ミック・ジャガー [Mick Jagger] [被リンク数: 107]

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サー・マイケル・フィリップ "ミック" ジャガー(Sir Michael Philip "Mick" Jagger, 1943年7月26日 - )は、イギリスのロックシンガー、俳優作家および作曲家ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス中退。イギリスのロックバンドローリング・ストーンズのリード・シンガーとして世界的に有名である。身長173cm

バイオグラフィー

ジャガーは1943年にジョーおよびエヴァ・ジャガーの息子としてケント州ダートフォードで生まれる。彼は10代でロックに目覚め、リトル・ボーイ・ブルー・アンド・ザ・ブルー・ボーイズというバンドで活動した。18歳の時に後のローリング・ストーンズのギタリストとなるキース・リチャーズと出会う。彼らは幼少時からの知り合いだったが、この再会でお互いがロックンロールリズム・アンド・ブルースに興味があることを知り、一緒に活動を始めた。
既に中退していたキースと違い、奨学金をもらって大学に通っていたミックは、プロ・ミュージシャンになるか国税局に就職するか随分迷いがあったという。
ジャガーとリチャーズは1962年の4月にブライアン・ジョーンズと出会う。彼らは6月頃に初めてローリング・ストーンズと名乗るようになった。ローリング・ストーンズのデビュー・シングル(Come On)は1963年6月7日にリリースされた。
ジャガーは1968年5月に映画に出演することを発表、映画『青春の罠』(Performance)は同年7月にクランク・インし、1970年に公開された。1969年の5月には映画『太陽の果てに青春を』(Ned Kelly)への出演を発表。7月にオーストラリアメルボルンでロケを行った。同作で彼は西部の殺し屋役を演じたが、映画の出来に関しては酷評している。また、ロケのため、同月のブライアンの死去に際して葬儀に行くことが出来なかった。彼はこのほかにも数々の映画に出演しているが、1997年の 『ベント/堕ちた饗宴』(Bent)では女装の歌手を演じてファンを驚かせた。
1971年 5月12日、ジャガーはニカラグア人のガールフレンド、ビアンカ・ペレス・モラ・マシアスと結婚した。ビアンカは10月21日に娘のジェイドを出産した。1973年6月に歌手のマーシャ・ハントが1970年に生まれた彼女の娘カリスの父親がジャガーであることをロンドンのマリルボーン下級裁判所に申し立てた。カリスはジャガーの娘であることが1979年に判明し、同年1月、ジャガーに対し、毎週1,500ドルを養育費としてマーシャ・ハントに支払うようロサンゼルスの裁判所が命令を下した。
ジャガーとビアンカは1979年11月に離婚、ジャガーは1977年頃からアメリカ人モデルのジェリー・ホールと交際を始め、1984年3月2日に娘のエリザベス・スカーレット・ジャガーが誕生、1985年8月28日には息子のジェームズ・リロイ・オーガスティンが誕生した。
1985年、ビル・ラズウェルナイル・ロジャースのプロデュースにより制作された初のソロ・アルバム『シーズ・ザ・ボス』発表。同年、デヴィッド・ボウイとのデュエットによるチャリティ・シングル『ダンシング・イン・ザ・ストリート』発表。
ジャガーは2003年12月12日に、「ポピュラー音楽に対する貢献」で ナイトに叙勲された。しかし、ミックの受章に対しキース・リチャーズはこのようなコメントをしている。
「俺は勲章の授与なんて馬鹿げたことだと思ったよ。そんなことはストーンズらしくないぜ。だろ?俺はくそ忌々しい冠を付けてきざなアーミンの白い毛皮を羽織った誰かさんとステージに上がるなんてゴメンだね。俺はミックに言ってやったよ。『そいつは糞食らえの無価値な名誉だ』ってね」http://enjoyment.independent.co.uk/music/news/story.jsp?story=469884

日本公演

1972年にローリング・ストーンズ初の日本公演が翌年1月に日本武道館で行われることが発表され、チケット販売も行われたが、ジャガーが1969年の大麻不法所持による有罪判決が原因で入国拒否され、同公演は中止となった。日本のファンはストーンズの来日公演を17年後の1990年まで、日本武道館での公演は30年後の2003年まで待たなければならなかった。
ジャガー自身はストーンズとして来日する前に、ソロアルバム『プリミティヴ・クール』(Primitive Cool)の発表後、1988年3月に単独で来日し、東京大阪名古屋でコンサートを行った。『プリミティヴ・クール』にも参加したジェフ・ベックが帯同するという噂も流れたが、ジェフがこの話を断ったため、ジョー・サトリアーニがリード・ギターを担当。なお、このコンサートはフジテレビが主催していたが、テレビ朝日の『ベストヒットUSA』にゲスト出演してしまったため、ミック側の「取材は1メディア1社」の方針でフジテレビの番組には出演しなかった。
SUNTRY D・R・Y Beer Live "Mick Jagger in Japan."」
1988年3月15日~18日 大阪城ホール、3月22日・23日 東京ドーム、3月25日~28日名古屋レインボーホール(名古屋は追加公演)
メンバー MICK JAGGER- vocals, harp, guitar JOE SATRIANI, JIMMY RIPP - guitar DOUG WIMBISH - bass - SIMON PHILLIPS - drums - PHIL ASHLEY, RICHARD COTTLE - keyboards SYBIL SCOBY, BERNARD FOWLER, LINDA MORAN, LISA FISHER - backing vocals

ソロワークス

アルバム

  • 1985 シーズ・ザ・ボス - ''She's The Boss''  (全英6位・全米13位)
  • 1987 プリミティヴ・クール - Primitive Cool  (全英26位・全米41位)
  • 1993 ワンダーリング・スピリット - Wandering Spirit  (全英12位・全米11位)
  • 2001 ゴッデス・イン・ザ・ドアウェイ - Godess in the Doorway  (全英44位・全米39位)
  • 2007 ヴェリー・ベスト・オブ・ミック・ジャガー - The Very Best Of Mick Jagger

映画

  • 1970 パフォーマンス - Performance
  • 1970 太陽の果てに青春を- Ned Kelly
  • 1972 Umano non umano
  • 1978 Wings of Ash: Pilot for a Dramatization of the Life of Antonin Artaud
  • 1992 フリージャック - Freejack
  • 1997 ベント/堕ちた饗宴 - Bent
  • 2001 エニグマ - Enigma  (製作)
  • 2001 The Man from Elysian Fields
  • 2003 Mayor of the Sunset Strip

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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