マネキン人形(
mannequin)は、衣服やファッションの陳列に用いる人体を模した
人形である。
マヌカン人形ともいう。「マネキン」、mannequinという語は、中世の
オランダ語で「人間」を意味するmanの愛称形であるmannekijnに由来する。
現代では、「マネキン」および「マヌカン」はマネキン人形を意味する以外に、ファッション・モデルや衣服の
販売などに従事する人をも意味する。
歴史
黎明期
最初は
16世紀の
フランスで、商業で衣服の宣伝用にミニチュア版の衣服を着せる目的でビスク・ドールが使われていたが、より効果を追求した結果、19世紀頃に、現在のような等身大サイズのマネキン人形にとって代わることになった。ただし、過渡期は籐製やブリキ製の立体ディスプレイ・ハンガーの様相であった。(
トルソーを参照)
近代
20世紀にはいると、いくつかのマネキン人形製造会社が
パリに設立され、
蝋を使用した
工業製品としてのマネキン人形が生産されるようになった。
1911年には肩関節から腕を取り外し可能な、はじめて衣服の完全な脱着ができる画期的なマネキン人形が発表される。以後、腕と頭部は蝋製で胴体のみ木製フレームに綿入れのキルティングをしたものが主流となった。(縫製に用いる人台に似た形状の胴)
しかし、蝋製のマネキン人形は、ショーウィンドーの照明の熱で溶けたり、重量が重すぎて搬入や移動が困難で、その際に壊れることも多かった。そこで、素材を改良したマネキンが
1920年代に開発された。この軽量な素材は多彩な表現を可能にし、戦前を代表する
アールデコスタイルを持つ、美しくも革新的なマネキン人形を生み出した。また、ファイバー製も登場した。美術においては
ジョルジョ・デ・キリコやカルロ・カッラ等の
形而上絵画に象徴的モチーフとして見られるようになった。
日本ではフランス語のマヌカンのままだと「客を招かん(マヌカン)」と客商売として縁起が悪いとして、マネキン「客を招き(マネキン)」が用いられるようになった。
戦中(日本)
戦時中は製造原料が軍部の
統制で入手困難となり、
石膏ですべてを造られたマネキンが製造されるようになる。次第に、世界規模で戦争が激しくなると、その生産は完全に停止する。
戦後(日本)
製のマネキン人形(
三木市なめら商店街)]]
戦後には、
1950年代から新素材の
FRP製のマネキン人形が造られ、その量産化に拍車をかける。丈夫で軽量な素材は世界中に広まり、現在も使用されている。
1970年代からは、人体をそのまま型取りできる技術も導入されるようになり、更にリアリティのあるマネキン人形の表現が可能になった。
1988年にはヤマトマネキンが従来の典型的な(一部で
差別的意図を疑われる)
黒人のマネキン人形を制作、同社や市場関係者は差別的意図を全面否定するが、後に外交問題に発展した。この事件は
ちびくろサンボ絶版問題と前後して発生したものである。
従来は若者をモデルとしたマネキン人形のみが制作される傾向にあったが、昨今では高齢社会の到来を受けて60歳台~70歳台の平均体型をマネキン人形化したものも制作されている。また体型についても、従来は女性ならば9号サイズのものが多かったが、昨今では13号サイズのマネキン人形なども需要があるという。
代表的な工房
関連事項
脚注
まねきん にんきよう
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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