ブライアン・ウィルソン [Brian Wilson] [被リンク数: 59]

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
ブライアン・ダグラス・ウィルソンBrian Douglas Wilson, 1942年6月20日 - )は、アメリカミュージシャンザ・ビーチ・ボーイズのオリジナル・メンバーでありリーダーであった。ベース、キーボード担当。メンバーのデニス・ウィルソンカール・ウィルソンは実の兄弟であり、それぞれ次弟、末弟にあたる。マイク・ラヴは従兄、アル・ジャーディンは高校・大学の同窓生である。また、実娘のカーニー、ウェンディは、ウィルソン・フィリップスとして活躍している。

来歴・人物

卓越した作曲能力と天才的なアレンジセンス、さらには美しい歌声までも併せ持つ彼は、1961年のビーチボーイズのデビュー以来、数々の名曲を次々と作曲し、当時は珍しかったセルフプロデュースの手法により世に送り出すことで同バンドを名実ともに全米一のロックンロールバンドの地位まで引き上げた。
「Surfer Girl」「Fun,Fun,Fun」「I Get Around」など、ロックンロールのリズムにコーラスワークを多用した彼のオリジナリティ溢れる名曲群は、現代に至るまで多くの人々に親しまれ続けている。
ベース・プレイヤーとしては、フェンダー・プレシジョンベースを45度に構えて親指でピッキングする独特のスタイルと、そのスタイルに由来する丸く温かみのあるサウンドが特徴であった。
ステージ活動と創作活動の両方をこなさなければならないプレッシャーから、1964年末よりビーチ・ボーイズのライヴ活動から離脱し、多少のTV出演以外は作曲・レコーディング活動に専念するようになる。以後、それまでも起用していたスタジオ・ミュージシャンの比率をより高め、プロデューサー・アレンジャーとして、ロックンロールの枠に囚われない音楽性を追求する。特にベースにおいては、スタジオ・ミュージシャンを起用することで、自身のテクニック以上のフレージングが可能になったため、ルート音を意識的に外したメロディアスなベース・ラインなど、それまでの常識を打ち破る演奏を残し、ポール・マッカートニーなどにも影響を与えている。
1966年には、ロック史上に名高い傑作アルバム『ペット・サウンズ』を制作し、その天才的な音楽的才能を世に知らしめた。
しかし、渾身の傑作だった『ペット・サウンズ』がその難解さから当時のファンに歓迎されなかったことや、次作の『スマイル』の制作が頓挫したことなどをきっかけに次第に精神に異常を来たす。
その後は自宅に引き篭って酒やドラッグ・過食におぼれる自堕落な生活に浸り、ビーチボーイズの音楽活動にもあまり関わらなくなってしまうなど、彼の音楽的キャリアは低迷の一途を辿る。
だが、関係者の尽力が実り、1988年、初のソロ・アルバム「ブライアン・ウィルソン」でついに完全復活を果たした。その後はたまにビーチ・ボーイズに参加しつつもソロ主体で活動を続けるものの、弟カール死後の1999年以降、分裂状態のビーチ・ボーイズと袂を頒ち、彼自身の名を冠したバンドを率いて精力的にライヴを行うなど、過去を取り戻すかのように積極的な音楽活動を展開している。
2000年2002年には『ペット・サウンズ』全曲演奏を含むワールド・ツアーを行い、2002年にはイギリスエリザベス女王在位50周年の記念イヴェントであるコンサートに、アメリカ合衆国を代表するゲストとして参加するなど、彼のソロ・ライヴ活動は次第にステップアップしていった。そのソロ活動の極みとして、2004年にはヴァン・ダイク・パークスやバンドメンバーのダリアン・サハナジャ(ワンダーミンツ)の協力の下、37年の年月を経てついに『スマイル』を完成させてステージで披露、後にスタジオ録音盤CD・LPを発表し、ファンを狂喜させた。2008年9月には、ビーチ・ボーイズ時代に在籍したキャピトル・レコードと契約し、故郷カリフォルニアや自身の音楽活動経歴をテーマとしたトータル・コンセプト・アルバム『ラッキー・オールド・サン』を発表。
補聴器も役に立たないほど右耳が不自由である。本人は一時期、父親マリーにひどく殴られたためだと言っていたが、それは精神疾患による被害妄想から出た言い分らしく、近年になって、先天性の聴神経障害のせいだと発言している。いずれにせよ、そのためにステレオを聴き取ることができず、また当時のステレオ技術に不信感を持っていたため、60年代にはモノ・ミックスにこだわりを持ち、1965-1967年に発表した楽曲のトゥルー・ステレオ・ミックスを一切制作しなかった。しかし近年はそのこだわりも薄れ、後年他のエンジニアによってステレオ・ミックスが作られた曲については、積極的にベスト盤などへの収録許可を出している。

ディスコグラフィー

アルバム

  • ブライアン・ウィルソン - Brian Wilson (July 1988) US #54
  • スウィート・インサニティ - Sweet Insanity (1991) (unreleased)
  • 駄目な僕 - ''I Just Wasn't Made for These Times'' (August 1995) UK #59
  • オレンジ・クレイト・アート - Orange Crate Art (October 1995) (Brian Wilson and Van Dyke Parks)
  • イマジネーション - Imagination (June 1998) US #88; UK #30
  • ライヴ・アット・ザ・ロキシー・シアター - Live at the Roxy Theatre (June 2000)
  • ペット・サウンズ・ライヴ- Pet Sounds Live (June 2002)
  • ゲティン・イン・オーヴァー・マイ・ヘッド - ''Gettin' in over My Head'' (June 2004) US #100; UK #53
  • スマイル - Smile (September 2004) US #13; UK #7
  • ホワット・アイ・リアリー・ウォント・フォー・クリスマス - What I Really Want for Christmas (October 2005) US #200
  • ラッキー・オールド・サン - That Lucky Old Sun (September 2008) US #21; UK #37

シングル

  • Walking Down They Path Of Life/Love & Mercy - BriMel Records, 2005
  • our Imagination/Your Imagination (A-Cappella) - Giant Records, 1998
  • This Song Wants To Sleep With You Tonight - MCA Records, 1995
  • Do It Again/'Til I Die - MCA Records, 1995
  • Night Time/Night Time - Sire Records, 1988.
  • Melt Away/Being With The One You Love - Sire Records, 1989.
  • Love And Mercy/He Couldn't Get His Poor Old Body To Move - Sire Records, 1988.
  • Let's Go To Heaven In My Car/Too Much Sugar - Sire Records, 1988.
  • Caroline, No/Summer Means New Love - Capitol Records1966.
  • Gettin' Hungry/Devoted To You - Brother Records, 1967

日本公演

ビーチ・ボーイズの一員としては1979年8月に初来日し、4・5日の江ノ島JAPAN JAMに出演しているが、ステージ上には姿を見せたものの、「スループ・ジョン・B」のリード・ヴォーカルの一部を担当したのみで、演奏にはほとんど参加していない。
以下はビーチ・ボーイズ分裂後、ソロ来日公演の日程である。
7月9日 大阪フェスティバルホール、12日,13日,14日 東京国際フォーラムホールA
2月21日,22日 東京国際フォーラムホールA、25日 愛知県芸術劇場大ホール、26日 福岡サンパレス、27日 NHK大阪ホール
1月30日 中野サンプラザ、31日 東京国際フォーラムホールA、2月2日 愛知厚生年金会館、3日 大阪厚生年金会館

外部リンク

----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

制限事項


Sensrについて
Powered by EAST, SAGOOL, kizasi, hatena, OKWave.