20世紀半ばから
ソビエト連邦内の一共和国となっていたが、1990年に独立を回復し、2004年5月1日に
欧州連合に加盟した。
国名
正式名称は、Lietuvos Respublika (リトアニア語: リェトゥヴォス・レスプブリカ) 。通称は、Lietuva (リェトゥヴァ)。
公式の英語表記は、Republic of Lithuania。通称は、Lithuania(リスエイニア)。
日本語の表記は、リトアニア共和国。通称は、リトアニア。
国名の由来は
リトアニア語で「雨」を表す言葉からであるとされている。旧称、
リトアニア・ソビエト社会主義共和国。
歴史
ロシア革命の余波が及んでいた
1918年2月、ドイツの計画したミッテル・オイローパ構想(汎ヨーロッパ主義)の一環として、以前より小さいながらも独立したリトアニア王国が立てられた。その後、
第一次世界大戦でドイツが敗北すると、同年11月リトアニア共和国となった。リトアニア共和国は、4世紀に渡る連合を解消し、ポーランド(リトアニア東部・南部地域)やドイツ(クライペダ地方)との領土問題で争いつづけた。
1926年には独裁制に移行している。
第二次世界大戦中の
1940年、
ソビエト連邦によって併合された。
大日本帝国の在リトアニア・カウナス
総領事館の
杉原千畝が
ユダヤ人を助けたのはこの頃である。
政治
欧州連合加盟国であり、
NATOにも加盟している。一方で、旧ソ連の構成主体でありながらも
CISには加盟していない。
大統領を国家
元首とする
共和制国家であり、大統領は5年任期で
直接選挙によって選ばれる。また外交や防衛方針の策定にも加わり、それらを指揮する職務も担う。また、大統領は、
議会の承認を得て、
首相や他の閣僚を任命する。他にも官僚や憲法裁判所の裁判官も任命する。
リトアニア議会は「
セイマス」(Seimas)と呼ばれる
一院制であり、141議席を有し、4年任期で選挙により選ばれる。この内71議席は
小選挙区直接選挙、70議席は全国比例代表制により選出される。議会に議員を送り込むには、政党は少なくとも全投票の5%を獲得しなければならない。
地方行政区分
行政区分は10の州 (
apskritis) に分けられており、それぞれに州庁のある市の名前が付けられている。
さらに州は全部で56の地方自治体(市や地区)に分割される。これらの行政上の区分けは
1994年に行われた。
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アリートゥス州 Alytaus apskritis (州都:アリートゥス)
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ヴィリニュス州 Vilniaus apskritis (州都:ビリニュス)
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ウテナ州 Utenos apskritis (州都:ウテナ)
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カウナス州 Kauno apskritis (州都:カウナス)
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クライペダ州 Klaipėdos apskritis (州都:クライペダ)
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シャウレイ州 Šiaulių apskritis (州都:シャウレイ)
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タウラゲ州 Tauragės apskritis (州都:タウラゲ)
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テルシェイ州 Telšių apskritis (州都:テルシェイ)
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パネベジス州 Panevėžio apskritis (州都:パネベジス)
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マリヤーンポレ州 Marijampolės apskritis (州都:マリヤーンポレ)
なお、行政区分とは別に、文化的な観点から5つの地方に分けられる。
-
アウクシュタイティヤ (Aukštaitija) - 北東部
- 「高地」の意。アウクシュタイティヤで用いられていた言語がリトアニア語の基礎となった。
- ジャマイティヤ (Žemaitija) - 北西部
- 「低地」の意。ジャマイティヤで用いられていた言語は現在リトアニア語の一方言とされている。
- ズキヤ (Dzūkija) - 南東部
- スヴァルキヤ (Suvalkija) - 南西部
- 小リトアニア (Mažoji Lietuva) - 沿海部
- 小リトアニアにはロシア・カリーニングラード州も含まれる。また今日リトアニア領となっている地域はクライペダ地方 (Klaipėdos kraštas) ともいわれる。かつてのリトアニア大公国の領土外であり、プロシア語を話すプロイセン人の居住区であった。
地理
リトアニア共和国は
バルト三国の中でもっとも大きな国である。地理学者によると、首都の
ヴィリニュスはヨーロッパの
地理学的な中心地に位置しているとのことである。
およそ100kmの砂の海岸が広がり、その内の38kmが
バルト海に面している。主な
不凍港は
クライペダ港で、
クルシュー砂州の狭い入り口にある。その浅瀬は
カリーニングラードに向かって南に広がっている。国内最大の河川である
ニャムナス川(ネマン川)とその支流は、国際運河ともなっている。
国土は、
氷堆石による丘を除けば、なだらかに平坦である。丘は西と東の方で高台となっており、最も高い地点でも292mしかない。
ヴィスティティス湖など多くの湖と低湿地帯があり、混交湿地林が国土の約30%を覆っている。
気候
海洋性気候と大陸性気候の中間であり、湿度が高い。気候は西部と東部で多少異なり、西部は涼しい夏と余り冷え込まない冬があるのに対し、東部は寒暖の差が激しい。
経済
リトアニアを含めた
バルト三国の貿易相手は、ほとんど
ロシアである(2006年、輸出の12.7%、輸入の24.4%が対ロシアだった)。
1998年のロシアの経済危機で落ち込んだ時期もあったが、回復しつつある。
2001年の失業率は12.5%と高く、また国内の消費も低かったが、それらも好転してきた。
2005年2月の失業率は6.1%である。
2003年、リトアニアは
EU圏内の国で最も高い経済成長率(第3四半期で8.8%)を記録した。西欧諸国との貿易を拡大し、
世界貿易機関(WTO)の一員ともなった。
2004年に欧州連合(EU)に加盟。国有企業、特にエネルギー部門におけるそれの大規模な民営化が開始されており、現在も進行中である。
現行通貨である
リタスは
2002年2月2日より
欧州為替相場メカニズムに組み込まれており、対
ユーロでの変動幅が制限されている。将来的にはユーロへの移行が目指されている。
リトアニアは鉱物資源に全く恵まれていない。唯一採掘されているのは
原油であるが、2002年時点の採掘量は43万トンに留まる。近年は
天然ガスの採掘も有望視されている。
国民
また、中世にヨーロッパ各地から
ユダヤ人を受け入れたために、リトアニアの都市部はユダヤ人が多く、20世紀初頭まではヴィリニュスは「北のエルサレム」と称されたほどだった。しかし、
第二次世界大戦中の
ナチス・ドイツと、その後のソ連支配の時代の弾圧によりユダヤ人人口は大きく減少した。
2002年には自殺率が世界ワースト1となった。それを示しているかの様に冬場は日照時間が短く、昼間でさえ曇りの日が多く、また室内に入っても薄明かりの中で暮らしている部分があり、心理的に自殺率が多い原因を作っている。ゆえに、市内のあちらこちらに自殺防止の広告が貼ってある。
言語
宗教
教育
主な高等教育機関としては、ヴィリニュス大学(1579年)、カウナス工科大学(1922年)などが挙げられる。
文化
食文化
文学
音楽
絵画
世界遺産
リトアニア国内には、
ユネスコの
世界遺産リストに登録された文化遺産が4件ある。詳細は、リトアニアの世界遺産を参照。
Image:VilniusOldTown014.jpg|ヴィリニュス歴史地区 - (1994年、文化遺産)
Image:Kurische Nehung Hafen von Nidden.jpg|クルシュー砂州 - (2000年、文化遺産)
Image:Lithuania Kierniów mounds2.jpg|ケルナヴェの考古遺跡(ケルナヴェ文化保護区) - (2004年、文化遺産)
Image:Hammerfest Meridianstein.jpg|シュトルーヴェの測地弧 - (2005年、文化遺産)
スポーツ
著名な出身者
脚注
参考文献
関連項目
外部リンク
- 政府
- 日本政府
- 観光
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りとあにあ