モノコック(仏
Monocoque)、
モノコック構造( - こうぞう)とは、
自動車・
鉄道車両・
ミサイル・一部の
航空機などの車体・機体構造の一種で、車体・機体の外板にも
応力を受け持たせる構造のことをいう。
応力外皮構造(おうりょくがいひこうぞう)、または
張殻構造(はりがらこうぞう)ともいう。
工法の特徴など
ギリシャ語で「ひとつの…」という意味の接頭語monoと、
フランス語で「貝殻」という意味の語coqueを組み合わせた合成語。外板自体が強度部材となっているため、骨組み(鋼体)を簡素化することができるので、軽量化にもつながる。
外板を強度部材とする場合、
卵や
カメの
甲羅などのように丸みを持たせた構造のほうが高い強度を得られるため、モノコック構造で作られたものは一般的に断面形状が丸みを帯びているのが特徴である。
歴史
1920年代からは自動車に採用され、1930年代からは航空機に用いられるようになった。
日本では、第二次世界大戦後の1950年代以降から自動車や鉄道車両に多く用いられるようになった。第二次世界大戦の終戦後、航空機の開発・生産が禁止されたのを受けて、航空機製造技術とその技術者を活かして開発が進められた経緯がある。
輸送機器の種類別概説
自動車
発表の
GMC トランジット
富士重工にも大きな影響を与えた。写真は1948年製 TDH-3610型。]]
発表の富士重工・ふじ号の床下
ラダーフレームが無い。]]
モノコックボディー(米国ではユニタイズドボディー)は
フレームとボディを一体に作った車体で、現在の
バスを除く自動車のほとんどに用いられるボディ構造。フレームレス構造とも呼ばれ、英語では
frameless construction、米語は
unitized constructionにあたる。
自動車のボディー構造は、骨組みになる骨格部位が車体や付属部品の重みを支えている。初期の車のベースとなったのはフレーム付のボディーで、国産乗用車では
トヨタ・クラウンに最後まで残っていた。このボディーは、しっかりとしたフレームの枠組みがアンダーボディーの骨格部分を形作っており、この上にボディーが載っている構造であった。
モノコックボディーが世界で最初に自動車に採用されたのは1922年、イタリアの
ランチア社が
ラムダで採用し、以降各社がこの構造を模範とするようになっていった。
欧米と見ると比較的自動車産業の歴史が浅い日本では、早くからモノコックボディーが主流になり現在に至っている。
モノコックボディーの特徴は、組み合わさっているパーツ全体で強度を保持するようになっていることである。よく比較されるのは卵の殻である。殻そのものの強度は弱いが、全体で力を分担して受け止めるようになっている。
- メリット:軽量で剛性が高く、床を低くできる特徴を持つ。衝突時のエネルギー吸収性に優れる。車台と車体の位相差振動が無く、乗り心地が良い。
- デメリット:衝突による変形や腐食で大幅に剛性と強度が落ちる。エンジン、サスペンションなど振動するものを直接支持するため、振動や騒音を低く抑えることが難しい。
米国もフレーム主体で来ていたが、1975年頃からモノコックボディーが増加し、それまでひたすら力で引っ張って直していたものが、ボディー全体のバランスを考えて引かなければならなくなり、技術面で対応できなかった工場が廃業に追い込まれる事態にもなった。この危機感から超党派組織の技術教育機関であるI-CAR(The Inter-Industry Conference on Auto Collision Repair、通称:アイカー)が1979年に誕生している。
バスボディーでは、木骨から全鋼製への移行後の
1940年代に、発展著しい
航空機技術が導入された。多数の細い
鋼管を
溶接した構造で
応力を受け持つ、「骨構造」のスペースフレーム(バードケージ、スケルトンとも呼ばれる)工法が主流となった
欧州に対し、
アメリカでは、リベット留めで張力を与えられた外板が応力を負担する、大量生産にも適した、「殻構造」のモノコック方式が普及した。
日本のバスにおいては、戦後間もない
1946年に
富士重工が製作した「ふじ号」を嚆矢としてモノコック方式が導入され、1980年代前半までこの工法が用いられたが、ドア配置や窓割りの自由度が低く、大きな開口部や大型窓を設けることも困難であること、表面を埋め尽くすリベットや外板の重なりが見栄えを悪くしていること(末期には多少改善されていた)などから、
1977年の
日野RS系を皮切りに
スケルトン方式が順次各メーカーで定着した。
<
鉄道
に譲渡された車両)]]
車体の軽量化の為にこの構造を採用した。
1936年の登場後、爆発的に普及した
PCCカーが、多くの部材にプレス鋼板を用い、車体の軽量化に先鞭を付けたが、構造的には依然台枠構造であった。
当時はまだ
ステンレス鋼や
アルミを
加工して車体に利用する
技術が完全に確立されていなかったため、普通鋼を用いながら軽量化が可能なこの方法が一部の鉄道で使用された。外板を薄くしながらも強度を保つため、PCCカーや初代東急5000系電車をはじめ、強度保持のために側面に波形材(リブ鋼板)を用いているものが多い。
バスボディーと同様の工法で製作されたレールバスや路面電車を除き、日本の鉄道車両の場合、外板も溶接工法であったため、車体表面にリベットは無い。
最大のメリットとしては軽量化が出来ることであるが、その反面、デメリットとしては、薄肉鋼板は経年による筐体の剛性維持が難しく、また、腐食により強度が著しく低下し老朽化の進行が早い。また、重量や開口の増加などに対応できないことなどから、将来の
冷房装置搭載などの拡張が困難になる。
その後の東急車輛は、米国
バッド社による技術提供で、オールステンレス製の
東急7000系電車で製造技術を確立し、以降はステンレス車体が主流となり、モノコック工法は
新幹線車両を除き、一時途絶えることになる。
このほか、昭和30年代には
路面電車の車両にもこの工法が多く用いられた。
関連項目
- セミモノコック構造
-
ツーバイフォー構法 - アメリカ西部開拓時代に編み出された建築様式。柱や梁(=フレーム)ではなく壁と言う「面」で支える考え方が、本法の底流にあると考えられる。