソ-肝・胆・消化機能改善剤
- オメプラゾン-世界初のプロトンポンプ阻害薬、オメプラール(アストラゼネカ社)と同一製品。
- コレバイン-スタチン・フィブラート系薬剤と異なる作用機序の高コレステロール血症治療薬
- ラジカット-世界で唯一のフリーラジカルスカベンジャー
- クリアナール-気道分泌細胞正常化剤。久光製薬(元エスエス製薬)と共同開発し、久光からは「スペリア」の名称で発売。
…など
研究・製造拠点
外部リンク
みつひしうえるふあま
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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