メフメト1世
[Mehmed I]
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1377年生
1421年没
オスマン帝国の君主
主要関連用語
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スルタン
[256]
ティムール朝
[95]
ティムール
[86]
マヌエル2世パレオロゴス
[33]
バヤズィト1世
[25]
アンカラの戦い
[20]
ムラト2世
[19]
[リセット]
メフメト1世
(
1377年
-
1421年
5月26日
)は、
オスマン帝国
の第5代
スルタン
(在位:
1403年
-1421年)。第4代スルタン・
バヤズィト1世
(雷帝)の子。
略歴
1377年
誕生。
1402年
、父のバヤズィト1世が
アンカラの戦い
で
ティムール朝
の
ティムール
に敗れて捕虜となると、メフメト1世はすかさず次のスルタン位をめぐって二人の兄弟と争う。このため帝国は大きく分裂し、一時は滅亡の危機にさらされた。 しかしメフメト1世は、スルタン位を得るために父の代からの宿敵である
東ローマ帝国
の
皇帝
・
マヌエル2世パレオロゴス
と同盟を結んでその援助を背景に他の兄弟を圧倒し、遂に帝国唯一のスルタンに即位することとなった。
その後は東ローマ帝国と和睦を結んで、国内の統治に尽力。
1421年
に死去し、後を子の
ムラト2世
が継いだ。
年表
1377年
- 誕生
1402年
- 父
バヤズィト1世
が捕虜に。兄弟との
スルタン
位争奪戦が始まる。
1413年
- 兄弟との争奪戦に勝利。スルタンに即位。
1421年
5月26日
- 死去
関連項目
オスマン帝国
オスマン帝国の君主
めふめと1 めふめと1 めふめと1
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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