『ロミオとジュリエット』は
悲劇とされ、シェイクスピア死後に刊行された全集(後述の「第一・二折本」)の分類も同じであるが、四大悲劇(『
ハムレット』、『
マクベス』、『
オセロ』、『
リア王』)のような重厚な悲劇とは見なされていない。
後年のシェイクスピアの悲劇では、登場人物の性格が悲劇を引き起こすという顕著な特徴が見受けられる。これに対しロミオとジュリエットでは、登場人物の性格よりも、周囲の状況や偶然などの「運命」と呼ぶべきものが、両者や周囲を悲劇的結末へと導いていく。
また、テキスト中には過剰なまでの冗談や乱暴な語句、猥談的やりとりが見受けられ、ファルス(卑俗的笑劇)としての要素が、シェイクスピアの他の悲劇作品よりも明らかに強い。
なお、現在は「
ロミオとジュリエット」の表記が一般的であるが、かつてはもっぱら「
ロメオとジュリエット」と表記されていた。そのため、映画の邦題では日本公開年によって表記が異なっている。また、
クラシック音楽および
バレエの分野では、現在でも慣習的に後者の表記が用いられている。英語の発音上は前者の方が近いが、必ずしも正確というわけではない。
主な登場人物
- ロミオ - モンタギューの息子
- モンタギュー - モンタギュー家の家長
- モンタギュー夫人 - モンタギューの妻
- ベンヴォーリオ - モンタギューの甥、ロミオの友人
- バルサザー - ロミオの従者
- マキューシオ - 太守の親戚、ロミオの友人
- ジュリエット - キャピュレットの娘
- キャピュレット - キャピュレット家の家長
- キャピュレット夫人 - キャピュレットの妻
- ティボルト - キャピュレット夫人の甥
- ジュリエットの乳母
- エスカラス - ヴェローナの太守、公爵
- パリス - 貴族の青年、太守の親戚
- ロレンス - フランシスコ会の修道僧
- ジョン - フランシスコ会の修道僧
-
薬剤師
ストーリー
舞台は14世紀の
イタリアの都市
ヴェローナ。そこではモンタギュー家とキャピュレット家が、血で血を洗う抗争を繰り返している。
モンタギューの一人息子ロミオは、ロザラインへの片思いに苦しんでいる。気晴らしにと、友人たちとキャピュレット家のパーティに忍び込んだロミオは、キャピュレットの一人娘ジュリエットに出会い、たちまち二人は恋におちる。二人は修道僧ロレンスの元で秘かに結婚。ロレンスは二人の結婚が両家の争いに終止符を打つことを期待する。
しかし結婚の直後、ロミオは街頭での争いに巻き込まれ、親友・マキューシオを殺された仕返しにキャピュレット夫人の甥ティボルトを殺してしまう。ヴェローナの大公エスカラスは、ロミオを追放の罪に処する。一方、キャピュレットは悲しみにくれるジュリエットに大公の親戚のパリスと結婚することを命じる。
ジュリエットに助けを求められたロレンスは、彼女をロミオに添わせるべく、仮死の毒を使った計略を立てる。しかしこの計画は追放されていたロミオにうまく伝わらず、ジュリエットが死んだと思ったロミオは彼女の墓で毒を飲んで死に、その直後に仮死状態から目覚めたジュリエットもロミオの
短剣で後を追う。事の真相を知り悲嘆に暮れる両家は、ついに和解する。
構成
第一幕
- プロローグ - 序詞
- 第一場 - ヴェローナ、広場にて
- 第二場 - 街頭にて
- 第三場 - キャピュレットの館の一室
- 第四場 - 街頭にて
- 第五場 - キャピュレットの館の大広間
第二幕
- プロローグ - 序詞
- 第一場 - キャピュレット家の庭園、それを囲う塀沿いの小道にて
- 第二場 - キャピュレット家の庭園
- 第三場 - 修道僧ロレンスの庵にて
- 第四場 - 街頭にて
- 第五場 - キャピュレット家の庭園
- 第六場 - 修道僧ロレンスの庵にて
第三幕
- 第一場 - 広場にて
- 第二場 - キャピュレット家の庭園
- 第三場 - 修道僧ロレンスの庵にて
- 第四場 - キャピュレットの館の一室
- 第五場 - キャピュレット家の庭園
第四幕
- 第一場 - 修道僧ロレンスの庵にて
- 第二場 - キャピュレットの館の大広間
- 第三場 - ジュリエットの部屋
- 第四場 - キャピュレットの館の大広間
- 第五場 - ジュリエットの部屋
第五幕
- 第一場 - マンチュア。街頭にて
- 第二場 - 修道僧ロレンスの庵にて
- 第三場 - 墓地、キャピュレット家の霊廟のなか
書誌
1597年に発行された「第一・四折本」
(First Quarto)が、シェイクスピア作の『ロミオとジュリエット』が出版物として現れた最古のもの。これは、上演の速記録などを基礎にして製作され、作者の許可なく刊行されたものと推定されている。不完全な部分も多いが、実際の上演の様子を反映しており、資料的価値は決して低くない。1599年に刊行の「第二・四折本」
(Second Quarto)は、シェイクスピア自身が手を加えた原稿を用いているとされ、現在我々が知る『ロミオとジュリエット』の原型となっている。
以上の「第一・四折本」「第二・四折本」に加え、シェイクスピアの死後、
1623年に出版された初の全集「
第一・二折本」
(First Folio)の三種類が、『ロミオとジュリエット』の古刊本として重要視されており、その後に刊行される『ロミオとジュリエット』の底本となっている。
物語の成立と変遷
シェイクスピアの全戯曲のほとんどは、既存の物語やエピソード、詩などをベースに翻案したものである。シェイクスピアが『ロミオとジュリエット』を書くにあたって直接種本としたのは、アーサー・ブルックの物語詩『
ロミウスとジュリエットの悲しい物語』(
1562年、イギリス)と言われている。が、ブルックのこの作品が文学史に登場する過程は複雑である。
ロミオとジュリエットの物語の成立は、西欧の民間伝承や
ギリシアの古典物語に端を発している。
ナポリにて
1476年に出版されたマスチオ・サレルニターノ作の小説集には、シェイクスピア作『ロミオとジュリエット』の原型と思われるエピソードが登場する。その物語中には、修道士の仲介、計略が失敗する過程など、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に近いモチーフが含まれている。ただし物語の舞台は
シエーナで、恋人達の名前はマリオットとジアノッツァである。
ルイジ・ダ・ポルトが書いた物語(
1530年、イタリア)では、舞台はヴェローナに、主人公二人の名もロメオとジウリエッタになっている。物語の筋や登場人物もシェイクスピアの作にかなり近づいているが、ダ・ポルト版の特筆すべき相違点としては、ロメオが毒を仰いで死ぬ直前にジウリエッタが目を覚まし、抱きしめ合いながら言葉を交わすシーンがある。
マッテオ・バンデルロは『小説集』(
1554年、イタリア)のなかで、ロミオとジュリエットの物語を書いている。このなかには、パリスや乳母に該当する人物も現れており、ジュリエットが仮死の水薬を飲む過程も、シェイクスピアの作品にかなり近い。マッテオ・バンデルロの物語は、
1559年にピエール・ブアトーによって
フランス語訳され、出版された。ブアトーは、物語全体に修辞や感傷的表現を増やし、ジュリエットが仮死から目覚める前に、ロミオは死んでしまうように改訂した。
ブアトーの訳本は、数年後には英訳された。それが、先に挙げた『ロミウスとジュリエットの悲しい物語』と、ウィリアム・ペインターの散文『ロミオとジュリエッタ』(
1567年、イギリス)の二つである。
ロミオとジュリエットの物語は、対立する二つのグループと、それに翻弄され悲しい結末へ至る恋人達という、時代や文化背景を越えた、普遍性のある
ドラマ的構図を含んでいる。それ故に、古代の民間伝承から中世のシェイクスピアに至るまでの間、何度も翻案をされ続けてきた。
シェイクスピア作の『ロミオとジュリエット』は、彼の属していた宮内大臣一座の人気の演目として、観客達に受け入れられた。その後の時代でも、欧米を中心に、様々な演出家、俳優達によって、多くの劇場で何度も上演された。時には
オペラや
バレエに翻案されることもあった。上記で紹介した種本が、戯曲化されて上演されることもあった。現代においては
映画などの分野でも、題材として取り上げられている。
演劇作品以外の「ロミオとジュリエット」
ミュージカル
映画
テレビドラマ
小説
オペラ
バレエ
音楽
アニメ
関連項目
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